イーストン魔法学校肉体改造部   作:4R1ES

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#5 筋肉と知恵

 

 

 

 

 

 魔法局副局長 ブレス・ミニスター。

 裁判官席に着いた彼の見下ろす証言台に、二人の少年が立った。

 一人は魔法不全者の疑いがかけられているマッシュ・バーンデッド。

 もう一人は「生きていく上で魔法なんて必要ない」と発言したカルパッチョ・ローヤン。

 こちらもなぜか魔法不全者の疑いがかけられているが、最古の十三杖(マスターケイン)に選ばれた天才である。

 

 ブレスが改めて手元の資料に目を通した。

 二人は同じ部活動に所属しており、活動には運動だけでなく“魔法実技”の練習や勉学も含まれる。

 成績優秀であるカルパッチョが指導者の立場にあったと証言は得ており、マッシュを指導していたのであれば、魔法不全に気付かないはずがない。

 教員たちも、実技テストで分からなかったのかと思いながらマッシュ・バーンデッドの成績表を見れば……平均に近い点数を取っている。

 

「え……?」

 

 思わず声を出してしまったブレスが、咳ばらいをして居住まいを正した。

 落ち着け。彼は入学テストに合格しているのだ。教員たちの目を欺く手品の類でも仕込んでいたのだろう。

 気を取り直して、ブレスが魔法不全隠匿についての尋問を開始した。

 

 

 

「マッシュ・バーンデッドならびにカルパッチョ・ローヤンよ……」

 

 緊張感のない顔で見上げてくる少年たちに戸惑いながら、ブレスは言葉を続ける。

 

「魔法が使えないことを隠すことは重罪である」

 

 反応の薄い二人を見て、ブレスがため息をついた。

 

「君たち……この世界は誰が創った?」

 

 誰もが知る質問を投げかけると、聞いているのか分からなかったマッシュが答えた。

 

「偉い人ですか?」

 

「……この世界を創りなさったのは神だ」

 

 神は何よりも美しいこの世界を創り、魔法という奇跡を人間だけに与えた。

 この美しく調和のとれた奇跡を乱すのが――。

 

「マッシュ・バーンデッド。君という存在だ……」

 

 神から魔法を授かっていないマッシュは、言うなればバグ。

 バグは早めに処理しなければならない。

 

「すべての調律を乱しかねないからだ」

 

 当然の話を聞いたはずの二人が、顔を見合わせる。

 ブレスを臆することなく見上げ、先に口を開いたのはマッシュだった。

 

「いいんじゃないですか? 不完全な世界もたまには」

 

「それに、神から与えられないものって魔法以外にもありますよね」

 

 マッシュに続いたカルパッチョが、堂々とした態度を見せる。

 

「まず筋肉。人の気持ちを察する能力とか、空気を読む技術……。あと知恵」

 

 たった今、人の気持ちを察する能力も空気を読む技術も、神からは与えられないことが証明された。

 

 

 

「根拠のある自信など、この世にはない」

 

 自由に発言する二人にどうしようかと考えるブレスの耳に、第三者の声が届いた。

 

「結局は最後に成功すればいいのだ。そのためには、まず自分が信じること……」

 

 そう言ってブレスが手を置く机に腰かけ、優雅に足を組んだ男が微笑む。

 

「男前に成れる素質。持ってるよ君たち」

 

 マッシュとカルパッチョを気に入ったらしい男の名前は、ライオ・グランツ。

 魔法警備隊の隊長を務める神覚者、光の神杖(ライトケイン)である。

 

 

 

 魔法が使えない人間がいてもいい。生きていく上で魔法なんて必要ない。

 この魔法社会でそんなことが言えるマッシュとカルパッチョは、“少数派”の人間となる。

 

「いいか君たち。オレ達はルールの中で生きている。そしてルールとは、多数派のためにあるのだ」

 

 二人の意見が受け入れられないのは当然のことだと、ライオが言葉を続ける。

 一人一人の意見を尊重していては、秩序など成立しないのだと。

 

「じゃあ、どうすれば良いのか……。簡単だ。君たちの意見を多数派にすればいいのだ」

 

 そして、この“意見”の中身の正当性はさほど重要ではなく――。

 

「誰が言うのかが大切なのだ」

 

 そう言ったライオが、何かをマッシュたちの足元に投げ落とす。

 シンプルなロウソクののった燭台(しょくだい)を見たマッシュとカルパッチョが首を傾げていると、ライオから“触れることなく”ロウソクに火をつけるよう指示がでた。

 魔法が全てのこの世界で、自分たちの意見を通したいのであれば、二人は魔法以上の奇跡を起こさなければならない。

 

