空っぽだった自分にさよならを   作:しぃ君

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25話「追う足は大きな一歩となって」

 ◇歩夢◇

 

 卒アルを眺め、応援旗のラフを描き進めること数日。ある程度固まった構想を形にし、なんとか美術部に提出。俺の仕事は一段落……するはずだったのだが、今度はタイムテーブルと睨めっこしながら唸る時間が始まった。

 なんでも、毎年毎年、体育祭の運営に関わる生徒会役員は当日の放送を担う役目もあるらしく、どうがんばっても避けられないもう1つの仕事が舞い込んできたのだ。

 

 

「絵ならまだしも、今度は放送か……」

 

 

 正直、気が滅入る。

 前回は絵だし、頼まれたから引き受けたが、今回は強制で逃げることは許されない。幸いなことに相方には華乃がいるが、全部を押し付けるわけにもいかなければ、彼女にだって出場競技がある。一応、俺と被ることは避けているが、1人になる瞬間は何度も訪れるし、そうなれば独り実況は免れない。

 

 

「……上手く描けたら目に見える絵と違って、話はなぁ」

 

 

 十二支と四神を元に描いた、各クラスと各学年用の応援旗。1学年4クラスという形を利用し、なんとか形にできたこの絵と、司会進行は重さの訳が違う。話すということは人対人で成り立ち、意味を持つ。自分と向き合い、心を映す絵とは完全に違う分野だ。

 誰が、何を言われたら喜ぶのか、悲しむのか。そんな塩梅が、俺にはわからない。

 

 

 褒められると喜ぶ、罵倒されたら悲しむ。最低限の認識はあれど、どう褒めればいいのか、罵倒はどこからがその定義に含まれるのか。暗黙の了解と言われる、言葉にしないが察しろと呼ばれる部分はいつも不透明で、配慮がない。

 愚痴の1つ2つ、今ならつい口から出てしまいそうだが、生徒会室は今日も静かで俺以外の住人はいない。

 

 

 あかりさんは先生との会議。

 華乃は体育祭委員会のメンツと競技用の備品確認。

 凪先輩とひなたは合唱祭に向けて会場のチェック兼下見。

 

 

 一番帰ってくる確率が高いのが、午後から下見に行っている凪先輩とひなたの時点で現状はお察しだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 幸せが逃げるため息は止まることを知らず、数えるのすら億劫になる。応援旗の時もそうだったが、自分が踏み込んでない分野の俺は使い物にならないダメなやつだ。普通の人より、色んなものを経験したはずなのに何も活かせないし、思いつかない。

 

 

 普段話さないクラスメイトと喋る練習をする? 

 体育祭委員会に相談して代役を立てる? 

 どっちも、微妙な案だ。

 

 

 先日のように、あかりさんからアドバイスの一言でも貰えたら道が開ける気がするが、ないものねだりに意味はなく、ただただ時間が過ぎていく。

 いっその事、仮の台本でも作って穴埋め形式でクラスやら生徒の名前を入れてアドリブで対応する方向にシフトしようかと考えていたその時──生徒会室の扉が開かれる。

 

 

 救いの女神でも現れたのかとそちらに目を向けると、そこにはニコニコ笑顔でご機嫌な凪先輩と彼の後ろに隠れるように帰ってきたひなたが立っていた。

 

 

「……お、お帰りなさい。やけにご機嫌ですね、凪先輩」

 

「いやぁ、下見が順調に終わってね。施設の人とも軽く話せたし、予算に問題がなければ会場は問題なさそうだよ。昔からお世話になってるところは、話が早くて助かるよ、ほんと」

 

「そうですか。ひなたもお疲れ様。どうします、インスタントのコーヒーくらいならすぐ出せますけど?」

 

「わ、わたしは、大丈夫です!」

 

「僕もいらないよ。それより、歩夢君の方こそ平気かい? 体育祭の準備、忙しそうってあかりちゃんから聞いてたけど?」

 

「……あー、それは、まぁ」

 

 

