己の腕の中でまるで時間が止まってしまった様な状態のシャラを横抱きにして、先程見えた──街の横に位置している塔をゆっくりと慎重に登っていくヘンリー。静まり返っている塔には人の気配が全く無く、歩くヘンリーの足音だけが木霊している。
そして無人の頂上に着くとヘンリーは改めてシャラを抱き直した。その彼女は目の焦点が合っておらずに酷く虚ろな瞳は、ただ空虚を見つめている。そんなシャラ本人は恐らく頂上に着いた事にも───多分運ばれて連れて来られた事にも気付いていないだろう。
そんな状態のシャラをそっと包む様に抱き締めたヘンリーは何度も何度もその名前を繰り返しひたすら呼んでいた。
「シャラ、シャラ…シャラ……シャラ…」
シャラの瞳からただただ溢れ続ける涙がヘンリーの肩を濡らしていて大きな染みを作っていた。
「シャラ……」
そしてヘンリーは何度シャラの名前を呼んだだろう。永遠に繰り返されるかと思われたその時間に終止符を打ったのはシャラの───とても小さな掠れた呟きだった。
「……あいたくなかった……」
その言葉にヘンリーは思わず息を飲む。こんな状態のシャラもそんな言葉もヘンリーの知っている今までのシャラでは見た事も聞いた事も無かったから……酷く驚いた。
「そんなに嫌われちまったのか…」
ヘンリーの顔が泣きそうに顔が歪む。ずっと会いたくて会いたくて夢にまで見ていた彼女は、今は自分を瞳にはすら写さない現実。それでもその彼女をやっとこの腕に抱き締める事が叶った腕を離す事は出来なかった。
「あいしてる…」
シャラの肩に額を乗せてヘンリーが思わず呟いた言葉にシャラがビクッと震えた。
それに何事かとヘンリーがシャラの顔を覗き込めば、そこにあったのは涙で溶けそうな瞳で、顔をくしゃくしゃにした、けれどもやっと交える事の出来た視線だった。
「な、なん、でなんでそん、なこと、いうのっ」
「シャラ…!」
正気を取り戻したその様子が嬉しくて、思わずギュッと強く強くシャラを抱き締めるヘンリー。泣き過ぎたシャラはひっく、ひっくと痙攣を起こしながらもまだ泣き止む様子はなく、しまいには子供の様に泣き叫ぶ。
「あい、してるなんて、いわないでよっ」
シャラはヘンリーの胸を強く押して、彼が抱き締めているその拘束から逃れると両手でぼかぼかと叩き始めた。
「ていせい、してよっ、へんりー、とは、もう、ぜったいに、あいたく、ないのっ、かおなんて、み、たくないのっ」
「な、何でだよっ」
「へんりーは、あきらめ、ないと、いけないからっ」
「な、何でだよ」
「へんりーはたちばを、くにを、らいんはっとをえらんだ、んでしょ、わかるけどかなしいっ、っうッ、くぅぅ、あ────ッッ」
両手で目を擦りながら大声で泣き出したシャラにヘンリーは、笑った。
「そっか、そうなんだよな。あー………ちゃんと言わなかったオレが悪かったんだ。あん時はさ、色々と大変な事が滅茶苦茶に多くて参って本当に忙しくて……は、言い訳に…なんないか。ははは、ごめんオレ、言ったつもりになってた」
「え?え?え…?な、に、いってんの…?」
「本当にごめん!悪かった!この通りだ!」
そう大きな声で叫ぶとシャラの足元でベタっと土下座をした。彼のそのいきなりの行動にシャラは凄く驚いて酷く慌てた。
「ちょ、なに、してんのっ。やめて、そんなこと、やめてへんりーっ!へんりーはおうじさま、なのに!?」
あんなに溢れていた筈の大量の涙もこれにピタリと止まって、急いでヘンリーに駆け寄るシャラ。
「おね、がい、あたまあげてよっ!!」
そしてヘンリーの肩を力を込めて無理矢理に引っ張った。そうして頭を上げさせられたヘンリーはバフッと勢い良くシャラを抱き締めた。
「ちょっ………!」