葬送のIFリーレン~道を曲がってしまったエルフとその影響について~   作:無名

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2.模擬戦

勇者ヒンメルの死から19年後。

中央諸国 ブレット地方。戦士アイゼンとその弟子の住まう小屋。

……その小屋のベッドにいる私の安らかな眠りを、妨げる声がする。

 

「フリーレン、起きてくれ。朝飯の食器が片付かないだろ」

「うう……あと半日」

「そんなに眠っちゃダメでしょーが。しょうがないな……」

 

まだ眠りたい私は、起こそうとする声に抗って二度寝しようとしていた。

しかし、そうしていると顔にぴちゃっと冷たいものがあたる。

どうやら水を付けた指で触られたらしい。

 

「ちべたい……やめてよぉ……」

「さっさと起きないと、顔に水を直接ぶっかけるぞ」

「ううぅ……」

 

仕方なく、寝ぼけ眼をこすってのろのろと上半身を起こし、私を起こした相手を見る。

頭頂だけ黒い赤髪で、赤い瞳のシュタルクという少年。

彼が呆れたようにこちらを見ている。

アイゼンの小屋に滞在するようになって1か月。その間ほぼ毎朝、私は彼に叩き起こされていた。

 

「もっと優しく起こして……お姉さんへの礼儀がなってないよ……」

「毎朝毎朝この調子で、何がお姉さんだ。寝てる方向も逆になってるし、いったいどうやったらそうなるんだよ」

 

寝てるうちにどうやら、ベッドの中で1回転してしまっていたらしい。

とはいえベッドから落ちていないのだから、何の問題もない。

そう内心言い訳をしているうちに、シュタルクにやや強引に手を引かれてベッドから出されてしまう。

 

「ほらさっさとベッドから出て。着替えとか髪整えるのとかは、朝飯食ってからにしてくれよな」

「うう…眠い…」

 

むにゃむにゃ言いつつ手を引かれて歩いて、朝食の並んだテーブルまで彼に誘導される。

2つ並んだ席の片方に座って、その隣には手を引いてきた流れでシュタルクが座る。

その向かいの席にはすでに、アイゼンが座って待っていた。

 

「やっと起きたのか。こればかりはずっと変わらんな……」

「ごめん師匠。起こすのに手間取っちゃって」

「まあ仕方ない。こいつは旅の最中もずっとこうだった。何度置いていこうと思ったかわからん」

「すごくだらしないよな。本当に年上なの?」

 

師弟そろって、私に失礼な事ばかり言っている。

何より弟子の方は、最近私への敬意が著しく欠けている気がして、思わず文句を言う。

 

「アイゼン……弟子の躾がなってないよ……。ちゃんと叱ってよ……。」

「らしいぜ、師匠。どう思う?」

「もっと言ってやれ」

「だってさ。ほらフリーレン。スープをこぼすなよ。寝巻にシミがつくぞ」

 

そう言いながらシュタルクが、私の口からこぼれたスープを手に持った布で拭きとった。

いつからか普通に呼び捨てにされているし、お姉さんとしての威厳が脅かされている気がする。

そう寝ぼけた頭で考えながらも食事が進んで、食べ終わって、食器を片付けてもらって。

日課の鍛錬に向かう二人を見送ったあと、寝巻から着替えて、そのあとに髪を整えていたら、なんだかんだで目は覚めていた。

 

今日はどうしようかな。このところは、よく村に行ってちょっとした依頼を受けては物を貰ったり路銀の足しにしていたけれど。

しかしそんな依頼も毎日あるとは限らないし、何より最近はよく立ち寄る雑貨屋の店主の視線が冷たい気がする。

三日おきくらいで新しい魔導書や魔道具の入荷はないか尋ねて、なければ何も買わずに帰ったのがまずかったのかもしれない。

 

まあ、おかげで路銀は順調に貯まってはいる。この調子なら、そこまで躍起になって稼ぐ必要もないだろう。

しばらく別の事で暇を潰して、少し時間を置くべきだろうか。……そういえば、アイゼンとシュタルクが鍛錬をしてる様子はまだ見たことがなかったな。

今日は二人を眺めながら、魔導書でも読み直して暇を潰そう。そう考えていくらか荷物を持ってから、鍛錬に向かった二人を追いかけることにした。

 

 

ついて行ったことはないけれど、何度か二人が入っていくところは見たから、二人がどういった道を行っているのかは知っていた。

まず森に分け入って、普段アイゼンとシュタルクくらいしか使わないせいか、私からしても細くて見通しが悪い、ほぼ獣道といった道を進んでいく。

そうしていって、蔦のカーテンのようになっている入り口をかき分けると、そこからは広場のようになっている場所が見えた。

すぐ近くに沢まで流れているそこは、端の方に立木打ちに使う用途であろう丸太がいくつか立てられていて、手ごろそうな岩がいくつか転がされている。

そこの中心に近い場所で、シュタルクが棒で打ち込むのをアイゼンが受ける稽古をしていた。

 

