空っぽだった自分にさよならを   作:しぃ君

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 完結まで続ける気はありますが、結末は未定です。


4話「名前を呼んで」

 ◇歩夢◇

 

 予算が本格的に決まってから、時間はあっという間に流れていった。レクリエーション大会で使うための新しいボードゲームやテーブルゲームの追加購入や、当日の校内各施設への人員配置図の作成。あかり先輩主導で進んだ計画は順調そのもので、トントン拍子で物事が運ばれていく。

 

 

 各クラスの学級委員との連携も無事に済んだこともあり、レクリエーション大会一週間前だと言うのに生徒会室は平和そのものだ。

 いつも通り、俺とあかり先輩の二人だけの部屋。変わらない光景がそこにあるはずなのに、最近の先輩は何度も何度も作成した企画書やら運用表を見直している。

 

 

 それを見る度に俺は意味のないことだと、そう思ってしまう。校庭や体育館を使ってやる体を動かすレクリエーション、視聴覚室や各教室を使って開かれるテーブルゲームのレクリエーション、果てはそういうことが苦手な層の配慮として開放される図書室。

 普段禁止しているゲーム機器の持ち込みも可として行われる今回のイベントは、年度最初に開催されるには大き過ぎるお祭りだ。

 

 

 その分、色々な制約を取り払い現状の企画書ができている。

 

 

「……最近、よく見てますね、それ」

 

「んー、まぁね。やれることはやったんだけど、どうしても気になっちゃってさぁ……ほんと、やになるよ」

 

「去年も大丈夫だったんですし、今年も別に問題ないんじゃないですか? 少なくとも、失敗はしないでしょうし」

 

「でも、大成功になるかはわからない。違う?」

 

 

 素の彼女とは言い難い、けれどもう一人の楠あかりが見せる表情は真剣だ。完璧を演じるあかり先輩は自分が表に立つ以上、妥協を許さない。失敗は失敗だが、在り来りな成功は失敗と変わらない。そう言わんばかりに、冷たい視線が俺を射貫く。

 コロッと切り替わるから、あかり先輩は掴めない。二面性と言うべきか、裏表と言うべきか、切り替えることで完璧を追求する彼女は少し怖い。

 

 

 もっとも、その程度だ。

 俺が気にしているのは、そうやって自分で自分を追い詰めていつかあかり先輩に限界が来ること。

 自分が見惚れた彼女がどちらかなんて、些細な問題。俺は今、目の前にいる彼女を慕っているのだ。恋か親愛かなんて関係なく。

 

 

「違いませんけど……今更気にしたって、どうしようもないことでしょう? 企画は決まったし、ここからの軌道修正なんてのは無茶です。仮に、ここで急に方向転換したとして、来週に控えた本番が大成功する可能性は低い」

 

「……痛いとこつくなぁ、歩夢くんは」

 

「会長の理想も矜恃も、少なからず知ってるつもりです。知ってるから、言ってるんです。今は、自分が思い描いた未来を信じるべきだ」

 

「正論しか言わないのは慰めじゃないんだって……前に言わなかった?」

 

「言わないと聞かないでしょ、あなたは」

 

 

 俺自身、融通が効かない方だと思うが、あかり先輩も大概だ。これくらい直接的に言った方がよく響く。

 言いたいことを言い終えた俺は、視線を読んでいた本に落とそうとする──が、無理やり顎を引かれ彼女と向き合わされる。

 

 

「……なんですか?」

 

「いや、なんか仕返ししたいなぁ……って。慰めるんだったら、優しくして欲しかったし」

 

「はぁ──何すればいいんです? 俺ができる範囲なら構いませんよ」

 

「話が早くて助かる〜。じゃあさ、私のことも名前で呼んでよ! 華乃ちゃんとか凪くんのことは名前で呼んでるのに、私だけ会長呼びって寂しいし! それでチャラってことで!」

 

