一年生たちの入学から一カ月が過ぎた頃。イーストン魔法学校では悪霊のうわさが広まっていた。
とり憑かれた生徒は悪夢にうなされ校舎を徘徊し、目覚めた時には一時的に魔法が使えなくなっている……。
被害者の数が十人を超えたところで、霊とか研究室を与えられているカルパッチョに“魔力を吸い取る悪霊”の除霊依頼が舞い込んできた。
「まあ……僕は霊とか信じないけどね。見えないから」
「じゃあ、なんで研究してるの?!」
意味わからな過ぎて怖い……。
今日もフィンは心の中で……現実でも叫びながら、授業で出された課題を解く。
問題が解けずに固まっているマッシュの肩を叩き、来客にお茶を出してと忙しくしているうちに、肉体改造部の一年生が部室にそろった。
「先日、マッシュがレアン寮の
そう話を切り出したランスに、みんなの注目が集まる。
今年度に入ってからレアン寮は他寮の
ランスの見立てでは、この悪霊騒動もレアン寮の仕業ということだ。
「アドラ寮の
「ここにある」
「……この二枚を守り、レアン寮から
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寮の消灯時間を過ぎた午後十一時。レモンを除いた肉体改造部の一年生たちが、校舎の廊下を歩いていた。
ランスに対してけんか腰のドット。
部屋に一人で残されたくない。でも帰りたいと叫んでいるフィン。
ぼんやりしているマッシュとカルパッチョ……。
彼らを先導するランスは不安を覚えた。
「おいあれ!」
そう言ってドットが指さした先を見ると、オルカ寮のローブを着た生徒が鈍い動きで歩いているのがわかる。
「あれが悪霊ってやつですか」
「いや。様子はおかしいが、あれは完全に魔法の……」
マッシュの発言に返すランスの言葉を遮り、準備運動をするカルパッチョが前に出た。
「悪霊に憑かれてるなら、対処法は知ってる……」
そう言ったカルパッチョの瞳がキラリと光るのを見て、嫌な予感のしたフィンが止めに入る。
「待って」
そんなフィンの制止を振りきって、カルパッチョがとり憑かれた生徒に駆けだした。
振り返った相手の後頭部に腕をまわして組み、頭を抱え込んだまま腕を下げるようにして、相手の体を引き込みながら自分の膝を上げる。
カルパッチョの右ひざが、的確に相手のみぞおちに入った。
――対被憑依者飛び膝蹴り!
膝蹴り。カルパッチョの師匠レイゲンの必殺技である。
みぞおちは急所の一つであり、衝撃を加えることによって横隔膜にショックを与え呼吸困難に陥らせることもできる。
「つまり……悪霊にも有効」
「悪霊、関係ないからそれ!」
悪霊は関係ないけど、生徒は正気に戻った。
オルカ寮生と別れてさらに廊下を進むと、見覚えのある後ろ姿が見えた。
「レモンちゃんじゃん。後ろ姿もカアイイなぁー」
そう呟いて鼻血を流すドットの隣を、カルパッチョが通る。
ドットは反射的にカルパッチョを羽交い締めにした。
「待て待て! お前、レモンちゃんにも膝蹴りする気か?!」
小声で叫ぶという器用なことをするドットの視線の先で、レモンが立ち止まる。
振り返ったレモンの目は……木の
「おい、ウソだろ……」
友人の変わり果てた姿を見て、ドットの声が震える。
「目がなかったけど、レモンちゃんってだけでカワイイってことに……気づいちまったよオレは」
レモンの可愛さに震えているドットは放っておいて、彼女を追うマッシュにみんなが続いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
隠された地下通路を進んだ肉体改造部は、闘技場らしき場所にでた。
そこで待ち受けていたレアン寮の貴公子、シュエン・ゲツクとドットが
ボロボロになりながらドットがシュエンを倒すと、足元の地面が泥となって全員を飲み込んだ。
地面を抜けると、カルパッチョはチェスボードのような市松模様の床の部屋にでた。
「二本線の一年……」
声がした方に振り返ると、レアン寮のローブを着た長身の生徒が佇んでいる。
「オレはキノコ頭くんの方に興味があったんだが……」
しかもオルカ寮かと落胆する二本線の男が、サングラスのフレームを押し上げた。
「ワース・マドル。
泥の魔法を使う
彼はエリートであるが天才ではない。才能が努力に裏打ちされた“秀才”だ。
相対する少年は、研究にしか興味を持たないと言われるオルカ寮の生徒。それにしては珍しく、アドラ寮の
「僕はカルパッチョ・ローヤン。……肉体改造部」
ふざけているのかと思ったが、噂に聞いたことはある。オルカ寮の一年生に、教授たちと並んで研究室を持った天才がいると。
その生徒がふざけた部活を設立したと。……結局ふざけてんのか?
――人の価値は、この世でどれだけ成功したかで決まる。つまりだ。魔法が全てのこの世界では、魔法で人の価値が決まるんだ。
「わざわざ無意味な環境を作って、無価値な劣等生共とつるむ……天才クンは余裕だなぁ」
ワースが呪文を唱えると、泥となった地面から棘が生えてカルパッチョに襲い掛かる。
相手は天才。最初から手加減なんてしない。
カルパッチョの左肩に棘が突き刺さり……ワースの左肩から血が流れた。
「……あ?」
何が起こった? いつ魔法を使った?
