葬送のIFリーレン~道を曲がってしまったエルフとその影響について~   作:無名

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1.回想と分岐

「俺が好きなのはさ、フリーレンだよ」

 

戦士シュタルクの衝撃の告白から1秒後。

ここはどこで私は誰。

 

「……もう一度言うけど、好きだフリーレン。返事が欲しい」

 

真面目くさった様子で対面に座った彼──私のパーティーの頼れる戦士、シュタルクが告げる。

そして私はフリーレン。千年以上生きたエルフの魔法使い。かつて魔王を倒した勇者ヒンメル一行の一員だった魔法使い。

しかしその経験は、今のこの状況においてなんの助けにもなりそうになかった。

 

……一瞬呆然としてしまったが、呆けている場合ではなさそうだ。どうやら聞き間違いや冗談でもないらしい。

その証拠に今も、彼の赤い瞳が真剣な光を讃えて私を見つめている。

何でこんなことになったんだっけ。私は原因の追求と現実逃避を兼ねて、彼との出会いを思い出すことにした。

 

 

勇者ヒンメルの死から19年後。

中央諸国 ブレット地方 街道。

 

あてもなく続ける趣味の魔法収集と人を知るための旅の途中。

しかしその時の私は、一度それを中断してある目的地に向けて旅をしていた。

それは聖都シュトラール。私のかつての仲間で、聖都の司教だったハイターのいる所だ。

 

なぜ司教だった、というのか。

それはここしばらく立ち寄る村や街の教会に行った際、「ついにハイター様が隠居なされた」という話をちょくちょく耳にしていたからだ。

なぜどこでもこのような話を聞くのかと言えば、ハイターは積極的に各村や街を巡って説法をしたり、その場所の司祭に聖印を与えたりなどしていたらしく、それで顔が広かったようだ。

私の強く覚えているハイターの姿は、週に一度は二日酔いでアンデッドと化して使い物にならなくなる若き生臭坊主の姿だ。

19年前に彼の貫禄がついた姿を一度見たにもかかわらず、立派な僧侶としてのハイターの姿については、いまだに少しおかしく感じる。

 

ともあれそのハイターも人間としては相当の高齢となり、ついに司教の務めも難しくなり、引退して聖都郊外の自宅で静養して余生を過ごすのだ、というのが聞いた話だった。

隠居したからといってすぐに死ぬとは限らないけど、ハイターにはたくさんの借りがある。返せるものは、死なれる前に返しておきたい。

とはいえ何をすべきかは特に思いつかないから、ハイターに直接聞こう。会いに来た理由は、聖都に買い出しの用があったからついでに来たとでも言っておけばいい。

そういった考えで、私としてはそれなりに急ぎつつ、街道を歩いて進んでいく。しかしそこで、ふと立ち止まった。

 

「……分かれ道か。そういえば、ここはアイゼンの住処のすぐ近くだね」

 

先を見ると、まっすぐに進む街道に交差するように、一本の横道が伸びている。

今は昼下がり。私の記憶のままならば、そのまま進めば、日が暮れる前にそれなりの規模の村にたどり着けるはずだ。

そして横道を行けば、これも日が暮れる前にはアイゼンのところに着くはず。

 

どうしたものかな、と考える。思えばアイゼンにも暫く会っていない。彼も私の大切な旅の仲間で、知る限りで最高の戦士だ。

しかし同時に彼はドワーフで、エルフである私の長寿仲間でもある。ハイターと違って、会うのに急ぐ必要はない。100年……は少し長いが、10年後や20年後でも良いはずだ。

彼に会うのはまた今度にしておいて、今は先を急ぐべきか。そう目を伏せて考えていたら、ふと目の前を何かが横切った。

 

「ん?……なんだ、蝶々か」

 

この大陸に広く分布している、どこでも見かけるような青い羽根の蝶。それがひらひらと目の前を横切って飛んで行った。

思わず目で追うと、それはひらひらと横道の方へと飛んでいく。まるで誘うように。

 

「……まあ、顔を見るくらいいいか。それに、アイゼンならハイターの近況を何か知ってるかもしれないし」

 

