空っぽだった自分にさよならを   作:しぃ君

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 昨日はお休みしてました。


10話「この思いの答え」

 ◇歩夢◇

 

 5月末の某日。6月のプール開きに備えて、生徒会メンバーは校舎屋上に集まっていた。

 

 

「あっつ……まだ6月なのにいい天気ですね、今日も」

 

「朝のニュースでは夕方でも26℃超えるらしいからね、暑いわけだよ。歩夢君も日焼け止め塗っとくかい?」

 

「俺は大丈夫です、お気になさらず」

 

 

 集まっているとは言っても、今現在屋上に居るのは俺と凪先輩の2人だけ。あかりさんと華乃はまだ更衣室だろう。それもそのはず、今から行うのは生徒会の恒例行事の1つ、プール掃除だ。あかりさん曰く、何代も前の生徒会長が一番最初にプールに入らせてもらうことを条件に先生から依頼を受けたらしい。

 

 

 本来なら、水泳部の活動に含まれるのだろうが、残念なことに水泳部用のプールは室内プール。屋上のものは授業用であり、別もの。だからこそ、先生から生徒会(うち)に依頼が降りてくるわけで、まぁ、面倒事の1つだ。

 女子メンバーは乗り気だったが、一人暮らしの俺からしたら余計な洗濯物が増えるのは面倒極まりない。土曜にまとめてやるにしても、何回も洗濯機を回すのは手間だ。

 

 

 けど、あかりさんが言うなら仕方ない。諦めて、学園指定の水着と体操着を着るのが無難な道だ。トランクスタイプの水着はワンポイントで派手ではないのが救いだろう。

 

 

「おっ待たせ〜! 髪まとめてたら遅くなっちゃった!」

 

「遅くなりました〜」

 

「全然平気だよ。それじゃ、パパっと終わらせようか」

 

「了解です」

 

 

 遅れて合流してきた2人は、どちらも上下体操着。下に水着を着込んでいるのだろう。指定水着とは言え、変に感想を求められても困るし、ちょうどいい。俺は、そんなどうでもいいことを考えながら、清掃用のブラシを手に取りホースを蛇口に繋ぐ。

 俺が知る限り、ここにいるメンツは基本的に真面目だ。やることはテキパキやるタイプ。たまにふざけるところもあるが、仕事はキッチリやる。

 

 

 ……今日はまさに、そのたまにのタイミング。俺の背中に刺さる視線が証拠になるだろう。

 

 

「ホース、やるか?」

 

「やるやる! 流石、あゆむ! あたしのことわかってるぅ!」

 

「いいか、絶対人に向けるなよ? 絶対だぞ? 水は事前に抜いてある、床にまくだけでいいんだからな?」

 

「念押ししなくても平気だって! あたしを信じてよ!!」

 

 

 ふんふん怒ってこちらを見つめる華乃だが、俺は簡単には信じない。過去の経験上、こういう時に任せるとろくなことにならない。少なくとも、俺は頭から爪先までびしょ濡れになるだろう。体だけならまだいいが、体操着や水着がやられるのは困る。さっさと洗濯しないと不味くなるし、何より持って帰るのが面倒だ。

 

 

 ただ……ここでやらせなかったらやらせなかったで作業中に睨んでくるだろうし、あかりさんや凪先輩も「まぁまぁ」という視線を向けてくる。選択肢がないとはこのことか。

 

 

「ほら、頼んだぞ。蛇口はあんまり回し過ぎるなよ? あと、ちゃんとホースの口を持つんだぞ、勢いによっては暴れるから」

 

「はいはい。任せときなさいって!」

 

 

 ドヤ顔で胸を叩く彼女にホースを渡し、俺はプールに降りる。うちのプールの水深は1.2m、まずまずの深さだが他の学校と比べたらそこまでだ。少々ヌメリのある床に足を取られないようゆっくり辺りを歩き、汚れの様子を確認していくと──案の定、背中にホースの放水が直撃した。

 本当に、本当に、これだから華乃に任せるのは嫌だったんだ。

 

 

「華乃ぉ! 人に向けんなって言っただろ!」

 

「ごめんごめん! ちょっと制御できなくて……次は気をつけるから! ほら、さっさと掃除しちゃお!」

 

