葬送のIFリーレン~道を曲がってしまったエルフとその影響について~ 作:無名
勇者ヒンメルの死から19年後。
中央諸国 ブレット地方。戦士アイゼンとその弟子の住まう小屋。
シュタルクとの模擬戦に付き合ってから、さらに一月ほどが過ぎた。
その間、何か特別な事が起きることもなく、ここに滞在してからの日常といえる日々を過ごしていた。
村に行ってちょっとした依頼を受けたり、買い出しをしたり、たまには浴場に行ったりして。
そして時には1日中小屋にいて魔導書の読み直しと書き写しに費やしたりなどだ。
そして夕食時や就寝前にアイゼンと二人で、ヒンメル達としたくだらないけど楽しい冒険のことをシュタルクに話してやる。
やはりこういった冒険譚は子どもにはウケがいい。それにシュタルクは、人助けの話にも大いに共感を示していた。優しい気質のようだ。
そしてなぜかここ暫くは私についての話を聞かれることも増えた。これに関しては私にとって望ましい話ばかりできたわけではないけれど。
そうして日々を送っていたある日の朝食時、唐突に小屋の扉がコンコンとノックされた。
アイゼンが扉を開けると、足に手紙を持った鳥が羽ばたきながら待っていた。どうやら待っていたものが、概ね予定通りに届いたらしい。
「フリーレン、ハイターの返事が来た。2枚目がお前宛てのようだ。受け取れ」
鳥から手紙を受け取って扉を閉めたアイゼンが、中をざっと確認して二枚目の紙を私に寄越した。
寝ぼけ眼を急いで擦って、その内容を確認する。
『拝啓 フリーレン様
……このような改まった書き出しを貴方相手にすることに、妙な違和感を覚えるのは私だけでしょうか?
お久しぶりですフリーレン。正直貴方からの便りが来たことに、とても驚きました。
どうやら変わらず元気にいるようで、何よりです。私はすっかり年老いてしまいましたから。
ところで、私に会いに来てくださるつもりだとか。とても嬉しいですね。
というのも実は、ちょうど私の方からも貴方に頼みたい事があったのです。
手紙に書くよりも、直接頼みたい事ですので、お会いした時に仔細をお話したいと思います。
お待ちしていますので、無理をせず、しかしなるべく早く来てください。
貴方が寝坊してるうちに私が死んだら、毎晩化けて出るかもしれませんよ。
P.S.
実は、私は酒をやめました。
ですのでもしも手土産を頂けるのなら、酒よりも甘いものでも買ってきてくださると嬉しいです。』
……僧侶が化けて出るとか言っていいのかとか言いたい点はあるけれど、気になるのは主に二つ。
改まっての頼み事とは何だろう?それと、あのハイターが酒をやめたとは悪い冗談か何かだろうか。
ひょっとして思ったより死期が近いのか?少し不安になって、思わずアイゼンに確認する。
「ねえ、ハイターが酒やめたとか書いてあるんだけど何かの病気かな。それと私に頼みごとがあるっていうんだけど、そっちに何か書いてない?」
「……お前の心配してるような理由ではないと思うぞ。頼みごとの内容は、あいつに直接聞いたほうがいいだろう」
どうやら詳しくは教えてくれないらしい。なんだよけち臭いな。
しょうがないから、ハイターに直接会って確かめることにする。
今日1日で、旅立ちの準備を進めよう。
「今日は準備して、明日ハイターのところへ出発するよ。あと1日泊ってくね」
「ああ、そうするといい。それなりの旅にはなるだろうからな」
「……そっか。行っちゃうんだな、フリーレン」
手紙をしまって、朝食の席に戻ってそう話していたら、隣のシュタルクがぽつりとつぶやいた。
特に表情は変わっていないように見えるが、スープを啜る顔が少しうつむいている。ひょっとして寂しいのかもしれない。
「なに、寂しい?」
「うん。でもそれより、頼みたいことがあるんだけどさ」
ちょっとからかったら、案外素直に肯定されてしまった。
そして頼み事って何、と聞く前にシュタルクがこっちに向き直る。
