◇歩夢◇
運動部3人組に誘われてやってきたアスレチックパーク。屋外に器具や遊具が置かれたそのパークの端、フードエリアのベンチに俺は1人で座っていた。微かに感じる脇腹の痛さと、休憩がてら飲むラッシーの甘さの両方を味わいながら、ワチャワチャとアスレチック全制覇を目指すクラスメイトたちを眺める。
仲がいいとは思っていたが、ここまでとは想定外だ。来てないメンツも、元々運動が苦手なだけでそれ以外なら基本参加するあたり、うちのクラスの雰囲気は良好らしい。俺も、調子に乗ってあの三馬鹿の競走に乗らなければ、あの枠に居たと思うと変なむず痒さがある。
最も、最近は専らインドアな方向に走っている身としては、開始から一時間ついていけただけマシな方だろう。
「……こんな暑いのに、よくやるよ」
みんなは、本当に全力で青春をエンジョイしてる。わざわざスポーツウェアを着て来た俺も人のことは言えないが、彼らは競っていると言いながら楽しそうで、途中で水に落ちても笑顔が絶えない。
今を全部楽しむ心意気は、あかりさんや凪先輩からしたら、きっと俺が見習うべきものなのだろう。
「俺が来て、よかったのかな」
せっかく誘ってもらったのに、早々にリタイアしてベンチで休憩中なんて笑い話にも程がある。炎天下の中だから、なんて気を使ってくれるみんなに俺はどう返せばよかったのか。ぼーっと遠くを見つめながら考えてみる。
ラッシーの糖分に溺れても、どうせマトモな回答なんて出てこないのに、ストローで吸っては飲み、吸っては飲み考える。
冷たくて、甘い。
暑さで茹でる体には効くが、思考は回らない。どうすればいいのかの堂々巡りで、模範解答なんて出てきやしない。
中学の時もそうだった。部活の友人たちが突き指した俺を気遣って休ませてくれた時も、俺は彼らに謝ることしかできず、それ以上なんてなかった。
「お礼、か」
あかりさんも、華乃も、凪先輩も、何かミスしてフォローした時は決まって、謝罪とお礼だった。『ごめんね』と『ありがとう』。正直、俺は特に何も感じることはなかったが、謝罪だけでは気遣ってくれた人に対して足りないんだろう。
謝るのはいいことだ。過ちを犯した時、誤りがあった時、すぐに謝罪する誠実さは美徳だろう。けど、そこからもう1つステップアップさせるのが、お礼。
謝罪はあくまで迷惑をかけたことに対してのもので、フォローに対するものとは言い難い。いや、それを含める場合もあるだろうが、2つに被せるのは些か不誠実だ。謝るものとお礼を言うものは分けるべき。
そういうことなんだろうか。
「暑い〜、あゆむ、それ貰うよ!」
「ん、ああ、ほら」
「サンキュー! ん……ん……ぷはぁ! 何これ美味しい! あんたこれ、何飲んでたの!?」
「ラッシーだよ。ヨーグルトジュース、みたいなもん」
「へぇ〜、センスいいじゃん。あゆむ、こういうのも飲むんだ」
「別に。昔、よく飲んでたから懐かしくて買っただけだ」
──全くもって、華乃はタイミングが悪い。いや、彼女に非はないが、さっきまで考えてたことが吹っ飛ぶような勢いだ。狙ってやったのか偶然か、判断に困る。……けど、どうせ俺が悩んでるのを知ってても、華乃はこうしただろう。うじうじ悩むなんてらしくないと、背中を蹴ったはず。
難しく考えるのはやめるべきだ。
どうせあいつらも、ただ本心から心配してただけで、俺の事を特別気遣ったつもりはない。なら、俺も変に畏まらず、謝って、お礼を言えばいい。それだけだ。
「……で、調子はどう? 平気そう?」
「お陰様でよくなったよ、最初に飛ばしすぎたんだ」
「だろうね。あの三馬鹿についてくとか、無謀過ぎだし。今日はやけに気合い入ってけど、そのせい?」
「かもな。こうやって大人数で遊ぶのなんて久しぶりだったし……変に力んでたのかも」
「……あっそ。じゃあさ、あたしと勝負しようよ。勝った方がお昼奢りで」
「……負けても文句言うなよ?」
「言わないよ! 失礼な!」