ほんのわずかなきっかけで、人の心は変わるものだ。

ついさっきまでそのまままっすぐ進もうと考えつつあったのも忘れ、私は横道へと進路を変えた。

 

 

街道から逸れた横道を歩いて暫くして。

予想通りに、日が暮れる前にアイゼンの住む小屋に着いた。

森のすぐ近くにある簡素な小屋。その小屋のすぐ隣には、石と土で作られた墓が2つ並んでいる。

 

そこまでは特に記憶と変わった様子もないが、一つ決定的に違う点があった。

……アイゼンの小屋の前で、棒を持って素振りをしている見知らぬ少年がいる。

人間の歳を判断するのにはやや自信がないけど、たぶんまだ10歳にもなってなさそうな子どもだ。

 

「189…190…」

 

相当に集中している様子で、背後から歩いてくるこちらにまだ気づいていない。

頭頂だけ黒みがかった赤い髪を持つその少年に、私は声をかける。

 

「ねえ君」

「192…193…」

 

全然気づかない。大した集中力だ。

仕方がないので、そのまま近づいて彼の肩に軽く手を置く。

 

「ねえ」

「195ッ!?うわっ!何!?誰!!」

 

とたんに彼はこちらがむしろ驚くほどにビックリして飛び上がり、棒を取り落した。

そのまますっ転んで、へたりこんだままこちらに顔を向けて叫ぶ。

 

「……誰このお姉さん!?」

「……そんなに驚かなくてもいいでしょ」

 

背後から魔物にでも襲われたかのような慌てふためきぶりで、かえってこちらが動揺する。

……しかし「お姉さん」か。いい響きだ。今まで気づかなかったが、まさに私のためにあるような表現だ。今後は自称しよう。

そう考えていると、多少動揺から立ち直った少年がまた口を開いた。

 

「急に後ろから肩叩くからだ!誰でも驚くよ!」

「先に声かけたんだけどね。ところで、アイゼンはいる?」

「……師匠?師匠なら…」

 

少年が言いきる前に、小屋の戸が開く。

そして中から、見知ったドワーフが姿を現して声を発した。

 

「……騒がしいと思えば、フリーレンか。久しぶりだな」

「アイゼン。遊びに来たよ」

「ほぼ20年ぶりとは思えん態度だな」

「たった19年でしょ」

「そうだな」

 

長寿仲間ならではの会話。

その二人の会話をへたりこんだまま聞いていた少年に、アイゼンが目を向ける。

 

「立てシュタルク。戦士たるものがいつまでも無様に座り込むな」

「……わかったよ、師匠」

 

アイゼンの言葉に、シュタルクと呼ばれた少年は落とした棒を拾って素直に立ち上がる。

話を聞く限り、どうやらこのシュタルクはアイゼンの弟子であるらしい。

 

「弟子なんて取ってたんだ」

「ああ、魔族に故郷の村を滅ぼされて行く所がなくなった奴だ。少し前に拾って弟子にした」

「ふーん。聞いたと思うけど、私はフリーレン。魔法使いで、アイゼンの仲間だよ。よろしくね、シュタルク」

「……よろしく」

 

こちらからやや目をそらしながら、シュタルクが挨拶を返す。

パッと見た感じはかなり臆病な気質のようだが、アイゼンが弟子に取るほどの少年だ。

単なる同情だけが理由とも思えないし、そもそもアイゼンにも臆病なところがあるのを私は知っている。

さっきの集中力も捨てたものではないし、きっとこの少年は鍛えればいい戦士になるのだろう。

この時の彼への印象は、その程度のものだった。

 

「シュタルク、少し早いが今日の鍛錬は終わりだ。土を払って中に入れ。フリーレンも中で話でも聞かせてくれ」

「わかった」

「お邪魔します」

 

アイゼンに促されて、シュタルクに続いて小屋の中に入る。

そしていかにもドワーフらしい簡素な木組みの机と椅子の席に3人で着き、出された茶を啜る。

そうするうちに、私の対面に座ったアイゼンが話を切り出した。

 