「もう一度、模擬戦の相手してくれないか。朝飯食べ終わったら、すぐにでも」
「……なんで?前はあまり乗り気じゃなかったでしょ」
意外な頼みをされて、つい聞き返す。
あれはアイゼンが思いつきで私に相手を任せただけで、シュタルク本人は渋々だったと思うんだけど。
そう思ってシュタルクを見ていたら、逆にじっと見つめ返された。そして彼が口を開く。
「あの模擬戦をしてもらって、それから話を聞いてて実感したけど、フリーレンは本当に凄い魔法使いだと思うんだ。まあもちろん、俺に言われるまでもないんだろうけど」
「俺は師匠っていう凄い戦士に毎日教えてもらえるだけでものすごく幸運だ。でも、フリーレンほどの凄い魔法使いに教えてもらえる機会はもうまずないだろう?」
「旅立ちの準備もあるのに、こんなこと言いだして面倒なのはわかる。ごめん。……でも、頼むよ」
彼はそう言いきって、あとはこちらの返事を待ってじっと見つめてきた。
こちらを真剣に見つめる赤い瞳。それを見ながら、どうすべきか考える。
……まあ、ヒンメルなら断らないよね。
「……しょうがないな。アイゼン、立ち合いお願いね」
「……弟子が我儘を言ってすまんな。シュタルク、ちゃんと礼を言っておけ」
「ありがとうフリーレン。師匠もありがとう」
そう簡潔に言って私たち二人に頭を下げてから、シュタルクは朝食を手早く口に詰め込む作業に戻った。
私もさっさと食べてしまうことにする。今日は少し忙しくなりそうだ。
朝食を食べ終わって諸々準備を終えた後、3人で森の小道を通って、入り口の蔦のカーテンを通って広場に入る。
その中央付近まで行って、シュタルクと私は向かい合って一定の距離を取った。
そして私は片手持ちの棒を持って構えて、シュタルクは両手持ちの棒を持って構えた。
そうしたところで、離れて立ち合いをしているアイゼンが、模擬戦の条件を改めて確認する。
「条件は前と同じでいいな。フリーレンが使う魔法はその棒で使う4つのみで、降参か戦闘不能か得物が壊れたら敗北だ」
使えるのは、この棒を介して発動できる程度の一般攻撃魔法と防御魔法と飛行魔法と魔力による身体強化。前と同じだ。
しかし、目の前の少年は前と同じか?……おそらく違う。わずかだが、空気がぴりぴりとひりつくように感じる。
魔力も何も放ってないが、この感じはわかる。人も魔族も魔物も関係なく、強者が纏うものをわずかとはいえ纏い始めている。
……ちょっとハンデを付けすぎたかな。しかしそう思っているうちに、アイゼンの号令がかかった。
「では始め。いつでも仕掛けろ」
それを聞くや否や、シュタルクが駆け出して攻めかかってきた。中々速い。
すかさず攻撃魔法で足もとを狙って迎撃する。……しかし、前進を止めずに最小限の回避のみでかわされた。
そのまま間合いにまで踏み込まれた。前と同じように、しかし前よりもはるかに鋭く、横薙ぎの一撃が振るわれる。
防御魔法で防…げない。棒を介して作った脆い障壁がぱりんと割れるまでの一瞬の時間で、腕を魔力で強化して棒を受け止める。
「やるじゃん」
叩き込まれた棒が強化越しでもみしりと腕に食い込むのを感じて、思わず賞賛する。
しかし息をつく暇もなく、棒を引き戻したシュタルクがそのまま突きを放ってくる。
前よりも間合いが近い。飛行魔法のみの初速では、回避が間に合わない。
なので、まずは前面に防御魔法を展開。その防御が砕かれるまでの一瞬で地面を蹴って後ろに跳んで、さらに跳んだ先の足元にも防御魔法を展開。
その障壁を更に踏んで蹴って、空中に一気に跳び上がる。そこからは飛行魔法を使って、一気に後方へ距離を開けた。
「……そんなことまでできるのか。魔法って本当に便利だな」
攻撃をかわされたシュタルクが感心したように言うが、こんな曲芸じみた戦法をやったのは数十年ぶりだ。
実は、防御魔法の開発から飛行魔法が人に使えるようになるまでには数十年の間が開く。