考えるワースの前で平然と立つ相手の肩に血は付いているが、傷は見当たらない。
自分には、相手に棘を刺したのと同じ位置に傷ができている。
これは……
人間が勝手に称えた“天才”なんかじゃない……神に祝福された“本物の天才”。
――魔法の才能がある者には価値があり、魔法の才能がない者には価値がない。
カルパッチョの背後に、全身の肌を包帯で覆ったナース姿の天使が現れた。
「君はさっきの奴と違って……これが『
表情は変わらずとも怒っているらしいカルパッチョが、ワースに向かって歩みを進める。
「大事なことを教えてやる……」
ローブの懐からナイフを取り出し、その切っ先をワースに向けた。
「魔法を人に向けるな。……危ないだろ」
そう言ったカルパッチョのナイフが、彼の首に振りかざされた。
――いつになったらお前は、価値のある人間になるんだ?
衝撃に備えたワースが、きつく目を閉じる。しかし、しばらく待っても痛みは感じない。
そっと目を開けば、カルパッチョが懐にナイフを仕舞うところだった。
「お前、なんで……」
攻撃を辞めるのかと問うワースに、懐かしそうにしながらカルパッチョが答えた。
「師匠との約束だから」
――いいか……よく聞け。俺達は人とは違う“特別な力”を生まれ持った訳だが……。決して自分を“特別な存在”だと勘違いしてはいけない。
これは数年前、カルパッチョが杖の力を上手く扱えるようになった時に師匠から言われた言葉だ。
――俺達も一人の人間だ。珍しい力を持っているという特徴はあるが、それは他の皆も同じ事だ。
――走りが速い人。美しい声で歌える人。勉強や魔法が得意な人。会話を面白く盛り上げられる人。超能力を使える人。これらに優劣などつけられるか?
――力に自信を持つのは良いが、驕ってはいかんぞ。俺達の力は、使い方次第で凶器にもなる。
そう言ったレイゲンは、カルパッチョが握っていたナイフを取り上げた。
――刃物と同じだ。所持するからには、扱い方には注意しなければならない。刃物でやっちゃいけない事といえば何だ?
いつになく真剣な師匠に、カルパッチョも真面目に考える。
――人に向ける?
そう言って師匠を見上げると、ちょっと腹が立つキメ顔で笑っていた。
――よくわかってんじゃねーか。肝に銘じておけ。それが特別な力を持つ俺達のモラルだ。
「まあ……。彼は魔法使いとしてはザコなんだけどね」
「師匠の話してるんだよな?」
こいつ、師匠にザコって言いやがった。
「ここからは、なるべく平和的な勝負にしよう」
そう話しながら懐に手を入れたカルパッチョが、取り出した何かをワースに見せる。
指先で摘まんだ糸の先に垂らされているのは、穴の開いた硬貨だ。
「今から一分以内に君が倒れたら僕の勝ち。倒れなかったら君の勝ち」
簡単だろうと言うカルパッチョに、意外と素直なワースは「催眠術かよ」と呟きながらしぶしぶ従った。
二人が向かい合って立ち、ワースが律儀にコインを見る。
左手でコインを揺らし、右手をかざすカルパッチョの瞳がキラリと光った。
「集中して。君はこれを見ている内に……」
カルパッチョがかざしていた右手と半身を引き、拳を握る。
――催眠術パンチ!
相手をいきなり殴る。カルパッチョの師匠レイゲンの必殺技である。
強烈な右フックが入り、バランスを崩したワースが倒れ込む。
「お前っ……催眠術、関係ねぇじゃねーか!」
どこが平和的だと非難するワースに、カルパッチョが指先を向ける。
「君は今、“凡人”に負けた」
“杖に祝福された天才”なんて呼ばれていても……魔法がなければ、ただの“凡人”だ。
「“天才”の僕に寄ってくる人間はたくさんいるけど、それは僕自身に魅力があるからじゃない」
でも、肉体改造部の皆は、魔法ではなく自分を見てくれる。
――魅力の本質は人間味だ。いい奴になれ。
「僕は魔法なんて関係なく肉体改造部の皆が好きだし……君にだって、そういう人間はいるだろ?」
友達を探すために先に進むカルパッチョが、部屋の出入り口の前で立ち止まった。
「そういえば君は、魔法や強さが全てだと思っているみたいだけど……」
そう言って振り返ったカルパッチョが、尊敬する兄弟子の言葉を紡ぐ。
「どれだけ“力”が使えようと、手に入らないものはある」
興味を持ったワースが視線を向ければ、自信ありげなカルパッチョと視線があった。
「例えば、そう……筋肉とかね」
こいつ、本当は馬鹿なんじゃないか?
自分を“凡人”だと言える“天才”。
才能がある奴の嫌味かと思えば、そうではない。
あと、筋肉は裏切らないとか言って、魔法より筋肉に謎の信頼を置いている。
「『魅力の本質は人間味』か……」
そう呟いたワースが、パンチ一つで倒れてしまった自分を振り返る。
「……部活入ろうかな」