◇歩夢◇
ひなたと会った日の翌日、予定されていたパトロールは滞りなく始まり、学区内の巡回が始まった……が、そこに彼女の姿はなく、俺とあかりさんの2人だけで外を歩くことに。夏休みだというのにお互い制服の下とワイシャツを身に纏い、腕には学園の腕章を付けて辺りを見回っていく。
「今日の巡回ルートは決まってるんですか? 特になんの準備もなく来ましたけど」
「大丈夫、私の方で決めてあるから! 最初は、ゲームセンターでしょ? その後に本屋さん、カラオケにファミレスで〜。あとは、前に私と君が出かけたショッピングモールを回って終わり」
「学生が来そうな所をあらかた見ていくコースなんですね……。で、時間配分はどうします?」
「各所にかけるのは基本一時間くらいかなぁ。午前中にショッピングモール以外を終わらせて、ファミレスで昼食を摂ってから午後のパトロールだよ」
「メインはショッピングモール、と」
パトロールと聞いて警戒していたが、中身は普通そのものだ。まぁ、そこまで嫌な予感もしていなかったし、俺としては今日が平和に終わることを祈るしかない。やけに機嫌がいいあかりさんの表情が崩れないように務めるのが最大の仕事になるだろう。
そして、姿の見えないひなたに関してだが……あかりさんが言うには、なんでも体調を崩してしまったらしい。正直、昨日の様子を見るにそこまで酷いものではないと思うが、病人を無理に連れ出すわけにもいかない。現在の気温は34℃、直射日光は地獄に近く、健康な人でも水分補給を怠れば熱中症の危険がある。
そういう意味では俺たちも危険だが、今日周るのは基本施設の中。クーラーが効いた場所なら幾分かマシになるはず。
「なら、さっさと動きますか。今は午前10時……、この時間ならゲーセンとか、本屋とか、どこも開いてると思いますけど、最初はどこにします?」
「本屋さんかなぁ。確か、ここから一番近いし」
「わかりました。お互いキツイって感じたら報告しましょう。この気温ですし、小休憩でも挟まないと最悪倒れますし」
「おっけー! 日焼け止めも塗ったし、本屋にいざしゅっぱーつ!」
7月末、あかりさんの言葉を合図に、本格的なパトロールがスタートする。真夏の日差しが、こちらを睨むように輝いていた。
◇
日は更に上り、時刻は11時30分。本屋もカラオケも問題なく空振りで終わった俺とあかりさんは、昼食前最後の場所としてゲームセンターを訪れていた。
流行りの曲に合わせて、そこかしこから鳴る雑音が織り成す世界は耳が痛く、あまり長居したい場所ではない。中学の頃は友人付き合いでよく訪れていたが1人でならまず来ない場所だ。
あかりさんもあまり慣れていないのか、表情に戸惑いの色が大きい。
「ゲーセン、あまり来ないんですか?」
「あ〜、たまーに行くんだけどね、大抵プリ撮るくらいしかしないから、ずっと居るってのはないんだよ。おっきい音も得意じゃないし」
「……俺もです。中学の時は部活のやつらとよく来てましたけど、高校に入ってからは全然」
「へー、意外。歩夢くんってこういう所、誘われてもあんまり来ないと思ってたけど」
「──友人が一緒なら楽しかったんだと思います。今はそうじゃないってだけで」
あの頃はそう、部活のメンバーと一緒だったから楽しめた。俺自身、何かを熱中してプレイするタイプじゃないが、帰りのジュースを賭けてやるメダルゲームなんかは楽しんでいた……と思う。
独りじゃなければ、ゲームセンターは悪くない所だ。部活から離れてしまった俺にとっては、もう遠い場所だが。
なんて、そんなことを考えていると見知った顔が視界に映る。……同じクラスのメンツだ。しかも、運動部の3人トリオ。野球部で坊主の
本来、そこまで仲の良くない運動部筆頭の3部活の潤滑油的存在として知られている3人だ。
潤滑油としてだけではなく、純粋に仲もいいらしいとは聞いていたが、平日の真昼間から遊ぶ程とは驚いた。
