その年のイーストン魔法学校で行われた神覚者候補選抜試験は、始まる前から観客たちを震撼させた。
参加者名簿に記された所属クラブの中で異彩を放つのは――肉体改造部。
学校で一番優秀な“魔法使い”を選ぶ試験の参加者が――肉体改造部。
そして、予選の様子を中継するモニターには、真顔で死霊に食塩を投げつける生徒の姿が映っていた。
「ソルトスプラッシュ……」
一応、技名を口にした彼の名前は、カルパッチョ・ローヤン。
自称、世紀の天才霊能者であり“霊とか相談所”を運営する
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マッシュが銀の
トム先輩のドゥエロへの勧誘をなんとかかわしたマッシュとフィンは、教室を出て一息をつく。
そんな二人の後ろに、新たな人影が立った。
「マッシュ・バーンデッド。話がある」
振り返ったマッシュの目に入ったのは、少しボサついた赤髪にうずまきのようなアザをもつ少年。寮支給のローブを着ていないため、同じ一年生だろう。
誰だろうかと首を傾げたマッシュに、フィンが耳打ちをした。
オルカ寮所属、カルパッチョ・ローヤン。今年の内部進学一位通過の、ランスと同じ本物のエリートである。
「先日のドゥエロの試合を見た」
品定めするようにマッシュを見ながら彼が話すのを聞いて、また決闘かと身構えたマッシュの耳に、魔法学校にふさわしくない単語が届いた。
「肉体改造部に入りなよ」
「えっ?」
なぜ? と顔に出すマッシュに、口元に手を添えたカルパッチョも首を傾げる。
「……いくつか質問したい」
「そうぞ……」
妙な威圧感を出してくるカルパッチョにマッシュがうなずけば、怒涛の質問が始まった。
「寮に帰ったら何してる?」
「筋トレ……シュークリームを食べたり作ったり」
「勉強は?」
「やってないです」
「何か研究は?」
「してないです」
「委員会とか」
「入ってないです」
「趣味は?」
「……筋トレとシュークリーム?」
筋トレとシュークリームしかない。マッシュはその事実に気が付いた。
「君自身に“やりたいこと”はないの? 何かの“目標”は?」
やりたいこと。目標……。
マッシュは神覚者となるために入学したが、それはじいちゃんと平和に暮らすためであって、マッシュのやりたいことではない。
固まってしまったマッシュを心配そうに見るフィンの前で、カルパッチョの言葉は続く。
「まあ、別に焦って何かやろうとしなくていいよ。……スポ根やガリ勉、軟派や不良、努力家や金持ち。学校には有象無象がいるけど、周りに影響されるのは良くない」
そこで言葉を切ったカルパッチョの暗い瞳が、キラリと光った。
「僕の師匠の持論では、帰宅部が最強。人生において最もダラダラできる時期を有効に使ってダラダラしてる勝ち組」
勝ち組と呼ばれながら負けた気分になったマッシュに、追い討ちがかけられる。
「明日からも帰宅部の下校の早さを見せつけてやればいい」
「……僕、部活入ろうかな」
焦って決断したマッシュに、カルパッチョが右手を差し出した。
「ようこそ肉体改造部へ」
目の前で友達がやりこめられるのを見たフィンが、冷汗をかく。
気配を消してマッシュの後ろへ隠れようとしたフィンに、カルパッチョの視線が刺さった。
「君は……フィン・エイムズか? 内部進学ボーダーギリギリの」
嫌な覚えられ方をしていたことに小さくうめいたフィンに、カルパッチョが向き直る。
「“肉体改造部”といっても、筋トレをする部活じゃない。部員以外の、体力育成の科目が苦手な生徒の体力づくりや基礎的なトレーニングの相談にものる」
自分を勧誘するつもりではないと分かったフィンは、安心と少しの悲しみを覚えた。
明日から自分も何か始めようと考え始めたフィンを、カルパッチョが次の標的にする。
「ところで……部活に所属する生徒で成績のふるわない者がいた場合、その部活は活動停止となる場合がある」
「えっと……」
なぜそれを今、自分に言うのかと不思議に思って視線を上げたフィンは、すでにカルパッチョのペースにのまれていた。
「だから活動には勉強も含むことにする」
肉体改造部なら、脳を鍛えたっていいだろうと言うカルパッチョに、「典型的な劣等生」だとランスに言われたフィンとマッシュの視線が集まる。
部活で勉強を教えてもらえる? それに体力育成もホウキの授業も苦手だけど、フォローしてくれるってこと?
