葬送のIFリーレン~道を曲がってしまったエルフとその影響について~   作:無名

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4.再会と新たな旅立ち

戦士シュタルクの衝撃の告白から2秒後。

机を挟んで彼の向かいの席。

 

シュタルクとの初めの出会いと別れについて思い返し終わって、一度思考を目の前の彼に戻す。

……結局、シュタルクが私に愛の告白をしてくるなどという事態に足る理由には思い当たらなかった。

まあ考えてみれば当たり前で、彼が子どもの時にたった2か月一緒にいた程度の事は、主な理由にはならないだろう。

彼と一緒にいた時間は、また彼と出会って一緒に旅をしてからのがもっと長いのだ。

主な原因があるとすればきっとそちらだ。貴重な思考時間を無駄にしたかもしれない。

 

まだシュタルクにじっと見られているので、とりあえずこちらも見つめ返しておく。

詳しい年齢は後で知ったが、当時8歳だった少年の彼とはずいぶん変わったものだ。

背はとっくに私を追い越した大人の体格で、机に置かれた手は少年のあどけなさの残るものでなくややごつごつした武骨な戦士の手だ。

再会した当初は、その変わりぶりに思わずびっくりしたことを昨日のことのように思い出せる。

変わっていないのは、頭頂だけが黒い特徴的な赤い髪と、私をじっと見つめてくる赤い瞳くらいか。

特に、真剣に見つめる時の彼の眼は、前から変わっていないように思う。

 

……こうして見つめ返していれば、もうしばらく時間を稼げるだろうか。

この隙に、もう一度この状況の原因がどこにあるのか記憶をたどってみよう。

そうして私は、彼と再会する前後からの記憶を思い出すことにした。

 

 

 

勇者ヒンメルの死から28年後。

中央諸国 リーゲル峡谷。

 

(この先の村に、シュタルクがいるんだね)

 

走りながら、そう考える。

あの日アイゼンとシュタルクと別れてから、私なりに急いでハイターのところに向かって。

その後ハイターの頼みごとを聞いて、……ハイターとの別れを済ませて。

約束通り、再びアイゼンに会いに行って、アイゼンの頼み事も聞いて。

そしていま、私は走っている。

 

「フリーレン様!追いつかれそうです!」

 

叫び声を受けて、振り向かないままに杖先だけを肩越しに向けて後方上空に圧縮した一般攻撃魔法を何発か放つ。

……攻撃直後にした魔力探知の結果によれば、避けられて外れたようだ。まあ当たらなくても牽制になればいい。

そのまま足を止めずに、さっき叫んだ隣の少女……私よりもう背が高い彼女を見る。

 

紫色の長髪を振り乱して、顔に汗を浮かべながら必死そうに走っている彼女はフェルン。

道中のいくつかの村や街への滞在すらすっ飛ばして急いでハイターのもとにたどり着いて、彼に頼まれたことは彼女を弟子に取らないかという事だった。

南側諸国の戦災孤児で、ハイターが拾って育てることにしたらしい。何でそんなことをしたのか聞いたら、ヒンメルならそうしたからとの答えが返ってきた。

 

アイゼンといい、どうやらヒンメルの優しさに倣ってみるのが彼らは好きなようだ。私も人の事は言えないけど。

しかし彼女には、類まれなほどの魔法の才能があった。ハイターは優秀な僧侶ではあるが、僧侶は僧侶であり魔法について基礎より先は教えられない。

だから、私が彼女を弟子にして、面倒を見てやってくれという頼み事をすることにしたとのことだ。

 

そんなハイターの頼みを一度は断ったものの、老獪な僧侶の策にまんまと引っかかった私は、結局彼女を弟子に取り、旅にも同行させることにした。

そういった経緯ではあるものの、フェルンは優秀だ。ハイターの基礎的な指導はあっただろうが、出会った時から既に魔力操作の基礎は掴んでいた。

そして私の指導を受けた彼女には、今や同年代の魔法使いでは敵うものはそうそういないだろうと私は思っている。

欠点があるとすれば、経験不足による動揺をしがちな傾向な事か。今も全く余裕がなさそうな表情だ。

 

「なに微笑んでるんですか!もっと必死に走ってください!」

 

そんな彼女から叱咤が飛ぶ。……それとほぼ同時に、後方上空で短く魔力の圧縮反応。

フェルンは必死すぎてつい探知を途切れさせたのか、気づいていないようだ。

仕方がないので足を止めないまま、後方に置き盾のようにして防御魔法を展開する。そのすぐ後に、ドンと音がして防御魔法に炎の塊が炸裂した。

ブレス攻撃。これは防御魔法で防げるのが救いだが、直撃すれば丸焼きにはなるだろう。おそらく助からない。

 

「……ッ!?……すみません」

 

遅れて気づいたらしいフェルンに短く謝られたが、まあやや逃げ遅れている感があるのは事実だ。

つい考え事をしていたせいで、無意識に逃げ足が鈍っていただろうか。

……前衛の戦士が仲間にいれば、もしかしてこんな風に逃げなくてもよかったのかもしれないのだが。

フェルンと二人でアイゼンに会いに行ったが、結局アイゼンはついてきてくれなかったし。

 

他に前衛候補としてアテにしていたシュタルクも、アイゼンと再開した当時はすでにそこにいなかった。

もっともこのこと自体は知っていた。ハイターのもとにまだいたころ、アイゼンからシュタルクがいなくなった旨の手紙が届いたからだ。

もしもお前を頼ってそちらに訪ねてくることがあったら教えてくれとのことだったが、結局その必要はなかった。

またしばらくして、とある村に逗留しているというシュタルクからの便りがあったというアイゼンの手紙が届いたからだ。

 

結局それ以上の情報は手紙ではわからなかった。手紙で詳しく聞き出す前に、ハイターを看取って、その家からフェルンと二人で旅立ったから。

しかし再会して、事情を聞いたら理由自体は案外単純だった。ケンカをして、思わずアイゼンがシュタルクを本気で殴ったら家出してしまったらしい。

そしていま私たちが近くまで来ている村に居着いて、どういうわけだか既に3年ほどそこに留まっているというのが聞いた話だ。

 

そういえば、アイゼンの頼みごとというのは、師匠(せんせい)と私のかつての住処を見つけて、魂の集まる地(オレオール)への手がかりを見つけることだった。

魂の集まる地(オレオール)では、既に亡くなった親しい者たちの魂と話すことができるという。

そしてそこに行って、生前出来なかった話をヒンメルとしろとのことだ。アイゼンから私たちへの気遣いらしい。

師匠(せんせい)……フランメもわざわざ魂の集まる地(オレオール)の情報を目につく形で残していたし、どうやら皆してお節介焼きのようだ。

まあ人を知るという漠然とした目的しかない旅だ。明確な目的には丁度いいし、ヒンメル達とまた話せるというのも……魅力的ではある。

 

しかし問題はあった。魂の集まる地(オレオール)のある場所は大陸北端のエンデ。……今は魔王城がある場所。

魔王こそヒンメル達と倒しはしたが、今なお強力な魔物も魔族も蔓延る危険な土地だ。おまけにすごく寒い。

目的がなければ行きたくなどない場所だが、どうしても行くなら強力な前衛とできれば優秀な僧侶が仲間に欲しい。

だからアイゼンについてきて欲しかったのだが、やはり衰えを理由に断られた。残念だ。

 

