愛を見つけた男の話   作:ベロブルグ市民

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キミの記憶

 

 

 クリフォト城の一室で、ヴィクターは小さくため息を吐いた。

 今頃外では、例の彼らを追うべくブローニャ達が奔走している頃だろう。本来ならば彼もそれに参加しなければならない筈だった。要するに怠けているのである。

 

「……サンポが上手くやっているといいが」

 

 これまでの記憶にない男の顔を思い出す。何だかんだで彼は事態を悪い方向には動かさないだろうし、ヴィクターの果たす目的にも協力はしてくれるとは言っていた。胡散臭さはあれど、その価値観は十全の信頼を置いてもいいと考えている。

 挨拶であれば下層でと、考える。もしベロブルグでカカリアに見られでもすれば問い詰められるだろうし、最悪全ての計画が台無しになる。

 それに、もし察しの良い者がいて感付かれでもしたら目も当てられない事態になる。

 

「そういえばブローニャに地炎での事は言ってなかったな」

 

 彼女は人々を導くと言う立場では決して見劣りする人間ではない。けれどまだ若すぎる。導き手が必要だと考えていた。

 丁度いい、ボルタータウンでも案内してみるかと思考が浮かぶ。そういえばあの街を誰かに誘った事は無かった。

 下層での生活を、彼女はどう思うだろうか。驚くのは間違いない。けれどその後を受け入れられるかどうか。

 

「……最悪、ゼーレやナターシャもいるしオレグもいるから大丈夫だろう」

 

 窓から空を見上げる。

 この街ベロブルグの空が晴れる事は少ない。

 一月に数回、日差しが差し込めば珍しい程。しかし彼らにはそんな事を気に賭ける様子すら残っていない。

 

「だけど、それでも結末はこの星の者達へ委ねられるべきだ」

 

 拳を固める。

 為すべき事を為すために。

 

 

 

 

 ふと気づけばカカリアの所を訪れていた。

 よく考えれば来る事に今は何の理由もない。それに気づいたのはドアを開けてからだった。

 まずい、どうしようと考えが過ぎる。

 

「ヴィクターか、今朝がたの侵入者について何か情報でも掴んだか」

「いや、生憎ですよ」

「……」

「……」

 

 彼もカカリアも決して言葉が上手い方ではない。

 何ならブローニャの不器用さはカカリア譲りなのだろう。

 

「……まあ良い。お前の気まぐれは今に始まった事では無いからな」

「そいつは良かったです。またいつものように怒られたらどうしようかと」

「我が身を振り返る事だな。いい加減、子どもと言う年齢でもないだろう」

「……」

 

 いや、全く。言い返す余地も無かった。

 大守護者カカリア・ランド――私欲を無くしこの星の未来を憂いた者。この星の未来を確かに夢見た者。

 何なら殺し合った未来だってある。

 ヴィクター本来の得物が槍であるのも、彼女の影響だ。それ程にまでに彼女とは命のやり取りを繰り返した。

 今の彼女はそんな事を知る由も無いのだけれど。

 

「……思えばお前が来てからもう数年か。早いものだな」

「見ず知らずのこの身を拾って頂いた事、心から感謝しています」

 

 彼女に語る言葉は紛れも無い本心だ。猜疑心を以て彼女に接した事は無い。

 だって例えどの結末の始まりだろうとも、彼女が彼を拒む事は無かった。シルバーメインである事を許し、自由である事を許した。

 結末によっては投獄された事もある。殺された事もある。けれどそれでも彼女を恨もうとは思わなかった。

 この星に生きている者を、彼女は確かに愛しているのだから。

 

「……何だ、普段らしくもない。私の言葉の最中、目を離した隙にどこかへ行っているのがお前らしいと言うのに」

「それは、そういう時もありますよ。貴方の声が恋しくなる時ぐらい」

「…………冗談はそこまでにしておけ」

 

 彼の言葉にカカリアは小さく息を吐いた。

 目線を合わせず、彼女は窓を見る。

 

「そんな言葉を吐く余裕があるなら、ブローニャの補佐に向かえ。追跡はお前の方が得意だろう」

「まあ、色々と」

 

