空っぽだった自分にさよならを   作:しぃ君

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 エルデンリングが止まりません。


17話「姉思う妹心」

 ◇歩夢◇

 

 夏休みに入って数日。翌日に控えたパトロールまでの暇をつぶすように、俺はよく通っている古書店に顔を出していた。ここ最近、絵を描くことが日課になりつつあり、この店は参考資料の宝庫としてありがたく画集やら絵画技法やらの本を買わせてもらっている。今日も今日とて、棚に無造作に並んだ本を手にとりパラパラとめくりながら吟味する日々だ。

 

 

 一冊、また一冊とカゴの中に増えていく本たち。両親からもらっている仕送りも、口座の中に溜まっているばかりでは意味がないし、心配されるのは面倒だ。一人暮らしをし始めた頃は、口座の中のお金が減らないことを心配した母親から頻繁に連絡が来ていたが、それなりに散財するようになってからはそれも鳴りを潜めている。

 

 

「……これくらいでいいか」

 

 

 絵に含みを持たせることや、情景を想像して描くのは現状の俺にとって難易度が高い。まずは模写。なるべく現実的で、且つ複雑すぎないものから色使いなどを学ぶ。それが今の優先事項だ。

 カゴの中に入れた本と、それらに貼られた値札を見ながら暗算で金額を計算していると——不意に視界の端で揺れる影が見えた。夏場には暑そうなもふもふとした癖毛に、140にも届かない小さい体。加えて、何か欲しい本があるのか必死にジャンプしてるさいに漏れ出ているか細い声。

 

 

 間違いない、ひなただ。

 

 

「ひなた……?」

 

「んぁ? あ、な、中空先輩……! えっと、あ、あの、こんにちは……」

 

 

 俺に声をかけられて、さっきまでの行動が恥ずかしくなったのかひなたは頬を赤くする。夏休みの少女らしい、ノースリーブの白いワンピースに暑さ対策の麦わら帽子、財布やらが入っている焦げ茶のポシェットと可愛らしい私服だ。足元のサンダルも合わせているのだろう、ひなたによく似合っている。

 

 

 近所だからと、半袖ハーフパンツにスラックスで買い物に出てきている俺とは大違いなファッションセンスだ。

 

 

「こんにちは、ひなた。……さっきからぴょんぴょん跳ねてたけど、なにか欲しい本でもあるの? 俺でよければ手伝うけど」

 

「その、実は、あそこにある本が、欲しくって……お願いしてもいいですか?」

 

 

 自分から聞いておいてあれだが、流石はあかりさん妹。頼り方が似ていて、彼女と重なる部分がある。俺はなるべく平静を保ったまま、ひなたの指さした本に手を伸ばし棚から抜き取る。……どうやら、彼女が欲しかったのは去年とある文学賞を取ったミステリー小説らしい。テレビやSNSで何度か見たことのあるタイトルだ。

 爆売れしてたこともあり、こういう個人の古書店にも流れてきたのだろう。値段は、「450円」。1年経ってブームも収まった故の金額が、元値を考えればそこそこにお手軽な設定だ。

 

 

「ちょうどいいし、他に欲しいのはある? あるならついでに取るけど」

 

「い、いえ、大丈夫です。元々、読書感想文用の本を買いに来ただけなので……それにあんまり、手持ちもなくて……」

 

「……そっか」

 

 

 うちの学校の面倒臭い夏休み課題の1つ、それが読書感想文。ひなたはわざわざそのために、この本を買いに来たのだろう。ただ、まぁ、こんな暑い中、ちゃんと着替えてまで自分が好きであろう本屋に来て、これだけ買って帰らせるのは先輩として見過ごせない。あかりさんだってきっとそうするはずだ。

 

 

 今日はちょうどよく、俺も本を何冊も買おうとしているし……ひなたは運がいい。

 

 

「なぁ、ひなた。ひなたはよく、この店に来る方か?」

 

「えっ? は、はい、よく来ます……」

 

「じゃあ、ここのおじさんが、本を何冊も買うと少しまけてくれることも知ってるよな?」

 

「勿論です! け、けど、わたし、本当に手持ちがあんまり……」

 

「目の前にいるだろ。手持ちに余裕があって、買い物カゴに何冊も本を買おうとしている先輩が。お金はあとでくれればいいし、せっかく来たんだから欲しいもの買いなよ」

 

「中空先輩……! あ、ありがとう、ございます!」

 

 

 帽子が落ちそうになるほど勢いよく頭を下げたひなたは、すぐさま体を起こし、目を輝かせて本棚を物色する。

 どうしても、あかりさんと並べてしまうが、ひなたにはひなたらしい純粋さというか、無垢という言葉が似あうものがある。増えていく買い物カゴの本の重みに耐えながら、俺はひなたがはしゃぐ様子を静かに見守っていた。

 

 

 ──そして、諸々の会計を終え、ひなたに物を渡して店の出先で別れようとした時、そっとシャツの裾を掴まれた。

 

 

「あ、あの、中空先輩! お、お茶、しませんか?」

 

「はい?」

 

 

 本当に思いがけない誘いに、口から自然と疑問の言葉が出ていく。だが、ここで断るのはひなたの勇気を無駄にする行為だ。何か理由があるから誘ったんだろうし、それを無下にはできない。それに、どうせ帰っても暇なんだから、付き合うのも悪くないはずだ。

 

 

「……涼しい場所なら、歓迎するよ」

 