「本当に君たちが男前なのか……証明してみろ」

 

 鋭い視線を寄こしたライオの鼓舞を受けて、カルパッチョがローブの懐から虫眼鏡――太陽光を集めて火をおこす“知恵”を取り出す。

 そんなカルパッチョを制止して、マッシュが一歩前に出た。

 

「カルパッチョ君。ここは僕に任せて」

 

 そう言ったマッシュが杖を取り出し、すごい勢いで石の床に擦りつける。

 これは、摩擦によって火をおこす知恵――いや、“筋肉”による力業である。

 

 

 

 ロウソクに火が点いたのを確認したマッシュが立ち上がり、拳を握る。

 カルパッチョは“知恵”をもってこの状況を打開しようとしてくれた。

 じいちゃんや肉体改造部のみんなは、魔法が使えない自分を受け入れて、守ろうとしてくれた。

 大切な人たちのことまで否定するこの世界に、“筋肉”しか持たない自分が抵抗する手段はただ一つ。

 

「この世界の認識を……僕がブッ壊しましょう」

 

 拳を突き出して宣言したマッシュに、指を鳴らしたライオが笑みを見せた。

 

「男前ナイスガイ」

 

 

 

 

 

 雰囲気的に、解散するなら今だと思ったマッシュとカルパッチョが勝手に帰ろうとすると、大量の砂による襲撃で行く手を阻まれた。

 師匠との約束の時間が迫ってイライラしていたカルパッチョは、新たな人物たちの登場に眉根を寄せる。

 その人物――神覚者たちの先頭に立ったオーター・マドルが、魔法不全者は「死をもって償うべし」だとマッシュに告げた。

 

「これは、神覚者全員の総意だと思ってもらって構いません」

 

 そう言って眼鏡のフレームを押し上げたオーターたちの前に、壇上に居たはずのブレスが不審な動きで現れる。

 

「その意見は許サレナイ……」

 

 声色の変わったブレスを警戒すると、うつむいていた彼が顔をあげた。

 焦点の合わない目で周囲を見回し、彼を通して語りかけてきたのは無邪気な深源(イノセント・ゼロ)

 なぜか「マッシュに手を出すな」と警告するイノセント・ゼロが、魔法局への宣戦布告としてブレスに寄生魔法虫を埋め込んだことを明かした。

 

 

 

 “寄生魔法虫”。人の魔力を吸い、人間を触媒として羽化する特定危険魔法生物。宿主から離そうとした者にも反応し、次の寄生先と――。

 話を続けていたイノセント・ゼロ――ブレスのみぞおちに衝撃がはしる。

 ややこしい話を始められてイライラが限界に達したカルパッチョの右ひざが、的確にブレスのみぞおちに入っていた。

 

――対被憑依者飛び膝蹴り!

 

 膝蹴り。カルパッチョの師匠レイゲンの必殺技である。

 

 宿主が急所を蹴られたせいで呼吸困難に陥り、驚いた寄生魔法虫がブレスの後頭部から離れる。

 すかさずマッシュはそれを掴むと、混乱している寄生魔法虫を結んでバルーンアートの犬のようにした。

 仕事を終えて一息をついたマッシュとカルパッチョが、神覚者たちに振り返る。

 

「敵の伝言役を退治したし、おじさんも助かったし……一件落着ですな」

 

「僕、バイトがあるので帰ります」

 

 やり切った顔をする二人に、ライオがうなずく。

 

「アクションにムダがないなお前たち……美しいよ」

 

 帰ろうとする二人を止めようともせず、素早く処理したことをライオは褒めた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

――今年の神覚者候補として、対無邪気な深源(イノセント・ゼロ)にふさわしい実力を示すこと。

 

 あの後、合流したウォールバーグ校長が交渉し、神覚者たちがマッシュへの処分を見送るためにつけた条件だ。

 マッシュが魔法不全者だと知りながら隠し、さらには魔法を否定するような発言をしたカルパッチョも同様に、処分を覆す実力を示すことが求められている。

 

「ヤンキーと魔法局は、体裁を保たなきゃ息できない生き物だからね」

 

 意外とのんきにしているカルパッチョから事の顛末を聞いた肉体改造部の面々が、思い思いに感想を述べる。

 話が終わり、一番深刻そうな顔をしていたドットが口を開いた。

 

「そうか……じゃあ、遊びに行くか」

 

 

 

 

 

