そして結婚式を半月後に控えたとある日。
花嫁になるビアンカの希望で『結婚式に使いたいヴェールを彼女の住んでいる山奥の村に取りに行く』と晴れて恋人になったリュカとビアンカはルーラなど無粋な物は使わずに船で小旅行をしに二人で出掛けて行った。
その初々しい二人の邪魔をしたくなかったシャラは『結婚式の準備をする』を主張して一人でサラボナに残って結婚式の準備に精を出している。
「ではフローラがいた修道院に…」
「そうなんです。凄い偶然ですよねー!」
恒例になりつつある、シャラとルドマンのと二人だけのお茶会。親子程に年が離れている男性と何気なく始まったのだがそれに父の面影を感じていてシャラはとても楽しんでいた。
「うちに男の子がいたらシャラさんを是非に嫁に欲しかったよ……あぁ残念だ」
リュカだけでなくシャラの事も娘の様に可愛がってくれているいつの間にかルドマンに気を許したのか…(もしかしたら父に……誰かに聞いて貰いたかったのかも知れない)シャラの話題はつい、初めて好きになった人、今でも忘れられない人の事にまで至っていた。
そんな風に親睦を深めていたシャラとルドマンだったがリュカ達が戻って来てからは何かと忙しくなり、のんびりお茶会などをしている時間は無くなってしまった。
そして────
それからの月日は瞬く間に過ぎて行き、結婚式はもう明日と言う日に迫っていた。シャラが起きると、まだ早い時間で薄暗い空が澄んだ空気を発してる。
「気が昂ってるのかな…いよいよ明日だもんね」
シャラは起き上がって軽く身体を伸ばしながら軽く微笑んだ。
「ふふ、いよいよリュカの結婚式。誰よりも幸せになって欲しい人だもん。相手がビアンカなら間違いなく幸せになれるよね」
『確信を持ってそう言える』と頷いたシャラは酷く寂しさを感じるけど、それでも『笑って二人を祝福しよう』と決めていた。
「まだみんな起きないだろうし、散歩にでも行こうかな……」
そうして早朝の朝霧が立ち込めていて少し肌寒い中、人通りの無い道を歩いてリュカが明日結婚式を挙げる予定の教会を見に来ていた。
ボーッと教会を見上げているシャラに霧の向こうから不意に声が掛けられる。
「すみません、宿ってどっちですか?」
『すみませんやどってどっちですか』
『スミマセンヤドッテドッチデスカ』
その声にシャラ鼓動が止まった。
次の瞬間には息も出来ずにおかしい程の激しい動機がシャラを襲う。さっきの声が頭の奥でずっと繰り返していた。
忘れもしないこの声の主は────
「ヘン、リー…………」
シャラの口から無意識に溢れる名前。
「え……シャラ?」
名前を呼ばれた瞬間にシャラの視界に飛び込む鮮やかな緑色の髪の青年。
「…久しぶり」
そう言って笑ったヘンリーの顔はシャラには見えなかった。その顔は自分でも分からない位に涙でぐちゃぐちゃだったから。
「まぁ、本当にシャラさんですか?お久しぶりですわね」
続けて発せられる声は女性の物でシャラは良く見えなかったが自分を知っていると言う事は例の地獄から共に抜け出したマリアか、教会の修道院のシスターだろう。恐らくリュカの結婚式に参列する為に来たのだったら前者の確率が高い。
いくらそう思ってもシャラの喉は焼けつく様で声を発する事が出来なかった。今にも漏れてしまいそうな嗚咽を押さえるのに口を塞いでいる。
「悪いマリア。先に行っててくれるか?」
ヘンリーはそう言うと片手でシャラを引寄せて頭を撫でる。手がシャラに触れると彼女はビクッと大きく揺れた。
「はい、分かりましたわ。ではまた後で」
シャラはマリアが立ち去る足音と自分の鼓動を聞きながら、幻覚では無いまだ覚えているヘンリーの温かさにどうしたら良いのか分からなくなっていた。