 ベロブルグに住む者の事は既に全員知り尽くしている。だからきっとここにいるだろうと言う考えもすぐに浮かぶ。故にカカリアからはそういう認識を持たれているのだろう。

 ある意味卑怯な手段だなと笑ってしまいそうになる。

 向こうは、彼以外は何も知らないと言うのに。

 

「それじゃあ行ってきます」

「……らしくない挨拶を言うな、普段通りでいいと言うのに」

 

 頭を下げ、部屋を出る。

 多分、これで最後だろう。穏やかに、普通に話すのは。

 何もかもを終わらせて見せるから。

 覚えておこう、彼女との記憶を。

 

 

 

 

 

 

 ボルダータウン――そこのホテルに例の一行はいるらしい。

 待ち合わせをしているとの事で、ゼーレと先に合流をしていた。

 

「……あ、いたいた。アイツらよ」

「アレが……」

 

 仮面を被ったような固い表情と爛漫な少女の二人、加えて端正な顔立ちの青年が一人。

 事前にサンポ聞いていた情報通りだった。

 ただ一つ違っていたのは顔見知りが一人いる事である。

 

「ヴィクター!? どうして……」

「ブローニャがいるのは想定外なんだが」

「あの馬鹿に言ってよ、アタシだって知らないんだけど」

「……まあ色々あってな、こうして下層にも支援をしていた。ここだってベロブルグである事に変わりはないからな」

「それは……そうだけど」

「……初見となる。シルバーメイン、地炎の両方に所属しているヴィクターだ。貴方達の事はサンポから聞いている」

 

 少女の名前はベクター、三月なのか。青年は丹恒と名乗るらしい。

 ああ、確かにと。

 彼らからはこの星のモノとは違う感覚がある。

 開拓者、ナナシビト――彼らは言うなれば客人だ。であればやるべき事は決まっている。

 

「ゼーレ、この街の案内は済んでいるのか?」

「いや、まだよ。勝手に歩いてもらおうと思ったけど……もしかしてガイドでもするつもり?」

「ああ、上で散々な目に会ったと聞いたからな。印象の尻拭いしてやるのも悪く無いだろ」

「そう……。だったら私も着いていくわ。アンタ一人だと闘技場まで行きそうだし」

「……? ダメなのか」

「あのね、闘技場まで行ったらコイツらが目付けられるに決まってんでしょうがっ」

 

 やいのやいの、と二人の話し合いが始まり、その場にいた者が思わず言葉を忘れてしまう。

 そして遠巻きに見ている住人達が「またか」と呆れたような目線を向けていた。きっとこういった光景もこの街にとっては当たり前の事なのだろう。

 そんなこんなでボルダータウンのガイドが始まる。

 

「この街の通貨は……と言うよりベロブルグ全体の通貨だ。シールドと言ってな。

 せっかくの出会いだ、俺からもいくつか渡しておこう」

「え、いいの! ありがとうヴィクター!」

 

 なのかの返事と共に彼女の手にシールドと呼ばれる通貨を乗せた。

 決して綺麗とは言えないが、それでも使い込まれた年季が確かな風情を感じさせる。

 

「イモリの串焼きだ。中々癖になる。上層部でも食事通な者は結構好んでいるぞ」

「うへぇ……あんまり写真栄えはしなさそう」

「なら思い出に残りそうだな。一口食べてみるか?」

「食べてみる」

「ちょっ、ベクター!?」

「もぐ……塩気があって、うん美味しい」

 

 無表情で一本そのまま平らげる少女。なのかが見せた反応と真逆の行動をしたところを見るとどうやら開拓者精神と言うのは中々に強靭らしい。

 

「そういえばヴィクター。この街のゴミ箱見ていい?」

「ゴミ箱? 構わないが、好きなのか?」

「うん。眺めてると安心する。自分が底にいるって考えると落ち着く」

「……凄いなぁ、開拓者」

「いや、うちらゴミ箱に興味ないんですけど!?」

 

 ベクターと言う少女が見た目よりかなり個性的である事が分かるなど、意外にも退屈しない時間であった。

 ガイドの最後に会うべき人の所へ訪れておく。

 

「こちら、地炎の代表を務めるオレグだ。この街で困った事があれば彼を頼ると良い」

「おう、お前達がサンポの言っていた客人か。何でも上で派手にやって来たと聞いたぞ!」

「寧ろこっちが騙されたんだってば」

 