そして代わりにシュタルクを拾っていけばいい、と言われた。もう村に定住してるんじゃないのと言ったが、どうやらそうでもないそうだ。

詳しい理由は手紙になぜか書いてこないが、何か事情があるから留まっているだけのようだというのがアイゼンの推察だった。

……まあ今となっては何となく察しはつく。今、私たちを追いかけてきているこれ絡みの理由だろう。

 

「フリーレン様!!上です!!」

 

大声でフェルンが叫ぶ。上空を魔力探知すると、あからさまに魔力を圧縮する反応があった。

典型的なブレス攻撃の兆候。今度はフェルンも気づいたらしく、すかさず上空に防御魔法を展開する。

……しかし、先ほどに比べて予兆が見え見えすぎてキナ臭い。そう感じて魔法を使うのを踏みとどまったら、圧縮反応が途中で消えた。

……ブラフだ。

 

「フェルン、左側に逃げて」

「……!」

 

そう一言だけ警告した後に、、フェルンと逆の右方向に私は逃げる。

フェルンには、緊急時には何も言わずに私の指示に従うように言い含めてある。指示の意味を聞き返していたら、その間に死ぬからだ。

そのかいあって、私の指示にすぐさま従ったフェルンが左側へと飛びのいた直後。

急降下する羽音と共に、上空の防御魔法がガシャンとガラスが割れるような音を立てて砕け散った。その直後に、バグンと顎の閉じる音。

……ブレスと見せかけての、巨体の質量を乗せた急降下からの嚙み砕き。これの前では防御魔法など紙と一緒だ。

私たちが食らえばもちろん即死。それを察したフェルンが小さく悲鳴を上げたのが聞こえたが、構っている暇もない。

 

逃げながら、また後ろを見ずに、圧縮した一般攻撃魔法を何発か放つ。

……しかし、既に上昇し直していたようで、そこからの急制動で全て避けられたようだ。

事前の魔力探知のみで見当を付けた大雑把な目くらうちではやはり精度に限度がある。機動力に優れた奴が相手では当てるのは難しい。

それでもいくらか距離は取れたようだが、これではらちが明かない。しかし、振り返って狙いをつけているような余裕もない。

少しでも足を止めれば、私はともかくフェルンがやられる危険性が高くなる。逃げるのなら、逃げに徹するべきだ。

 

しかしそうは言いつつも、振り切るのにも中々手間取っている。少し余計な考え事をしすぎたかもしれない。

このままでは、目的の村がそろそろ見えてきてしまう。流石にこいつを連れて行くわけにはいかない。

もう少し逃げても振り切れなければ、リスクを承知で迎え撃つことになるだろう。……また、そう考えを巡らせてしまっていたが、ふと気づいた。

先ほど距離を取ってから、奴の反応が近付いてきていない。……なぜ?思わず振り向いた。

 

振り向いた先の空には、私たちをしつこく追いかけてきていた魔物───真っ赤な鱗の竜がいる。

紅鏡竜だ。そいつは今、空中で羽ばたいて留まりつつ、こちらを睨んでいる。

……いや私たちではない。もっと先の方を見ているようだ。こちらからは、樹木が邪魔で見通せないが。

 

魔力探知で前方を確認する。……ただの動物か、あるいは魔力に乏しい人間か。そういった反応が近づいてきているようだ。

このままではまだ走っている私たちとそのうちぶつかるだろう。……しかし、その心配もなくなった。

 

また振り返ると、紅鏡竜が逆側に方向転換して、飛び去って行くのが見えたからだ。私たちの追跡を諦めたらしい。

森の中の少し開けた場所で、走っている足を緩めて、止まる。隣のフェルンは私と同じようにした後に、ぺたんとへたり込んだ。

そこまで安心するのはまだ早いんじゃないかな。そう思ったが、一度座り込んだフェルンはもう動けなさそうだ。

肩で息をして、泣き言まで言っている。

 

「はぁっ……!はっ……!しっ……、死ぬかと思いました……」

「ちょっと危なかったね。あっちのが飛ぶのも早いし、空中戦でやりあうのも無理そうだ」

 

ここに来る前に立ち寄った村で、リーゲル峡谷に大型の竜が住み着いたせいで通行が難しく困っているという話を聞いた。

その竜というのが、紅鏡竜だ。北寄りにあるとはいえ中央諸国の地域では、そんな強力な竜がいるのは珍しい。

おかげで討伐依頼を請けた冒険者も、返り討ちにあって何人も食われてしまったとのことだ。

 

そんなわけで人助けというのも理由ではあるが、それ以上に竜は魔力の籠ったものを巣の材料にする癖があるから、その巣には魔道具と魔導書が貯め込まれている。

実際巣を覗いたら探していた魔導書すらあったので、それ目当てで討伐に臨んでみたのだが、まあやはり竜は硬いし強い。

試しにやらせてみたフェルンの攻撃ではまだあまり通用せず、ただ竜を挑発するだけの結果に終わり、ここまで逃げる羽目になった。

とはいえ全く効果がないわけでもない。私も攻撃に参加して、逃げては攻撃して、を繰り返せばそのうち倒せるだろう。

 

「まあ、少し休んだらまた行こうか。これ続けたら流石に倒せるでしょ」

 

そう言ったら、服のすそを掴まれた。……掴んだ当人のフェルンが、ふるふると首を振っている。ダメそうだ。

仕方ないから先に村に行って、予定通りシュタルクを仲間にして……、と思っていたら、がさりと音がして前方の木陰から赤い影が姿を現した。

……どうやらその必要すらなくなったらしい。赤を基調とした戦士用の服を着て、両刃の戦斧を構えた、赤毛で赤い瞳の青年がこちらを見る。

その彼は遠目にも背格好が記憶とは全く違っているし、額には私の記憶にはない痣のような古傷がある。

しかし、こちらを見て笑顔になった彼の顔には覚えがある。シュタルクだ。

 

「……やっぱりフリーレンだったのか。久しぶり」

「久しぶり。どうして私が来てるのがわかったの、シュタルク」

「空中に攻撃魔法を撃っただろ?それが村からも見えたから、フリーレンだと思って急いで来たんだよ」

 

まあ、一般攻撃魔法自体は今の魔法使いならほぼ誰でも使えるから、私だという根拠には全くならないんだけど。

とはいえシュタルクが他に魔法使いに会う機会もなかったのなら、子どもの時に見せた魔法をよく覚えていたという事だろう。

そう考えているうちに、構えた斧を背に戻して、はにかんだ笑顔を浮かべながらシュタルクが近付いてくる。

 

「それと、師匠からもフリーレンがこっちに来るって手紙貰ってたからさ。そろそろじゃないかと思ってた。変わらないなフリーレンは……」

 

そうして笑顔を作ったまま、シュタルクが近付いてきた足を止めて、言葉も止めて私を見下ろした。

代わりに私が彼を見上げる形になる。私のすそを掴んで、座り込んだままのフェルンも同様だ。

 

「……フリーレンってこんな小さかったっけ」

「……シュタルクが大きくなっただけだよ」

「なんですかこの人。いきなり失礼じゃないですか?」

 

……頭ではわかっていたつもりでも、やはり実際に目にすると実感できてはいなかったことを自覚する。

人間の成長は早い。いつまでも子どもだと思っていたフェルンすら、私の背をすっかり追い抜いてしまった。

しかしシュタルクはもっと背が高い。まあ性別が違うから、当たり前ではあるのだけど。

前は私の胸の近くくらいまでしか彼の背丈がなかったのに、今やほとんど逆だ。

かなり長身だったハイター程ではないが、かつてのヒンメルとはほぼ変わらない背丈だろう。

そのヒンメルとも子どものころに一度だけ会っていたが、大人になって再会してなお暫く忘れていたので子どもの時の姿の印象は正直薄い。

しかし今の今まで私の頭の中のシュタルクは子どもの姿だったのだが……こうも変わるか、と本当に驚かされる。

 