心が揺らぐフィンの前に、カルパッチョが右手を差し出した。
「……僕は内部進学一位通過だ」
「僕も入部します! よろしくお願いします!」
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部室に案内すると言われたフィンとマッシュがカルパッチョと並んで歩いていけば、教授たちの研究室が並ぶエリアについた。
オルカ寮では
「ここが僕の研究室。肉体改造部の部室も兼ねてる」
そう言ってカルパッチョが指さす室名札を見れば、肉体改造部と……“霊とか研究室”。
「えっ……」
目をこすったフィンが、もう一度確認をする。
「……霊とか研究室」
いや、どゆこと……?
入部は早まったかと思ったフィンが入室し、研究室を見渡す。怪しい置物が無いのを確認していると、来客があった。
「最近、肩が重くてゴルフの成績がふるわないんです……。それに生徒に顔面を蹴られたり、埋められそうになったり……。これって、悪霊の仕業なんじゃないかと思って」
そう言って重苦しい雰囲気で研究室のソファに腰かけているのは、先日マッシュたちとひと悶着があったファルマン教頭。
対面するソファにはカルパッチョだけが座り、フィンとマッシュはソファの後ろに身を隠していた。
霊とか関係ない悩みが霊とか研究室に持ち込まれている状況に、どうするのかとフィンは聞き耳を立てる。
「あー……完全に悪霊の仕業ですね」
完全にマッシュの仕業である。
適当なことを言うカルパッチョに二人が驚いていると、彼がおもむろに立ち上がる。
気怠そうだった雰囲気から一転して、彼の瞳がキラリと光る。カルパッチョが教頭の肩を後ろから肩もみするように掴んだ。
「右肩の方がこっ……呪い強めですね」
今、肩こりって言おうとした!
「除霊の儀を執り行うので、こちらのベッドにどうぞ」
なんで研究室に施術ベッドがあるの?
流れるように案内する様子に、こいつ手慣れてるなと思いながらフィンが心の中でツッコミを入れる。
完全にマッサージ師のたたずまいを見せるカルパッチョが、腕まくりをして構えた。
――呪術クラッシュ!
肉体疲労からくる負担をほぐし、肩凝り・腰痛などを解消する。カルパッチョの師匠レイゲンの必殺技である。
「すごく肩が軽くなったよ! ……実は除霊とか信じてなかったんだけど、本当にできるんだね!」
本当にマッサージをしただけだった。
「今回で99%霊を“削減”できたと思います。でも事務作業とか、先生方の仕事は肩が呪われやすいので気を付けてください」
「削減? 完全には消せないのかい?」
バレたらどうなるんだろうとハラハラし始めたフィンの気持ちも知らず、真顔のカルパッチョが話を続ける。
「霊っていうのは二酸化炭素的なアレです。そんなニュアンスの存在っていうか……だから完全に消すのはちょっと困難です」
内部進学一位通過とは思えないトンデモ理論であるが、堂々と話すカルパッチョの姿に教頭は納得したようだ。
「これ、報酬ね。また肩が重くなったら来るよ!」
上機嫌で教頭が出て行った音を確認して、フィンとマッシュもソファの後ろから顔をだす。
中等部時代のカルパッチョとは関わることがなかったため、フィンも彼の性格については知らなかった。
「カルパッチョ君、饒舌だからびっくりしたよ」
何だか怖くて近寄りがたい人だと思っていたが、あの適当さに人は見かけによらないんだと、いい意味で裏切られたフィンが話しかけた。
「あぁ。あれは師匠の真似してるだけだから」
師匠があんな感じってこと……?
ソファに座って片肘をついたカルパッチョは、確かにさっきとは雰囲気が違う。
マッシュも気づいたらしく、学校の授業や行事と関係なくもらえることに驚いている。
「いいか二人とも……。世の中には、肩こりを肩こりと認めたくない大人がたくさんいるんだ」
面倒くさそうに呟くカルパッチョは、あれが肩こりだと認めた。
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マッシュとフィンが肉体改造部に入部してから、二週間程が経った。
部長はオルカ寮の三年生で、その筋肉を見たカルパッチョが頼み込んで部長になってもらったらしい。
少し独特の雰囲気があって怖い時もあるが、基本的には優しくていい人だ。
今日はこの場を借りて、“霊とか研究室”の相談記録の一部を語ろうと思う。
「あの……ここで恋愛相談にものってもらえると聞いたのですが」
そう言って入室してきたのは、アドラ寮一年生のレモン・アーヴィン。
同級生のマッシュ・バーンデッドが
「その“彼”は、君を婚約者だと認識していないのか?」
「はい……。照れてしまっているようで」
手をつなぐとか、恋人らしいこともできていないと嘆く姿を見て、カルパッチョは彼女の片思い中であることを理解した。