「それで何の用だ。まさか本当に遊びに来ただけか」

「そのまさかだけど、何か手伝ってほしい事とかあればするよ。何かある?」

「……まったく、お前らしいな。手伝ってほしい事は、今は特にないぞ」

「そう?じゃあ私を手伝ってほしいんだけど。ハイターの近況とか、何か知らない?」

 

アイゼンの表情はわかりづらいが、やや呆れられている気がする。

ハイターの話を切り出したら、それに意外そうな表情も加わったようだ。

 

「まあ、知っている。文通をしているからな。司教を引退して隠居生活を始めたそうだが、話を聞く限りはまだ元気そうだぞ」

「文通なんてしてたんだ。意外と律義だね」

「お前がそっけなさ過ぎるんだ。とはいえ、こういう事を聞くとはお前も少しは変わったか」

「そう?まあよかった。死ぬ前に顔を見に行くくらいはできそうだ」

 

実のところいまだに人間の衰えについてはよくわからないところがある。

私にとっては少し暇をつぶす程度の時間で、人間は老いて去ってしまう。

実を言えば、自分がたどり着いた時にはハイターは何も知らないままもう死んでいたということにならないか不安だったのだ。

ヒンメルの時はぎりぎりで間に合ったとはいえ、それでも大いに後悔した。同じ過ちを繰り返すのはもう嫌だった。

あまり期待していたわけではなかったが、近況を知れただけでもアイゼンのところに寄ってよかったかもしれない。

 

「ハイターにも会いに行くつもりか?それなら、俺から知らせておいてやろう。丁度今回の手紙を書いていたところだ」

「そうなの?必要かな、それ」

「……一般的に遠方の知人を訪ねる時は、なるべく事前に知らせておくものだ。一期一会が基本の旅人にはピンと来ないかもしれないがな」

「じゃあ、お願い。どれぐらいかかるの?」

「明日には村まで行って手紙を出す。早い便を使えば往復で2か月といったところだろう」

 

渡りに船とはこのことだ。手紙を先に送っておくという発想は盲点だった。

その日暮らしの旅暮らしな私には特に縁のないものであるという思い込みがあった。

何かのついでに会いに来たという体は装えなくなるが、まあいいだろう。

それもたった2か月で返事まで返ってくるという。私にとっては、大した時間ではない。

 

「2か月か。早いね。それなら、いったん返事を待った方がいいのかな」

「何かの行き違いを防ぐのならそうすべきだろうが……お前、宿の当てはあるのか」

「今晩だけなら、この先の村で泊まる気だったんだけどね。……でも2か月は厳しいから、ここに泊めてもらえると助かるんだけど」

 

時間は大したことがなくても、費用はそうではなかった。

このところ私にしては、先を急ぐ旅を繰り返してきたのもあって、路銀の補充よりも消費が上回っていた。

今すぐ困窮するというほどでないにしろ、次に大きな街に着いたら暫く留まって、割のいい仕事の依頼をこなして路銀を補充しようと思っていたのだ。

しかしこの先の村は街道に近いためそれなりに賑わってはいるが、そこまで規模は大きくない。実入りのいい依頼が多くあるとは思えない。

そのうえ宿代や食事代や他の必要経費を払っていたら、おそらく消費が上回る。この先の旅の予定に狂いが出るのは避けられない。

 

しかし必要経費のうち多くを占める宿代だけでも浮くなら、話は全く変わってくる。

請けられる依頼の質は大きな街のものには劣るだろうが、これまでの経験からして、全くないということはまずない。

特に街道近くということは、人の往来自体はそれなりにある。新規の依頼も、それなりには見込めるだろう。

それらを請ければ、路銀を貯める余裕すらあるだろう。貯まり具合によっては、この先の街で稼ぐ予定も短くできるかあるいはなくなるかもしれない。

それならば結果的にこの先の旅路の予定を変えずに済むので、私としては助かる。

そう考えて頼んでみて、アイゼンの返事を待つ。

 