しかし、いきなり人の見た目を指摘するような言動にはヒンメルのようなデリカシーはない。

案の定、私よりもそういう事に厳しいフェルンに咎められて、シュタルクは謝りだした。

 

「えっごめん……。ていうか大丈夫かよ。手ぇ貸そうか?」

「……結構です。自分で立ちますから」

 

そう言って私の服の裾を掴むのをやめて、服の土埃を払いながらフェルンが立ち上がる。

なんだか少しとげのあるような雰囲気だ。まあ竜に襲われたばかりだから気が立っているのもあるだろう。

しょうがないから、仲裁も兼ねてフェルンの事を紹介する。

 

「この子はフェルン。私の弟子。今はちょっと余裕がないから、態度が良くないのは大目に見てあげてね」

「いや気にしてないけどさ。よろしくなフェルン。俺は……」

「戦士アイゼン様の弟子の、シュタルク様ですよね。知ってます。フリーレン様からも、この前お会いしたアイゼン様からも聞きましたから」

 

シュタルクの自己紹介を、食い気味でフェルンが遮る。

確かに、ハイターのところにいた時にシュタルクについていくらか話す機会はあった。

アイゼンから来るハイター宛ての手紙に、私宛の手紙も入っていて、そこにシュタルクの近況も書かれていたからだ。

まあアイゼンにも弟子がいるってことからたまに雑談のネタにしていたくらいで、大したことを話していたわけでもなかったけど。

そして似たような近況なら、私もアイゼン宛ての返信に書いた。だからシュタルクも、フェルンの名前くらいは知っていたかもしれない。

 

「実は俺も知ってる。師匠がフリーレンの手紙に書いてあった事を教えてくれたんだ。すごい魔法使いの才能があるんだってな」

「……買い被りです。ついさっきも、全く歯が立たずに紅鏡竜から逃げ出してきたところですから」

 

聞いた話でフェルンを持ち上げるシュタルクの言葉に、自嘲気味にフェルンが謙遜する。

その言葉を聞いて、シュタルクは笑みを消して真剣な表情になった。

 

「……あの竜が相手なら仕方ねえよ。でも実はここに来たのは、奴が村に向かって飛んでるのが見えたからでもあるんだ。どうして奴を刺激したんだ?」

「……村に向かわせる気はありませんでした。ただ必死で、逃げるのが精いっぱいだったんです」

「下手な真似はしないでくれ。たまたま今回もあいつが気まぐれで帰ってくれたみたいだからいいけど、もしそうじゃなかったら……」

 

今回も。その言葉が引っかかったので、話を遮る。

 

「シュタルク。紅鏡竜と一度戦ったことがあるんだね?何で見逃したのさ」

「……戦ってねえよ。それに正直、俺だけじゃあいつを倒すのは厳しくてな。倒せるものなら倒したいさ」

「なら丁度良かった。私たちは、シュタルクを旅の仲間に誘いに来たんだ。それで、まずはあの竜を討伐する手助けを頼もうと思ってたからね」

「……仲間にはなりたいけど、確かにあの竜だけは確実に倒してからでないと困る。……フリーレンなら、倒せるんだな?」

 

やはり何か引っかかる言い方だ。しかしとりあえず、質問に答えておく。

 

「奴を30秒足止めしてくれる前衛がいれば、確実に」

「なるほど。30秒か。それだけ奴を足止めする前衛ね……それって、戦士とかだよな」

「そうだね。シュタルクは戦士だよね」

「……俺がやらなきゃ、ダメかな」

「何を言っているんですか、この人は?」

 

シュタルクの煮え切らない返事に、やや呆れた様子でフェルンが突っ込んでいる。

……薄々察してはいたが、やはり。

 

「……シュタルク。魔物との戦闘経験は?」

 

そう言った瞬間、シュタルクの目からぶわっと涙があふれ出た。

 

0(ゼロ)だよッ!!」

 

そのままシュタルクに、私の腰からお腹にかけて掴むようにして縋りつかれる。

その行動については少々予想外で避けられなかったので、とりあえず見下ろして、彼が泣き叫ぶのを眺めておく。

 

「助けてくれよフリーレン!!俺だって最初はあいつに立ち向かったんだよ!!3年前、村にあいつが来た時にさ!!」

「でも怖くて動けなかったんだよ!!あいつに睨まれて、ただ一歩も動けず立ちすくんでたんだよ!!」

「あいつ、家を爪の一振りで野菜みたいに輪切りにしちまうんだぜ!人間が戦っていい相手じゃねえよ!!」

「その時はなんか気まぐれで帰ってくれたから良かったけどさ!それで俺が竜を追い返したとか村の人たちに勘違いされちゃうしさ!!」

「その後もたまたま竜が村を襲わなかったってだけで、ずっと俺の事を英雄だと思い込んでるんだよ!!ありえねえだろ!?」

「でも村の人たち超いい人なんだよ!!今更逃げられる雰囲気じゃないんだよ!!」

 

……臆病なところがあるのは知っていたけど、それをここまで豪快にかつ情けなく主張する人間というのはひょっとすると初めて見たかもしれない。

ちらりと横目でフェルンを見る。こっちも今までに見た事のない表情をしている。なにか、すごく汚いものでも見るかのような。

 

「フリーレン様、こいつはダメです。他をあたりましょう」

「見捨てないでくれよ!!」

 

フェルンの判断は早い。しかし、性急だ。

……そもそも本当に憶病なだけの人間なら、初めから竜の前に立たない。

ただ、疑念は残るのでそれを質問する。

 

「ねえ、なんで私より先にアイゼンに助けを求めなかったの。頼るならまずそっちでしょ」

「……俺が何で師匠のとこから出てったか聞いてるんだろ?それが理由だよ」

「ケンカして殴られたんだよね。その額の古傷がその跡かな?」

「……ああ。俺が魔物と戦いたくなくてゴネてたら、師匠に殴られたんだ。きっと俺に失望したんだろうさ」

「それで?」

「わかるだろ?この上、竜が怖いから助けてくださいなんて言ってこれ以上失望されたくないんだよ……」

 

半泣きの何とも情けない顔でこれまた情けないことを言うシュタルク。

というか私ならいいのか?と考えたらちょっとモヤッとした。あまり感じた事のない感情だ。

そもそもアイゼンから聞いたシュタルクを殴った理由と齟齬がある。どうやら誤解しているらしい。

それを言ってあげるべきか迷っているうちにも、シュタルクの言葉が続く。

 

「それに、師匠は本当に衰えてはいるんだ。大丈夫だとは思うけど、万が一でも俺のせいで怪我をさせるようなことに巻き込みたくない」

「……ついこの前会ったけど、前と同じで言うほど衰えてるようには見えなかったけどね」

「見た目はそうでも、やっぱり歳なんだよ。別れる前にやってた鍛錬で、俺の打ち込みなんかでよろけたりすることが何度かあったし」

 

まあ、毎日一緒に鍛錬していただろうシュタルクがそういうのならそうなのかもしれないが……

しかしシュタルクがアイゼンが衰えたと考える根拠にしていることには、重大な見落としがある。

……誰しも、自分自身の変化には盲目なものなのかもしれないな。

だが重要なのは、どういう方向に変化しているかだ。それを確かめるべく、質問を進める。

 