 休日のマーチェット通りで待ち合わせをしたのは、肉体改造部の一年生。レモンは家の用事があるため、後から合流する予定だ。

 マッシュ、フィン、ランス、カルパッチョが揃っているのを見たドットが、辺りを見回す。

 

「ファンクラブイケメンはどうした? 遅刻か?」

 

 以前、ドットと級硬貨(コイン)をかけて勝負をしたシュエン・ゲツク。

 ワースから「女性一人を抱える筋肉もない奴が、本当にイケてるのか?」と言われてしぶしぶ入部した、レアン寮の貴公子である。

 

「シュエンはデートがあるから来ないよ」

 

「あいつのランニング距離、倍にしようぜ」

 

 週明けの話をしながら慣れた様子で歩き出したドットたちを、町で遊ぶのは初めてなマッシュが慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

「こちらが『幸せの(つぼ)』です。高名な陶芸家が魔力をこめて作ったご利益の高い壺で、家に置いておくだけで持ち主に幸せが訪れてきます」

 

 皆とはぐれたマッシュとフィンの前に、古びた壺が置かれている。

 町で知らない女性に声をかけられたと思ったら、そのまま何かの建物の美術品のある部屋に連れてこられていた。

 状況が分かっていないマッシュに、笑顔の女性が早口でまくし立てる。

 

「本当は250万L(ロンド)なんですが……あなたには特別に80万L(ロンド)でご提供させていただきます」

 

「そんなお金ないです」

 

 正直に答えるマッシュに良くない状況だとフィンは気づいたが、マッシュに声をかけようとしたのを遮って女性が話を続ける。

 

「じゃあ50万L(ロンド)にまけてあげる!」

 

「いや50万L(ロンド)も持ってないです」

 

「あれば買うのね! じゃあ親御さん呼んでみてくれる!?」

 

「多分じいちゃんも買わないと思いますけど……」

 

 困ったマッシュがフィンを振り返った隙に、女性が台にのった壺をマッシュに当たるように押して落とした。

 

「危ね」

 

 床にぶつかる直前、マッシュが持ち前の反射神経で壺を回収する。

 抱えた壺を台に戻そうとしたマッシュの背中を、女性が強く押した。

 

「気を付けてね!」

 

 そう声をかけて押されたマッシュが手にした壺が、嫌な音をたてる。

 

「あ、割った!」

 

 白々しく指摘してきた女性に、フィンが応じた。

 

「いや、今のは……」

 

「はい? 今のは何? 他人のせいにするの?」

 

 仕向けられたとはいえ、マッシュが手に持っている時に割れたのは事実。汚いやり口だ。

 

「ねぇ、君たち……。社会のルールじゃそんな言い訳、通用しないのよ。お金で解決できる問題はまだマシなの。わかる?」

 

 さっきまでの笑顔を消した女性が、強い口調で二人に言い募る。

 そんな女性の後ろから、あくどい笑みを浮かべた大柄な男が近づいてきた。

 

「お客さん、割っちゃったの?」

 

 保護者を呼ぶしかないと男が圧をかけてくる中、入口のドアが開いて誰かが入ってきた。

 

 

 

 マッシュと涙目のフィンが振り返ると、捜したよと言いながらカルパッチョが入ってくるのが見える。

 室内を見回すカルパッチョに、フィンが割れた壺を指さして状況を伝えようとした。

 

「君、この二人の友達か?」

 

 身なりの良いカルパッチョを見て、新たなカモが来たと思った男が話しかける。

 

「……なるほど」

 

 それを無視したカルパッチョは、口元に手を添えて呟いた。

 

「壊されちゃった商品の500万L(ロンド)。今月中に君が払って……」

 

「その()()()()()、マッシュが割ったの?」

 

「……あ? なんだって?」

 

 明らかに男を挑発しているカルパッチョに、少なからず罪悪感を持っていたマッシュが驚く。

 

「おい。世間知らずの坊ちゃんよぉ……あんま人のことナメてっと後悔するんだぜ?」

 

 苛立った様子の男がカルパッチョの胸ぐらを掴むと、カルパッチョの暗い瞳がキラリと光った。

 

「痛い! ……あーこれ、鎖骨にヒビいっちゃったなー」

 

 急に態度の変わったカルパッチョに、その場にいた全員が驚く。

 それが師匠の真似を始めたのだと、フィンだけは察した。

 

「これ、治療費かかっちゃうなー」

 

「は?」

 

悪徳商法 vs. 当たり屋

 

 誰も見たくない戦いが始まった。

 

「治療費、慰謝料込みで100万L(ロンド)。払ってもらうよ」

 

 鎖骨を片手で押さえ、反対の手でお金を要求するカルパッチョに、男がガンを飛ばす。

 