「……構わんが、男所帯だから狭くてむさいぞ」

「野宿よりマシだし私は気にしないけど。ありがとねアイゼン。じゃあよろしく」

「……師匠の仲間にこんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど、なんかこの人一言多くない?」

「元々こういう奴なんだ。悪気はないから気にするな」

「そうだよ。気にしないで」

「……師匠がそういうなら、いいけどさ」

 

つい口を挟んだらしいシュタルクは釈然としない顔をしているが、何が気になるのかはよくわからない。

アイゼンは信頼すべき仲間だ。ヒンメルたちと一緒に何度も野営だってした。雪に振りこめられて、しばらく避難小屋で一緒に過ごした事さえあった。

なんなら19年前、アイゼンと二人旅ができるなら心強いと思ってすらいたのだ。衰えを理由に、同行を断られてしまったけれど。

互いに最低限の節度は保つべきだが、今更一つ屋根の下で過ごすこと自体には特に違和感はない。それはアイゼンもきっと同じだろう。

……そういえばこのシュタルクも一緒にいることになるわけだが、まあ子どもだ。特に気にすることもないはず。

 

そうして思考を切り上げてからは、懐から取り出した手紙の続きを書き始めたアイゼンと他愛ない話をした。

私がしていたここしばらくの旅の話。それとヒンメルと私たちで一緒にした冒険の話。

特に後者の話は私とアイゼンが懐かしむ以上に、シュタルクも興味があるようだった。

その中でもヒンメルやアイゼンの話は特に気に入ったらしい。

食い入るように話を聞いているし、たまに質問までしてくる。それに私とアイゼンで答えてやる。

 

そうして話をして少し打ち解けられたころには日が暮れ、3人で夕食を取った。

その夕食が終わったらお湯を貰って、交代で男女の片方が小屋を出て、片方が中で体を清め、ついでに寝巻に着替える。

入浴ほどではないがさっぱりとし、旅の疲れもあって眠気が襲ってきたところでやっと気づいた。

この小屋には、ベッドが2つしかない。アイゼンとシュタルクの二人暮らしなので当たり前のことだった。

予備の毛布と敷布くらいはあるようだが、普通に考えれば一人は床で寝ることになる。

 

「……俺が床で寝るよ。フリーレンさんは俺のベッドを使えばいい」

「悪いね。じゃあおやすみ」

「早くない?」

 

シュタルクにベッドを譲ってもらったので、すかさずベッドに潜り込む。

休める時にはしっかり休む。冒険者に必須といっていい技術だ。

 

それに明日の予定は早い。ここに泊っていくなら、明日は一緒に村に来て最低限のものは買い揃えておけとアイゼンに言われたからだ。

単純に自分が消費する分の食料とか、毎度着替えや体を拭くたびに小屋を出入りせずに済むように使う目隠し用の仕切り布とか。

まあ本来想定される出費に比べれば微々たるものだ。荷物持ちくらいはしてくれると言っていたし、ついていくべきだろう。

そういうわけで、今日はもう早く寝ようと決めていた。既に強めの眠気が襲ってきている。

……とはいえ、少しだけ申し訳なく思ったので、唖然としている彼にベッドの中から声をかけておく。

 

「シュタルクはアイゼンと一緒に寝れば?子どもだし、アイゼンも背は小さいから一緒に寝れるでしょ?」

「えっ…師匠と?」

 

私の発言を受けて、シュタルクがアイゼンの方を見る。

しかし、アイゼンはかぶりを振った。

 

「ダメだ。戦士の師匠と弟子というものはそうなれ合うものじゃない。お互いに一人の戦士として一定の敬意を払うものだ」

「……わかってるよ師匠。それじゃ俺も寝るから。おやすみ」

 

そう言ってシュタルクは、2つのベッドの間あたりに敷布を敷いて自分の寝床を準備し始めた。

私は仰向けに寝転がりながら横目でその顔を見る。少し寂しげな表情だった。

師匠と弟子としての節度。確かにそれは重要だが、他にも何かあったような。

深く考えだす前に、より強い眠気が襲ってくる。それに抗わず、私は意識を手放した。

 

 