「……なんだ、フリーレン。今日はこちらに来たのか」

「たまにはいいかと思ってね。見ててもいい?」

「まあいいが、大したことはしていないぞ」

 

シュタルクの打ち込みを片手に持った棒で捌きながら、ぶっきらぼうにそう答えるアイゼン。

シュタルクは稽古に真剣そのもののようで、こちらに目もむけなかった。熱心なのはいいことだ。

 

とりあえず許可をもらったので、眺めるのにちょうどいい場所がないかあたりを見渡す。

すぐに丁度いい感じの切り株を見つけたので、そこに行って腰掛ける。

近くには、アイゼンとシュタルクの荷物らしい包みが二つ置いてある。私の荷物もそばに置いておくことにした。

 

そうして眺め始めたが、アイゼンの言った通り、なにか特別なことをしているというわけではなかった。

基本的には打ち込み稽古で、そのほかに型の確認や、アイゼンが投げる小枝をシュタルクが躱すなどの回避の特訓。

それから合間に、ある程度実戦に近い形式での模擬戦を挟んでいる。

模擬戦とはいえ、戦士の戦いだ。こればかりは、こういった開けた場所でないと行うのは難しい。

……とはいえ、今はまだまだシュタルク側が未熟な少年だ。毎度毎度、片手で相手をするアイゼンにぼこぼこにされるという結果に終わっていた。

 

そうしているうちに昼になった。

いったん休憩をとることにしたらしいアイゼンやシュタルクがこちらに来て、荷物の一つから食料を取り出し始める。

どうやら昼食にするようだ。私も自分の荷物から持ってきたパンなどを取り出して、一緒に食べることにする。

そうして3人で昼食をとっていると、ここに来て初めてシュタルクが私に話しかけてきた。

 

「……なあ、見ててもつまんなくない?だいたい俺が師匠にやられてるだけだしさ」

「うーん、案外そうでもないかな。私でも十分目で追える速度だから動きがよく理解できるしね」

 

私の答えに少し不思議そうにしているシュタルクに、もう少し詳しい答えをしてあげることにする。

 

「本気の戦士とか勇者の動きってのはさ、あんまり速すぎて魔法使いの私じゃもう目で追えないんだよね」

「そうなの?」

「うん。とくにヒンメルはすごく速かった。間合いに入られたら、魔法の発動なんてとても間に合わないくらいにさ」

 

ヒンメルは本当にすごかった。魔族が魔法を使うよりも早く、剣で斬りつける。仮に魔法を何とか使ったところで、かわして斬りつける。

ただそれだけで、ほとんどの魔法使いはお手上げだ。斬られて死ねば魔法は当然使えないし、辛くも防ぐかかわしても次の魔法を使う前にまた斬撃がくる。

間合いを取ろうにも、単純に足が速い。ジャンプ力もおかしい。どう逃げようと一瞬で距離を詰めてくる。

なんなら理由は不明だが斬撃が飛ぶ。どうやってるのか聞いたら、「僕がイケメンだからさ」と言われた。答えになっていない。

そういうわけで、ヒンメル相手に守勢に回った時点で横槍でもない限りは詰みだと言っていい。

 

もっともこれでも無敵というわけではなかったけれど。単純に群れの数で押されたり、当時の即死魔法を乱射してくるような相手には、さすがにヒンメルが守勢に回ることもあった。

とはいえそれでも足が速いから、回避に専念したヒンメルを仕留めるのは困難だ。当然逃げるのにも有利で、私を抱えて逃げてくれる彼に何度命を救われたかわからない。

そんなふうに説明してあげると、シュタルクは感心した様子だった。ヒンメルが認められると、私も嬉しくなる。

 

「勇者ヒンメルって本当にすごかったんだな。俺もそんなふうになれるかなあ」

「シュタルクは戦士になるんでしょ。でも戦士も凄いんだよ。アイゼンはすごく強かったよ」

 

全盛期のアイゼンは本当に強かった。……というかまず硬かった。

まず大概の槍とか剣なんて素手で受けても、その槍や剣の方が砕けるのだから。

そして力が強い。アイゼンの斧の一振りで崖が割れるし大抵の魔物や魔族も真っ二つだ。

そのうえドワーフ特有の小柄な体格のせいで単純な走力こそは劣るものの、瞬発力自体はヒンメルのそれに匹敵していた。

そのせいで敵の方が先に攻撃したのにも関わらず、なぜか次の瞬間には敵が半分に割れているのはよくある光景だった。

ついでに持久力もあった。ある時暇だからと言って、朝から晩までぶっ続けで大岩を背負ってスクワットをしていた時はハイターがドン引きしていた。

 