その期間に疑似的に三次元機動を行うための方法として私がたまにやっていたのが、防御魔法を踏み台にして空中に駆け上がる方法だ。
もっとも私以外がやっているのを見たことはないし、私自身ですら飛行魔法を使うようになってからはやったことはなかった。
なぜならたいていの相手は、初撃を食らう前にこうやって空中から攻撃魔法を乱射すればそのうち死ぬから。
(……まともに当たらないな。それにどんどん間合いを詰めてきてるね)
しかしシュタルクは、私が乱射する一般攻撃魔法を、最小限に躱しながらこちらにどんどん走り寄ってくる。
というかたまに掠ったりバイタルゾーン以外に当たってはいるが、前のように愚痴をこぼすことも怯むこともないので止まらない。
……戦士相手はこれが厄介だ。基本的に線で攻撃する一般攻撃魔法の軌道は、動体視力に優れた戦士の目が相手では見切られやすい。
安全な距離を保ちながらの遠射ならなおさらだ。空中に魔方陣を描いての遠隔発動もできなくはないが、それも結局発射点から見抜かれてしまうので同じだ。
曲射を混ぜながら乱射すれば多少マシだが、それでも直撃が何度か続かなければ通常の一般攻撃魔法では、現在の耐性装備を身に着けた頑丈な戦士は止まらない。
もっともシュタルクが着ているのはただの服だが、私の攻撃魔法も制限を重ねたうえ模擬戦用に威力を抑えているから、似たような状況が偶然にも再現されている。
対処としては面で攻撃するような魔法を混ぜるか、さらに攻撃魔法の数を増やすか、効率が悪いのは承知で戦士が届かない高度を維持したまま削り殺すか。
もっともどの方法も、今の私は使えない。既に飛行魔法と攻撃魔法を同時使用する負担に耐えかねた手持ちの棒が、熱をもってがたがた震えだしている。
仕方がないので飛行魔法を停止して、前のようにふわりと降りるのではなく、ある程度の高さで自分の後方に障壁を作ってそれを蹴る。
それでこちらに突っ込んできていたシュタルクを跳び越して、彼の後方に回り込んで着地。すぐに彼の方に向き直る。
跳び越されたことに気づいた彼もこちらに向き直るが、少し遅い。その間に一般攻撃魔法の多重展開準備を整え終わった。
間を置かず、何本もの攻撃魔法がシュタルクめがけて殺到する。
「それはもう見た!」
しかしシュタルクは怯むことなく一気にそのまま突っ込んできた。……正解だ。
幾筋もの攻撃魔法が一点に集中しきる前に前進されたことで、殆ど当たらずに彼は前へと抜けてきた。
彼の後ろの地面で虚しく攻撃魔法が炸裂するなか、彼が私に攻撃を仕掛けてくる。
……私の嫌いな近接戦だが、対応するしかない。
彼が袈裟だの横薙ぎだのに振るう棒を、まずは防御魔法で受け止めてみる。……が、一瞬の間にそれは割られる。
もっともこれは想定内。もともとこの防御魔法は
私も開発に関わったからそのことはよく知っている。本当は物理耐性だってもっと高めたかったのだけど。
しかし前者の目的だけでも相当の魔力消費と術式の複雑化が避けられないため、実用性を考えれば物理耐性は妥協せざるを得なかった。
それでも相当な性能はあるから、現代の魔法使いには魔物や戦士の攻撃ならこれで防げるので必要十分とまで言う者もいるらしい。
私に言わせれば、経験不足によるとんでもない間違いだ。この防御魔法だけでは、アイゼンの攻撃や大型の竜の攻撃など防ぐべくもない。
もっとも流石に制限状態で更に性能を落としてなければ、今のシュタルクに割られるほどではないはずだが。まあ言っても仕方がない。
そのように考えつつ、防御魔法で稼いだ一瞬を利用して避けたり、強化した腕で受けたりしてシュタルクの攻撃を防ぐ。
僅かな隙に一般攻撃魔法での反撃をするが、近すぎるためにかえって僅かな身の躱しで有効打を避けられてしまう。
……また泥仕合、いや接戦と表現すべきか。なんとかもう一度距離を取りたいところだが、猛攻がやまずそれも難しい。
とにかくいつまでもこんな近接戦に付き合っていられない。魔力で棒を壊さずに発動できる身体強化には限度がある。
