空っぽだった自分にさよならを   作:しぃ君

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11話「色のない世界」

 ◇歩夢◇

 

 春原学園では毎年、写生大会があった。6月中頃の一日を使い学年関係なく行われる一大行事で、勿論生徒会主催。金賞から銅賞までの賞が与えられ、作品によっては県のコンテストにも応募されることさえあるものだったが——例年、『面倒』だの『勉強がしたい』だのクレームがあとを絶たなかったらしい。

 

 

 そんなクレームを受けて新しく考案されたのが、写生大会に代わる芸術大会だ。期間は1週間、平日の5日間にわたって行われ、期間中に芸術作品を最低1つ提出すること。これがルールであり、芸術作品の範囲は広い。俳句のような文字を使ったものから、絵、彫刻、はたまた音楽などなど。最低1つが条件なので、期間中に勉強がしたいものはテキトーなものを出して終わらせ、集中したいものは5日間という時間を十分に使うことができる。

 

 

 他にも学園側からのサポートもあり、芸術作品を提出すれば5日分の単位を免除。配布されたプリントをこなすだけで勉強の遅れも対策し、しまいには各学年各教科の先生が指定の教室に待機、生徒が来れば授業もしてくれる。至れり尽くせりな環境だ。

 

 

 して、今日はその芸術大会の初日。生徒各々が自由に学園内を動き回り、自分なりの芸術活動をする中……俺はグラウンドの隅に腰を下ろして、スケッチブックを広げていた。たまに吹く風と眩しい日差しに照らされながら、目に映る世界を描き写す。作業のように線を引くだけの時間に感慨はなく、生徒会用の倉庫から引っ張り出したマットの座り心地にうなずくしかなかった。

 

 

「…………」

 

 

 静かだ。

 騒がしいクラスメイトの声もなく、グラウンドに居る生徒の声も遠い今の場所は、風で草木が揺れる音だけが耳に響く。一瞬、その中に雑音が混じった気がしたが、特に気にかける必要はないだろう。どうせ、こんな日陰な所に来る人間はたかが知れている。干渉しないのがベストな選択だ。

 

 

 ——相手が彼でなかったなら、本当にベストな選択だっただろう。

 

 

「おぉ、流石は歩夢君。絵もいける口なんだね」

 

「——凪先輩、どうも」

 

「お疲れさま。よかったら休憩がてら、飲み物でもどう? コーヒーと紅茶、選んでいいよ」

 

「じゃあ……紅茶で」

 

「なら僕はコーヒーだね、はい、どうぞ」

 

 

 当たり前のように俺の隣に座り、ペットポトルの紅茶を渡してくる凪先輩。普段と変わらず、曇りのない笑顔を浮かべ続ける彼は——少し苦手だ。信頼もしているし、尊敬もしているのに、どうにも理解できない。

 不気味な人だ。

 

 ◇

 

 軽い雑談の中で話を聞くと凪先輩は早々に作品の提出を終わらせ、放課後の部活動の準備を1人黙々としていたらしい。で、その準備が終わり休憩しようと思った時に、俺の後姿を見つけて、飲み物を持ってやってきた、とのこと。

 別に、会釈やあいさつ程度でもよかったのに、それともこういう気の利かせ方が凪先輩がモテる所以なのだろうか。

 

 

 どちらにしろ、今回はたまたま見つけただけらしく邪魔をするつもりはなく、ただ純粋に話をしたかっただけなんだとか。なおさら理解できないが、断る意味もない。俺は適当に話を合わせ、会話のキャッチボールに応じる。

 

 

「へぇ~、じゃあ絵画教室にも通ってたんだ。それなら、この風景画の上手さも納得だよ。影の描き方も綺麗だし」

 

「……言っても、通ってたのは3ヵ月くらいで基本中の基本しか修めてませんけどね。影もそれっぽく描いてるだけですし」

 

「それでもだよ、僕にはできないことだ」

 

 

 謙遜してるわけじゃないのにそう捉えられるのは素直に喜べばいいのか、はたまた誤魔化せばいいのか。凪先輩は勉強が苦手だと言っていたが、別に彼の要領の良さなら難しくはないだろう。あかりさんに教わってる時も、躓きはすれどペンが止まっている時間は短かったし、きっと苦手というのは得意ではないだけ。

 練習すれば人並みに描けるようになるだろうし、俺の素人に毛が生えたような技術よりマシになるはずだ。

 

 

「……でも、残念だな。色は塗らないつもりなんでしょ?」

 

「まぁ、俺が習ったのは下描きに近い部分だけで、線画みたいなものですから……色を塗ったところで汚くなるだけです」

 