そうやって褒めていると、自分の師匠への憧れでシュタルクは目をキラキラさせている。わかりやすい子だ。

隣のアイゼンはいつも通りの様子で黙々と食事を勧めている。……が、今の私ならわかる。あれは少し照れている時の表情だ。

 

「師匠はやっぱりすごいな!剣とか槍とか食らってもビクともしないようになるのってどうやるんだ師匠?」

「気合いだ」

「気合いか!……気合!?」

 

……まあアイゼンほどの戦士がそういうならそうなんだろう。

魔法使いでも魔力を表層にまとう事で防御する手段があるが、戦士はそんなことせずにそれをやるのだから。

そして何よりそれが厄介な点なのだ。魔法使いは相手の動作を読むためについ魔力探知に頼りがちだ。

どんなに魔力の隠蔽に優れた魔法使いや魔族だろうと、魔法を発動する瞬間だけは魔力の発露を隠せないから。

しかし魔力を発さずに行う戦士や勇者の動きにはそれがない。純粋に相手の動きを読むか見切ることが要求される。

もっともどんな生き物でも魔力自体は持っていて体内を流れてはいるから、それを見れるなら話は別だろうが、人類の魔法にそんなものはない。

 

……そういえば、私の魔力探知には実は欠点がある。自分が魔法を使う瞬間、どうしても一瞬だけ魔力探知を途切れさせてしまうのだ。

見習い魔法使いがよくやるミスらしくて、恥ずかしいから誰にも言ってないけど。とはいえ皮肉にも、これを補うために発達したものもあった。

それは探知切れの隙を悟らし辛い立ち回りの徹底や、相手が動作する前の起こりを読む技術や、相手の攻撃をあえて誘って流れそのものを誘導する技術。

だから私は割と魔法使いとしては近接戦もやれるタイプではあると思う。本職に比べたら、限度はあるけど。

そういうわけで、私自身が相対した場合なら動きそのものは見えずともやり方がないわけでもないが、観戦となると流石に見えないのだ。

こういった思考は口に出さないままに、私はヒンメルとアイゼンの話を続ける。

 

「ヒンメルとアイゼンはたまに模擬戦やってたけど、盛り上がってくると傍目には嵐か何かにしか見えなかったよ。危ないから近くに寄れないし、見ても面白くはないよね」

「当たり前だ。見世物じゃない。……さあ、そろそろ鍛錬の続きだ。行くぞシュタルク」

「うん!頑張るぞ!」

 

いつの間にか昼食を食べ終わっていたアイゼンとシュタルクが、鍛錬を再開するために戻っていく。

私も残ったパンを食べきって、座っていた切り株へと戻ることにした。

 

二人はしばらく午前と同じような鍛錬をしていたが、やがて短距離を繰り返し走り込むような訓練やひたすら素振りをするような訓練を始めた。

こういった基礎力をひたすら鍛えておくのは重要なんだろうけど、さすがにただ見ていても特に面白くはない。

なので訓練の様子はたまに見るだけにして、持ってきた魔導書を再読し、別の紙に再解釈や注釈を加えて書き写す作業をする。

 

この魔導書は最初にあの村で手に入れたもので、いわゆる民間魔法が記されている。

魔法使いが目的をもって開発したようなものでなく、市井の生活の中で自然に編み出されたようなものだ。

そのため魔法理論にまだまだ荒いとこもあり、解析して最適化する余地が残っているのだ。

もっともこの魔法はかなり用途が限られるもので、解析を進めれば誰かの役に立つとかいうことはたぶんない。

個人的な好みだけでいうならなかなか面白い魔法だとは思うが、それでも普段はここまでしない。まあ暇つぶしという趣が大きい。

 

そうやっていると、一度シュタルクに小休止を言い渡したアイゼンがこちらに歩いてきた。

何の用だろうか、と思って一度魔導書から目を離して顔を上げると、アイゼンから声を掛けられる。

 

「フリーレン、暇そうだな。少し手伝ってもらいたいことがあるんだがいいか」

「なに?」

「模擬戦の相手役を頼みたいんだ。対魔法使いや対魔族の想定でな」

「アイゼンの相手するの?危ないからやだなぁ」

「違う。シュタルクの相手だ。丁度いい機会だから、模擬戦とはいえ一度経験させておきたい」

 