「ふざけてんのかテメェ、コラ、ボケカス」

 

「はい、今ので精神的ダメージを受けたから慰謝料プラス100万L(ロンド)

 

「おい!」

 

「息が臭いから慰謝料プラス100万L(ロンド)

 

「コラアッ!!」

 

「声が大きい。慰謝料プラス100万L(ロンド)

 

 そう言いながら襟元を直したカルパッチョが、何かに気付く。

 

「あ、シャツの襟ほつれてる……。弁償代プラス100万L(ロンド)。これで壺の代金はチャラだね」

 

 マッシュとフィンを手招きして呼び寄せたカルパッチョが、言い争った二人に向き直る。

 

「君たちがやってるのって、こういう事だから」

 

 行こうと言ってマッシュたちの背中を押すカルパッチョに、女性が声をかけた。

 

「『幸せの壺』を割った時点で不幸になるのは決まったのよ。大人しく代金を払いなさい」

 

「そうそう。友達や家族も不幸になりかねないぞ? 壺を割った罪を償わないと災いが降りかかるかもなぁ? 事故とか事件とかよ?」

 

 懲りずに脅しをかける二人の言葉に、カルパッチョが立ち止まる。

 

「不幸? 災い?」

 

 振り返ったカルパッチョが、二人に鋭い視線を向けた。

 

「実はさっき、友人と悪霊の憑いた壺を見つけたんだけど……それが僕に憑いて来てたんだよね」

 

 前の持ち主は衰弱し、壺を手放すことを決めたと説明するカルパッチョに、二人は何を言っているんだという顔を向ける。

 

「今、君たちに乗り換えたみたいだから。早くなんとかしたほうがいいよ」

 

 真面目な顔で話すカルパッチョを、二人は意趣返しのつもりかとバカにして笑った。

 

 

 

 笑い続ける二人の後ろに飾られていた絵画が、ガタガタと音をたてて落ちる。

 

「……」

 

 いつの間にか三人が出ていき、静かになった部屋の全体が、今度は大きな音を立てて揺れ始めた。

 

 

 

 

 

「ありがとう。カルパッチョ君」

 

 無事、壺を買わされずに済んだマッシュがお礼を言う。

 どういたしましてと返すカルパッチョに、フィンも礼を述べてから質問をした。

 

「あの……カルパッチョ君って、幽霊とか“見えない”んだよね?」

 

 以前、レアン寮が起こした“魔力を吸い取る悪霊”の事件。

 

――まあ……僕は霊とか信じないけどね。見えないから。

 

 調査をするカルパッチョはそう言って、つまらなそうにしていたはずだ。

 

「あれはアベルの魔法。幽霊なんて見えるはずないでしょ?」

 

「えっ? じゃあ……」

 

 見えないというのは、事件を起こした“幽霊”の姿はないということ。

 霊とか信じないというのは、“魔力を吸い取る悪霊”は存在しないということ。

 

「僕は見えるだけだから、本当に悪霊がでたらプロに任せるよ」

 

 霊とか研究室に来る依頼は、ほぼ全てが霊の仕業だと信じたいだけの“気のせい”だと、カルパッチョは言い切った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 カーテンの閉め切られた部屋で、神覚者オーター・マドルとある人物が会食をしている。

 

「魔法が使えない者が神覚者を目指す……前代未聞だ」

 

 そう言ってオーターが語るのは、“上”の立場の役目。

 秩序を乱す者は排除しなければならないと、マッシュを神覚者候補の選抜試験に出させないために依頼を持ち掛けた。

 オーターの向かいの席に座るのは、オルカ寮監督生、マーガレット・マカロン。

 

「オーターちゃんに頼まれなくても、今年はアタシも出るわよ。選抜試験。でも……試験前に可愛い後輩のマッシュちゃんを潰すのはナシね」

 

 そう言って笑うマーガレットに、オーターが眉をひそめる。

 可愛い後輩の……マッシュちゃん?

 

「あら? 知らなかった? アタシ、肉体改造部の部長よ」

 

「肉体改造部……」

 

 イーストン魔法学校で? あの、マーガレット・マカロンが部長?

 

「塩対応で有名な子が、キラキラした目で『部長になってほしい』って頼むんだもの……つい、ね」

 

 これが母性なの……? と呟くマーガレットに、オーターはさらに難しい顔になる。

 誤魔化すように眼鏡のフレームを押し上げたオーターに、マーガレットがとどめを刺した。

 

「ちなみに、オーターちゃんの弟も肉体改造部よ」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

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