目を覚ました時は、まだ夜中だった。

押し殺したような泣き声がする。子どもの泣き声だ。

声の方に寝転がって顔を向ける。丁度月明りが差し込んでいて、寝床で毛布にくるまって泣いている子どもが見えた。

シュタルクだ。目元を拭って、嗚咽まじりに何かつぶやいている。

 

「俺だけ逃げてごめんなさい……。兄貴……。見捨ててごめん……。」

 

……そういえば、故郷を魔族に滅ぼされて生き残ったと言っていた。

ただ偶然に生き残ったわけでなく、どうやら自分だけ逃げ出して生き残ったらしい。

しかし無理もない事だ。どう見ても子どもの彼に残ったところで何ができたというのか。

魔族は人を食う。何匹いたのかどういう奴かは知らないが、おやつにされておしまいだろう。

 

まだこちらに気づかず泣き続ける彼を見るうち、自分の過去に考えが行く。

私自身、魔族に自分の村を滅ぼされた中での唯一の生き残りだ。

彼と違うのは、私は当時でもそれなりには強かった。他も全員エルフの村で、父も母も凌いで、一番というくらいには。

それでも他の人は守れなかったが、直接の仇は一応その場で討てた。そこで師匠(せんせい)──フランメに出会って拾われて、後詰の魔族も彼女が殺した。

しかし、直接の復讐を果たしてなお悔しくて悲しくて憎かったのだ。師匠(せんせい)に師事して、どんな手を使っても魔族の根絶やしを心に誓うくらいには。

何もできずただ逃げるしかなかった彼の心に残った傷は、はたしていかばかりか。人の心に疎いらしい私でも察しはつく。

 

故郷が滅んで、師匠(せんせい)に拾われて、魔法を教わりながら小さな小屋で一緒に暮らし始めたころの私。

流石に私にとっても昔の事だが、そういえば当時は夜中に酷く悲しくなって起きてしまう事もあって。

……たぶん、私は泣いてはなかったと思うけど、そうしてぼーっと起きていたらあれで聡いとこのあった師匠に見つかってしまったことがあった。

その時は、確かこうしてもらったんだ。

 

「ねえ」

 

声を掛けたら、泣いていたシュタルクはびくっとした。

目元をごしごしと拭って、潤んだままの赤い瞳をこちらに向けた。

 

「……起こして悪かった。何でもないし、もう寝るから気にしないでくれ」

 

私にすらわかりやすすぎる強がりで、かえって痛々しい。

彼の元々の気質というより、そうすべきという教育をずっと受けていたのかもしれない。

そんな彼の発言にあえて答えず、ベッドから手を出してちょいちょいと手招きする。

それを見た彼は、怪訝そうな顔をしつつも寝床から出てこちらに近づいてきた。

 

「えい」

「わっ、ちょっ!?」

 

十分に近づいたところを見計らって、手を伸ばして毛布の中に引きずり込んだ。

油断していたせいで引きずり込まれたが、すぐに暴れて逃げだそうとする彼の背中を抱きしめて声をかける。

 

「泣いてるガキってのはこうすると安心するんだ。……って、師匠(せんせい)が言ってたよ」

「誰の話だよ!」

「魔族に故郷の村を滅ぼされた私の事を拾ってくれた人で、私の魔法の師匠。フランメって言うんだ」

 

私の言葉を聞いて、シュタルクの抵抗が止んだ。代わりに小さな声で問いかけてくる。

 

「それって、俺と同じ……」

「私も魔族に村を滅ぼされた。皆を殺したそいつはなんとか倒したけど、それじゃ気が済まなくてね。師匠(せんせい)に教わって、それでけっこう強くなったんだよ」

 

その言葉を聞いて、彼はふっと自嘲する様子になった。顔は見えないが、きっとまた泣き出しそうな顔をしているのだろう。

 

「……じゃあ、俺とは違う。俺は一人で逃げたんだ。皆が殺されたのに何もできず、優しかった兄貴も見捨てて逃げた臆病者なんだ」

「私はそうできる程度の力はあったから、戦っただけ。君が戦っても、きっと死人が増えただけだ。自分を責めるべきじゃない」

「だとしても、戦うべきだったんだ……俺の故郷は戦士の村だった。戦士なら、たとえ自分が死んでも立ち向かうべきなんだ」

 