「あの、彼はシュークリームが好きなので……毎日プレゼントするとかはどうでしょうか?」
効果はあるだろうかと不安そうに尋ねるレモンに答えるため、恋愛相談は得意ではないカルパッチョが師匠語録を引っ張り出す。
「……それだと彼の中で、君の気持ちよりもシュークリームの印象が先行してしまう」
急に雰囲気の変わったカルパッチョに、レモンが目を瞬いた。
「まずは好きな授業の話とか、部活や研究、普段は何をしているのかとか……お互いを知る必要がある」
マッシュからは彼女の話を聞いたことがないため、まだ知り合い程度の認識のはずだ。
「焦って気持ちを伝えるより、彼の生活の中に君の印象を残すことを優先すべきだろう」
「はい! ありがとうございます!」
元気な声で返事をしたレモンは、思いのほか充実した相談となったことに驚いていた。
カルパッチョ君。怖い印象があったし恋愛相談とかできるのか心配だったけど……アドバイスは的確だし、よく見たらイケメン……。
また来ようと考えながら、相談も終わってすっきりしたらしいレモンは、入室時の疑問を口にした。
「ところで、表に書いてある“肉体改造部”って何ですか?」
よく聞かれることなので、カルパッチョもいつも通り簡単な説明をする。
「一年生の部員は僕とマッシュ……」
「入部します!」
「……」
「入部します!」
「生まれてこのかた一度も彼女ができなくて……これ絶対、悪霊のせいだな~って思って」
そう言ってうなだれているのは、アドラ寮一年生のドット・バレット。
この間も課外授業で女に騙されたとか、好きになった子はキノコ頭に夢中だとか、聞いていない情報をペラペラとしゃべっている。
「……それ絶対、悪霊のせいですね」
面倒くさくなったカルパッチョが話を遮り、ソファから立ち上がった。
「除霊の儀を執り行うから、そこの椅子に座って」
大人しく座ったドットのヘアバンドを外し、クロスを着せて正面の鏡に映す。
ハサミを構えたカルパッチョの瞳がキラリと光った。
「まず霊の宿りやすい髪や眉をカットする」
美容師もびっくりな手際の良さで始まった施術に、文句を言いかけたドットも口を閉じる。
「首や顔に指圧を加えリンパの流れを良くし、むくみと霊を押し出す」
これ霊とか絶対関係ないけど、気持ちいいからいっかと、ドットは考えることをやめた。
「最後に除霊用のワックスと霊が嫌がる匂いのする聖水を吹きかけて……除霊完了。明日から努力次第で彼女もできるよ」
「あざっす! 次の予約いいっすか?」
ここは美容室じゃない。
「そういえば、表に書いてる“肉体改造部”って何なんだ?」
リラックスした様子のドットの質問に答えながら、カルパッチョは彼を観察する。
体力も根性もありそう。粗暴に振る舞ってはいるが、義理堅い努力家タイプ……。
来年以降の肉体改造部存続のために、同学年の部員をあと一名確保しておきたい。彼なら部にいい影響を与えてくれそうだ。
相談内容からドットの好きな相手を察していたカルパッチョが、暗に勧誘した。
「一年生の部員は僕とレモン……」
「入部します!」
「……」
「入部します!」
「妹とのツーショット写真に霊が写った。除霊してほしい」
そう言って写真を見せてきたのは、アドラ寮一年生のランス・クラウン。
彼が幽霊だと言って指さした部分に写っているのは、明らかに通行人だった。
「心霊写真……」
写真を受け取ったカルパッチョが、口元に手を添えて首をかしげる。
先に知らせておくと、ランスはこの写真を心霊写真とは思っていない。
友人であるマッシュたちが怪しげな“霊とか研究室”――正確には肉体改造部に出入りしていると聞いて、見極めに来たのだ。
「御祓いしておくから、2時間後にまた来て」
何の疑問も抱かず写真を受け取ったカルパッチョに、やはり霊能力などないのだとランスが確信する。
マッシュたちにも警告しようと考えながら、ランスは研究室を後にした。
ランスを見送ったカルパッチョは、研究室の備品であるパソコンとスキャナを起動する。
写真を読み込み、デスクに座って肩を鳴らしたカルパッチョの瞳がキラリと光った。
――御祓いグラフィック!
CGソフトを用いて写真を不自然なく合成処理する。カルパッチョの師匠レイゲンの必殺技である。
「これは……」
約束の時間になり、再び霊とか研究室を訪れたランスが感嘆の声をあげた。
“除霊”の済んだ妹とのツーショット写真は、写り込んでいた通行人が違和感なく消えている。
霊とか関係ないけどすごい技術だ。正真正銘、妹とのツーショット写真……。
「他にも心霊写真があるんだが……頼めるか?」
追加の写真を持ち込もうとしているランスに、カルパッチョは勧誘のチャンスと見た。
「肉体改造部に入部するなら、心霊写真の“除霊”方法は教えるよ」
そう言って差し出されたカルパッチョの右手を、ランスが掴んだ。
「入部する」
ようこそ肉体改造部へ!