シュタルクの模擬戦の相手か。アイゼン相手なら危険だから嫌だが、それなら暇つぶしに丁度いいかもしれない。

それに一人見ているだけというのもなんだし、多少は協力してもいいだろう。

 

「……いいよ。条件は?」

「お前はいつもの杖でなくこの棒を使え。これで使える魔法のみであいつの相手をしてやってくれ」

 

そういってアイゼンは自分が使っていた棒を手渡してきた。何の変哲もない、ただ頑丈なだけの長さ30㎝程の木の棒だ。

私はそれを受け取って立ち上がりつつ、条件の訂正を提案する。

 

「それじゃまだ私に有利すぎるね。私が使うのは飛行魔法・防御魔法・一般攻撃魔法・魔力の防御だけってことにしよう」

「魔法のことはよくわからんが、お前がそういうならそうなんだろう。それでいいぞ」

 

そのまま二人でシュタルクのところに歩いていくと、座り込んで休んでいたシュタルクが怪訝そうな顔でこちらを見た。

そのシュタルクに、アイゼンが次の予定を伝える。

 

「シュタルク、これから模擬戦だ。相手はフリーレンだ。立って構えろ」

「……えっ?俺とフリーレンが戦うの?」

 

困惑したままの様子で、それでもシュタルクが立ちあがる。だがまだ構えていない。

彼の持っているのは私のとは違い、彼の背丈ほどもある棒だ。斧術を想定しているのだろうから当たり前ではある。

私はそんな彼からある程度距離を取った位置に立って、アイゼンに改めて条件の確認をする。

 

「魔法についてはさっき確認した通りとして、他の攻撃手段は?棒で叩いてもいいの?」

「もちろんありだ。殴っても蹴ってもいい。当然だろう」

「勝敗の条件は?どっちかが降参するまで?」

「それ以外に戦闘不能か、今回は得物が折れたり砕けても負けという事にしよう。実戦とは少し違うが、収拾がつかなくなるからな」

「よし。それでいいよ」

「よくない!戦士と魔法使いの戦いなんておかしいだろ!」

 

条件を詰め終わったところで、シュタルクから異議が入った。

しかし、なにもおかしくはないのだ。アイゼンと一緒にそれを説明する。

 

「何を言っている?実戦で相手を選べるとでも思うのか。相手が何だろうが戦うべき時は戦うのが戦士だ」

「そうだよ。それに魔族はだいたい魔法使いだし」

 

魔族はその名前が表す通り、自らの魔力と魔法を誇りにしている生き物だ。

将軍と呼ばれる武芸を極めた戦士タイプの魔族もいるが、そいつらでも何かしらの魔法は使う。

魔族と戦う戦士ならば、魔法使いとの戦いは、どのみち避けては通れない。

 

「でも…」

 

シュタルクはまだ納得がいってない様子だ。なんだよ面倒だな。

なので言葉代わりに、やや大げさ気味に棒を振って、シュタルクの足元に一般攻撃魔法を一発撃った。

 

「うわっ!」

 

目論み通り攻撃の予備動作を読んだシュタルクに、後ろに跳んで避けられた。攻撃魔法が当たって、地面が小さく抉れる。

シュタルクが何か言おうとしているのが見えたので、言う前にもう一発撃つ。模擬戦開始だ。

 

「ちょっ!まだ始めとも言ってないだろ!?止めてくれよ師匠!」

「構えもせず油断しているお前が悪い。今から襲いますという敵などめったにいないぞ」

 

追撃をなんとか避けながらシュタルクが叫ぶが、アイゼンは取り合わない。

便乗して、私からも言っておくことにする。

 

「どんな相手だろうと奇襲を警戒できないならすぐに死ぬよ。私みたいなお姉さんじゃなくて、一見無害そうな子どもの魔族だっているんだから」

 

一般攻撃魔法を撃ちつつそう忠告してみたが、シュタルクは避けるのに必死そうなので聞いているかは怪しい。

アイゼンからは何か言いたげな視線を感じたが、何も言われてないのでカウントはしない事にする。

そう考えつつ、攻撃魔法の打ち込む場所で誘導して徐々に逃げづらいようにしていく。やがて、彼が避けるのにも限界が来た。

ついに避けそこなって、脇腹に一般攻撃魔法が直撃する。

 

「…がっ!?」

「一発目。実戦なら死んでたね」

 

……まあ、死ぬというのは今となっては実は大げさだ。

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)。かつて人を殺す魔法と呼ばれた魔法。

当時の防御魔法も耐性装備も貫通して人体に大穴を開ける魔法は、まさにその名にふさわしかったけど。

しかしその強さと洗練された魔法理論が仇となって、研究と解析が急速に進んで人類側に広まり、今や一般攻撃魔法と呼ばれるようにまでなった。

一般攻撃魔法(ゾルトラーク)を防ぐ防御魔法も開発され、装備の耐性も格段に上がり、今や冒険者や兵士の装備には当たり前に耐性加工が施されている。

 

