愛を見つけた男の話 作:ベロブルグ市民
ベロブルグの地下――そこはボルダータウン別名下層と呼ばれる地区である。鉱石を掘って生計を立てる者達は、今日も生きるべくツルハシを振るっていた。
そんな中で、地区を歩く者が二人。
「で、今度はどんな無茶やらかしたワケ?」
「何で無茶って思うのかねぇ……。そんなに信用ないのかな俺」
「部分的に言うならサンポと同レベルよ」
「……マジかよ」
鎌を肩に担ぎ、呆れた目でヴィクターを見る少女はゼーレ。
見た目こそ若いが荒事を得意とする地炎の幹部である。地炎の頭領として振舞うオレグに育てられており、この街を故郷とする少女であった。
ヴィクターは錆びた剣を彼女と同じように肩へ担いでいた。錆びているが故に斬ると言うよりは最早殴るに近い。モンスターだけでは無く、流浪者まで相手にする事がある以上、間違えて殺してしまう訳には行かないと言う彼なりの結論である。
「ナタが言ってたのよ。シルバーメインに潜り込ませてる連絡係から色々聞いたって」
「あー……あの人かぁ」
「否定はしないのね」
「怒られたからなぁ」
うへぇ、と言葉を零しながら手にしていた袋を握り直す。
無人となった街リベットタウンからある程度の医療品を回収してきた帰りである。本来ならば人手がないためヴィクターだけで行くところを、丁度手の空いたゼーレがいて今回の件に至った。
リベットタウンへ向かう事自体は苦ではない。寧ろ地理を把握していると言うのであれば、ヴィクターと言う人物が誰よりも最も適している。
「で、どうなのよシルバーメインは。アンタがいるからそりゃ大丈夫なんでしょうけど」
「モンスターはな。寒さだけはどうにもならんし、裂界に至ってはどこへ来るのか分からんから対処しようが無い。ジェパードやダンがいるが、限界はある」
「……ふーん」
「……」
「……また、自分のせいでとか思ってるでしょ」
彼女の言葉に、ヴィクターは無言を返答とした。
ゼーレは知っている。彼がこういった返事をする時は大体図星だ。
彼の性格は知っている。どうしようもなく一人で背負い込もうとし、助力を借りようともしない。
確かにやり遂げる力はある。それだけの人物ではある。そこは彼女も認める所だ。
けれど。だけど、それでは。
「一体誰が、アンタを理解してあげられるのよ」
聞こえるか聞こえないか、彼女にしては珍しい声音でそう呟いた。
孤独だと感じた事は無いが、それでも彼と言う人物が不器用なのは、ボルタータウンの住人にとって周知の出来事だ。だからこそ自分がしっかりしなければと考えている。
「……いつも悪いなゼーレ」
「……こういった事言わせないでよね、アタシの柄じゃないのよ。ナタ姉とかオレグが言う事でしょ」
「ルカは」
「アイツは馬鹿だから、多分殴って解決しようとするでしょう」
「確かに、アイツならそうするかもな」
街が見えてくる。
地下にあるが故に光差さぬ、鈍色の街。輝く事はないけれど、それでも灯火を失わない強い人々。
彼らにとっての日常が、そこにある。
「あ、ヴィクターだ!」
「ゼーレ!」
子ども達が駆け寄ってくる。
ヴィクターは屈みこんで、彼らと目線を合わせた。先ほどまでの仮面のような表情は消えて、彼らにとっての希望である顔がそこにある。
「今日はどこまで行ったの?」
「リベットタウンだよ、ナターシャの依頼さ」
おんぶー、といって乗って来た子どもの一人を肩車する。
ああ、全く。子ども達は強いなぁと春の風のように微笑んだ。
「ほら、道を開けなさいって。ナタに怒られるわよ」
「うわ、ゼーレだ」
「今、うわって言ったやつ誰だぁ!」
ころころと表情の変わるゼーレとそんな彼女を宥めるヴィクター。
下層では、よく知られた日常の光景だった。
ボルダータウンに唯一の診療所――そこの主でもあるナターシャはふと外の雰囲気が変わった事を感じ取った。
何があったのかなど、ドアを開けるまでも無く分かる。
「……元気ね」
外からやいのやいの、と聞こえる喧騒。