「まあ、アイゼンに頼らなかった理由は分かったけど。それならなんで、ここに来たの。そんなにも紅鏡竜が怖いのにさ」

「フリーレンがいるかもしれないと思ったから……それならあいつもなんとかなるかもしれないし」

「私に会う前に竜と遭遇する可能性だってあったでしょ。それが頭にないとは思えないね」

「その場合は怖いから逃げるよ……なるべく村から離れた方向に向かって。逃げ足には自信があるんだ」

「逃げ切れなかったら?そもそもシュタルクを無視して竜が村に行ったら?」

「……その時は仕方ない。やるだけやるしかないだろ。俺なんかすぐに食われちゃうだろうけど……それで満足してあいつが巣に戻るかもしれないからな」

 

……まあ、これでだいたいわかった。

もしも全くの初対面なら、あえて一晩くらい時間をおいて人物を見極めてもよかったけど。

しかし今こいつに必要なのは時間ではなく、少しのきっかけと覚悟だ。

いつのまにか緩んでいた縋る手を振りほどきながら、私はそう考える。

そして、こう言うことにする。

 

「よし。ならあいつは私とフェルンだけで倒すことにする。フェルン、行くよ」

「……何でそうなるんだよ!?」

「何でって、助けてほしいんでしょ。それにシュタルクは戦いたくないならしょうがないじゃん。ねえフェルン……フェルン?」

 

横にいたはずのフェルンに顔を向けたらそこにいないため、振り向く。

……少し離れたところの太めの木にしがみついている。

 

「……」

「……」

 

寄って行って無言で引っ張ってみるが、取れない。すごいちからだ。

ぐいぐいとしばらく引っ張っても取れないので、諦めて手を放す。

 

「……しょうがない。私一人で行ってくるよ」

「フリーレン様。流石に無茶です」

「そうだよ。だいたいなんでそこまでするんだ?いったんは巣に帰ったんだ、わざわざ再戦しなくてもいいだろう」

 

木にしがみついたままのフェルンと座り込んだままのシュタルクが揃って止めてくるので、反論する。

 

「勝機がないわけではないし、あいつの巣にある魔導書が欲しいんだよね」

「……そういう趣味だったよな。でも、それだけで命を懸ける理由になるのか?」

「そうやって集めた魔法を褒めてくれた馬鹿がいる。それが理由だよ」

「……褒めてくれた、ね」

「納得した?じゃあね」

 

そう言って二人を置いて歩き出す。

すると、後ろから立ち上がる音がして、駆け寄る音が二つ聞こえた。

 

「……わかった、わかったよ!俺も行くよ!」

「……私も行きますよ」

 

二人ともあっという間に私に追いついて、フェルンは私の隣を歩き、シュタルクは前に出る。

……こういう説得は初めてやったが、どうやら成功したようだ。

笑顔をなるべく顔に出さないようにしつつ、二人に問いかける。

 

「結局、ついてくるんだね。どうして?」

「……師匠なら、仲間を一人で危険な敵のところに行かせないだろ。俺たち、仲間になるんだろ」

「ハイター様もですよ。というかシュタルク様、仲間になるんですか?」

「ああ。……でも一つ、約束してくれないか」

 

そう言ってシュタルクが振り向いたので、一度立ち止まって彼の話を聞く。

 

「俺が途中で死んでも、あの竜だけは絶対仕留めてくれ。それで、村に竜を倒したことを伝えておいてくれないか」

「それは約束するけど。でもシュタルクこそ、村の人たちのために何でそこまでするの」

 

そう聞くと、シュタルクはふっと笑った。それから彼の答えが返ってくる。

 

「変な事を聞くんだな。俺はあの村に3年もいたんだぜ」

「短いね」

「超なげぇよ。……よし、じゃあ一丁やるか」

 

そう言った後、シュタルクはまた前を向いて進み始める。

……一見勇ましいようだが、手が震えている。

それに気づいたのは私だけではなく、先にフェルンが指摘した。

 

「手が震えていますね」

「怖いものは怖いんだよ」

 

その会話を聞いて、思わずふふっと笑う。

それを振り向いたシュタルクに咎められる。

 

「笑わないでくれよ……」

「いや、強敵を怖がって震えてるのまでアイゼンと一緒だと思ってね。……それに、怖がってたのはヒンメルもかな」

「師匠も?……勇者ヒンメルもか」

「ヒンメルは震えてはなかったけどね。でもまあ、怖がること自体は悪い事じゃないらしいよ。アイゼンはそう言ってた」

「……そうかよ」

 

シュタルクはそう言って、少し笑ってからまた前を向いて歩き出す。

……そうやって歩いているうちに、紅鏡竜の巣の側までまた戻ってきた。

再戦の時だ。……とはいえ、私たちはまず魔力を隠匿状態にして巣の側から少し離れた高台で、木陰に潜むようにする。

その私たちを置いて、自分の役目を果たすべく、シュタルクだけが下に降りて一人で竜の前まで歩いていく。

 

真正面から歩いていくのだから、竜も当然シュタルクにすぐ気づく。

しかし、睨んでいるだけで攻撃しようとはしない。……そうするうちに竜の間合いにまで入ったが、まだ唸っているだけだ。

その様子を見て、不思議そうにフェルンが呟く。

 

「……攻撃してきませんね?」

「警戒してるね。……まあ、こうなるんじゃないかとは思ってたよ」

「どういうことですか?」

 

フェルンが質問を続けるので、それに答える。

 

「竜は魔力の籠ったものを巣の材料にするって話はしたよね。あれ、別に物に限った話じゃないんだよね」

「急に何の話を……ちょっと待ってください。もしかしてそれって……」

「当然魔力が強い人間も対象だよ。まあ骨や肉は食べちゃうから、よく使われるのは髪の毛かな。ブレスで焼けずに、運良く残ってればだけど」

 

人体の中でも髪は魔力が残留しやすく導通しやすいものの一つだ。

生えている髪をすべて操るとなると特殊な才能がいるが、何本か毟って魔術の媒体にするのはさほど珍しい手法ではない。

竜が女の美しい髪の毛を欲しがるとか渡して見逃してもらうみたいな民話がいくつかあるが、何のことはない。

巣の材料にするなら長い髪の方が都合がよく、女の方が長い髪であることが多いだけだ。

大方、竜の巣から発見された人毛を見た冒険者の話を元ネタとして、そのような話が広まったのだろう。

当然、おとぎ話のように都合のいいことではなく、その髪の主は竜に食われているのが現実だろうが。

 

「でもあの竜の巣を上からざっと見た感じ、人毛は見当たらなかった。最近は魔法使いも珍しいし、奴の気に入るものはなかったんだろうね」

「……私たちが格好の獲物というわけですか」

「そうだね。自分から魔法で攻撃してきたくせに、そのあとは大した抵抗もしてない私たちを奴が見逃す道理はない。完全に見失いでもしない限りはだけど」

「じゃあなんで、引き返したんでしょう」

「竜は賢い生き物でもある。そんな奴が、目の前の獲物を諦める理由なんて一つだよ。割に合わなくなったからだ」

 

村の事だけならば、他にもっといい餌場を見つけたから気まぐれで襲われなかったとかで、ギリギリ説明が付けられなくはなかった。

しかし、竜からは追い詰めつつあるように思えていただろう獲物の追跡を急にやめて、その獲物を見越して「何か」が来る前方を睨んで警戒していた理由。

その理由は、もうすぐ明らかになる。……ついにしびれを切らして、竜が爪を振り上げてシュタルクに襲い掛かったから。

 