もっとも、彼らは問題を起こすような人間ではないし、それどころか諌める側に立つことが多い面々。ここで声をかける必要もないだろう。俺は、それとなくあかりさんを誘導して傍を離れようとしたが……坊主の林と──目が合った。
目のいい奴は、すぐさま俺の隣にいるあかりさんを捕捉。どうやら、逃げるのは無理らしい。詰め寄られて質問攻めにあうのはごめんだ。
「あかりさん、クラスメイトを見つけたんですけど……少しいいですか?」
「ん、そうなの? じゃあ、ちょっと声掛けてこっか。何もないに越したことはないけど、一応はパトロールだしね」
3人の方にあかりさんを連れていくと、奴らは露骨に俺をニヤニヤと見詰めてくる。無害そうな顔してお前も隅におけねぇなぁ、とか考えているんだろうか。
全くもって勘違いだ。
そも、休日のお出かけに制服で来るなんておかしいだろ。
ちょっとは察せよ。そんな文句も言いたくなるが、それとこれとは話が別。今の俺はあくまで生徒会所属の副会長、中空歩夢だ。文句ではなく最低限の注意だけに済ませればいい。
「こんにちは〜? みんな、うちの学校の生徒だよね? 私は生徒会長の楠あかり。今、先生たちに代わって学区内のパトロールをしててね、一応問題とかが起きてないか確認してるんだけど……今大丈夫?」
「全然平気ッスよ! なぁ、加藤! 管野!」
「ッス、大丈夫です」
「まぁ、平気っすね」
「おっけー。じゃあ、軽く質問に答えてね〜」
言葉通り、あかりさんの出す質問は面倒なものではない。今日の予定やら、現状何か困ったことが起きてないか、など。プライベートに踏み込み過ぎない、答えたくないなら必要以上はもとめないもの。
嫌な話、面倒事を起こしている生徒は、傍目から少し見れば分かるため、これは念の為の保険行為。
別に特段必要でもないが、何かあった時、彼らの身の潔白を証明するための質問だ。生徒会は生徒の味方であり、学校の味方。何か問題があれば可能な限り庇うのが目的なんだろう。ある種のセーフティーネットだ。
それがコイツらに必要かと言われたら首を傾げるところだが、言わぬが花。俺は黙ってあかりさんの斜め後ろに控えて、林たちの回答を聞く。
話を要約すると、今日は世にも珍しい3部活が同時に休みな日らしい。それで、みんな暇ができたから朝から遊べるだけ遊んでいるんだとか。なんとも、微笑ましい話だ。
「そっかそっか、ならこの後も問題を起こさないよう気をつけて過ごしてね?」
「はいッス!」
「了解ッス」
「気をつけまーす」
「よろしい! じゃあ、私たちは行くから、変な人に絡まれないよう、お休みを楽しんで〜」
事情聴取のようななにかが終わり、あかりさんが笑顔で去ろうとしたその時、何故か俺だけが彼らに手を引かれ3人の輪に引き込まれる。
「……いきなりなんだよ」
「いやぁ、生徒会長と休日も一緒だなんて、いいご身分だと思ってよぉ」
「だよなぁ、お前いっつも会長会長じゃん」
「クラスメイトとして悲しいよ」
「だから?」
「「「俺らとも遊ぼうぜ!」」」
元気がいい奴らだ。とても同じ高校生のバイタリティとは思えない。
そうして、彼らの輪に引き込まれたまま話を聞いていくと、今週末にクラスのみんなでアスレチックパークに行く予定を立てていたらしく。そんな中で、俺だけが中々捕まらなかったらしい。
最終手段として、同じ生徒会の華乃に頼んだらアイツは誘っても来るか分からないと断られたんだとか。
「……で、どうなんだ! 来るのか! 来ないのか!」
「クラスのみんなほとんど来るんだろ? 俺も行くよ。前は打ち上げとか行けなかったし」
「マジか?」
「マジだよ。ほら、離せって。俺も次の所行かなきゃななんだ」
「よっしゃ! じゃ、予定は新田通して送るから! ちゃんと予定空けとけよ!」
「はいはい、わかったからこれ以上暑苦しくしないでくれ……」
意外に思われるだろうが、別にクラスのみんなが嫌いなわけじゃない。感情の機微が伝わり辛い俺のことをなんだかんだ気にかけてくれるし、こうやって遊びにも誘ってくれる。いくら生徒会を優先してるとはいえ、あと半年以上は一緒に過ごす仲になるんだ、険悪になって関係や雰囲気を壊すのは損しか生まない。