そのせいで強化越しでも結構衝撃が響くし、このまま続けてたら私の腕のほうが壊れちゃうよ。
どうしようか考えていたら、妙案を思いついた。少しリスクはあるけど、シュタルクにも花を持たせられるだろう。
まずは猛攻に耐えかねたふりをして、徐々に隙を大きくしていく。わざとらしくならないように、少しずつ。
そうしていくうちに、それに釣られてシュタルクの攻撃も大振りになっていく。あとは、いいのを待つだけだ。
「……っ!!」
一瞬息を吸って、シュタルクが上段に斧を構えながら跳び上がる。
この動きは知っている。隣で何度も見た事のある、アイゼンの技。閃天撃だ。
これをあえて受けるのが私の作戦だ。……強大な魔物を幾度も真っ二つにしたのを知っているこの技を、あえて受ける。
思わず魔力を棒に強く流し込んで、強化魔法の出力を上げる。防御魔法も3段重ねに展開した。
そして防御魔法をぶち破りながら届いたその一撃を、強化した両腕で受け止め……きれなかったように見せて、棒を取り落した。
棒を媒介にしていた強化魔法が消失する。ルールに従うなら今の私は魔法が使えないので、一撃貰えばそれでおしまいになりかねない。
しかしシュタルクの攻撃はまだ終わりではない。すぐに切り返して、下方から天へ向かっての切り上げが来る。
この動きも知っている。アイゼンがよくカウンターや追撃に使っていた、光天斬という技だ。
しかしシュタルクのそれは、まだ荒い。私が大きくのけぞるように避けると、腕を振り上げすぎて上体ががら空きの姿勢になった。
……そしてその隙だらけの彼の顎に、のけぞるようにした勢いをそのまま乗せて足を振り上げて、ブーツの爪先を叩きこむ。
「かっ!?」
予想外の一撃に怯んだシュタルク。子どもとはいえ戦士は丈夫だが、まだ意識外の一撃に耐えうるほどではない。
かくんと下がりつつある彼の足に、さらに掬うようにして思いっきり回し蹴りを食らわせる。
それでシュタルクは完全にバランスを崩して、すっ転んだ。彼の手から棒が転げ落ちる。
よし、あとはあの棒を奪うか踏むかで折ってしまえば私の勝ちだ。
「そこまで」
……そう考えていたら、アイゼンの制止がかかった。何かを指さしている。
なんでさ。まだ終わってないのに。そう思いながら、指さす方向を見る。
……先に取り落した私の棒が落ちている。ばらばらに砕けた状態で。
「止めるのが遅れて悪かった。フリーレンが得物を喪失したことにより、シュタルクの勝ちだ」
それを聞いて、何が何やらわからないという顔でシュタルクが自分の棒を拾ってから起き上がった。
私も同感だが、棒が砕けた理由はわかる。……魔力を込めすぎたのだ。
シュタルクの閃天撃に耐えるために思わず身体強化を強く使いすぎた。さらに防御魔法まで多重展開した。
そのせいで崩壊寸前になった棒は、地面に落ちただけで砕けてしまったようだ。
……おかしいな。私の武器を落とさせたのはすごいけど、それだけで油断しちゃだめだよとかいう感じでいい感じの決着にする気だったんだけど。
どうやらどう足掻いても私の負けらしい。このままでは……これまで培ってきた私のお姉さんとしての威厳が危ないかもしれない。
なので少々姑息だが、先に褒め称えることで威厳を保つことにしよう。まあ、予想以上のシュタルクの成長を褒めてやりたいのも事実だし。
「シュタルクは凄いね。私に勝つだなんて予想以上だよ。勝者にはお姉さんがご褒美を上げよう。おいで」
「……なんか釈然としないけど、ありがとう。……ご褒美ってなにさ?」
そういまだに困惑したような顔のまま、シュタルクが歩いて近寄ってきた。
……こうしてみると、彼はまだまだ小さい。私の胸にも届かないほどしか背丈のない、本当に子どもだ。
それでこの実力だ。成長速度も速い。そのうえアイゼンに鍛えられるのだから、将来が楽しみだ。
まあ、子どもの時にすでに実戦で魔物を倒してたらしいヒンメルほどかはわからないけれど。