「確かに……習ってないなら、多少拙くなってしまうかもね」

 

「でしょう? なら、このままの方が──」

 

「違うよ、歩夢君。絵の綺麗さは、芸術的に優れているかどうかの1つの要素でしかない。その絵に何を見たのか、何を思ってその絵を描いたのか、そういう部分も必要だ。君の絵は……描く世界は、とても綺麗だけど、それだけで。風景をそのまま切り取った絵は写真と変わらない」

 

 

 勿論、それが悪いわけじゃないけどね、そう言いながら凪先輩は続ける。

 

 

「例えば、そうだな……君が色付いていると思うものを描いてみたらどうかな? 歩夢君が見る世界の中で、色が付いて他とは違う存在を描いてみれば、少しはわかるかもよ?」

 

「……色付いて、他とは違う存在」

 

「そう、そういうものを描こうとすれば、自ずと自分で色を塗りたくなるし、自然とその存在に対する想いを込めようとする。悪くない案じゃないかな?」

 

「少し、考えてみます」

 

 

 色を塗りたくなかったのは面倒臭いと感じたから。だから、塗りたくなかった。けど、凪先輩が言うように、俺自身が世界に色を見い出せてなかったなら、話は違う。面倒だと思ったのは、色を想像できないから。目で見える色を落とし込むのが難しく、それが実現できないから。それなら、話は変わる。変わってしまう。

 

 

 考えれば考えるほどわからない。何故なのか、彼の話は自分の胸にストンと落ちるのだ。……これもいい機会、確認するチャンスになる。今なら、少し踏み込んでも話してくれるだろう。

 

 

「……凪先輩、話は変わりますけど、1つ聞いてもいいですか?」

 

「いいよ、遠慮なく」

 

「──ずっと前から思ってたんですけど、なんで部活の掛け持ちなんてしてるんですか? 陸上が本命なら、それ1本でやった方が結果も出るでしょうに」

 

「あぁ〜、それか。うん、まぁ、至極真っ当な正論だね、耳が痛いよ。でも、僕が出す答えはいつも同じだ。そっちの方が楽しいからさ。色んなことを一生懸命やって、日々を過ごす。無駄な時間なんて1秒もないんだ〜! って楽しむ方が……なんか青春っぽいでしょ?」

 

 

 ……なるほど、やっとわかった。俺が凪先輩を不気味に思うわけだ。だって、この人と俺は根本的に違う。青春という時間を精一杯走りきろうとした彼と、ただただ無為に消費しようとした俺。あかりさんがいなければ、決して交わることのなかった人間なんだ。

 

 

 理解できないのも無理はない。俺はきっと日々の時間を、あかりさんと関わらない時間をなんとも思ってない。人生を歩む中で当たり前にある空白の時間を使おうともせず、浪費している。そんな人間な俺に、凪先輩は理解できない。できるはずがない。

 だけど、歩み寄ることはできる。わからなくても、歩調は合わせられる。

 

 

 色付いた何か。

 深く考えなくても思い浮かぶものだ。

 

 

「ほんと、青春っぽいですね」

 

「学生生活は短いからね、走り続けなきゃ。止まったままじゃ、楽しめるものも楽しめないし」

 

「そう、ですよね……がんばってみます」

 

 

「うん、応援してるよ、歩夢君」

 

 

 マットを片付けてから行こうとする俺を送り出して、凪先輩は手を振っていた。

 本当にわからない人だ。

 

 ◇凪◇

 

 去っていく彼を見送ったあと、独り倉庫にマットを運びながら考える。僕の言葉は本当に届いたのかどうか。歩夢君は、感情が表情に出難いから余計に心配だ。色のない絵。白と黒だけの世界。彼から見える景色はあれ程までに薄く、儚いものなのだろうか。

 

 

 自分を出さないというよりは出し方がわかっていない、そんな例えが近いのが歩夢君だ。あかりちゃんと居る時は幾分かマシなのを見るに、まぁ、そういうことだと思う。彼女もまんざらではないだろうし、あとはお互いがいつその感情の矢印に気付くか、か。

 

 

 先の長い話になりそうだ。

 

 

「にしても……あの絵、綺麗だったなぁ」

 

 

 色がなくても、彼の見る世界を切り取った風景画は綺麗だった。

 人もいない、ただ建物と自然だけが映る光景は不自然で、魅力的。

 誰かに語りかけることもない寂しさだけが、あの絵にはあった。言葉にしないからこそ伝わる魅力。絵という形で出力するからこそ浮き彫りになる異常。

 

 

 先輩として、彼の学生生活が青春の彩に満ちることを祈るばかりだ。

 




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