 酷い話だが、期待とは違う展開に戸惑っている。戸惑っているが、聞かれたんなら話すのも1つの手だろう。絵の時も、最初に背中を押してくれたのは凪先輩だった。もしかしたら、意外な提案をしてくれるかもしれない。

 そんな微かな想いを胸に、俺は2人に現状を話した。司会進行で困っていること。実況をするにしても、どうすればいいのか見当がつかないこと。

 

 

 隠すことなく、全部話した。

 

 

「なるほど、確かに君が苦手意識を持つのもわかるよ。悩みを話してる顔からしても、わかりやすいくらいには」

 

「そんなに、ですか?」

 

「うん、そんなに。ひなたちゃんも、なんとなくはわかるでしょ?」

 

「は、はい。中空先輩、苦しそうっていうか、どうすればいいのか迷ってる……感じが、します」

 

「……話すのは、別に嫌いじゃないんですけどね」

 

「好き嫌いの話じゃないさ。君の場合は、そう、人への関心の薄さが如実に出てしまうからじゃないかな?」

 

 

 関心の薄さ、か。

 言われてみれば、その通りだ。絵に段々と興味を示せたのも、きっかけはあれどその本質が自分との向き合いだったから。誰かを、何かを美しく描きたい。その思いはある。あるけど、結局は何にも縛られず自分を見たかった……のかもしれない。

 

 

 見つめれば見つめるほど、空の自分。

 その空洞を埋めようと熱を求める自分。

 

 

 けど、あかりさんを描いたあの1枚以来、技術自体は向上してる感覚はあれど、あれ以上の1枚は未だに描けていない。向き合ったのに、変わってない。

 

 

「君の描いたあかりちゃんは、綺麗だった。とても、とても。あれはきっと、彼女に対する熱量や想いの表れで、真剣に彼女と向き合った証拠だ。……だから、あと1歩外に踏み出してみるといいんじゃないかな?」

 

「……他の人ともっと関われって、ことですか?」

 

「それもいいし、この体育祭の準備期間で、今までの君ならやらなかったことを必死でやってみたらどうかな? 他者を理解したいなら、まずは他者の行動を真似する。1番面倒だけど、1番手っ取り早い方法さ」

 

 

 今までなら、やらなかったこと。はっきり本音を言えば、既にやっていると返したい。ただ、ただ、生徒会に入ってからの業務は頼まれたからやったものだったり、割り振られて任されたものばかり。

 一体どれくらい、自分から進んで仕事に取り組んでいただろうか。流されるまま、与えられたタスクをこなして、それ以上はなし。

 

 

 やったことに意味はなくとも、選んだことに意味はある。行動だけなら誰でもできる。大切なのは、選択すること。選択した上で、行動すること。

 そんな当たり前のことを、俺はきっとあかりさんのためにしかしていなかった。彼女からもらった熱を求めるように、走り続けて。走って、走って、背中だけを見ていた。

 

 

 あかりさんと同じように前にいた凪先輩。隣にいた華乃や、後ろにいたひなた。関わろうとすれば、いつだって手を伸ばせたはずだ。そんな簡単なことを、俺は何回できただろう。両の手で数えられるくらいにはやっていただろうか。

 わからない。

 わからない、でも、まだ間に合う。

 

 

 体育祭までの時間。

 自分で選ぶんだ。やるべきことを、自分で。

 

 

「……俺、華乃の手伝いに行ってきます!」

 

「うん、がんばっておいで」

 

「ふぁ、ファイトです! 中空先輩!」

 

 

 背中に受けた声援に返事をするように軽く手を振って、俺は部屋を出た。刻み刻みだった小さな1歩が、大きくなった気がした。

 

 ◇あかり◇

 

 先生たちとの会議を終えて生徒会室に帰ると、部屋には凪くんが1人。椅子に座り、私の帰りを待っていたかのように、本を読んでいた。珍しいこともあるものだ。恐らく、ひなたから勧められたんだろう、アウトドアな彼には似合わないSF小説を読み、静かにそこにいる。

 

 

「珍しいじゃん、凪くんがここで待ってるなんて」

 

「少しね。ちょっと、落ち着いて本が読みたかったんだよ」

 

「ふーん、そっか」

 

 

