空っぽだった自分にさよならを   作:しぃ君

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24話「選択するということ」

 ◇歩夢◇

 

 珍しく自分以外誰もいない生徒会室。そんな静かな部屋で独り、俺は体育祭に関する業務を進めていた。新学期が始まり早一週間、滞りなく進んでいく準備の中で出遅れたものが、ひとつ。

 それが、今まさに俺がやっている業務——応援旗の作成だ。

 

 

 春原学園の体育祭は2日間に渡って行われる特殊なもので、1日目は各学年別のクラス対抗、2日目は学年対抗という流れで例年開催されている。そのため、クラス用と学年別用の応援旗で複数の作成が必要となり、当然人手が欲しくなる。基本は美術部やら体育祭メンバー、有志の生徒が中心となって作成するのだが、如何せん人が足りない。

 有限な時間の都合上、応援旗用のラフや下絵のようなものを用意する余力がないのだ。

 

 

 故にその皺寄せは当然、他のどこかに回ってくる。今回、たまたま俺にお鉢が回ってきたのが、運の尽きと見るべきだろう。

 

 

「……でも、いきなり言われてもなぁ」

 

 

 イベントが控えてるとは言え、普段の生徒会の仕事がなくなるわけじゃない。行事の仕事と並行して別の頼み事が飛び込んでくる可能性だって十分にある。

 現に、最近の生徒会メンバーは学校各所でバラバラになりながらの業務が多く、顔を合わせる機会も極端に減った。唯一頻度が変わらなかったのは、生徒会一筋のあかりさんくらいで、他のメンツは普段の自分の部活やらやりたいことと合わせて大忙しな時間を過ごしてる。

 

 

「凪先輩は、これも青春だよ、とか言うんだろうな……」

 

 

 描いては消して、描いては消してを繰り返したスケッチブックは今は真っ白で、なにもない。経験がなければ、アイデアもない。人生の中で応援旗を特別気にしてなかったのも原因なのか、何を描いてもしっくりこない。

 ないないないない、ないない尽くしな無駄な時間が小一時間続いている。

 

 

 頼れる相手もいなければ、参考になる資料がどこにあるかすらわからない。

 途方に暮れ、ペンを置きかけたその時、あかりさん(女神)がやってきた。疲れを知らないのか、いつもと変わらない様子の彼女は興味津々という感じで机に置かれたスケッチブックに視線を落とす。

 

 

「おぉ~、これが前言ってた応援旗のラフ——って、まだ白紙か」

 

「期待させてすみません。中々いいアイデアが出てこなくて……」

 

「だよねぇ。応援旗って言っても、ネットに上がってるのは割と個性があってその学校とかの雰囲気が出てくるし……あっ、でもでも、うちの学園の応援旗も結構いいのあるんだよ!!」

 

「過去のやつって、どこかに保管されてたりするんですか?」

 

「いや、流石にそこまではしてないけど、過去の卒アルに全部載ってた筈だし……気になるんだったら覗いてみれば? 参考にはなると思うよ」

 

 

 まさに天啓だった。考えてみればよくある話で、卒業アルバムには当たり前に体育祭の写真がある。体育祭の写真があれば、集合写真やら何やらで応援旗もしっかりと残ってることだろう。

 正直、卒アルを見る機会も、見る意味もないと思ってなかった人間だけに盲点だった。

 

 

 だって、そうだろう? 

 何が楽しくて、自分と関わりの薄い学校の、クラスの卒業アルバムを見るんだ。いてもたかだか数ヶ月。ロクな写真もなく、思い出もない写真集なんて何も感じられない。俺が俺みたいな人間じゃなくても、見返すことなんてないはずだ。

 

 

「卒アル……ですか。盲点でした。ですよね、そういうのも、卒アルなら載ってますよね」

 

 

 きっとこういうのも、俺が落としてしまったものなんだと思う。少し、ほんの少しの違いから、こういう普通のこともズレてしまっている感覚。

 変な気分だ。

 嫌な感じはしないのに、どこか虚しいというか……そんな感じ。

 

 

 実際、あかりさんに場所を教えてもらい手に取った卒アルを見ても、何もない。もし、ここに自分が写ってたとして、俺は何かを感じられるのかそれすら、わからない。

 おかしいな、さっきまでのないない尽くしと変わってない気がする。応援旗のラフも、進まない。何を見てもアイデアが出てこないし、筆は動かない。

 

 

「………………」

 

「……あー、あのさ、歩夢くん?」

 

「……なんですか?」

 

「それ、持ち帰っていいよ? 他の年度のやつも何冊か借りてけば? 一応、基本は持ち出し禁止だけど、あくまで保管用で生徒会の備品扱いだし……私が誤魔化しとくからさ」

 