そう考えながら、少し土の付いた彼の頭に手を置く。そのまま撫でまわしてやった。
「……いや、ご褒美ってまさかこれかよ」
「なに、嫌だった?」
「……嫌じゃないけど、恥ずかしいじゃん。師匠もいるし」
「俺は気にするな。素直に褒められておけ」
アイゼンがそう言ったせいか何だかんだ逃げようとはしなかったので、そのまましばらく撫でまわす。
そうしていたら、再びシュタルクが口を開く。
「やっぱ恥ずかしいし、もういいよ。ていうか、腕は大丈夫?何度も思いっきりぶっ叩いちゃったけどさ」
「そう?私の腕なら、まあ大丈夫だと思うよ。防御もしてたしね」
そう言われて撫でるのをやめて、改めて自分の腕を見てみる。
袖をめくったら、痣がいくつかできていた。流石にそこまで防御しきれなかったようだ。
「うわー!?ごめん!大丈夫じゃないじゃん!村の教会行かなきゃ!?」
「……大げさだな。この程度なら回復魔法なんかいらないよ」
放っておけば数日もせず治る。その程度のものだ。冒険者ならばかすり傷の内にも入れないだろう。
この辺はやはり子どもか……というよりもアイゼンや自分が頑丈すぎるのでかえって感覚が狂っているのかもしれない。
私だって思い切り彼の顎を蹴り飛ばしたのに、特段後に引く怪我をしたような様子はない。
小さくとも戦士ならばこの程度大丈夫だろうと思ってやったわけだが、やはり大丈夫なようだ。
もしかして、この場にハイターがいたらドン引きしていたのかもしれないな。
「そうは言ってもさ……。そうだ、せめて今日の買い出しの荷物持ちとか俺がやるよ。師匠、いいだろ?」
「まあ、構わん。今日は鍛錬はなしにして、ついでに俺たちの生活に使う分も買いだすか。俺もついていこう」
それでも何かしたいのか、荷物持ちをしてくれるとシュタルクが申し出てきた。
まあ、素直にありがたい。そして、自分たちの買い出しついでにアイゼンもついてくるらしい。
丁度いいので、前から考えていたことをアイゼンに切り出してみる。
「ていうかさ、アイゼンたちも準備して私についてくればいいじゃん。きっとハイターも喜ぶよ」
そう言ってアイゼンたちを見る。
シュタルクは何も言わないが、わりと乗り気そうだ。期待した目でアイゼンを見ている。
しかしアイゼンは、少しだけ考えたようにしてからかぶりを振った。
「……ダメだ。ハイターの顔が見たいのは俺も山々だが、ここからシュトラールへはそれなりにかかる。衰えた俺ではもう足手まといだ」
「……北側ならともかく、中央はわりと安全だし、大丈夫だと思うんだけどなあ」
まあ確かにそれなりの距離だが、それでも寄り道しなければせいぜい年をまたいで1年も経たない程度で着くだろう。
私たち長命種にとっては大した時間じゃない。第一アイゼンは言うほど衰えてるようには思えない。
そう思ったが、やはりアイゼンは首を縦に振らない。
「俺だけならともかく、シュタルクもいる。それにシュタルクはまだ地力をつけるべき時期だ。短期の旅ならともかく、長旅で鍛錬の時間を他に取られるのは避けたい」
そう言われては、何も言えない。仮にいくら安全だとしても旅そのものがそれなりに大変だ。
街ごとに馬車だけ乗り継いで行ける程度の距離ならともかく、野営を挟むような旅ではその準備だっているし、鍛錬ばかりしているというわけにはいかないだろう。
アイゼンを見ていたシュタルクも残念そうにはしているが、自分が理由と言われて納得したように目を伏せた。
わりと本気の誘いだったんだけど、仕方がない。今回はあきらめることにする。
「そっか。まあ、それなら普通に買い出しに行こうか。ここの片付けは私がやるよ」
そう言って自分の杖を取り出して、飛行魔法を応用した浮遊魔法を使う。
応用の限界で人よりも大きなものには短時間しか使えないのが欠点だが、荒れた土を浮かせてならす程度なら十分だ。
あっという間に広場は元通りになった。これでさっさと買い出しに行けるだろう。
「……すげえ。やっぱ魔法って便利だなあ」