持ちつ持たれつ、程々の距離感が1番だ。
「見てたよ。ふふっ、みんなと仲いいんだね?」
「別に、普通ですよ、普通」
「そうかな? 私はそんな風に見えなかったけど?」
「なら気のせいです。ほら、行きましょう? まだ回る場所は残ってるんですから」
からかってくるあかりさんを引っ張るように前を歩き次の場所を目指す。
今日1日、目立った声掛けはこのゲームセンターくらいで、他の場所は平和そのものだった。午後に至っては2人で遊びに来てるようにしか思えなかったが……まぁ、あかりさんも楽しんでいたようだし、自分の中ではよしとしよう。
さて、報告書をどう書くか。それだけが悩みどころだ。
◇あかり◇
「お疲れ、はいジュース」
「……どうも」
「午後は平和だったね〜、というか、声掛けしたのも午前中の歩夢くんのクラスの子くらいだったし、お仕事サボっちゃったかな?」
「こういうのって、何かあった時の予防線みたいなものですし、何もないなら何もないでいいんじゃないんですか? 一応、1組には声をかけたわけですし」
「それもそっか」
夕暮れ時の公園のベンチに2人して腰掛けて、私たちはジュース片手に語り合う。今日あったことを簡単に振り返りつつ、報告書は任せて欲しいという彼に私は頷き、ダラダラと話し続ける。
きっと、意味のない時間だ。
今すぐ家に帰って勉強やら宿題やらを進めた方が建設的で、受験にも役立つだろう。
だとしても、私はこうしたいと思った。片手に持ったジュースがなくなるまで、何でもない日を満喫したかったんだ。
夏休みはいつも好きだったけど、歩夢くんに会えないのはどこか寂しくて、ぐーたらするのも飽きそうで、やっぱり会いたくなる。意味もなく電話をかけたら、彼は応えてくれるだろうか。声が聞きたいと言ったら、話してくれるだろうか。
気になってしまうけど、彼の好意を利用しているようでスマホには手が伸びなくて、無為に時間を過ごす日々だ。
「今日1日で、肌結構焼けちゃったかも」
「なるべく日陰を歩くようにしてましたけど、こればっかりは仕方ないですよね」
「日焼け止めも完璧ってわけじゃないからねぇ、赤くならないなら万々歳だよ。……でもさ、もし、私が日焼けして小麦色の肌になったとしたらどう? 似合うかな?」
「……悪くはないと思いますよ。あかりさんなら、なんでも似合いそうです」
気が利くんだか利かないんだか、こういうことをサラッと言うのが彼の怖いところだ。凪くんは女の子を勘違いさせないよう、意識的に避けた言い方をする時が多いけど歩夢くんは全くの別。
思ったことしか言わないし、そこに含みなんてものはない。まぁ、だからこそ反応に困るわけだが……
「嬉しいけど、流石に言い過ぎじゃない? なってみたら案外ダメだったりするかもよ?」
「もしもの話ですから、俺がそう思ってるってだけですよ」
「……歩夢くんはそういうところあるよね」
私の言葉、その真意に気付かない彼は頭に?を浮かべているが、それが歩夢くんらしさ、なんだろう。
ほぼ毎日会ってたのが少し離れるだけでこんなに変わるなんて、不思議なものだ。それくらい、私と彼の心の距離が近くなったのか──それとも──
「……ぁ、ジュースなくなっちゃったね」
「完全に日が暮れる前に帰りましょう。送って行きます」
「ありがと! でも、今日はいいよ。報告書もあるし、帰ってゆっくりして」
「……じゃあ、途中まで一緒に」
「はいはい」
いつもみたいに、並んで帰る夕方の歩道。進んで車道側を歩く彼に感謝しながら、考える。
もし、もしも少しだけ勇気が出たら、夜に電話でもかけてみようかな。きっと、優しい歩夢くんなら応えてくれる。寄りかかっていいと思わせてくれる彼なら、きっと。
最後の夏が思い出いっぱいで終わるように、がんばろう。明日が、今日より楽しくなるように。そうすればきっと、最高の夏になる。
次回もお楽しみに!
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