◇歩夢◇
長かった芸術大会も終わり、6月末。廊下に張り出された大会の結果を見て、多くの生徒が一喜一憂し盛り上がっていた。各学年毎に金賞が1人、銀賞が2人、銅賞が3人と定められた中で、やれ誰が金賞になった、誰が銀賞なんて信じられない。そんな言葉が飛び交う中、俺は遠巻きから自分の結果を眺めていた。
銀賞。
『瞳の中のあなた』という題名で提出された俺の絵は、数多の作品を押しのけ銀賞に輝いていた。勿論、不正なんてない。何故なら、賞を決めるのは学園の教師陣。ゴマすりなど通じない自由人であり、唯一それが効きそうな嘉元先生も独特すぎる美的センスから審査員の席を外されている。今回、審査員の席に座っているのは美術や音楽など本格的に芸術に携わる先生たちだ。
つまり、一言で言えば、この結果は残当。誰に否定できるものでもない、ということだ。
だけど、正直に言って俺からしたらこの結果はただのまぐれのようにしか見えない。俺自身、生徒会役員として提出された作品にはほとんど目を通したが、自分の絵より上手いと思える作品は幾つもあったし、絵に限らなければそれこそ両の手では数えきれないくらいに見てきた。
だというのに、銀賞にあるのは俺の絵だ。
何十、何百とあった候補の中で、あの絵が選ばれている。
きっと、この場にあかりさんが居れば、当然だと胸を張って答えてくれただろうが、あいにく彼女の姿は見えない。今、俺の近くにいるのは、5日間という期間のうちに一曲仕上げてその曲のデモ音源と歌詞で金賞を搔っ攫った——華乃だけだ。
全くもって鬱陶しい表情で、こちらをにやにや見つめている。
「……金賞おめでとう、よくやるよ。あの期間の中で一曲仕上げてくるなんて」
「まぁね~! 歌まで入れられなかったのは残念だけど……めっちゃ満足してる。そっちこそ、銀賞おめでとう」
「表情が煽ってるようにしか見えないから、言葉遣いには気を付けろよ。俺だって、怒る時はある」
「はは~ん? もしかして、悔しいの? あたしに負けたの?」
「どうだろうな。少なくとも、今のお前を見て一発ケリを入れてやりたいと思うくらいにはイラついてるよ」
「ごめんて……でも、あんたの絵、ほんと綺麗だよ。見惚れちゃうくらい、引き込まれる」
そりゃそうだ。
あの絵は、俺の視界に映るあかりさんをそのまま描き起こしたのだから、当然。初めて会ったあの日、吸い込まれるように見つめた彼女がそのまま、絵の中にいる。今も目で追ってないかと言われれば嘘になるが、あの日には及ばないだろう。
美化なんてない。抽象化なんてできない。ありのままのあかりさんを、俺の全部で描いた。残りの人生であと何回も描けない傑作に違いない。
「……あゆむ」
「なんだ?」
「背景さ、色ないよね。手抜き?」
「題名の通りだよ」
「は? あぁ……なるほど。ならさ、あたしはどんな色に見える?」
「……別に普通だよ。何もかもが白黒じゃないし、灰色でもない。心配しなくても、華乃のことは見えてる」
──これは半分嘘だ。少なくとも、あかりさんの絵を描く前までは、華乃の色もうまく見られなかった。色付いたものを見て、そのまま真っ白なキャンパスに落とし込んでようやく、見えるようになった……気がする。
これはきっと、知ろうという努力を怠った俺への罰。
輝くものだけを見て、歩いていたツケ。
だからこれは、わざわざ伝えるものでもなければ、聞いてて気分のいい話でもない。
「……そういうことにしといてあげる。だから、今度あたしたちのバンドのポスターとか、CDジャケット描いてよ。いい人見つからなくて悩んでたんだ」
「まぁ、機会があったら、な」
気付かないフリをする彼女に背を向けて、俺は生徒会室に歩を進める。
もうすぐ6月も終わり、本格的な夏がくる。
夏休みが目の前まで迫ってきていた。
◇華乃◇
あゆむが去っていくのを見送ったあと、あたしは改めてあいつが描いた絵を見た。写真と見間違えるほど繊細で綺麗な線と色使いが織りなす、1枚の作品。スケッチブックの一ページに描かれたそれは、到底一朝一夕で身につく技巧ではなく。かと言って美術部の部員からしたらまだまだ粗削りな部分も多いんだろう、少なくない不満の声が聞こえてくる。
でも、最後にはみんなが揃って絵を綺麗だと褒めていた。
きっと、あゆむの絵には想いが籠っていたんだ。見る人の心を動かす想い。作品が飾られていたら、誰もが一度は引き止められる魅力。多分、まだ私の歌では届けきれないようなもの。
真っ直ぐで、純粋な想い。
何人にも穢されない好意。
あれだけ煽っておいてなんだが、もし、今回の審査員が先生たちではなく生徒だったなら。あたしの歌は負けていたかもしれない。脳裏を過るそんな考えがあたしの心に火をつける。負けっぱなしは性に合わない。
「決めた! 今度こそ、あいつのことライブに誘ってやる!」
あたしの全部をぶつけて、負かしてやる。
──あたしの本気の歌を聴いて、あゆむがどんな表情を見せるか、今から楽しみだ。
次回もお楽しみに!
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