それを見ていたシュタルクが素直に褒めてくれる。魔法を褒められるのはいつだって嬉しいものだ。
気分がいいから少しサービスしてあげよう。浮遊魔法を微調整して、シュタルクの髪も浮かせて、土を取ってやる。
下手くそがやるとたぶん首がもげるので、あまりこういう使い方をする人はいなさそうだけども、まあ私なら朝飯前だ。
今回は大した汚れでもないので、それで少なくとも見た目はキレイになった。
「ありがとう。戦闘にも使えるし、魔法って本当にすごいなあ」
「どういたしまして。まあ服の細かい汚れはさすがに取れないけどね」
「土埃くらいは払っておけばいい。行くぞ」
そう言って先に歩き出したアイゼンに、シュタルクと二人で着いていく。
来た時と同じようにしてアイゼンの小屋に戻ってから、いらないものを置いて、村への道を3人で歩き出す。
たった2か月とはいえ、もう歩きなれた道だ。いつも通りに歩いて行って、いつも通りに村に着いた。
そのまま3人で村をぶらついて、物資を物色する。とはいえ、それなりに賑わってはいても限られた店しかない村だ。
3人いることもあって、買い物自体は昼になるころには終わった。その荷物はアイゼンとシュタルクが軽々と持ってくれている。
便利に使うわけではないが、こういう時にも力持ちな戦士がいてくれると助かるのは事実だ。
あとは私はいいって言ったけども、アイゼンとシュタルクの強い勧めで腕の治療のために村の教会に立ち寄る。
ヒンメル達との旅の道中、ハイターはちょっとした怪我でも目ざとく見つけて治療してくれてお母さんか何かかなと思っていたけど。
それに隠れていたせいか、アイゼンもこういった世話を焼くほうとは知らなかった。まあ悪い気はしない。
弟子の我儘のせいだからといって教会への寄付金も出してもらったので、アイゼンのカウントは0に戻しておこう。
思ったよりも早く用事が済んだので、揃って村の食事処で遅めの昼食をとることになった。
特段急ぐことももうないので、食事処の店主たちも加えて雑談しながらゆっくりと食事をとる。
ちょうど旬だという事で、デザートに村で取れた葡萄を頂いた。甘くておいしいが、アイゼンはもっと酸っぱいほうが好みだとこぼしている。
果物を酸っぱくする魔法かなにかがあればいいのだけど。次に会う時までに手に入ったらいいな、と思う。
そうして夕刻近くまでゆっくりとしたあと、丁度営業を始めた浴場に立ち寄って入浴を済ませておく。
旅に出れば、少なくともまた次の集落に着くまではご無沙汰になる。しっかり汚れを落としておくべきだろう。
そうやって最後の入浴を済ませたら、また3人でアイゼンの小屋への帰路につく。
そして特に何が起こるはずもなく、軽い雑談などしながら歩いているうちに、無事に小屋に着いた。
あとは買ってきた食糧で軽い夕食を済ませたあと、荷物を整理してから早めに床に就くことにする。
流石に旅立ちの日くらいはしっかり早起きするべきだろう。……まあ、できればだけど。
そう考えて荷物をまとめていたら、とある紙の束が手に当たった。
……いけない、危うく忘れる所だった。
「シュタルク、ちょっと」
「なんだよ?」
座って荷物をまとめていたベッドの上から、シュタルクを手招きする。
それを見て、すっかり手慣れた様子で自分の寝床を準備していたシュタルクが、それを中断して寄ってきた。
その彼の手に、掴んだ紙の束を押し付ける。
「いや、何よこれ」
「模擬戦勝者へのご褒美の……おまけかな。見た目は本じゃないけど、魔導書だよ」
そう聞いて、渡された紙の束を見たシュタルクの顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。
その表情のまま、彼が疑問を口にする。
「……俺には魔法使えないんだろ?俺が貰ってもしょうがなくない?」
「戦闘用魔法はね。それは民間魔法の魔導書で、そういったものは市井で独自開発されて、元は本職の魔法使い以外が使ってたものもあるんだ」