 

……その戦いの結論だけ言うならば、圧倒と言うべきだろう。

まず家を輪切りにするらしい爪の一撃は、シュタルクが斧を振るって迎え撃っただけで砕け散った。

その勢いを利用して、シュタルクは空中に跳ね上がる。それを唸りながら顔で追って、迎撃しようとする紅鏡竜。

しかし、爪を砕かれたうえに次に牙まで砕かれることを恐れたのか。……噛み砕きによる迎撃を、竜は一瞬だが躊躇ったような動きを見せた。

そのせいで、間に合わない。先に落下の勢いを乗せたシュタルクの閃天撃が竜の脳天に直撃して、頭ごと地面に叩きつけて開きかけの顎を無理やり閉じさせる。

ドオオンと轟音が鳴って、土煙が上がった。……足止めの必要は、もうない。

 

「今だ!撃ちまくれ!!」

 

叫び声を聞いて、フェルンが立ち上がって杖を構えた。ので、私が制止する。

その様子を見て、シュタルクがまた叫ぶ。

 

「おい!?何で撃たねえ!見捨てる気か!?一人で戦えってか!?ふざけんなよフリーレン!!そりゃねえだろ!?……きっとお前は違うって」

「もう死んでいるよ!」

「……え?」

 

何を勘違いしているのか悪態をつき始めたので、こちらも叫んで制止する。

……まあこの程度なら許そう。私は寛容だから。

ともあれ、それを聞いたシュタルクはこちらを見るのをやめて竜の方に向き直る。

ちょうど土煙が晴れてきて、こちらからも竜の全容が見えるようになってきた。

 

無惨にひしゃげた竜の頭部と、そこにある瞳はもう何も見てはいない。

その大きな体の末端からは、粒子化が始まっている。死んだ魔物や魔族は、魔力の粒子となり霧散して消える。

紅鏡竜は死んだ。戦士の一撃を受けて、あっけなく。

 

「…………」

 

呆然としているのか、感慨にふけっているのか。シュタルクは消えゆく竜を見ながら立ち尽くしている。

仕方がないので、飛行魔法を使って高台から降りて、フェルンと一緒に彼のそばまで行く。

しかし、期待以上の実力だ。素直に褒めておくべきだろう。

彼の肩に手を伸ばして、叩いて声をかける。

 

「よくやった。期待以上だ。偉いぞ」

「……フリーレン」

 

シュタルクはこちらに目を向けて何か言おうとしたようだが、残念ながらその前に私は駆け出していた。

まあ、竜の巣に一刻も早く向かいたかったのだからしょうがない。

 

「宝の山だ!うっひょー!!」

「フリーレン様。三つまでですよ」

 

さっそく巣にため込まれた魔道具や魔導書を漁る私に、フェルンが酷な事を言う。

ここから三つ選べなんて無茶だ。できるわけがない。

……抱えられるだけ持っていこう。何だかんだフェルンも許してくれるし。

そう考えつつ物色を続けていたら、追いついてきたシュタルクが横まで来て、声をかけてきた。

 

「……聞いちゃいたが、実際見ても本当にくだらねぇな。こんなものに夢中になれるのか」

「宝の山だよ」

 

思わず少しむっとしながら強弁したが、シュタルクの言いたいことはまだ終わってないらしく、話が続く。

 

「フリーレンと別れた後も師匠から話を聞かせてもらったけど、師匠はフリーレンのせいで勇者一行の冒険がくだらないものになったってよく言ってたぜ」

「そう」

「くだらなくて、とても楽しい旅だったってよ」

 

その言葉に、ふっと笑みを浮かべながら昔の事を思い出す。

いろんな魔法を集めては披露する私に、それを喜んでくれるヒンメルやハイター。

真面目なアイゼンはそれを時に咎めてはいたが、ヒンメルのとりなしもあってか結局は許してくれた。

どうやら今となってはいい思い出にしてくれているようで、何よりだ。

……そう考えながらも、物色の手を動かす。

結局抱えきれないほどの宝物の中から、泣く泣くなんとか持って帰れる程度のものを選んで、近くの村に向かったのは夕暮れになるころだった。

 

 

「さあ、どんどん食ってくれ!今夜はお祝いだからお代は結構だ!」

「二人ともシュタルク様を助けてくれたんだって?ありがとうねえ」

 

村に行って紅鏡竜を倒したことをシュタルクが報告して回った後は、村はお祭り騒ぎの様相になった。

そして今、私たちは村の食事処で歓待を受けている。シュタルクが私たちの事を、協力者として紹介したからだ。

 

「……私たち、何もしてないと思うんですけど」

「……水を差すのもなんだから、黙っておこう。まあ、私たちの分の代金は後でこっそり置いて行こうか」

 

食事処の主人と女将さんが離れた隙に、フェルンと声を潜めて話す。

実際に竜を倒した張本人は、私たちとは別のテーブルで人に囲まれている。

誰もが村を救った英雄と話したいようで、かわるがわるシュタルクに話しかけていて、私たちの入る隙は今はなさそうだ。

そうしてそちらの方を二人で見ているうちに、フェルンが呟く。

 

「シュタルク様は、本当に慕われていますね。正直、初対面ではあまり信じられなかったのですが……」

「竜を倒した直後ってのはあるだろうけど、もともと優しくて、人に好かれる奴だからだろうね」

「……優しいというより、臆病なだけに見えていましたが。私の見方が間違っていましたね」

「臆病な一面があるのも間違ってないだろうけどね。ていうかフェルンも、紅鏡竜に怯えてたし。それに最初に魔物と戦った時も……」

 

……余計な事を言いすぎたらしく、フェルンがむっすーとしだしたことに気づいて、「ごめん。もう言わないよ」と謝る。

それで話が変わって、別の話をフェルンが振ってくる。

 

「ところでなんだか……時々こちらを見る一部の人の視線が鋭い気がするのですが。なんなんでしょうか」

「なんだろうね。よくわかんないや」

 

シュタルクと親しげに話す者の内、何人かがこちらに良くない視線を向けているのには私も気づいた。

こういう視線を向けられるのには覚えがあるが、随分と久しぶりだ。

特にヒンメルと一緒にいると、向けられることの多かった視線。まあそれで、何が起きるわけでもないので気にしていなかったのだが。

今回も気にしてもしょうがなさそうなので、そのまま食事を進めることにする。

 

 

結局そのまま食べ終わって、代金をテーブルに置いて私たちが食堂を後にする段になっても、まだシュタルクは人に囲まれたままだった。

仕方がないので、翌朝の合流のみ約束して、フェルンと二人で宿に向かう。

そうしてまずは宿付きの浴場で汗を流した後、宿の部屋で荷物の整理をしつつ、今日の戦利品たちを改めて眺める。

明日起きられなくなるからほどほどにしてくださいよ、と小言を言っていたフェルンはいつの間にか静かになって寝付いていた。

きっと竜から必死で逃げていた疲れが出たのだろう。いつのまにか大きくなったけれど、こういう所はまだまだ子どもだな、と寝顔を眺めながら微笑む。

 

