愛を見つけた男の話 作:ベロブルグ市民
極寒に覆われたこの惑星を、貴方達はどう思ったのでしょうか。
空まで凍らせるのではと思う程の寒波。歩いても、何一つ変わり栄えしないどこまでも続く雪原。
この星は、貴方達が見てきたモノに比べると決して穏やかとは言える惑星ではないかもしれません。
けれど、それでも彼らは生きています。誰かと共に、明日を生きようと走り続けています。善人であれ悪人であれ、独りで生きようとする者はいません。
それを俺は、美しいと思うのです。
自分自身の何もかもを、捧げても構わないと決意する程に。
貴方にとって彼らの生きる街はどうだったのでしょうか。貴方の記憶に残る出会いはあったのでしょうか。貴方の瞳に残る景色を見られたのでしょうか。
もしこの先、貴方達が歩む長い旅の中で、色褪せない光景がたった一つでもありましたら幸いです。
人々が広大な自然と共に生きていく星。
ヤリーロ-Ⅵへようこそ、開拓者様。
どうかこの星と人々との思い出が少しでも、貴方達の旅路に残りますように。
ベロブルグ――極寒に閉ざされた世界で、ただ一つ存在し続ける最後の都市。
生存圏を蝕む寒波に耐えながら、今日も人々は小さな灯を胸に生きている。
「……あれ? ここじゃなかったかな」
そんな中、路面のストーブをあれこれ弄っている青年が一人。
街の片隅、よく見なければそのまま誰もいなかったと思い込んでしまうような一角に彼はいた。
弄っている機械も決して真新しいモノでは無い。錆びついてしまって、まるで焦げたかのような色をしている。
それを直している人物は、まるで日向に照らされる岩肌へ触れるかのような手つき作業を進めていた。
「悪いねぇ、ヴィクター。シルバーメインも忙しいのに。わざわざ古い型をねぇ」
「構わないよ、婆さん、そもそも俺ってほら、彼らの中じゃ浮いてるし。堅苦しいのはどうも苦手なんだ」
「おやそうなのかい?」
「たまにそうなるんだよ。よくカカリア……大守護者様からも小言が飛んでくる」
青年――ヴィクターは一応シルバーメイン所属と言う肩書きではある。だがどうにも集団行動に馴染めない彼にとって、飾り同然の名前でもあった。
街を侵蝕する裂界現象、絶え間なく迫り続ける魔物の群れ、長時間の行動を許さない極寒、加えてどこからか現れる謎の侵入者達―まあ、謎の侵入者に関しては彼自身一枚嚙んでいるのだが―。
課題は山積みであり、光明は吹雪に閉ざされたまま何一つ見いだせず。
気が付けば、こうして好き勝手に行動しだしていた。注意を受けた事も一度や二度ではない。何なら大守護者直々呼び出され、説教紛いの言葉を受けた事もある。
けれど、のらりくらりと今日も彼は自由に生きていた。
そんな日が一日ぐらいあってもいいだろう。何せ普段は真面目に堅苦しい格好をして生きているのだから。
また彼にとって聞き慣れた別の足音が一つ。
「ヴィクター……? 何してるの?」
「ブローニャか、見たらわかる通りストーブ直してるんだよ。ここのやつ、壊れやすくてなぁ」
「あら、ブローニャちゃん。ごめんなさいね、ヴィクターを借りてしまって」
「いえ、どうか気にしないで。どうせこの人は勝手にやっていただろうし」
「な、婆さん。よく分かってるだろ」
背後から少女が一人。
ブローニャ・ランド――青年ヴィクターが所属する部隊シルバーメインのリーダーであり、次期大守護者を約束された少女。
早い話彼にとっての上司である。だがそんな彼女を前にしても、彼の態度は変わらない。
本来ならば訓練或いは勉学の時間なのだろうが、それを抜け出してここに来たのだろう。
「……で、私はどうすればいいの?」
「見てるだけでいいさ、俺が好きで勝手にやってる事だし。
それに寝れてないんだろ?」