「いいんですか?」

 

「いいっていいって! ほら、自分の家だと案外落ち着いて、いい構図とかアイデアが出るかもだし。だからさ、今日はもう帰ろっか。時間はまだ早いけど、お仕事は明日でもできるんだし……ね?」

 

 

 俺の変化に目敏く気付いたのか、あかりさんの声は優しかった。表情もひなたに……姉妹に向けるような、慈しむような笑みを浮かべていて、気を遣われてることがすぐにわかる。

 あかりさんは、俺の全てを知っているわけじゃない。けど、それは知ろうとしてないわけじゃなくて、俺が自分のことを話してないだけだ。空っぽで、心に空いた空洞を必死に埋めようとしてる俺を見せてないだけ。

 

 

 だから、俺はその優しさを素直に受け入れて、帰り支度を始める。

 

 

「あかりさんが言うなら、そうします」

 

「うん。そうしなそうしな。ほら、かえろーかえろー! ついでに、寄り道して帰ろ〜」

 

「……もしかして、それが目的だったりします?」

 

「違うよ、やだなぁ〜」

 

 

 誤魔化すような口調で、悟らせないようにあかりさんは笑っていた。気を遣わせてしまった罪悪感なんて、抱かせないように。

 何度も触れたはずのその優しさが、今はより心地よく感じた。

 

 ◇あかり◇

 

 夕暮れの中、私と歩夢くんは並んで歩き帰路を行く。コンビニで買ったアイス片手に、適当な話をして時間を重ねる。

 彼を知るほど、彼を理解するほど、もっと早く出会えていたらと思ってしまう自分がいる。別に自惚れているわけじゃない、そうじゃないけど、彼を本当の意味で理解できる人間が傍にいなかったのが悲しかったんだ。

 

 

 家族も気付いてはいるんだろう。

 なにかおかしく思ってはいるんだろう、けど、それが歩夢くんの奥にまで届いたかはわからない。

 少なくとも、どこかで、なにか些細でもいい、きっかけがあれば、彼の言う熱を本当の意味で得られたはずだ。

 

 

 だから、余計に考える。もっと知らないと、って。私のわがままでもいいから、それだけは忘れちゃいけないって。好意を抜きに、隣に立つなら、前を歩くなら、先輩として導くのが私の役目だ。

 

 

「……そう言えばさ、歩夢くんのご両親って今は海外なんだっけ? ついて行こう、とか、考えなかったの?」

 

「急ですね、いきなり」

 

「ごめんね、少し気になってさ。君なら、案外海外の学校でも上手くやれそうだし、どうしてかなって」

 

「理由なんて、単純なもんですよ。ただ、惰性でもいいから、ちょっとは自分で選択したかったんです。両親の勧めもない、転校もしなくていい、普通の学校生活が送りたかった。……まぁ、選んだ時には色々擦り切れちゃってたんですけど」

 

 

 両親は恨んでない。付け足すように言われたフォローの言葉。後悔があるかは図れない、声色からは読み取れない。でも、多分、未練はある。過去の言葉や彼の部屋を見れば、それくらいわかる。

 捨てることのできない習い事の道具、壊れないよう最低限の手入れをしているように見えたのもあったし、大切にしているんだろう。思い出が宿った道具を。

 

 

「けど、選んだことに意味はあった。でしょ?」

 

「……ですね。少なくとも、あと1年半はここにいられる。それだけでも、今までを考えたら十分過ぎるくらい、嬉しい。別れを考えなくていいのは、やっぱり楽です」

 

「──かも、ね」

 

 

 体験したことは、記憶に強く残る。それはきっと机に向かって勉強してるだけじゃ得られないもの。

 1年半、1年半か。

 半年で、私は卒業して。長く続いたとしても、追加の1年でこの関係は終わる。

 

 

 残された時間は、短い。歩夢くんの胸にある熱が、私由来のものだとしたら。もし、そうなんだとしたら、別れはどういう影響を及ぼすんだろう。

 泣いてくれるんだろうか。

 それとも、出会った頃のような希薄な彼に戻るんだろうか。答えのない問だ。

 

 

 いっそ繋ぎ止めてしまえれば、私も彼も楽なのに、彼が進む姿をなるべく長く見ていたい。隣で、ずっと。

 さよならがふたりを分かつまで、ずっと。

 

 

「……自分で選んだんなら、頑張らないとね、応援旗」

 

「うっ……なんとか、やってみます」

 

「期待してるよ、歩夢くん」

 

 

 君が、私も絵も、全部選ぶの。

 待ってる。

 




 次回もお楽しみに!

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