その返答だけでは納得がいってない様子のシュタルクに、私は説明を続ける。
「だから強い魔力や高度な技術を前提としない魔法も多い。それに理論構成が未熟だから改良の余地が残ってることもよくあるんだよ」
「私はわりとそういうのが得意でね。それは元の魔導書を再解釈して書き写したもので、できる限り簡易かつ弱い魔力でも使えるように改良したものだ」
「だからシュタルクでも頑張れば使えると思うよ。非魔法使いでもわかりやすいように色々注釈もつけておいたからね」
そう説明してあげたら、シュタルクの顔が明るくなった。興味も大いに沸いたらしい。
今度は嬉しそうな声で、私に質問をしてくる。
「……ひょっとして、俺のためにやってくれたの?」
「うーん……暇つぶしかな。あと趣味だね」
「えぇ……そこは嘘でもさ……」
まあ、この魔法の解析と再解釈自体は暇だったから始めたのは確かだが、全くそれだけってわけでも実はない。
ひと月前、シュタルクに魔法は使えないと言った時の諦め混じりの顔が少し気になったから、この魔法を渡すことを考え付いたのだ。
とはいえこれは私が勝手に感じた感傷によるいわばお節介にすぎない。
そして原典でなく自分自身で書き写した魔導書なんかは私には価値がないから、せっかくならシュタルクに渡しておこうという程度の些細なもの。
だから恩着せがましく彼のためだなどという必要もないだろう。あくまでおまけといった言葉どおりである。
「……まあいいや。それでどんな魔法なのこれ」
そんな気も知らず、私の返答にやや気落ちした様子のシュタルクが魔法の詳細を訪ねてくる。
魔法の披露というのは、いつだって楽しいものだ。むふー、としながら硬貨を入れた袋を取り出す。
そこから1枚銅貨を出して、おもむろに指先に置く。そしてシュタルクに見せる。
「これだよ」
「いや何それ」
「引っ張ってみて。取れたらあげてもいいよ」
そうやって指についた銅貨をシュタルクに引っ張らせてみる。
グイグイと引っ張られるが、銅貨はピクリとも動かない。
「……全然取れない。本当なんだこれ。このっ」
「わからないかな。……あとごめんもう終わり離して痛い痛い」
ムキになって力づくで指についたコインをもごうとするシュタルクに危険を感じて制止する。
子どもとはいえ戦士の力をナメていた。指ごと持ってかれてはシャレにならない。
「ごめん」と言って離したシュタルクから指を戻して、今度はコインを自分の頬に貼る。
そのまま指を放しても、頬からコインは落ちない。これが魔法の正体だ。
「『体に触れているものを固定する魔法』だよ。どう?」
「……いや、どうって言われても。何この魔法……魔法?」
なんとも微妙そうな反応だ。期待した反応ではない。
そうしていたら、黙って聞いていたアイゼンから横やりが入る。
「おい。俺の弟子にあまりくだらない事を教えてくれるな」
「……くだらなくないよ。面白い魔法なんだよこれは」
魔法を止めて、頬についた銅貨を剥がして袋に戻しながらアイゼンに反論する。
その反論に、シュタルクから質問が入る。
「何がどう面白いの?」
「まず手品っていって、あえて魔法を使わずに魔法みたいなことをするパフォーマンスが昔はあったんだよ。今は廃れちゃってるけども」
「それで?」
「これはその手品師がこっそり使う用の魔法だね。コインを手の裏に隠すのに使ったりとか。種も仕掛けもないけど魔法はあるってやつだね」
「……詐欺じゃん。ていうか本末転倒じゃん」
「だから手品師は廃れたんだよね。面白いよね」
シュタルクは何が面白いのかさっぱりわからないという顔をしている。アイゼンもだ。
……まあ、戦士には難しいか。この
「……ちなみに、この魔法を俺が使えるようになるまでどれくらいかかるの」
「うーん……何年か毎日、寝る前にでも練習したらちょっとずつ使えるようになると思うけど。たぶん」
「えぇ……」