「どの口が……」

 

「ま、まぁまぁ、華乃ちゃんも悪気はないだろうし、がんばろ、歩夢くん!」

 

「だ、だね。みんなでやれば早く終わるだろうし」

 

「……はぁ、わかりました」

 

 

 背中に残る僅かな痛みと、既に水を吸って重くなった体操着の重量を感じながら、プール清掃が始まった。

 

 ◇

 

 清掃開始から一時間。予め水を抜いていたこともあり掃除はほとんど終わり、あとは水を流しつつ汚れのチェックをすれば完了……といったタイミング。

 そんな時、屋上の扉が静かに開かれた。

 

 

「し、失礼します……」

 

「あれ、見ない子だね。生徒会に何か用事?」

 

「あ、あの、その、お姉ちゃんに呼ばれてて……」

 

「お姉ちゃん……? もしかして──」

 

 

 そのもしかして、だろう。あかりさんは軽快な歩調でプールの端から上がり、屋上にやってきたひなたを迎えに行った。

 

 

「お疲れさま、ひなた。悪いね、部活終わりに呼んで」

 

「ううん、わ、わたしは全然平気っ!」

 

「……へ〜、会長の妹さんだったんですね! かわいいー!」

 

「あ、う、うぅ……」

 

「でしょ? 私の妹、すっごくかわいいの」

 

 

 上でのやり取りから、その場の光景が目に浮かぶ。かわいいものは愛でる主義の華乃のことだ、ニコニコ笑顔でひなたに迫っていることだろう。そして、それから隠れるようにあかりさんの背中に回るひなたと、自慢する姉。言葉では言い表しがたい光景だ。

 俺と凪先輩は適当に目配せしてプールから上がり、三人と合流する。

 

 

「華乃、あんまりひなたを怖がらせるな」

 

「ちょっ、あたしがまだ何しようとしてるか判明してないのに断定は酷くない!? ていうか、名前呼び!? ズルい!」

 

「うるさいから畳み掛けないでくれ……」

 

「ははっ、にしても、ひなたちゃんはどうしてここに? それに……なにか荷物も持ってるみたいだし」

 

「そそ、今日は大事なお話があって来てもらったの! なな、なんと! 私の自慢の妹、楠ひなたが──生徒会書記になりました!」

 

「よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 ……あぁ、なるほど。この前、生徒会室に来てたのも何かしら、そのための事前準備だったんだろう。

 人見知りそうなひなたの様子からして、あかりさんも俺や華乃とうまくやれるか測りかねてたのだろう。呼んだ当日に遅れてきてたのもわざと、か。

 

 

 なんとか気を許してくれた、もとい緊張せず話せるようになったからよかったものの、一歩間違えたら問題が起こりかねないのによくやる人だ。それとも、それだけ信頼されてると捉えるべきか。悩むところだ。

 ……とは言え、ひなた。あかりさんの背中から俺の方に場所を移すのをやめてくれ。華乃どころか、姉であるあかりさんからの視線も痛い。凪先輩は成長した妹を見るような視線で頼りにならないし、本当に謎だ。

 

 

 ひなたには、俺に安心を感じる要素があったのだろうか。

 

 

「……ま、まぁ、というわけだから」

 

「なるほど……」

 

「あぁ〜、なぁ、ひなた。その手に持ってる荷物はなんなんだ?」

 

「あっ、え、えっと、嘉元先生から渡されたもので……タオルと、お金が入ってます」

 

「むっ。タオルはわかるけど、お金もかい?」

 

「その、帰りにアイスでもって……」

 

 

 なるほど、流石嘉元先生だ。気が利く。ひなたの一言で、あかりさんも華乃もアイスという単語に興味が移り。お陰で、俺はひなたを凪先輩に引渡し、残りの掃除に戻ることができた。

 少なかった残りの作業もアイスパワーの効果ですぐに終わり、あっという間にプールに水が張られた。

 

 

 5月末、あかりさんに押し飛ばされる形で入った最初のプールは少し寒かった。

 

 ◇あかり◇

 

 帰り道にあるコンビニ。たまに寄るその店の前のベンチで歩夢くんは1人、棒付きのソーダアイスを齧っていた。誰よりも早く選び、パッパと会計を済ませた彼はのんびりとアイスタイムを楽しんでいるようだ。