 後は診療所へ。

 もしかすると彼らも彼女の世話になるかもしれないから。

 

「ナターシャよ、ボルダータウンで医者をしているの。貴方達も怪我をしたら頼って頂戴ね」

「彼女の腕は確かだ、俺が保証するよ」

「あら、どこかの誰かさんは治療を受けてないって聞いたけど?」

「……そうか、意外と丈夫なんじゃないか」

 

 そんな話の最中、ふと外から走ってくる音に一同が思わず振り向いた。

 鉱夫の一人が息を切らせながら、ドアを開ける。

 

「ゼーレとヴィクターもいたのか、良かった! 鉱区にモンスターが出たんだ! 今すぐに手を借りたい!」

「! すぐに行く。ガイドはここまでだな」

「俺達も加勢する、手数は多い方がいいだろう」

「丹恒と言ったか、感謝する。後をついてきてくれ」

 

 鉱区に到着すれば、モンスター達とそれに抗う人達の姿があった。

 本能的に槍を握り、全力で踏み込んでからの刺突。そこからの一閃で纏めて消し飛ばす。

 

「好きに動いてくれ。こちらで合わせる!」

「分かった」

 

 開拓者達の得物は弓と槍、そして最後のバットで思わず声が出そうになった。

 いや、殴打と言う意味では間違いないのだろうがベクターのような細身の少女が豪快なフルスイングでモンスターを薙ぎ払っているのは、珍妙さがある。

 加えてゼーレ、ブローニャの加勢もあるため、規模こそ広範囲ではあるが殲滅に時間は然程かからなかった。

 

「……協力感謝する。貴方達がいなかったら、もう少しばかりの時間を要していた」

「ううん、うちらもこういうの得意だもん。全然頼ってよ!」

「銀河打者たる者、手は貸して当然」

「そうか……生憎ツアーはここまでだな。時間と状況が違えば上層も案内したかったんだが……。あそこの博物館は面白いぞ、いるだけで時間が潰れる」

「そっか、そういえば博物館の寄贈品に協力したの貴方だったんだヴィクター」

 

 ――キャンプの灯火に照らされる。

雑談をしながらボルダータウンへ戻る開拓者達と案内役のゼーレを見送って。

 ヴィクターはブローニャとキャンプにいた。

 ホテルへ休養を取る事を勧めたが、彼の近くがいいと彼女自身が選んだのだ。

 

「……今日はすまなかったな、ブローニャ。いつかどこかで話そうとは思っていた」

「ううん、大丈夫。ヴィクターがそういう人間じゃないのは知ってる。

 私、下層の事全然知らなくて。お母様は何故、その事を隠していたんだろうって思ってたの。だって、お母様は見捨てる人じゃない。本当に見捨てるつもりなら、下層に繋がる道を全て封鎖していた。出来ていた筈だもの」

「……ああ、俺も同じ考えだ。きっと彼女なりの考えがある。それに悪意はない。

 だから俺は、分断せざるを得なかった理由があると考えている」

「理由?」

「この星に残されたリソースの共有、或いは地髄に関する事。上層と下層に分断された事で生じる差別意識……今は見えず言葉に出来なくとも、きっとあった筈だ」

「……」

 

 彼女は強く眦を引き絞る。

 それは決意を固めた少女の顔。

 

「ねぇ、ヴィクター。私、お母様にこの事を尋ねてみようと思う。分断を解放出来たらって、考えたけど今はそうじゃなくて。

 この街に生きる人達は皆、強い人達で前を向き続けている。私はそう感じた。あのゼーレって言う子からも、この街の人々からも。

 お母様が今、どう考えているのか私には分からない。だから、それを知りたいの」

「……そうか、やはり君は」

「うん、この街で見た事を無かった事には出来ない」

「分かった、俺も協力する」

 

 

 

 

「ブローニャ、やはりキミは何度でもその選択をするんだな。

 ……であるならば、俺は」

 




 飛び散った記憶の欠片

 様々な結末がステンドグラスのように写っていて、一人の青年が拳を握りながら蹲っている。

「必ず……! 必ず、貴方達を……!」


 これが彼の原動力。そして最後へ突き動かす力。
 ……私は見守る事しか出来ないけど、頑張ってね。
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