「……」
「見なくとも声で分かる。今は休んでおけ。人目にはつかないし、ここの婆さんも口が堅いから大丈夫さ」
「だけど、私は……」
休息を促す言葉に視線を俯かせる彼女。
その様子に変わらないなと、彼は小さく言葉を零した。
ブローニャ・ランド。それはこの星にとって輝く希望。
そして彼にとって――。
ヴィクターと言う青年は突如として、ベロブルグに現れた。シルバーメインと戦線を共にし、撃退に大きく貢献。
現大守護者カカリアから直々に命を受けた事からシルバーメインへ加入し、成果を挙げ続けている。
それだけを見れば、突然降ってわいてきた都合のいい人物――。ブローニャにはそうとしか見えなかった。
「……何なの、あの男は」
分からない。
突然現れた事も、そして一切の危害を感じられない事も。故に数多の信頼を受けており、今でこそ階級は無いが、それは時間の問題だろう。
彼をシルバーメインのリーダーに推す声も見受けられる程に。そういった話を、彼自身が嫌っているそうだが。
「……」
自分は何なのだろう。
次期大守護者の候補であり、ベロブルグを守護するもの。けれどその悉くが、ヴィクターには届かない。
であれば、自分は何の為にここにいる?
「……眠れそうにないわね」
変な時間まで考え事をし過ぎてしまったせいで眠れない。このままでは夜明けの方が先に来てしまう。
訓練でもして体を疲れさせてから、少しでも休息を取るべきかと考えながらドアを開ける。
「おや、これはブローニャ様」
「……っ」
丁度、件の青年が通る時に出くわしたらしい。
無視しようとして、ふと疑問が湧く。
ブローニャの部屋は、クリフォト城でも上の方にある。そこは兵士であれば通る事はまずない。カカリアに用事がある時とて、道からは大きく外れている。
「何故、ここにいるの。貴方に通る要件はない筈だけど」
邪な思惑が脳裏を駆ける。思わず肩と肘に力が入った。
「ああ、いや。こっちの方が近いから、通ろうとしたらたまたまって感じですよ」
「近い? 何が?」
「俺のとっておきだ……です、何なら見に行きます? 丁度、ココアも仕入れてきましたんで」
「? まあいい。貴方の行動を見せて貰うから」
疑念の視線と共に彼の後ろをついていく。そんな最中でふと過ぎった事がある。
――本当に自分は、彼と言う人間を知っているのだろうかと。
思えば、彼と一緒に歩いた事なんてほとんど無かった。大体会うと言えば社交辞令ぐらいで、それ以外は彼の噂を聞くぐらいだ。
「……ねぇ」
「どうした? じゃなくて、はい?」
「楽にしてくれていいわ、喋りにくそうだし」
「……悪いな、どうにもなれないもんでさ」
いつもの彼だ。
大守護者であるカカリアからの言葉は飄々と避けていて、けれど人々から信頼を得る青年の声。
どうして私と違って、彼はいつも――。
「何で、迷わないの」
「?」
「私は時々迷う事がある。このままでベロブルグはいいのか、人々を本当に守れるのかって。
なのに貴方はそんな姿を見せない。無理をしているのかと思ったけれど、そういった素振り一つ見せない」
別段、解決など求めてはいなかった。
けれどどうしてか、彼の理由は知りたいと思う。
シルバーメインとして戦っていくには、この世界は余りにも厳しすぎる。絶え間ないモンスター、突如として街中まで侵蝕する裂界、半刻も満たない内に凍死させてしまう程の極寒。
そんな中で志を貫くには、信念だけでは難しい。それはブローニャ・ランドと言う少女が自身の歳月を経て気づいた問いだった。
心が折れない理由を、膝を着かない訳を知りたかった。
「今に分かるさ。ほら、着いた」
「着いたって、ここベランダじゃない」
「あんまり来た事ないだろ。大体来るのは俺かカカリア様ぐらいだ」