ああそれで、と彼の考え方に合点がいった。少し前に、中央諸国クレ地方にある戦士の村が、魔族に滅ぼされたという話を聞いたことを思い出したのだ。

精強な戦士が揃う村だが、そのぶん苛烈とすらいえる教えと掟を課している村だったらしい。きっとシュタルクはそこの生き残りだろう。

そう私が考えている間にも、彼の言葉は続く。

 

「俺はよく父さんから、逃げてばかりの失敗作だって言われてた。……それでも兄貴だけは優しかった。でも、魔族から庇ってくれたその兄貴を放って俺は逃げた。本当に、失敗作なんだ」

「君はそういうけど、私はそうは思わないよ。アイゼンだって思ってない。ちゃんと鍛えれば、きっといくらでも強くなれる」

「……なんでそう言い切れるんだ。俺の何がわかるんだよ」

「正直何もわからないけど、私はアイゼンの事を信じてるからね。アイゼンが育てようとしてる君が、ただの失敗作のはずはない。そう思うよ」

「師匠はとても強くてすごい人だから……かえって俺みたいな奴でも見捨てられないだけかもしれないだろう」

 

私の下手くそな励ましの言葉に、いまいち納得しきっていない様子のシュタルク。

やっぱり私にはこういうのは向いていないな。師匠(せんせい)やヒンメルのようには上手くいかないや。

それでも話しているうちに彼は落ち着いてきたようだ。あと一押ししてみよう。

 

「アイゼンは強いけど、きっと最初からそこまで強かったわけじゃないよ。アイゼンだって自分の村が魔族に襲われた時、一人だけ逃げ出して生き延びたのは聞いてるでしょ?」

「師匠が……?本当に?そんなこと一言も……」

「……まだ何も話してなかったのか。しまったな。……まあそのアイゼンが、今は君を拾って鍛えようとするほど強い戦士になってるんだ。君にできない道理はない」

「……そうかな」

「そうだよ。だから今、悔しいとか悲しいとかって感じてる気持ちは、全部修行のために使うといい。そうすればきっと、君はいい戦士になれる」

 

……柄にもなく、喋りすぎたかもしれない。まだ話してなかったらしいアイゼンの過去まで話してしまったし。

どちらにしても、会ったばかりの私にできる励ましはここまでだろう。あとはきっと、彼自身の問題だ。

 

「落ち着いたみたいだし、そろそろもう一度寝ようか。明日は村に行くから早いし。……あと、アイゼンの過去を勝手に話しちゃったのは黙っててね」

「……わかったよ。俺が泣いてたのも師匠には黙っててくれ。恥ずかしいし、心配かけたくないんだ」

 

そういうと彼は、私の手を振りほどいてベッドから出て行った。外気が毛布の隙間から入ってきて、少し肌寒い。

 

「一緒に寝てもよかったのに。これは君のベッドだし、君は子どもで、私はお姉さんだからね」

「もっと恥ずかしいから嫌だよ。おやすみなさい。それと……ありがとう」

「どういたしまして。私は明日たぶん起きられないから、ちゃんと起こしてね」

「それがお姉さんのセリフかよ……」

 

彼は苦笑しながら、自分の寝床に戻っていった。

それを見た後、私も姿勢を直してもう一度眠りにつく。

彼の寝息が聞こえだすころには、私の意識も消えていった。

 

 

翌朝。宣言通り起きられなかったので、すでに着替えた後のシュタルクとアイゼンに起こされた。

むにゃむにゃ言いながら朝食を口に詰め込んだあと、二人に先に小屋を出てもらって寝巻から着替えて顔を洗って髪をまとめる。

そのあとに外に出て、アイゼンの小屋からつながる街道へと接続する道と村に直通する道のうち、後者を使って3人で村に向かう。

 