私や才ある魔法使いならこの程度の魔法は術式を知るだけで即座に行使できるが、才なき者が魔法を扱うとはそういうことだ。
魔法の理解そのものもさながら、か細い魔力を練り上げて、魔法を発動させる行程を体に叩き込むのにどうしても時間がかかる。
シュタルクに渡した書き写しの魔導書にはそれができるように色々配慮して注釈もつけたが、それでも限界はある。
まあどうしても使える必要のあるような魔法ではない。魔導書を渡したのは私の勝手で、どうするかはシュタルクの自由だ。
「まあオマケだからね。アイゼンの修業のがずっと大事だし、無理そうなら焚き付けにでも使ってくれたらいいよ」
「……仮にも貰ったものをそんな風にするかよ。せっかくだから覚えるだけ覚えてみる。ありがとう」
そう言ってシュタルクは紙束を開いて眺めだす。まあ気長に覚えてくれれば渡した甲斐もあるのは確かだ。
そう思って口角を上げてその様子を見ている私と、熱心に読みだしたシュタルクに、呆れた様子のアイゼンが冷や水を浴びせる。
「……まったく、覚えるなとまでは言わんが。本当に下らん魔法ばかり集めてるなお前は。かき氷を出す魔法とやらもそうだった」
「いいじゃんかき氷を出す魔法。美味そうだ。むしろそっちのが覚えたいよ俺」
「あの魔法はわりと難しいからシュタルクには厳しいかな……それにシロップを出す魔法はないんだよね」
「えぇ……ないんだ」
「な?下らんだろう。他にもだな……」
そうやってここ二か月ほど3人でよくやっていたような雑談が始まって、やがて私たち勇者一行の思い出話へとつながっていく。
結局そうやって話し込んで、寝付いたのはいつもと同じような時間になってしまったのだった。
翌朝、結局早起きはできなかったのでこれまでと同じようにシュタルクに起こされた。
全く最後までだらしない、とか師弟そろって失礼なことを言っているけど、まあこれを聞くのも最後だと思えば気にもならないものだ。
半分寝ながら朝食をとって、貰った冷たい水で顔を洗って、着替えを済ませて、荷物を持つ。
目も覚めたし、出発の準備は整った。小屋の外に出て、見送りに待ってくれていた二人に別れを告げる。
「じゃあね、アイゼン。シュタルク。また暫くしたら遊びに来るよ」
「ああ。次は10年後かそこらで来るといい。そのころには、こちらも頼みごとができてるかもしれないからな」
軽い気持ちで再会の約束をしたつもりだったが、期限の指定が向こうからあった。
まあ10年後ならハイターの頼み事とやらも終わっているだろう。了承することにする。
「わかったよ。その時にはアイゼンたちも私の旅についてきてよね。もうシュタルクも育ってるでしょ」
「俺は衰えたと言っただろう。前衛がいるならシュタルクだけを連れて行けばいい。育てておこう」
そう言われたので、シュタルクの方を見てみる。
乗り気そうな笑顔だ。赤い瞳がキラキラしているようにも見える。
「師匠たちがしてた冒険の旅ってすごく楽しそうだと思ってたんだ。その時は連れてってくれよ、フリーレン!」
「ふうん。じゃあ、いい戦士になっておいてね。またね」
「またな!約束だぜ!」
「またな。ハイターによろしく言っておいてくれ」
二人との別れを済ませて、背を向けて歩き出す。
また会った時に恥ずかしいから、別れはあっさりと済ませる。ヒンメルから習った事だ。
アイゼンもそれに従っているらしく、さっそく今日の修業について話す二人の声が聞こえる。
「ところでシュタルク。今日からは俺もお前と同じ長さの棒を使って両手で鍛錬の相手をするぞ」
「……なんで?片手でもボコボコにされてるのに。……死んじゃうじゃん、俺」
「戦士はそのくらいで死なん。気合を入れろ」
「死んじゃう……」
やや不安になる会話が聞こえるが、まあ二人の事だから大丈夫だろう。
そのまま振り返らず、その場を後にして歩き続ける。
こうして戦士たちと過ごした僅かばかりの月日は終わりを告げ、僧侶のもとへ向かう短い旅路が始まったのだった。