ガタガタと音を立てながら馬車は緩やかに揺れながら草地を南へと進む。その馬車内でシャラは心地良い揺れに身を預けながら、誰にも気付かれない様に泣いていた。
『オレ………ラインハットに残るよ。国を建て直さなきゃな』
『シャラ……ごめんな』
『オレは一緒に行けない』
(分かっていた。彼には帰る場所がある事)
それでもリュカとシャラが母親探しの旅をしたいと決断した時にはヘンリーは当たり前の様に協力してくれようとしていたのは紛れもない気持ちだったのだろう。
(ヘンリーは凄く凄く優しい人……)
辛く傷付く事が沢山あった幼少期を過ごした国や城の事を言う時に素直じゃない彼はひねくれて冗談めかして話すのだが、なんだかんだと言ってても流石に誰が見ても酷く荒れ果ててしまっていた国。平和だった頃と比べるととても同じ国だとは思えない程に変わり果てた祖国を見てヘンリーが『はい、そうですか』と放っておける筈がない。彼は紛れも無くその国の第一王子なのだから。
何とか事件を解決して、落ち着いたとしてもそんな状態の国を見捨てる事はない。普段はそう見せてはいないけれど本当は凄く優しくて、抱えなくても良い責任感を持ってしまう人───そんなヘンリーだからシャラは好きになったのだ。
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そのラインハットの第一王子であるヘンリーと双子の兄妹であるリュカとシャラは幼い頃からの10数年を奴隷として過ごしていた。
死を意識せずにはいられない過酷な場所で何度も何度も涙を流して、何とか生き抜いた3人はそんな過酷な環境の中で常に助け合い、励まし合っていた。だから想像が出来ない程の強い信頼と愛情が育まれている。そしてその中でもヘンリーがいつも笑ってくれていたからどんな時も生きてこれたとシャラは思っている。
そして今がある。
彼の地からの脱出方法は決して安全な方法ではなく『逃げる事は出来るが生きていられるかは分からない』ものだった。なので決死の覚悟を持ってその策に望まなければいけなかった。それに身を投じて脱出図った日にヘンリーがシャラと熱い口付けを交わして伝えた言葉がある。
『オレ達が無事に生き残れたら───シャラをもう離さないからな』
そのプロポーズの様な言葉はシャラの胸を暖めて、勇気をくれた。そして死体が入っている樽で脱出したのだ。海に放出された時はさぞかし滅茶苦茶だったであろう。その中で激しい衝撃に意識を失いながらも『沈まない様に、生きていられる様に』と全員が願っていた。
そして───
シャラ達は脱出を図った全員が奇跡の様に無事に同じ場所に生還したのだった。救出と保護をしてくれた教会で、誰かが意識を取り戻した時には先に目覚めていた人が息も出来ない程に抱き締め合って泣きじゃくっていた。その中で中々目覚めなかったシャラの側で手を握って甲斐甲斐しく世話を焼くヘンリーがいた。そんな経緯から二人の仲は周知の知る所だったのである。
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シャラが初めてヘンリーを受け入れた日は何年も前の事なのだが、それもシャラはまだ昨日の事の様に覚えている。目を閉じればその姿は鮮明に浮かび上がって、その声も体温も匂いも、大好きなヘンリーの全てが心にも身体にも忘れられずに大切に刻まれている。
(ヘンリー)
(ヘンリー)
(ヘンリー……)
ずっと三人で一緒にいたのにヘンリーだけが此処にいない。
(わたしがラインハットに残れば良かったの?)
(そうすればずっと一緒に居れたの?)
(でも………リュカを独りになんて出来ない)
(どうすれば良かったの…お父さん……)
泣き疲れたシャラはいつしか眠りに落ちて、その涙の跡をリュカは優しくなぞる。最愛の妹のこんな姿はもう見たくなかった。