「……は?」

 

 

 想定外過ぎる。

 精々軽い頼み事くらいだと思っていたが、これは違う。いや、元々口にしてないだけであかり先輩呼びしてるのはしてるが、心の中だけだ。

 会長は会長の方が呼びやすいし、何より関係がわかりやすい。名前で呼ぶと、色々不安定になるしなるべくなら避けたい……避けたいが、彼女の頼みは断れないのが俺だ。

 

 

 平気だ、凪先輩と同じように、いつも呼んでる(呼んでない)ようにあかり先輩とだけ口にすれば収まる話。

 

 

「あかりせんぱ──」

 

「先輩呼びはダメね? なんか壁ある感じするの嫌だし」

 

 

 この人、わがままが過ぎるんじゃないか? 

 もう一回くらい正論を叩きつけたいが、ここまで来たら仕方ない。腹を括って呼んでしまったら、案外慣れるものかもしれないし、早く済む。

 

 

「あかり……さん」

 

「さん付けかぁ……ま、私もくん付けだしお互い様だよね。よしよし、よくできました!」

 

 

 弄ぶかのように、俺の髪をわしゃわしゃと撫で回すとあかり……さんは、ソファにダイブしてスマホを触り始める。恐らく、本当に俺で遊びたかっただけなのだろう。人のことは言えないが、あかりさんも大概測れない人だ。

 

 

 そんな彼女との時間を大切に思う俺は、きっともうダメなんだろうな。1つ、出そうになったため息を飲み込んで、読書の時間に戻る。

 静かになった部屋で、スマホのタップ音と本のページをめくる音だけが、かすかに響いていた。

 

 ◇あかり◇

 

 才能は、持っているだけでは意味がない。コレクションとして飾っておくだけでは、宝の持ち腐れだと父はよく言っていた。私自身、そう思うし、今でもその考えは変わらない。

 やれるならやる、やれるならやり通す。自分が生まれもった能力は最大限使うことにこそ意味がある。

 

 

 だからこそ、彼の言葉にカチンときてしまった。『失敗』はしない。言葉通りの意味だろう。去年も成功したイベント、去年の成功例を参考にし改良した今年のイベント、失敗なんて万に一つもありえない。なら、成功ではなく大成功を収めることが私の理想だ。

 

 

 私のプライドが、積み上げるような成功を許せない。完璧を理想とする矜恃が、妥協を許さない。

 なのに、彼はイベントではなく私を案じてくる。無茶無謀を犯そうとする私を諌めてくる。

 

 

 本当に謎だ。

 歩夢くんのどんな感情が、その答えを導き出したか想像がつかない。つかないからこそ、知りたいと思う。

 

 

 ──なんで、あんな正論(否定)を心地よく思ったのか知りたくなる。

 

 

 あれは、私の無茶を否定する言葉で、それと同時に私の仮面を肯定する言葉だった。完璧を求める私と、面倒臭がりでサボりがちな私。どちらも私には変わりないけど、歩夢くんはどちらかを過度に上げることも下げることもせず、平等に接してくれる。

 

 

 表と裏の私を、そのまま認めてくれる。

 きっと、それが心地よさの正体。

 

 

 でも、その正体がわかっても彼の真意はわかりはしないから、試すように弄ってみる。まぁ、名前を呼ばれなくて寂しかったのは本音だ。

 自分だけ仲間はずれとか、流石の私でも傷つくというもの。

 

 

 彼に名前で呼ばれる感想は、うん……悪くない。

 しっかりと言葉にしてくれない君への仕返しだ、これくらい安いものだろう。できるなら、もっともっと深くまで見てみたい。

 

 

 私を呼ぶ彼が、私を気遣う彼が、どんな思いで私を見ているのか。

 牛歩のように進む君への理解が、待ち遠しい。答えを見るのが、また少し楽しみになった。そんな気分だ。

 




 次回もお楽しみに!

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