彼の言葉に、そういえばと思い出す。
確かに一度もベランダへ出た事は無かった。ずっと兵士として、リーダーの責務ばかりを優先していた。
白い手すりに手を乗せると、ひんやりと冷たい。けれどこの冷たさは嫌いじゃなかった。
「待ってな、お湯はストーブで沸かすから……ってそうだった昨日こっそり置いてたんだった。色々と忘れてるな」
「何してるのよ……」
「ま、飲めるならいいか。ほら」
慣れない手つきでコップを受け取る。
両手で触れると、丁度良い温かさだった。
口に入れると、甘味が一気に広がる。と言うかこれは。
「って、これちょっと入れすぎじゃない? うわ、甘い……」
「すまん、聞いてから入れるべきだった」
まあ勘弁してくれと、悪戯が成功した子どものように彼は笑った。
その目はブローニャも見た事がある。彼がベロブルグの市民達へ向ける瞳だ。それはまるで温かい日差しのような――。
「俺の理由だっけか。そんなに強く見えるか? 俺」
「私からするとそう見える」
「そうか、だったら期待させて悪いがそうでもないぞ。こう見えても昔は弱くてな」
「そうなの? 意外だった」
「ああ、今のお前さんみたいに絶望した事だって一度や二度じゃない。それこそどれがどれなのか分からないぐらい、失敗を繰り返してきた」
氷結に閉ざされた空を見上げながら、彼は小さく微笑んだ。
遠い彼方にある懐かしい光景を思い出すかのように。
「でもさ、それを消し飛ばしてしまうぐらい美しいものを見たんだよ」
「美しいもの?」
「ああ、今からお前に見せたいと思う。ほら、丁度時間だ」
彼の言葉と共に、夜明けの日差しがベロブルグに差し込んで。銀世界の雪景色を、仄かな朝焼けが美しく照らしていく。
その光景に、ブローニャは思わず息を忘れた。
「綺麗……」
「これだけじゃないさ」
下を見てみろ、と彼の言葉。その通りに目を向けると、丁度人の姿が見え始めていた。
夜明けの街で、今日を生きる為に人々が歩き出そうとしていた。
極寒に等しい世界で、人の熱が動き出していく。
「――」
「これが俺にとっての理由さ。……確かにこの街はもう終わりが近いのかもしれない。
だけどそれでも、この大地と人々は共に生きようとしている」
「生きようと……している……」
「ああ、例え明日終わる命だろうとも、それでも。もう一度前を向いて。日常の為に生きている。
街の人だけじゃない。このベロブルグと言う都市全体に生きる人々も、皆。
俺はそんな彼らを愛しく思う。勿論この大地だってそうだ。そんな彼らが生きようとする希望を見せる。
例え転んで泥に塗れて、傷だらけになっても。太陽すら見えない閉ざされた空の中であっても。
前を向いて、生きていこうとするんだ」
何気ない光景、決して不思議では無い筈の、一日が来れば必ず訪れるであろう光景。
それがどうしてか、酷く美しく見えて。
「そんな彼らを、俺は愛しく思う。大切だと思う」
だから俺は何度だって立ち上がれるんだよ、ブローニャ。
夢を語る無垢な子どものような声音で、彼はそう言葉にした。
「――」
ベランダから人々を見守るその瞳はいつになく優しく。
「……そっか」
「参考になったのなら俺も嬉しい。すまないな、具体的な解決が出来なくて」
「ううん、大丈夫。……ねぇ、もうちょっとだけ見ていてもいいかな」
「ああ、いくらでもいい」
彼と共に、夜明けのベロブルグを眺める。
その想いと景色を一生忘れない、と彼女は誓った。
「廃棄された書類」
一部汚れており、読めない。
被検体番号■■。性別、男。
戦闘能力、星■収容への適性に大きく秀でて■るも精神面が不■定。
強い執着をもたら■可能性が高い。
冷凍処理の上、■リー■-Ⅵへ放棄。これを以て終了とする。