愛を見つけた男の話   作:ベロブルグ市民

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読了、ありがとうございました!
おまけで2話ぐらいあります。ちなみに本編一切関係ないです。


裸の勇者

 

 

 決着はつかず、戦いは何処までも平行線をたどる。

 

「――潮時か、ここまでだな」

 

 フレスベルグが再びその翼を広げる。

 裂界の枝がさらに周囲を包み込んでいく。それはヴィクターとて例外では無かった。

 彼を取り込み、さらに怪物は肥大化してゆく。

 

『■■■■――!!!!!』

 

 最早言葉ではない雄叫び。

 たったそれだけで立ってはいられない程の嵐と吹雪が荒れ狂う。

 

「ヴィクター……! 何故、何故だ! 何故お前がそれを知っている! 何故お前がそれを目覚めさせようとする!」

「お母様、アレを知っているのですか!?」

「――フレスベルグ。かつて星神達によってこの星へ封じられた終末獣の一つ。何としてでも、止めろ! もしあれがベロブルグへ向かえば……!」

 

 もしアレが、ベロブルグに向かえば何もかもが終わりだ。

 怪物が飛び立とうとする。

 嵐を呼び、吹雪を曝し、この星を閉ざそうとして――。

 

「撃てェ!」

 

 彼方より聞こえた声。

 数多の赤き閃光がベロブルグの街から放たれて、その全弾が怪物へ命中する。

 

『――!!!!!!!!』

 

 言葉にならない悲鳴を上げて、怪物が地に伏せる。

 ベロブルグの都市――そこに設置された砲門に人々が集結していた。シルバーメインとボルダータウンの住人達。

 オレグとスヴァローグを筆頭に、彼らはそこに立っていた。

 

「ビーコンの作動誤差無し。全ての砲弾の命中を確認した。効果はあるようだ」

「よし! 全員、次弾を装填! 大守護者と開拓者達を援護しろ!」

 

 この星に封じられていた怪物。存在次元その物が違うと言えども、この星にいた以上、産出される鉱物である地髄はその守りを突破できる筈。

 それが地獄を繰り返し続けてきた一人の青年が辿り着いた可能性であった。

 スヴァローグに依頼し、地下で密かに砲弾を作成。サンポに流通ルートの作成を託し、全ての準備を整えた。

 無論、彼一人だけではない。この星、ベロブルグに生きる者達がいたからこそ成し得た結果である。

 

「地炎とシルバーメイン、共に聞け! あれがこの吹雪の元凶――そして大守護者達が封じてきたモノだ。星神と呼ばれる強大な存在、ヤツはそれに匹敵する。

 だが、俺達には新たな味方がいる。無数の世界を渡り歩いてきた開拓者達の力がある。そして何より、この都市に生きていた誇りがある」

 

 大砲が再度、射角を調整すべく音を立てる。

 その動作に澱みは無い。何度も訓練を繰り返してきた故の賜物であった。

 

「数百年、ずっと俺達は大守護者と呼ばれる存在に守られていた。守られ続けていた。その事に気付く事もせず、気付こうともせず。

 この都市は俺達の都市だ。俺達の星だ。

 俺達は組織と言う立場の違いこそあれど、後は何も変わらない。この星に生まれたと言う事も、守るべきモノの事も。

 ――ベロブルグの存護の力、見せてやれ」

 

 

 

 

 

 

 何故だ、と自問する。何故、人と言う矮小な存在に自分が押されているのかと。

 羽ばたくだけで吹き飛ばされ、ただ在るだけで生まれる吹雪で死に至る。星神とは並べるべくもない、そこらを這いつくばる虫と変わらない筈。

 それが、拮抗どころか倒されかけている。

 

『……やっと言葉が通るようになったか。さすがに骨が折れたぞ。精神体のようなものだったから良かったが、何回殺されたと思っている』

 

 か弱くも確かな声がする。羽虫同然でありながら、それでも抗ってきた者達――人間の声。

 そういえば取り込んだのだ、と言葉を聞いて思い出した。

 

『何故、と思っているだろう。貴方は星神によって封印された存在。そんな存在である自分が人間に負けているのかと』

 

 その通りだった。

 全くを以て分からない。

 

『執念だ。人には生きようと足掻く執念がある。

例えこの惑星の片隅に追い込まれても、それでもこの星の人々は生きようと足掻いた。貴方はその執念に負けたんだ』

 

 不可解。何故そうまでして生きる事を選んだ。

 苦しいのだろう。痛いのだろう。ならば目を閉じて生きていればいいと言うのに。

 

『この星に生まれて、この星に生きているからだ。理由なんてそれだけなんだよ』

 

 ――不思議と不快な感情は湧かなかった。

 片手で、暇潰しで追いやられたのではなく。あの土地に、あの星に生きていた者の総力を挙げて、それに負けたと言うのなら心の何処かで納得してしまった。

 それは或いは、この男が自分と言う存在と対等にいようとしているからなのだろうか。

 体が、精神が消えていく事を感じる。自身の何もかもが終わっていくのだと悟る。

 かつて星神ですら倒せず封印する事しか出来なかったこの身が、人間によって打ち倒された。

 それはきっと奇跡と言うのだろう。

 

『後はそうだな……。俺が星核を収容する人造人間として作成されたのもあるだろう。具体的な説明は分からないが、その力もある筈だ。尤も、その過程で死から逃れられないと言う欠陥を抱えてしまったが』

 

 知っている。死してもこの男はまた始まりへ戻ってしまうのだと。

 それを利用し続けた。それに意味があると求めて続けて。この男は文字通りの血反吐を吐きながら、生きていた。それでも歩みを止めず、ただこの星の者のために走り続けた。

 けれどきっとそれも終わり。今回の死は男にとって肉体的な終わりではない。自分と言う全てを使いきっての終わりであるからだ。

 