もっともシュタルクが着てるのはただの服だが、今使ってる魔法は模擬戦用に威力を減らしている。というかそもそもこの棒では、まともな威力は出せない。

だからせいぜい強めに殴られた程度の痛みのはずだ。見習いとはいえ戦士相手では、到底決着にはならないだろう。

 

「ほら、逃げるばかりじゃ追い詰められるだけだよ。かかってきなよ」

「……畜生!」

 

やっとシュタルクが棒を構えて、こちらに走って攻め寄って来た。

それを一般攻撃魔法で迎撃するも、的確にジグザグと避けながらこちらに走り寄ってくる。

アイゼンと回避や瞬発的に走る特訓をしていたけど、それをうまく活かしているようだ。

ややもしないうちに、彼が間合いにまで距離を詰めてきた。変な遠慮でもしたのか、わずかに迷いのある動きで横薙ぎに棒が振るわれる。

 

「…えっ!?」

「踏み込みが甘い」

 

……だが、シュタルクの振るった棒は私に触れる前に六角形の障壁に阻まれて止まった。

今や魔法使いなら当たり前に使う防御魔法で防いだだけだが、何も知らない彼は自分の攻撃が未知の手段で止められたことに驚いている。

その隙を逃さず、彼の腹に一般攻撃魔法を撃ちこむ。

 

「ぐふっ!?……このっ!」

 

しかしモロに食らったにもかかわらず彼は一歩後退しただけで踏みとどまり、そのまま踏み込み直して突きを繰り出してきた。

さすがに丈夫だ。いくら子どもでも、アイゼンの弟子なだけはあるという事か。

……しかし、当たらなければどうということはない。すかさず飛行魔法を使い、後方上空へ距離を取って躱す。

 

「えっ……飛んだ!?」

「飛ぶよ。魔族や魔法使いなら当たり前にね」

 

渾身の突きを躱された彼は茫然としているが、魔族は歩くような感覚で空を飛ぶし、最近はそれを真似して人類の魔法使いも空を飛ぶ。

だから戦士はこれで逃げられる前に接近して斬り殺すか、十分な高度を取られる前に脚力で跳び上がって追撃しなくてはいけない。

だから彼のように呆然としている暇などないのだ。それを教えるために、上空から一般攻撃魔法を乱射する。

 

「うわっ!?こんなのズルだろ!!」

 

彼は叫びながら必死に避けるが、別にズルでも何でもない。魔法使いが取るよくある戦術だ。

本来ならこれを魔力切れまで続けることもできるが、今回はそういうわけにもいかなかった。

 

(……もう限界か。やっぱ棒じゃダメだな)

 

媒介にして魔法を発動している棒が、熱を持ち始めてぶるぶると震えている。流し込まれる魔力の強さに耐えかねている証拠だ。

魔力増幅加工や照準強化はおろか耐魔加工も魔力導通処理も何も施していないただの頑丈な棒なので、まあ当たり前と言えば当たり前である。

この棒では私が普段魔法を使う時の、10分の1の出力も出せれば精々といったところだ。

 

まあ模擬戦用に威力を低下させた一般攻撃魔法、性能を抑えている防御魔法。これらはこの棒で無理なく使える程度に出力を抑えられるのでまだいい。

今使っている飛行魔法。これが問題だった。

飛行魔法は魔族の魔法を原理もわからず人類が真似ているだけなせいで、魔力消費がやけに多いうえに細かい応用が効かないのだ。

それでも高度をだいぶ下げる調整にはしているのだが、その上でなおこのまま飛び続ければ棒は折れるか砕け散るだろう。

……正直言って素手のがかなりマシなのだが、それは今回のルールではない。一度地面に降りることにする。

 

「ほら、降りてきてあげたよ。もっと攻めておいで」

「……くっそおおっっ!!」

 

攻め寄ってくる彼の攻撃を、防御魔法で捌く。

隙を見ては一般攻撃魔法を撃ちこむ。

あまりに距離が詰まってきたら、短時間の飛行魔法で距離を取る。

 

それから基本的にはこれの繰り返しとなった。

まるで飛行魔法の持続もおぼつかない見習い魔法使いが取るような稚拙な戦法だが、まあ見習い戦士相手には丁度いいだろう。

魔族ならばよちよち歩きの幼体といったところか。普通の魔族は一般攻撃魔法も防御魔法も使わないが、まあ似たような攻防の魔法を使うものはいるし。

そうしてしばらく広場中を駆け回るように戦い続けたが……中々終わりは見えない。

 