 

 

「ちょっとくらい、みんなを待ってもいいんじゃない? 歩調を合わせるのも、コミュニケーションの基本だよ?」

 

「誰にでもゆっくりしたいタイミングがあるでしょう? 俺はそれが今だっただけですよ」

 

「はいはい、言い訳として受け取っておきまーす。……じゃ、お詫びとして一口もらい口!」

 

 

 私が隣に座ってきて油断が解けたのか、手薄なアイスの角を一口齧る。悩みに悩んでたどり着いたシンプルなソフトクリームとは、また似て非なるおいしさ。ソーダアイスもなかなかに悪くない。

 もっとも、歩夢くんからしたら呆れてため息を吐くような行為だったらしく、視線が痛いが気にしない。

 

 

 今日の本命はこの後だ。

 

 

「普通、許可なくいきます?」

 

「いいじゃん、そんなおっきくいってないんだし。それに、君は断らないでしょ?」

 

「それとこれとは話が別ですよ、全く」

 

「ごめんごめん。……それより、少し話は変わるけど、いい?」

 

「どうぞ」

 

「……ひなたのこと口説いたって、ほんと?」

 

「げほっ! ごほっごほ!」

 

 

 うわ、思いっきりむせてる。少しパンチが強すぎたのかも。まぁ、少し……いや、だいぶ極端な表現だったけど、事実は事実。

 彼は、私の妹に対して『綺麗』と言った。正確には、『綺麗な瞳』と言ったらしいが、そんなの誤差だ。『綺麗』と言ったことに変わりはない。

 

 

「……いきなり何を言うんですか」

 

「いやさ、君とひなたが2人になった時の話を聞いてね。『綺麗』って言われたって」

 

「言葉狩りが過ぎますよ……俺が言ったのは『綺麗な瞳』ってだけです」

 

「でも、『綺麗』とは言ったんでしょ?」

 

「そりゃ、そうですけど」

 

「別にね、私は怒ってないんだよ? 自慢の妹が褒められるのは嬉しいしさ。けど、けどさ、君の目の前にはそういう言葉が似合う人がもう1人いると思わない? ひなたより付き合いが長くて、年上の」

 

 

 ここまで来れば、歩夢くんも察してくれるだろう。そもそもの話、君があの日、ゴールデンウィークのあの日に、『似合ってる』以上の言葉を言ってくれていればこうはならなかったんだ。

 嫉妬とかそういう感情ではないが、理解が追いつかない。極論、似合ってるのあとに『綺麗です』の一言でも付け足してくれればよかったんだ。

 

 

 私はそれがなくて、ひなたには平然とそういうことを言う、その違いが気になってしまうんだ。

 

 

「ねぇ、どう思う? 歩夢くん?」

 

「俺が、あなたにそういう言葉を言わないのは言われ慣れていてウザがられると思ったからです。いつも、綺麗だと思ってますよ、あかりさんのこと」

 

「っ!? あ、あぁ、そっか。えと、ありがと……」

 

 

 不味い。不味い不味い不味い。全然、ぜんっぜん声出ない。というか、なんでナチュラルにそうやって言えちゃうの? 

 ダメだ、自分から煽ったのに処理しきれない。心臓もなんかバクバクいってる気がする。わからない、わからない、わからない。

 

 

 感情も、脳も、全部バグっちゃいそう。こんなの、こんな感覚理解できるわけない。もやもやが一定の形にならないで、変わり続けて、私を刺してくる。

 顔、赤くないよね? 

 段々、体も熱くなってるけど、バレてないよね? 

 夏のせいってことに、できるよね? 

 

 

「あー、暑いね、ほんと今日は」

 

「アイスがおいしいですよ、ここまで来ると」

 

「あ、あはは、ほんとそうだよね!」

 

 

 よし、よし、なんとかバレてない。視線もこっちに向いてないし、落ち着くまではアイスで体を冷やそう。

 あぁ、もう、最近はずっと彼に振り回されてる気がする。本当は、私が彼を振り回すはずなのに。

 

 

 早く、処理しないと。

 この感情を。

 この想いを。

 じゃないと、勘違いしてしまう。

 

 

 親愛と恋愛を。

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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