 淡白とも、通じあってるとも取れる短い会話をしつつ、そっといつもの彼の椅子を見る。こちらも珍しく、空席だ。まぁ、最近はイベントが目白押しで忙しいのは理解していたが、時間が時間だけに新鮮だ。

 今は最終下校時間の三十分前。普段なら、彼も大抵の業務は終わらせて、この部屋にいる時間だ。なのに、いない。

 

 

 それだけ仕事を頑張っているんだろうとプラスに捉えることもできる。できるけど、居ないのは、純粋に寂しい。

 

 

「…………歩夢くん、居ないんだね」

 

「あぁ、華乃ちゃんのお仕事を手伝いに行ったみたいだよ。体育祭の備品確認……だっけ。あれも結構物が多いからね、時間がかかってるのかも」

 

「そっか。仕方ないよね、お仕事だし。……凪くんは、今日はひなたと下見だったっけ? あの子は?」

 

「ひなたちゃんは部活。今日は活動日らしくて、本屋巡りだってさ」

 

「おっけー。じゃあ、今日は2人で残りか。久しぶりかもね」

 

「だね」

 

 

 幼馴染みとは言えど、態度は崩せない。私も、凪くんを見習って適当な参考書でも眺めようかとバッグを漁っていると……ふと、彼の声が聞こえた。これは独り言だけど、なんて前置きを付けて。

 

 

「歩夢君、体育祭の司会進行の件で悩んでたみたい。応援旗もそうだけど、たまたま近くにアドバイスをくれる人がいたから何とかなったけど、少しスパルタじゃないかな。……なんて、僕は思うなぁ」

 

「…………」

 

「成長して欲しいのはわかるけど、焦りすぎはよくないんじゃない?」

 

「……焦ってなんかないよ、ただ時間は有限だから、さ」

 

 

 あと、半年がタイムリミット。まともに会える期間はあとそれだけしかないんだ。焦りくらい、私でもする。

 なるべく、彼の熱がある内に良い方へ導いてあげたい。負担がかかってるのは理解してる。していても、これが最善なのは確かだ。現に、歩夢くんは背中を押され、また走り始めている。

 

 

 人間はその場に立ち続けるだけでも歩き続けなければいけない。成長するなら、歩くだけじゃなく走り続けなければいけない。停滞は成長の終わりではなく、衰えの始まり。彼の熱という燃料がなくなる前に、色々なものに蹴りをつけなければ、赤い糸は結べない。

 

 

「ごめんね、凪くん。もし、もしまた彼が困ってたら手を貸してあげて」

 

「お安い御用だよ。僕にとっても彼はかわいい後輩だし、それに、長い付き合いの……幼馴染みの頼みだからね」

 

「ありがと、そういうところ、頼りにしてる」

 

 

 歩夢くんと凪くん、2人は違う。私は凪くんを頼りにすることはあれど、寄りかかったりはしない。歩夢くんには頼れないことを任せたりはするけど、弱音は吐かない。

 長い付き合いがあって信頼はしているけど、寄りかかるような、甘えるような存在ではない。だって、凪くんは幼馴染みだから。

 

 

 それに、私みたいな重くて面倒な女子は、彼には似合わないだろう。きっと、華乃ちゃんみたいなカラッとしたタイプの方が似合ってる。

 

 

「凪くんもさ、恋とかしないの? そういうのも青春じゃん」

 

「うーん、青春って感じがするけど、僕はまだいいかな。今でも、十分楽しいし」

 

「……そう」

 

 

 嘘、じゃないか。

 本当に必要としてないんだろう。彼は自分に嘘をつくような人間じゃないし、私にだって誤魔化すことはない。よくある恋愛もののように、幼馴染み同士の恋だって生まれてない。

 そこにあるのは、家族の仲にあるような無償の愛にも似た、なにか。

 

 

 何も言わなくても、私と歩夢くんの背中を押してくれるのは、そういうのも少しはあるんだろう。お節介と言うべきか、なんと言うべきか。

 寄りかかるのは、少し怖い。

 それが、凪くんだ。彼が幼馴染みで、よかったと心の底から思う。

 




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