(泥仕合だな……そろそろ終わりにするか)

 

あんまりにも攻撃魔法を撃ちまくり、そして避けられたためにそこらじゅうの地面がえぐれている。互いに駆け回ったから土埃もひどい。

油断すると躓きそうになるし、服が土埃で汚れてしまうし、いい加減に切り上げる頃合いだろう。

 

今のシュタルクは、沢を背にした状態で私と向かい合っている。ここまで転げまわって逃げるような真似もしていたため、もう土まみれだ。

肩で息をしていて見るからに疲れた様子だが、まだ倒れていない。その体力と根性は大したもので、アイゼンに鍛えられているだけはある。

しかし攻撃については、まだまだ稚拙でいまいち攻め切れないところがある。そのおかげで何度も私を取り逃がし、その度に苛烈な反撃を受けていた。

 

原因は、どうやらシュタルクが咄嗟に取る回避の動きと、攻撃に転じる際の動きがいまいちかみ合っていないせいだ。

おそらく戦士の村で受けただろう訓練と、アイゼンに教わった斧術の動き方を、彼自身が同時に扱いきれていないのではないかと思う。

まあそのあたりは今後アイゼンと鍛錬するうちによくなるだろう。戦士の育て方は、戦士こそが知っているはずだ。

そう考えて、今日はこれで切り上げるべく、おそらくトドメになるだろう魔法を発動させる。

 

「さあ、どうする?」

「う、わ……」

 

一般攻撃魔法の多重発動。普段の私ならなんてこともないが、この棒を使っていては何度もできない技だ。

彼の顔が怯えを見せた一瞬ののち、何本もの一般攻撃魔法が彼に殺到した。

 

「…ああああっ!!」

 

回避しきれない事を悟ってせめて少しでも身を守ろうとしたのか、咄嗟に棒で受けようとしたシュタルクが吹き飛ぶ。

いくつもの攻撃魔法の直撃を食らった棒はバラバラに砕けて、彼自身も吹き飛んで沢のふちのぬかるみに背中からつかる形になった。

そして、それを見ていたアイゼンから声がかかる。

 

「そこまで。シュタルクが得物を喪失したことにより、フリーレンの勝利。模擬戦終了だ。」

 

戦いは終了した。結局一撃も私にシュタルクの攻撃は通らなかったので、魔力を纏う防御は使わなかったけれど、まあこんなものだろう。

とりあえず派手に吹き飛んでいったシュタルクのもとに歩いていって、様子を見る。

 

「うぅ……痛いよぉ……」

「……大丈夫?立てる?」

 

なんだかめそめそしていたけど、声を掛けたらむくりと起き上がった。

派手に吹き飛んではいったけれど、見た感じでは大した怪我はしていないようだ。見習いとはいえ流石に戦士だ。

一応気遣って柔らかいぬかるみの方に吹き飛ばしたのだけれど、もしかしたらいらぬ世話だったのかもしれない。

おかげで泥まみれだ。少しためらったけど、さすがに子ども相手にそれを言うのも憚られるので手を貸してあげることにする。

 

「ありがとう……魔法ってすごいんだな。がんばったら俺でも使えるようになったりする?」

 

私の手を借りて立ち上がったシュタルクから、妙な事を聞かれた。

これについては下手な事を言うほうがまずいので、事実のみを伝える。

 

「無理だね。シュタルクに魔法の才能はない。やるだけ徒労だと思うよ」

「バッサリいうね……」

 

ショックを受けた様子のシュタルク。しかし、これについては誤魔化しても仕方がないのだ。

確かに魔力は鍛えれば上がるし魔法の技術も向上するのだが、しかしやはり元々の才能というものはある。

才ある者ならば幼少からでも魔力の表出は見て取れる。……あるいは、それを隠蔽する事すら習得しているかもしれない。

しかし、シュタルクはそれではない。ただ魔力が乏しく、ほとんど感じ取ることができないだけの普通の子どもだ。

 

「仮にシュタルクが数十年を費やして魔法の鍛錬をしたとしよう。それでさっき私が使っていた一般攻撃魔法が一発撃てるかどうかだね」

「えぇ……そんなに才能ないの俺?」

 

魔法というものは様々だけれど、代表的な種類としては大きく3つ挙げられる。

その場にない物質や現象を生み出す魔法。その場の物質を変換・再構築する魔法。その場の物質に干渉するだけの魔法。

魔法の規模の違いを考慮しないのならば、原則として前者ほど魔力消費が大きく、後者ほど魔力消費が小さい。

一般攻撃魔法も防御魔法も言わずもがな前者だ。その中では一般攻撃魔法は破格に魔力消費が低いほうだが、それでも何の素養もない者に使えるほどではない。

防御魔法に至っては絶望的だ。熟練の魔法使いですら、全面展開は数十秒もできればいいところという魔力消費量なのだから。

 