……しかし私の方はと言えば、まだまだ目が冴えてしまっていた。普段ならば、寝ていてもおかしくはない時間なのだけども。

整理の途中で、つい今日手に入れた魔導書を読みだしたのが良くなかったかもしれない。

どうしたものかと思っていたら、遠くからどおんと地鳴りのような音がした。この音には覚えがある。

……どうせ眠れないし、気分転換にちょっと夜風にでも当たるとしようか。余計に眠れなくなる可能性はあるが。

そう考えて、髪は下ろしたままに寝巻の上にカーディガンだけ羽織って靴を履き、部屋のランプを消して宿の外に出た。

そして月明りの下を歩いて、音がする方へと向かう。

 

 

暫く歩いて、村はずれの森の木々を抜けていくと、少し開けた場所に出た。そこには崖と、それを切り開いたような跡がある。

その切り口の奥でドオオンと音がした後、また崖の切り口がいくらか広がった。ぶわっと土煙が舞い上がる中心に、一人の男が見える。

シュタルクだ。斧を振るって、崖を切り開いている。

 

「夜更かしは良くないと思うよ、シュタルク」

「……それはお互い様だろ?フリーレン」

 

切り口の側まで歩いて行って声を掛けたら、それに気づいたシュタルクも斧を振るのをやめてこちらに戻ってくる。

丁度いい岩があったので、そこに腰かける。戻ってきたシュタルクも、少しためらったように見えた後に横に座った。

彼からは、土と汗の匂いがする。……少なくとも、寝る前に風呂に入るようには勧めよう。

そう考えつつも、彼との会話を続ける。

 

「私はいいんだよ。お姉さんだからね」

「……その言いかた、久しぶりだな。懐かしいよ」

「私には懐かしいって程でもないけどね。……こんなこと、もしかして毎晩やってたの?」

「ああ。竜と戦うのは怖かったけど、修行をサボって弱くなったらもっと怖くなるし……。それに嘘でも何でも、俺は村の英雄だったから」

 

紅鏡竜がなんで3年も村を襲わなかったのか、それで完全に合点がいった。

毎晩こんなことをしていたら、竜にとっては常に威嚇行動をされているのと変わらない。

それでも巣を引き払って逃げ出しはしなかったあたりは流石だが、結局はそれが自らの命を絶つことに繋がった。

そう、紅鏡竜はもう倒されたのだ。もうこの場で荒行をする必要はないし、そもそも明日には私たちと一緒に彼はこの村を旅立つはずだ。

そこが疑問なので、素直に聞いてみる。

 

「嘘じゃないでしょ。実際、シュタルクがあいつを倒したんだし。というか、なんでまだこんなことしてるの?それもこんな夜遅くに」

「普段はもっと早めの時間にやってたんだけどな。今日は皆に放してもらえなくて、寝る前にいつもの修行がしたいからって言って抜け出したんだ」

「よくそれで放してもらえたね。もう竜もいないのに」

「皆、俺の事を買いかぶってるから。竜を倒してなお鍛錬を怠らないとは、これこそ英雄の心がけだとか言われてなんか納得されちゃった……」

「……そっか。本当に慕われてるんだね、シュタルクは。そこまでだと、村に留まるように言われたりしなかったの?」

 

そう聞いてみたら、図星だったようだ。困ったように笑いながら、彼が口を開く。

 

「……何人かに言われたよ。どうか残ってくれないかって。俺なんかせいぜい力仕事くらいしか役に立たなくて、他は殆ど世話になりっぱなしだったのにな」

「やっぱりね。別に村に残ったっていいんだよ?随分馴染んでるみたいだったし、英雄扱いなんでしょ?」

 

夕食の時に感じた棘のあるような視線にも、これで納得がいった。

そもそもからして、竜を倒せるほどの実力ある戦士などというのは、どこでだって需要があるものだ。

中央諸国の地域は比較的安全とはいえ、魔物がいないわけではないし、何より近くに竜が住み着くなどという事態の二度目がないとも限らない。

そのうえ既に人柄の良さも知れているというのなら、できれば留まってもらいたいと思うのが当然だろう。

それを村にとってはいきなりやってきた、知らない人間たちが搔っ攫っていくのだ。あまりいい感情は持たれないだろうな、というのは私でもわかる。

だからシュタルクが残る気だというのなら無理強いする気はない。私たちの旅は厳しくはなるが、それは私たちの事情だ。

そう考えてその旨を伝えたのだが、しかしシュタルクは首を振った。

 

「もう断ったよ。俺が旅に出たいんだよって。……正直、英雄扱いなんて柄じゃねえし。この3年がおかしかっただけさ」

「そう?それに別に、アイゼンのとこに戻ってもいいんだよ。どうするかは、シュタルクの自由だよ」

「そう言うなって。……実は俺、けっこう楽しみにしてたんだぜ?フリーレンと旅に出るの。そういう、約束だったろ」

「……覚えてたんだ。意外だね」

 

彼が子どもの時にした、他愛ない約束。

私はともかく、正直彼が忘れていたとしても不思議ではないと思っていた。

そもそも別れ際にした、冗談に近いような約束だ。どうしても守る必要などない。

それを覚えているとは、思った以上に律義な性格らしい。

 

「忘れるかよ。……でもまあ、だから少し不安になってるのかもな」

「……何の話?」

「あんなに怖かった竜も倒せちまったし、明日にはもう旅立ちだ。今日1日で俺にとって都合よく行き過ぎてる」

「いい事じゃん。何で不安になるのさ」

「都合のいい夢でも見てるんじゃないかってさ。寝て起きたら、師匠にぶん殴られてこの村に逃げてきた自分に戻ってるんじゃないかって思って不安なんだ」

「……わざわざ今日、夜更かししてまでこんな修行をしてるのはそういう理由だったの」

 

……どうやら今日やった私の説得のやり方には、欠点があったらしい。

急に決断させた覚悟では竜を倒すことはできても、その後の実感までは与えてくれなかったようだ。

やはり私は人の心に疎いのだろう。人の心を知る旅を28年ほど続けてなお、改めて知ることが多い。

そう考えているうちにも、彼の言葉は続く。

 

「まあな。本当は、旅に備えて早く寝たいからって言ってもよかったんだ。村の人たちはきっとそれでも離してくれた。本当にいい人たちだから」

「理由としては、そっちのが自然だろうね」

「でも俺はここで斧を振ってる。そうすれば昨日と今日で何が変わったのかわかるかと思ったんだけど……別に何もないな。俺は俺のままだ」

「当たり前でしょ。シュタルクはシュタルクだよ。だから、竜を倒せたんだよ」

「……そうかな」

 

なぜかまだ納得していないような顔で、額の傷を擦るシュタルクを見る。

アイゼンに殴られた時のことを思い返しているのかもしれない。

……私からお節介を焼いて、その理由の誤解を解くべきかは迷ったけれど。

まあ知らない仲ではないのだし、言ってもいいだろう。きっとアイゼンは怒らないと思うし。

 

「その額の傷のことだけど、アイゼンに失望されて殴られたと思ってるんでしょ」

「……違うのかよ。俺が魔物と戦いたくなくて師匠に楯突いたら殴られたんだ。それ以外ないだろ」

「違うよ。怒ったシュタルクが怖くて、思わず本気で殴っちゃったんだってさ。酷い事してしまったって、後悔してたよ」

「何言ってんだよ。師匠が俺なんかを怖いって、そんなわけないだろ。あんなに凄い師匠なのに」

 

やっぱりこういう方向性の誤解か。あまり良くはない事なので、説明のついでに忠告しておく。

 