「な、なら! お姉ちゃんとよく行くお店があるんです! パフェがすごく、すごーくおいしくておすすめで……あ、あとコーヒーもおいしいって言ってました! えと、いかが、ですか?」

 

「そこまで言うなら、そこにしようか。どれくらい歩く? 結構長いなら、さっき渡した本、俺が持っておくけど」

 

「だ、大丈夫です。5分もかからないと思うので」

 

「了解。辛くなったら言ってね、まだ俺の方は余裕あるから」

 

「わ、わかりました」

 

 

 素直な彼女に導かれるまま、俺はあかりさんたち行きつけの喫茶店へと向かった。

 この時の俺は思いもしなかったんだ、ひなたに踏み込まれることが何を意味するのかを。

 

 ◇ひなた◇

 

 中空先輩を誘って入った馴染みの喫茶店は、14時頃ということもあり人は多くなく、静かな雰囲気だ。店員さんに案内された入口付近の席に2人で座り、手短に注文していく。

 

 

「ひなたは、もう決まってるの?」

 

「そう、ですね。アイスカフェラテにしようかなって」

 

「おすすめはコーヒーだっけ? なら、ブレンドコーヒーのホットと……このストロベリーパフェも頼もうかな。もし、俺が食べきれなかったら、ひなたも少し食べてくれる?」

 

「が、がんばります!」

 

「ありがと。じゃあ、パパっと注文しちゃおうか」

 

 

 気を使ってくれているのか、中空先輩は手馴れた様子でわたしの分の注文まで済ませ、水を飲みながら買った本をペラペラと捲り始める。

 きっと、わたしの話を待ってくれているんだろう。これは、生徒会も何も関係ない、わたしの聞きたいことだ。楠あかりの妹の楠ひなたとして聞きたいこと。

 

 

 それはもう直球に、聞きたいこと。

 

 

「あ、あの! 中空先輩は……お姉ちゃんのこと、どう思ってますか?」

 

「…………それは、どういう意味?」

 

「こ、言葉のままの意味です。お姉ちゃんと先輩って凄く親しそうで、2人とも他の人といる時とはなにか違う気がして……どう思ってるのかな、って」

 

 

 聞いた。

 聞いてしまった。

 これ以上はもう後戻りできない。でも、これがお姉ちゃんにとって、初恋になるかもしれないんだ。いつも、頼ってばっかりだった妹として、姉の恋路をいいものにしたい。叶うなら、幸せに結ばれて欲しい。

 

 

 一言でいい。

 中空先輩から好きだと引き出せたら、わたしはそれだけで安心できる気がするんだ。

 

 

「……中空先輩?」

 

「あかりさんのことは、好きだと思ってる。あの人が生徒会長じゃなかったら、生徒会に入ることもなかったし、君と話す機会もなかっただろうなってくらいには、好きだ。一目惚れだったんだよ、初めて会った時からあかりさんに惹かれてた」

 

「そ、そそ、そうですか」

 

「下心だって言ってくれて構わない。でも、俺はあの人の隣に居たいんだ、あの人の隣にいればもっと好きを見つけられる気がする。今はわからないことが、わかるようになれる気がする」

 

「……………………」

 

 

 驚き過ぎて声が出ない。中空先輩は本当にお姉ちゃんが好きだったんだ。けど、これって恋愛感情って言えるのかな……なんというか親愛に近いというか、そんな気がする。雛鳥が親鳥に惹かれるような、刷り込みというか、そんな感じ。

 でも、きっとそれを抜きにしても、中空先輩はお姉ちゃんが好きなんだ。

 

 

 よかった。

 この人なら、お姉ちゃんを泣かせたりしない。望むままとはいかないけど、拒絶はしないはずだ。

 うまくいくかは本人次第になっちゃうとしても、脈ナシよりは全然マシ。だから、大丈夫。

 

 

 あとちょっと。もう少しだけ踏み込んでみよう。中空先輩に。

 

 

「……もし、お姉ちゃんが中空先輩のことを好きだったら……ど、どうしますか?」

 

「嬉しいけど……どうだろう。すぐには応えられないかな」

 

「お姉ちゃんのこと、好きなんじゃないんですか?」

 

「好きだけど、好きの種類にもよるでしょ? 俺のは、自分でもわからないし……怖いんだ、関係が変わるのが。結ばれたとしても、そうならなかったとしても、俺の中の熱がどうなるかわからない」

 

 

 関係が変わるのが怖い……か。そっか。そんなの、当たり前だよね。恋愛はフィクションのように都合よくはいかないし、関係が変わることで見えてくるものもある。

 中空先輩が言う熱も、きっとそういうものなんだろう。

 

 

「今が幸せなんだ。現状で満足してるし、その先はわからない。応えられないのはそういう理由、かな」

 

「なら、せめて……傷つけないであげてくださいね。もしもの時は」

 

「わかってるよ。もしもの時が来たら、その時はね」

 

 

 そういった中空先輩は静かに微笑んで、また本のページを捲り始めた。わたしも、彼に習うように買った本を読み始め、2人で喫茶店を満喫し、別れた。

 

 

 先輩は不器用な人だ。自分で頼んだパフェには1口2口しか手を出さず、ほとんどをわたしにくれた。まるで、最初からわたしにあげるのが目的だったみたい。

 

 

 こんな人が、お姉ちゃんと幸せになってくれたらいいな。なんて、妹心にそう思った。




 次回もお楽しみに!

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