そしてこの原則には例外がある。その代表的なものが飛行魔法で、これは人体や物を浮かせるだけにもかかわらずやたら魔力消費が大きい。

それは原理もわからないままに魔族の魔法を真似て使っているせいなわけだが、それでも最早現代戦には欠かせない魔法だ。

一般攻撃魔法・防御魔法・飛行魔法。この魔法戦に必須な魔法が使えないのでは、到底魔法使いとしてやっていくことは不可能だろう。

そう考えながら、シュタルクに慰めの言葉をかける。ついでにアイゼンに借りていた棒も渡しておく。

 

「まあ、シュタルクは戦士の鍛錬を頑張るといい。今日の動きは悪くなかったし、きっとそのほうが強くなれるよ」

「……うん。そうだよな。頑張るよ俺」

 

渡された棒を受け取りつつ、諦めたように少し寂しげに笑ってからシュタルクはアイゼンのもとに歩いて行った。

柄にもなく、少し心がちくりとした。ああいう顔は、自分の嫌な過去を思い出すから私は嫌いだ。

しかし同時に、大切な顔も思い出した。立ち止まっていた自分を連れ出してくれた、ヒンメルの顔だ。

……私も何か、考えてみるか。

 

「……髪まで土と泥まみれだな。今日は全員で村の浴場にでも行くか。フリーレン、お前の分は俺が出そう」

 

そう考えているうちに、アイゼンがシュタルクの様子を確かめてそう言った。

体を拭くとかではどうにもなりそうにないという判断だろう。そして私の分の料金まで出してくれるらしい。

 

「嬉しいけど、いいの?」

「模擬戦に付き合わせたのはこっちだから当たり前だ。今から行けば、丁度いいころ合いだろう」

 

ふと空を見れば、だいぶ日が傾いていた。確かに今から村に行けば、ちょうど大衆浴場が営業を始めるような時間に着くだろう。

口ぶりからして今日の鍛錬はもう終わりにするようだし、そうと決まれば早く入浴して汗を流したくなってきた。

 

「じゃあ行こうか。善は急げだよ」

「いや、俺たちは少し後から行くから、先に小屋まで行って待っててくれ。その後に一緒に行こう」

 

そう言われて、歩き出した足を止めて振り向くと、模擬戦の余波で所々抉れた地面を足でならしているアイゼンとシュタルクが見えた。

私にとっては今日たまたま見に来ただけの場所だが、2人にとっては毎日使う鍛錬の場だ。片付けも重要だという事だろう。

そういう事なら、素直に先に行って待っていよう。「わかった。早くしてね」とだけ言って、置いてあった荷物をまとめて、広場を後にする。

そして来たときと同じく、広場の入り口にある蔦のカーテンをくぐり、細い獣道を通って森を抜けてアイゼンの小屋に戻った。

 

 

……そうしてしばらく待ったが、アイゼンとシュタルクはまだ小屋に戻ってこない。

思ったよりも片付けに手間取っているのかな。……というか、今更気づいたが私も魔法で手伝うべきだったかもしれない。

一度様子でも見に行くか。さっさとお風呂に入りに行きたいし、必要なら片付けを手伝おう。

 

そう考えて、また森の細道に入って進む。そして蔦のカーテンをかき分けて広場に入る。

沢の方に、二人がいた。水に濡れて裸のシュタルクと、拭き布を渡しているアイゼンと目が合う。

 

「「「えっ」」」

 

声は同時だった。

 

 

…………日が暮れ始めつつある中、3人で揃って、村に向かう。

いつかのように、シュタルクはアイゼンと私よりかなり先行している。

とぼとぼと村に向かう中、よくわからない沈黙に耐えきれなくなって、ぽつりとつぶやく。

 

「ねえ、今もしかしてちょっと空気悪い?」

「……そういう事がわかるようになっていたとは、感心だ。しかし理由まで察していたら、そんな質問はしないだろう」

「馬鹿にしないでよ。水浴びや着替えは男女分けるものだってことくらい知ってるよ。……でもそういえば、私たちにはこういうことなかったよね」

「万が一にもそんな事故が起きないよう、特にヒンメルがお前に気を使っていたんだ。……今更だが、どうしてそうしていたかわかるか」

「……わかんない」

「……そうか」

 

……なんだかすごく呆れられている気がする。実に心外だ。

だいたい事故だし、そもそもシュタルクは子どもなんだから裸だろうとどうだっていいのではないか。

そう口にしようか迷ったが、なんとなく余計に呆れられる気がするのでやめておく。

代わりに、そもそも疑問に思っていたことを口にする。

 