「あのねシュタルク。謙虚なのはいいけど、過度に自分を卑下するのは良くないよ。いざという時にも、実力を出し切れなくなるかもよ」

「……そんなこと言っても、俺なんかまだまだだし」

「まだまだ成長の余地があるのと、今の実力がどうなのかは別だよ。少なくとも強力な竜を単独で倒す実力が今のシュタルクにはある。それは自覚すべきだね」

「でも師匠はもっとすごかったんだろ。昔、寝る前に話してくれただろ」

「まあね。でもアイゼンは、シュタルクは俺を超える凄い戦士になるとも言ってた。俺を怖がらせるなんて、これはすごい事だって。すごく嬉しそうだったよ」

「師匠が?……そんな風に評価されてるとは思わなかった。そんな素振りなかったし……」

「アイゼンは不器用だからね。……でも、シュタルクも嬉しそうだね。笑ってるし」

「そりゃ、な。嬉しいよ。師匠が……そうか……」

 

渋面をやめて、何かを噛みしめるような笑みをシュタルクは浮かべている。

どれほど上手く伝えられたかわからないが、少なくとも誤解は解けたようだし、話してよかったのだろう。

あとは、今後の予定でも伝えて激励しておこうか。

 

「まあ竜とか強力な魔物なんか私たちの行き先にはいっぱいいると思うから。心配しなくても、この先で斧は振り放題だよ」

「……えっ何?冗談?」

「冗談じゃないよ。群れるタイプの竜だっているし。前衛として期待してるから、頑張ってね」

「……うん。腕が鳴るなぁ……」

 

腕が鳴るというか、明らかに震えている。……どうも締まらないが、これが彼なのだろう。

まあヒンメルたちにも、タイプは違えど各々変なところがあった。私の仲間はどうも皆こんな感じらしい。

そう考えてくすりと笑いながら彼を眺めているところを、夜風がひゅうと吹き抜けた。

……少し冷えてきたな。そろそろ、夜更かしの終わらせ時かもしれない。

 

「とりあえず、今日はもうお風呂に入って寝たらいいんじゃない。戦士には休息も重要だとかなんとか、アイゼンが昔に言ってたでしょ」

「……あったなあ、そんなことも。結局、師匠の寝相が酷すぎてとても一緒に寝られなかったけど、でも嬉しかったよ。それに……」

 

そう言って、横目でちらりとこちらをシュタルクが見たので、私も見返す。

すると彼の言葉が止まって、少し固まったように見えた後、ふいと視線をそらされてしまった。

なんなのさ、と思って聞き返す。

 

「それに、なに?」

「……なんでもねえ。そうだフリーレン、宿に戻る前に見せたいものがあるんだよ」

 

……かなり強引に誤魔化された気がするが、見せたいものとは何だろうか。

そちらも気になるので、立ち上がる彼を座ったまま見守る。

しかし彼はまたしゃがんで、手ごろな小石を拾い始めた。何をしているのだろう。

 

そう思って眺め続けていたら、石を拾い終わったらしい彼がまた立ち上がる。

そうしてからちょうど私の正面に来て向き直って、ぱっと両手を開いて見せた。

……革製の指貫グローブから突き出した彼の指先のそれぞれに、小石がくっついている。

見せたいものとは、これのことか。

 

「……使えるようになったんだ。『体に触れているものを固定する魔法』」

「ああ。結構頑張ったんだぜ、俺」

「だろうね。大したもんだ」

 

彼が私に向き直る前に感知した、魔力探知が得意でない者なら見逃しかねないほどに僅かな魔力の発露。

その程度の魔力でも使える、非常に簡便で効果範囲もごく限定的な、単純な魔法。

しかしその程度の魔法でも、魔法の才はほぼないに等しい彼が使うのには、数年単位での地道な練習がいる。

私のちょっとした感傷で魔導書の書き写しを渡しただけだというのに、彼はそれだけの努力をして使えるようになったらしい。

本当に律義だね、と嬉しくなって笑いかけたら、彼も笑い返してきて、少し照れたような口調で話し出した。

 

「まあ使えるのこれだけだし、まだ1分程度しか使えないんだけどな。他はさっぱりだよ、他の人の魔力とかも見えないしさ」

「それは当然だよ。あくまで戦士でもあの魔法を使えるようにすることしか、あの魔導書の写しには書かなかったからね」

「そっか。この魔法だけでも俺は使えるまでに5年かかったよ。もっと難しい魔法を他にもたくさん使えるなんて、やっぱりすげぇな魔法使いって」

「私たちは魔導書読んで術式さえ知ればそれでだいたいは使えるからね。これは単純に適性の問題だから、すごいってものでもないよ」

「それがすげぇんだよ。……そういや紅鏡竜の巣で、魔導書手に入れただろ?もう読んだのか?」

「もう読んだよ。ちゃんと目当ての魔法だったし、紅鏡竜を倒してもらった甲斐があったね」

「そりゃよかった。なら今、使って見せてくれよ」

「……使っていいの?」

「なんだよ。師匠から聞いたぜ?フリーレンはくだらない魔法を手に入れては仲間に毎度見せびらかしてきたってさ。俺ももう仲間だろ?頼むよ」

 

そう言いながら、目の前のシュタルクは手を広げたまま指に着いた小石をぱらぱらと落して、期待の籠った笑顔でこちらを見てくる。

……この魔法、シュタルクに使っていいんだろうか。別に危険な魔法ではないけれど。

まあいいか。本人の希望だし。そういえば前の時は、気にしないと言っていたし。

そう考えて、使った。

 

「…………。大きくなったね」

「それ昼間も言ってなかった?それより早く使って見せてくれよ」

「もう使ったよ」

「……何が変わったんだ?全然わかんないんだけど」

「使ったのは『服が透けて見える魔法』だから、変わるのは私の視界だけだね」

「…………」

 

そう言ったとたん、すーっと彼の顔から笑顔が消えて、そのまま膝を抱えて俯いて、地べたに座り込んでしまった。

……私はどうやら、選択を間違えてしまったらしい。

 

「いや……シュタルクが使ってって言ったんじゃん」

「……先にどんな魔法か言ってくれよ」

「聞かれなかったし」

「子どもの言い訳かよぉ……」

 

半泣きになっている。前は気にしないと言っていたのに。

しかし彼の反応からすれば、私はきっと良くない魔法の使い方をしたのだろう。

素直に謝っておこう。ヒンメルならきっとそうする。

 

「ごめんて。嫌ならもうしないからさ」

「一度した時点であまり意味ねえよ……。ていうか二度目じゃねぇか。忘れようとしてたのに……」

「そうなんだ。これも忘れてくれていいよ」

「無茶言うなよ……そもそもなんだよその魔法。ふざけてんだろ……」

「ふざけてないよ。敵の隠し持った武器を発見したりとか、使いようによっては便利な魔法なんだよ。……って話は、明日フェルンとしようと思ってたんだけどね」

「……ちょっと待てよ。フェルンにもその魔法教える気かよ」

「それは私の弟子だし、当たり前でしょ」

「そりゃ教えるなとは言えねえけどさ……俺には使わないように、言っといてくれよな」

「わかったけど。気にしすぎじゃない?」

「……あのなあ。逆に聞くけど、俺にもその魔法教えてくれって言ったら、どうする気なんだよ」

 

そう言って膝を抱えたままのシュタルクが、やや挑戦的な目つきでこちらを見てくる。

……魔法を一つ覚えたから、他にも覚えたくなったのだろうか。向上心があるのは良い事だ。

まあこの魔法もそれほど難しい部類ではない。シュタルクでも、また数年ほど練習すればいくらか使えるようにはなるだろう。

なので、その覚悟はあるのか聞いてみる。

 