二人が帰って来た時は大体いつもそうだ。
あの二人はこの街にとっての希望。いつか地炎が目指す光景に、その力は無くてはならないとナターシャは考えていた。
「貴方はいつも無茶をするのね、ヴィクター」
新しくはない、それでも忘れられない記憶を巡らす。
彼との出会い。そして脳裏に強く刻まれたとある出来事。
――凡そ一年前に、彼の様子がおかしいとゼーレから報告があった。
「ちょっと、見てあげてナタ」
「いや、大丈夫だ。ちょっと足を捻っただけだ、すぐに治る」
「診せなさいヴィクター。いつも貴方には世話をかけてるんだから、これぐらいさせて頂戴」
ナターシャはゼーレに目線を合わせる。席を外して欲しいと言う意図を彼女は汲んでくれた。
ヴィクターは生身を見られようとすることを酷く嫌う。そんな彼の癖を、既に地炎の幹部である彼女達は気づいていた。
「ほら、もう私以外いないわ。だから診せなさい」
「……」
歩行が僅かにおかしい、とゼーレから聞いていたから足を診ようとナターシャは視線を向ける。
ヴィクターの顔がいつになく硬い。何かを隠しているのだと、直感的に分かる。こういった事に関して、彼はフックと同レベルだからだ。
「誰にも言わないと約束してくれないか。シルバーメインにも、カカリアにだって伝えてはいないんだ。俺しか知らない」
「……約束するわ」
「見ない方が、良かったと思うんだけどなぁ」
彼が足の装備を外して、見せた光景にナターシャは言葉を失うしかない。
――だから言っただろう? と言わんばかりに彼は笑った。
「ヴィクター、貴方……」
「ああ、貴方には隠せないな。無茶を、し過ぎたかもしれない」
ヴィクターの足の指の一部が無くなっていた。
凍傷の行く末だと、彼女は一目で理解してしまう。
「一体、何が……」
「前線で死んだ兵士達をそのままにしておけなかった。彼らの亡骸を少しでも家族の下へ届けるために、駆けまわっていたんだ」
「……腐った所を自分で、斬り落としたのね。傷口、は、どうしたの……?」
声が震えていると自覚しながら、それでもナターシャは言葉を止めない。知るべきだ、知らなくてはならない。
医者としてではなく、人として。彼を少しでも理解しようとして。
「炎で焼いた。それだけだ、俺如きに貴重な医薬品を使う訳にはいかないだろ」
「!!! ヴィクター、貴方っ!」
相手が治療対象である事を忘れてしまう程に、彼の肩を強く掴む。
それでも彼は顔色一つ変える事無く、彼女の目を受け入れていた。
「命を、粗末にしないで! 貴方が倒れたら、一体誰があの子達を支えるのっ!」
「……」
「勿論、医薬品は大事よ! でも、命はそれ以上に大切なの! 貴方は……!」
「声を抑えてくれナターシャ。ゼーレに気付かれる。彼女は勘がいいから、気づかれたくない」
「…………誰にも、教えてないのね」
「ああ、貴方が初めてだ」
掴んでいた手が放される。
その指がもう一度伸ばされる事は無い。
「もう無茶は止めなさい……」
「……努力はする」
そんな過去を思い出して、ナターシャはため息をついた。
ヴィクターは強い。それは彼女もオレグも認める所だ。リベットタウンまで赴いて、ほぼ無傷で帰って来られるのは彼とゼーレぐらいだろう。
――けれど医師として多くの心を見て来た彼女はもう気づいてしまった。彼の心はもう戻らないと分かってしまった。
失って喪って、その果てに彼は辿り着いてしまったのだと。
「ねぇ、貴方は……どれだけ失ってきたの……?」
どうか彼の人生に、少しでも晴れの光が差し込みますように。
古い記憶
「四回目」
誰かの声が録音された記憶。いつどこで録音されたものかは不明。
「まただ……また繰り返している。結末は悪夢となって、また現実は始まりを迎えている」
「だが、起きた事は紛れも無く……」
「今は、足掻くだけだ。例え、それでも俺は……」
……彼の繰り返しは、製造の過程で起きた不具合だった。
でもそれでも貴方は、俯く事無く前を向くのね。