『貴方が落ちていくと言うのなら、俺も共に落ちていくよ。貴方だって、この星に生きた存在なんだ。寒さと言うのは、独りには堪える』

 

 そして最後に分かった事がある。

 男は決して器用ではなかったし、英雄でも無かったけれど。それでも、あの星を、あの場所で生きていた者皆の幸せを願っていた。

 きっとそれを生命は、愛と呼ぶのだろう。

 

 

 

 

 

 

 それは激戦だった。

 怪物の護りを貫く砲弾、怪物を守らんと召喚されては研ぎ澄まされた氷の槍に貫かれていくモンスター達。

 永遠に続くのではと思われる時間は唐突に終わりを告げた。

 怪物は地に伏せると、倒れ込み二度とその体を動かす事は無かった。巨体の先端が少しずつ光の粒子となって溶けていく。

 ――そうして、取り込まれていた彼が一人残っていた。両膝を着いたまま、俯いていてまるで抜け殻のよう。

 ブローニャとゼーレが得物を放り投げてすぐさま駆け寄った。

 

「ヴィクター、待ってて今治療を……!」

「必要、ない……。どの道、俺も同じ運命だ……」

「いや、いや……! 言わないで、そんな事!」

 

 目線が合わない瞳で空を見上げる。

 どこまでも青い空。透き通った空のレンズは、銀河をさらに瞬かせるかのように。

 綺麗だなぁ、とどこか他人事のように感じる。

 ああ、そうだった。俺はこの一瞬の為だけに今まで――。

 

「貴方達が……取り戻した世界だ。……穏やかな未来、を……」

「ヴィクター!」

 

 無情にも、彼の体は消えていく。

 そうして最初から、彼はこの世界からいなかったかのように何もかもを失くしていった。言葉通りの消滅。

 その後の結末を、まざまざと語る必要は無い。

 怪物は打ち倒され吹雪は止んだ。この星は生きる力を取り戻した。

 カカリアは上層と下層を分断した責任を取り、大守護者の座を引退。その地位をブローニャへ引き継いだ。

 開拓者達はそれを見届けた後、次の旅へ向かった。――三人とも、その日の夜に同じ夢を見たと言う。

 ヤリーロ-Ⅵ。彼らにこの星はどうだったかのを尋ねた、そんな不器用な誰かの夢を。

 

 

 

 

 微睡の中にいる。そうぼんやりとした自覚がある。

 あの後、どうなったのだろう。何度も殺されては対話のために足掻いた記憶が残っている。肝心のその後が抜け落ちていた。いや、抜け落ちていたと言うよりも覚えている余裕が無かったと言うべきか。

 思い出そうとして、鈍い意識がそれを留める。

 

「勝手にやってごめんなさいね、貴方の意識だけをここに保存したの。あのままだと何もかも溶けて消えてしまっていたから」

 

 すぐ頭上から穏やかな女性の声がした。

 まるで長年の歳月の間、子どもを見守って来た母親のような声音で。寝かしつけられているようだと感じた。視界は定まらず、その顔は朧気でよく見えない。

 今この場で敵ではないと言う事だけが分かった。

 額にそっと手を置かれる。

 

「貴方はよく頑張ったわ。あの星の人達は覚えていないけれど、私は貴方をずっと見守って来た。千年を超える時間、あの地獄を走り抜けてきた貴方と私は共に在った」

 

 それはさぞ退屈だっただろう。

 自分の人生なんて、左程面白いものだっただろうか。地獄とそれを言うのならば、報いるだけの何かは残っているのだろうか。

 

「いずれ貴方の体は再構築される。あの存在と一体化した貴方は、自己消滅を繰り返す現象体となる。けれど、今の記憶をその貴方自身はもう覚えてはいないでしょう」

 

 言葉の通りだ。この先に続きがあると言うのならば、もう過去に未練はない。

 出来る事は全部やってきたと思う。見られる結末は全て見届けてきたと思う。人として出来る事は、何もかも手を尽くしたと思う。

 であるのならば、それらを大事に抱えて生きている理由は無い。もう終わった自分自身に理由など無いのだ。

 

「だから私が覚えているわ。貴方の歩みを、貴方自身をずっと。この銀河で、この宇宙で私が、私だけが貴方の地獄を」

 

 どうしてだろうと考える。

 そんな事をしても、きっと貴方に利など無いのに。

 誰にだって地獄はある。誰にだって耐え切れず血反吐を吐き、蹲ってしまうような記憶はあると言うのに。

 

「だって、貴方はとても頑張って来たもの。それら全部が水の泡になって消えてしまうなんて、私自身が許せないから」

 

 そうなのだろうか。

 思考はまとまらない。だけど、貴方がとても優しい人であると言う事だけは分かった。そんな人物にこの言葉を掛けて貰ったのだ。

 ならばきっと、悪くはない人生だった。

 ――瞼が重い。

 

「ええ、大丈夫よ今はゆっくり休んで。私が傍にいるから。貴方の星の記憶は、私が守り続けるから。

 メモキーパーとしても、私個人としての願いだもの。

 ――おやすみなさい」

 

 優しい声に目を閉じる。

 その刹那に、白亜の城とその都市、そしてそこで生きる彼らの事を考えた。

 どうか幸せに。

 どうか穏やかに。

 永遠では無くとも、その温もりが続きますようにと。

 

 

 

 





 大切な記憶

 意識の最奥にしまい込んでいた記憶。


 ベロブルグに生きる者達が皆、楽し気に笑っている。
 そんな未来を、そんな貴方達を想う。ただそれ故に――。



 ええ、おやすみなさい。星と人を愛した人。
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