気が利くって言うのはこういうことなんだろうな。華乃は自然と、俺がまたみんなの輪に戻れるように誘ってくれる。意図したものなのか、はたまた彼女の性格ゆえの行動なのかはわからないが、これも華乃に友人が多い理由の1つだろう。
……にしては、彼女も少し気合いが入っているように見える。なにか理由があるのか、それとも単に金欠で余裕がないのか。
察せないのが俺の短所なのかもしれない。いつもと違うことはわかっても、その裏側の感情までは察せない。これを平然とやってのけるあかりさんたちはエスパーかなにかなのだろうか。
「華乃……何かあったのか? やけに力が入ってるけど」
「これは……その……」
「悪いけど、俺は察せるようなやつじゃないぞ」
「わかってる! わかってるから……その、ちょっと待って」
俺から再度奪い取ってラッシーを一口飲み、華乃は小さく何度か深呼吸をして、呼吸を整える。そこまで緊張するようなものなのだろうか。今までに見た事のない彼女の姿に、自然と俺の体も強ばる。
1分、2分、少しづつ時間は過ぎていき、ようやく決心がついたのか、華乃は俺に1枚の紙を差し出した。
「チケット……?」
「そ。あたしのバンドの、ライブチケット。ワンマンじゃないけど、その日のライブのラストで歌うからさ、聴きに来てよ」
「なんでいきなり……お前の歌なら何度も聴いて──」
「違う。本気のあたしの歌を、あんたに聴かせたいの。お遊びじゃなくて、本気の! 今のあゆむになら、届くと思うから」
「今の、俺……?」
「あんたは変わってる。初めて会った時からは考えられないくらい柔らかくなって、優しくなって……だから、今のあゆむならきっと、あたしの歌が届く気がする。心の奥まで」
真剣な瞳と、声色。
普段の華乃からは考えられない気迫だ。嘘偽りない、彼女の言葉が真っ直ぐと俺に向かってくる。変わった……変われたんだろうか。それらしく振舞ってるだけで、本当のところなんてわからない。でも、色んなことを意識しないでも立ち回れるようになったのは確かだ。
絵だってそう。
自分のやりたいってことがほんの少し明確になった、そんな気がする。華乃の歌は、何度も聴いたことがあるし、ライブでなにか変わるものがあるかなんて、想像できない。
できないからこそ、価値がある。華乃は俺にそう、思わせてくれる。
「わかった。行くよ。華乃の歌が聴けるの、楽しみにしてる」
「任せといてよ! 絶対、好きって言わせてやるから!」
うん。やっぱり、勝気な笑みの方が彼女らしい。ライブの日が、楽しみだ。
◇華乃◇
アスレチックパークでの集まりが解散したあと、あたしは誰よりも早く家に帰り、ギターを手に取った。
チケットは渡してしまったし、後には引けない。これは、意地だ。あゆむは、あたしの歌を1度も好きと言わなかった。いいと思うや、悪くないという言葉はあれど、『好き』とは言われなかった。
ムカついてる。
ずっと頭に残ってる。
あたしの歌は、あいつの耳から心まで届いてない。
だけど、現在進行形で変わりつつある今のあゆむなら、届く気がしたんだ。きっかけはどうであれ、狭い道は確かに開いた。なら、それをこじ開けてでも、押し通る。
約1年、振り向かなかったあいつの顔をあたしの歌で振り向かせる。好意じゃない、なんというかほっとけない弟を持った姉のような、そんな使命感だ。
あゆむがもし進めなくなった時、あたしの歌があいつの背中を押せるように。諦めそうになって立ち止まった時、その背中を蹴飛ばせるように。
ただ、『それでも』と言い続けられるように。
全身全霊で歌う。
誰かの心を動かす歌で、あいつの心の灯火を焚きつける。消えても、消えかけても、また燃えられるように。
善意とは言えない。悪意でもない。だから、意地だ。あかり先輩ができたんだ、あたしにできない道理はない。
ライブまであと残り少ないラストスパート。その日はやけに、声が伸びて、音が鮮明に聞こえる。どこまで仕上げられるか、ワクワクした気持ちが止まらない夜だった。
次回もお楽しみに!
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