今日の予定はハイターへの手紙を出しに行った後に、村での買い物。大したものを買うわけではないから、十分揃うだろう。

……出来れば暇つぶしに読む魔導書が新しく手に入ればいうことはないのだが。いくら大きめの村とはいえそこまでは高望みかもしれないな。

それに懐具合との相談にもなるし。……なるべく節約すべきなのはわかっているが、こればかりはどうしてもやめられないのだ。趣味だから。

 

そう考えつつのろのろ進むうち、やがて目も覚め始める。ふと先を見ると、何が楽しいのかシュタルクが時に走ったりしてかなり先行して進んでいた。

昨晩の様子が嘘のように元気だ。よく知らないが、子どもというものはだいたいああいうものなのだろう。

その様子を遠目に見ながら歩いていると、隣を歩いていたアイゼンがぼそりとつぶやいた。

 

「本当に変わったな、フリーレン。お前が昨夜のような気遣いができる奴とは思わなかったぞ」

「……起きてたのか。ごめん、勝手にアイゼンの過去の事を話しちゃって」

 

どうやら昨日のやり取りは聞かれていたらしい。勝手なことを話してしまったから、少し気まずい。

 

「それは構わん。どうせ近いうちに話す気だったことだ。それよりもあいつを慰めてくれて助かったが……それはヒンメルの影響か?」

「ヒンメルというよりは、師匠(せんせい)かな。今より子どもの時に自分が支えてもらったことを思い出した。なんでそう思うの?」

 

唐突に出てきた、ヒンメルの名前。私たちの大事な仲間であり、一緒に魔王を倒した真の勇者。

彼の言葉と勇気と願いは、私の中に今も残る。それはハイターも、アイゼンもきっと一緒だろう。

 

「俺があいつを拾ったのは、きっと勇者ヒンメルならそうすると思ったからだ。お前の行動も、そうじゃないかと思ってな」

「ああ、それで。ならもう少しわかりやすく優しくしてやればいい。ヒンメルなら近くで泣いてる子どもを放置したりしないでしょ」

 

ややぶっきらぼうにそう答えると、アイゼンが目を伏せて黙った。

そして少ししてから、また口を開く。

 

「実はこの手紙でハイターに相談しようと思っていたんだが……傷ついた子どもにどう接するべきか、悩んでいてな。戦士として、師としてどうあるべきか、迷っていたんだ」

「それだけかな。まあなんにせよ、戦士っていうのは不器用だね。そんなに難しく考えなくていいと思うよ」

 

アイゼンの住まいにある2つの墓。簡素な造りだけれど、きっとアイゼンがいる時は常に墓前の花が欠かされたことのない墓。

そこに眠る人たちがもしかしたら、アイゼンの悩みの原因に大きく関わっているのかもしれないけれど、結局言うべきことは一つだ。

また黙っているアイゼンより先に、私は言葉を続ける。

 

「大人なら、子どもには心の支えを与えてやるべきだ。それが親の愛だっていうなら、できる限りそれも与えてやるべきだと思うよ」

「……お前にだけは不器用と言われたくなかったが、まさかこんなふうに諭されるとは。伊達に長く生きていないな」

「歳は関係ないでしょ。それに案外、ハイターからも同じような答えが返ってくるんじゃない?色んなところで説法をする偉い司教様だったらしいし」

「あの生臭がな。今でも信じられんよ」

「全くね」

 

重要な話から、やがて軽口の叩き合いに変えつつ歩いているうちに、村が見えてきた。

入り口では、先に行っていたシュタルクが待っている。二人とも遅いとかなんとか言いながら、楽しそうだ。

 

「まあ待て。老人二人は歩くのに時間がかかるんだ」

「私は老人じゃない。さっきのと合わせて2回目だからね、アイゼン」

「まだそのカウント癖は直ってなかったのか……」

 

軽口の叩き合いを切り上げて、シュタルクを加えて3人で村に入っていく。

この村は前に見た時と変わらず、そこそこ賑わっているようだ。

人間の村は、私が次に来るとなくなっていることも多くて困るけれど、こういう街道近くの村は比較的安定しているからいい。

強いて前と変わっている点と言えば、住民と旅人向けの大衆浴場ができていたのは良い変化だ。今日はまだいいが、たまに入りに来ようと思う。

 

