レイゲンには超能力も霊能力もありません。
数年前の夏の昼下がりに、“霊とか相談所”を一人の少年が訪れた。
少しボサついた赤髪にうずまきのようなアザをもつ、
炎天下を帽子もかぶらずに歩いてきた少年が、流れる汗をシャツで拭って事務所の扉を開いた。
冷房代をケチっているのか、事務所はあまり涼しくない。
「看板を見て来たんだけど……」
カルパッチョの声に気が付いて、アルバイトらしき少し年上の学生が近寄ってくる。
その学生……後に超能力者だと知らされる
「はいはーい。何でしょう? って……ガキかよ……」
小学生かと聞きながらガッカリして見せたのは、この事務所の経営者である
弟子の方が強そうだなと考えながら、カルパッチョはレイゲンに声をかけた。
「『霊とか相談』って……【魔法】や【杖の祝福】のことも相談できる?」
「ん? あぁ……アレは意図的に濁してるんだよ。訪問者の解釈に委ねられるし」
レイゲンの言葉を聞いて、カルパッチョがわからないと言うように口元に手を添えて首を傾げる。
そんなカルパッチョと視線を合わせるため、歩いてきたレイゲンが彼の前に屈んだ。
「で、何の用だ坊主。親は一緒じゃないのか?」
追い返されるかと思ったが、レイゲンはカルパッチョをソファに座らせて聞く姿勢に入る。
レイゲンの隣にモブが座ったのを確認して、カルパッチョが声を発した。
「自分の力がわからない……」
「は?」
「僕の杖……自分の力をコントロールっていうか……うまく制御できないときがある」
制御できないときがあると言っているが、杖屋にいけば、自分の魔力に適した杖を探すことができる。杖が扱えない者の手に渡ることはない。
バレバレな嘘をつく少年に、いたずらだと思ったレイゲンがため息をついた。
「お前、大人しそうなのに良い度胸してるな。それとも、誰かにそう言ってこいって命令されてんのか?」
「違うけど……誰にも相談できないから……。家では勉強を頑張れば世界一の魔法使いになれるって言われるだけ……」
「あのな……世界を見てない奴が、世界一になんてなれるはずないだろ。子供なんだから外で遊べ」
でも今日は暑いからやめとけと、普通の子供と同じように扱い、気遣われることがカルパッチョには新鮮に感じられた。
適当にあしらって家に帰そうとするレイゲンは、彼が杖の祝福を受けた少年だと気づいていないだけだが、知っていたとしても扱いは変わらないだろう。
「……俺も若い頃はよく悩んだ」
神妙な面持ちでレイゲンが話を始めるので、今日の肉体改造部の自主トレを考えていたモブも居住まいを正す。
期待した目でレイゲンを見るカルパッチョに、レイゲンが語りかけた。
「いいか、“特別な魔法”を持っているからといって、一人の人間であることに変わりはない」
それは、杖に選ばれた“特別な存在”だと言われてきたカルパッチョを否定する言葉だ。
「足が速い、勉強ができる、体臭が強いなどと一緒で、固有魔法も単なる特徴の一つに過ぎない。自分の個性として受け入れて前向きに生きていくしかないんだ」
“痛みを感じない”祝福という名の呪いも、自分では制御できない……他者に傷を転移させる魔法も、このレイゲンという男にとっては恐れるものじゃないのか。
「魅力の本質は人間味だ。いい奴になれ。以上!」
ボヤけて見える世界が少しだけ、はっきりと映った気がした。
「……また相談に来てもいいですか?」
「……どうかな。俺も忙しいからな……」
本当は毎日、暇してる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「今日はこれ食ったら帰れよ」
そう言ってレイゲンがテーブルに置いたのは、カップに入ったかき氷。
初めて見たと言って観察するカルパッチョに、レイゲンが食べ方のアドバイスをした。
「スプーンに山盛りすくって、一口で飲み込むのがセオリーだ」
レイゲンのしょうもない悪ふざけとは気づかず、カルパッチョは言われたとおりにスプーンいっぱいにかき氷をすくう。
きらきらと輝くそれを、思い切って口に入れた。
「……」
スプーンをくわえたまま固まるカルパッチョの手から、かき氷のカップが落ちる。
床に落ちる直前、カップは魔法ではない不思議な力で浮かび上がり、テーブルに着地した。
モブが起こした超常現象など気にも留めず、カルパッチョは思考する。
――今の感覚は何か?
頭に生じた、なんと説明していいかわからない……初めての感覚。
「かき氷といえば“アイスクリーム頭痛”だよな」
そう言って笑うレイゲンの姿が……ボヤけて見える世界が、今度こそはっきりと映った。
「僕も師匠って呼んでいいですか?」
興奮気味にソファーから飛び降りたカルパッチョが、バランスを崩してテーブルに右足をぶつける。
目の前に座るレイゲンが、急にきた痛みに右足をおさえた。
「……えっ?」