「ていうか、これから浴場に行くのになんで水浴びさせてんのさ」

 

当然の疑問だ。そう思ったが、アイゼンから呟くように答えが返ってきた。

 

「……共同の浴場だぞ。沸かした湯にも限りがあるのに、あそこまで汚れてそのまま行ったら迷惑になる。どのみち服は変えねばならんし洗う必要もあるからそのついでだ」

 

鍛錬で汚れたアイゼンとシュタルクの服や体は、どうやらいつもあの沢で洗っていたらしい。

そういえば二人の荷物に食料以外の包みがあったが、あれは着替えか。

私は面倒だから村の洗濯屋にたまにまとめて洗ってもらっていたので、あえて気にすることもなかった。

しかしまだ疑問は残る。浴場に汚れて行ってはいけないとはどういうことか。

 

「でも旅人はそんなの気にしてられないでしょ。事故や戦闘で酷く汚れることだってあるのにさ」

「俺たちはもう旅人じゃない。あの村には日常的に世話になる以上、こちらも気を使わねばならん。というか、旅の時でも何も気にしてなかったのはお前だけだ」

 

衝撃の事実を今更教えられる。まるで私の気が回らないと言われているみたいじゃないか。

憮然としていたら、アイゼンからため息交じりに謝られた。

 

「まあ、お前がそういう事に疎いのはわかっていたのに、俺の配慮が足りなかった。すまん」

「……じゃあついでにシュタルクに言っておいてよ。私は気にしないから、そっちも気にするなって」

「……本当にそれでいいと思うなら、自分で言ってこい」

 

どうやらアイゼン的にはダメという事らしい。なんでさ。

そのまま会話は途切れてしまい、また沈黙の中を二人でとぼとぼと歩く。

そうするうちに、村の入り口で待っていたシュタルクに追いついた。

なんと声をかけたものか。……よくわからないけど、とりあえず謝っておこうか。

 

「いや……よくわかんないけど、悪気はなかったし……。とにかくごめんて」

「……全然気にしてないよ。そんな事より二人とも早く行こうぜ」

 

そう曖昧に笑って、シュタルクはまた私たちの先を歩きだした。

アイゼンの危惧とは違い、どうやらシュタルクも気にしていないらしい。子どもは単純でよかった。

安心して胸をなでおろして、3人で浴場に向かう。

そうして入浴を終えて、ついでだからと村の食事処で3人で夕食を取るころには、すっかり私の頭から不運な事故のことは抜け落ちていた。

 

 

そして村からアイゼンの小屋に帰ってきて、3人とも寝床に入って就寝する前。アイゼンと私はヒンメルたちとした冒険の話をシュタルクにしていた。

2人で過去を懐かしむついでに、寝物語がわりにシュタルクに聞かせてあげるのがここのところの日課になっていた。

 

「それでヒンメルはさ、ダンジョンの主を倒して財宝も手に入れたのに、まだ行ってない道に戻るって言うんだよ。他にもあるかもしれないからってさ」

「……なあ、その時フリーレンは何してたの」

 

しかし、今日は少し変わった質問をシュタルクからされた。

いつもアイゼンとヒンメルについての話が一番ウケがよかったから、主にその話ばかりしていたのだけど。

私の事を特別に尋ねられるのは初めてで、つい聞き返す。

 

「……その時の私は大したことはしてないよ。何でそんなこと聞くの?」

「別にいいじゃん。聞きたいんだよ。なあ師匠、フリーレンはその時何やってたの?」

 

言い淀んでいたら、シュタルクはアイゼンから話を聞き出すという行為に出た。

止める間もなく、アイゼンがそれに答える。

 

「その時のそいつは、財宝の中にあった宝箱を俺たちの制止も聞かずに開けて案の定ミミックに引っかかった。毎度の事だが呆れたよ」

「ええ……しかも毎度の事なの?」

「なんで言っちゃうのさ……やめてよぉ」

 

そのあとアイゼンはヒンメルがこいつを助けるのに苦労していただの、手伝わされたハイターがうっかり蹴飛ばされて舌打ちしただのと私に都合の悪い話ばかり曝露する。

全部事実ではあるので止めようがない。シュタルクはそれを聞いて面白そうに笑っているし。

……しかもこういった事はこの晩だけに留まらなかった。それから毎晩、シュタルクは私の話もねだってきたので色々と話す羽目になった。

なぜなら私が話さなくても、アイゼンが勝手な事ばかり言うからだ。こうして毎晩、私はお姉さんにあるまじき辱めを受けることになったのだった。

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