そうやって村の様子を眺めながら歩いて、まずはハイターへの手紙を出しに行く。

方法としては行商人などについでに運んでもらうものや、調教された動物に持たせるものがあるが、中でも早いのは鳥を使うものだ。

専用に調教された鳥は賢いもので、返事は同じ鳥が直接アイゼンの小屋まで届けてくれるとのことだ。面倒がなくていい。

 

手紙を出し終えてから必要なものを買いに店を回ると、アイゼンの顔がやたらと効くことに気づいた。

どうやらちょくちょく村で力仕事を請け負ったり、稀に魔物退治の依頼を請けたりしているからのようだ。

おかげでいくつかのものは安く手に入ったし、アイゼンのツテで明日以降に請け負う仕事を色々取り付けることもできた。

そして中でも特に嬉しい事が一つあった。

 

それは雑貨屋で魔導書の類がないか聞いたところ、アイゼンさんの仲間の頼みならということで在庫から民間魔法の魔導書を引っ張り出してきてもらえたことだ。

ほとんど存在を忘れていたし、次の棚卸で処分していただろうからとタダ同然で譲ってもらえた。

こういう偶然と幸運があるから、魔法収集はやめられない。きっと一人で来ていたらわざわざ探してもらえたか怪しいし、もっと後に来たら処分されていただろう。

つい嬉しくて、持つべきものは仲間だねとアイゼンに笑顔で言ったら、私でもわかるほどに微妙な顔をされた。きっとヒンメルならそんな顔しないのに。

……そうして3人で用を済ませてから、帰路に就いた。

 

その日の夜。夕食も済ませて、小屋の隅に張らせてもらった仕切り布の中で体を拭いて着替えていたころ。

外から声が聞こえてきた。

 

「……なあシュタルク。考えたんだが、フリーレンのいる間は俺のベッドで一緒に寝るか?」

「えっ、どうしてだよ師匠。昨日と言ってること違くない?」

「戦士たるもの、休息も重要だ。質の悪い寝床で休むのでは、鍛錬にも影響が出かねない。まあ、嫌なら構わんが……」

「……嫌なわけないじゃん!じゃあ一緒に寝よう!やった!」

 

下手くそな言い訳をするアイゼンの声と、無邪気に喜ぶシュタルクの声。

まったく、不器用だな。そう考えながら、私は自然に微笑んでいた。

 

 

……それで終われば、いい話だったのだけれど。

それから数日後、シュタルクはまた床に敷いた寝床で寝るようになり始めたのだ。

私はベッドに寝転びながら、つい理由を尋ねてしまう。

 

「ねえ、なんでアイゼンと一緒に寝ないの?」

 

その私の素朴な疑問に対して、シュタルクは困ったような疲れたような顔でこちらを見て、口を開く。

 

「師匠はさ、ものすごく寝相が悪いんだよ。一緒に寝てたら全然寝られないよ……」

 

……そういえば、アイゼンは野営中にいつのまにか木にもたれて謎の逆立ちで眠っているようなことがよくあった。

たいてい私の方が起きるのは遅いから、あまり印象に残っていなかったが、寝相が悪いタイプだったのだ。

そんな事も考えず安易に一緒に寝るように勧めた自分に、少しだけ責任を感じた。

だから、からかい半分とはいえつい口が滑ったのかもしれない。

 

「……じゃあ、私と一緒に寝ようか?構わないよ、お姉さんだからね」

 

しかし、シュタルクはこちらを見たまま溜息をついた。なんだこいつムカつくな。

 

「師匠と同じくらい寝相悪いだろ……。今日までで3回くらいベッドから半分はみ出てたじゃん。もう俺寝るよ……おやすみ……」

 

そう言って彼は、眠くてたまらないという様子で頭まで毛布に潜り込んでしまった。

そして、すぐに寝息を立て始める。

そのシュタルクの寝床越しに、私と同じくベッドに寝転がっていたアイゼンと目が合う。

……残念ながら互いに言う言葉は見つからなかったので、そのまま二人とも背を向け合って眠りにつくことにした。

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