「教えてもいいけど、また数年はかかると思うよ。ちゃんと練習する?」

「だろ?嫌にきま……えっ?」

「えっじゃないでしょ。魔法が一つ使えても、他の魔法を覚えるなら新しく練習がいるんだよ。シュタルクにはね」

「じゃなくて!……そっちは見られても、気にしないのかって」

 

そう言われてその可能性に気づいて、顎に手をやってふむ、と考える。

確かにフェルンはきっと嫌がるだろう。あの子はそういう事に厳しいから。

そのフェルンはといえば、なんだかここ数年で背丈以外も色々成長したなと言わざるを得ない。

いわゆる女らしい体形とはああいうものだろう。……ほとんど私と同じものを食べているはずなのに、ああなれるのは実に不思議だ。

 

……対照的に、自分で言うのもなんだし、認めるのはなんだか悔しいが、そもそも私なんか見ても特に面白いとは思えない。

実を言えばかつての師匠(せんせい)のような体形に少し憧れはあるが、千年経っても実際の私の体形はほとんど何も変わっていないのだから。

なので私には関係ない……と思ったところで、なぜかふとヒンメルの事を思い出した。

私のスカートをめくったクソガキに、ぶっ殺してやるとか暴言を吐きながら追いかけまわそうとする珍しいヒンメルの姿。

当時はただガキ相手に怒り狂っている様子の大人げなさにげんなりしたものだけど、今思えば。

「僕だって見たかったのに」と叫んでいた気がする。

……人によってはそういう事もあるのか?という気づきが、ふと口から洩れた。

 

「……見たいの?」

「……俺の負けだよ畜生。俺にも教えろとかいう話は全部忘れてくれ……」

 

シュタルクはそう言って、また顔を膝を抱える手に埋めてしまった。

よくわからないが、何かに勝ってしまったらしい。

……勝者の特権として、そろそろ宿に戻ろうかな。どうやらこの魔法を覚える気はないらしいし。

そう考えて、お尻についた土ぼこりを払ってから、座っていた岩から立ち上がる。

そうして宿の方向に戻りだすと、遅れて立ち上がる音がして、後ろからシュタルクがついてきた。

どうやらシュタルクも一緒に戻ることにしたらしい。その彼がぽつりとつぶやく。

 

「この旅、前途多難だよなぁ……」

「やっぱり怖気ついた?アイゼンのところに帰る?」

「……帰らねえよ。しょうがないだろ、それでもついていきたいんだから」

 

そうやってため息をついたあとは黙って、そのままシュタルクは私の後ろをついてくる。

そうするうちに森を抜けて、やがて宿まで戻ってきた。

入り口に入るときも、なおシュタルクはついてくる。シュタルクもこの宿に泊まっていたらしい。

まあ、この村に宿は一つしかないから当然か。

そう考えていたら、シュタルクに声をかけられた。

 

「じゃあ俺は浴場行ってから寝るよ。また明日な」

「また明日ね。寝坊しないでね」

「こっちのセリフだよ。早起きできないだろ、フリーレンは」

「失礼だね。寝坊してもフェルンが起こしてくれるから大丈夫だよ。……怒られるけど」

「それは大丈夫じゃないって言うんだよ。……じゃあな」

 

そう言ってシュタルクは、自分の部屋らしい方に歩いていった。

着替えだのなんだのを取りに行くのだろうと思いながら、私も自分の部屋に戻る。

窓から差し込む月明りのみが光源の暗い部屋の中を、フェルンを起こさないように気を付けて歩いて、自分のベッドまで行く。

そして靴を脱いでベッドに横たわり、目をつむった。……そうしてさっさと寝てしまおうと思ったが、やはりすぐには眠れない。

それどころか目から入ってくる情報をなくしたことで、かえってさっき見た光景が脳裏に浮かんできた。

 

……腹筋とか、バッキバキだったな。私がどう鍛えても、ああはならないだろう。別になりたいわけではないけど。

まだヒンメル達と旅をしていた時、北部の端に近い方に脱ぎたがりの武闘派貴族がいたのを思い出す。

実力こそ確かだったが、彼らには隙あらば鍛え上げた自慢の筋肉を見せつけようとする暑苦しい癖があった。

まあ少なくともシュタルクは見られるのを嫌がっているから、そんな癖はないようだ。……いや、あっても困るけど。

それに、下。……大人になるとあんなふうになるのか。初めて知った。

子どもの時はなんかついてるけど私と大して変わんないじゃんとか思ってたのに、いまや全然違っていた。背丈以上に衝撃的だ。

フェルンもいつのまにかもじゃもじゃしていたけど……シュタルクのは……

 

 

「……レン様。フリーレン様。起きてください、朝です」

「う…うん…まだ眠いよ……もっと寝かせて……」

「ダメです。……あんなに明日起きられなくなりますよ、と言ったのに。まったくもう……」

 

…………そんな風に普段の私が考えた事もないような妙な事を考えているうちに、眠り込んでいたらしい。

しかし、やはり夜更かしがたたったようで目覚めはフェルンに叩き起こされるというものだった。まあいつも通りの事だ。

だがフェルンはそれなりに怒っている。自分が忠告したのに聞かなかった、と思っているようだ。ごめんて。

うつらうつらとしながらやや乱暴にフェルンに身支度を整えられて、まだ舟をこいでいる最中にもフェルンに朝食を口に詰め込まれる。

そうして宿を出るころには流石に目が覚めたが、フェルンはまだぷんすかと怒っている。だからごめんて。

 

「フェルン、機嫌直してよ。えっと……ほら昨日手に入れた魔導書。フェルンも読みなよ」

「……私も、ということはフリーレン様はもう読んだんですね。つまり、それ読んでて夜更かししたんですよね」

「ごめんて。……先に言っておくけど、この魔法はシュタルクには使わないようにね」

「私の言う事は聞かないのに、そういう事は言うんですね」

「本当ごめんて……」

 

ちくちくと文句を言いながらも、フェルンは魔導書を受け取った。

そうして一度魔導書に目を通しだしたことで小言が止まったので、ほっと一息つく。

そのまま村の出口まで歩いていくと、何やら人だかりができていた。

その中心にはシュタルクがいる。どうやら先に起きて、私たちを待っていたらしい。

 

「お、来たな。……じゃあ俺行くよ。みんな元気で。いつになるかわからないけど、帰りにはきっとまた寄るよ」

「シュタルク様こそ、お元気で!ご武運を祈ってますよ!」

「シュタルク、またね!きっと俺もシュタルクみたいな強い戦士になるから、帰ってきたら手合わせしてくれよな!」

「旅が嫌になったら、いつでも戻ってきてくれていいんですよ!私、待ってますから!」

 

そうやっていろんな人から声を掛けられながら人だかりから抜けて、シュタルクがこっちに来た。

片手に手土産まで持たされている。旅立つ今ですら、彼の慕われぶりに変わりはないようだ。

その人たちを後ろに残して、私たち3人は歩いていく。そして村を出た。

 

 

そうしてもう村も見えなくなるまで歩いたころ、魔導書を読み続けていたフェルンがぽつりとつぶやいた。

 

「『服が透けて見える魔法』……フリーレン様は本当に変な魔法ばかり集めていますね」

「趣味だからね。でも実用性はあるよ。服と認識する範囲によっては、相手の隠し持った武器を見つけたりもできる。……試しに私に使ってみたら?」

 

魔法の使用が可能なところまで読んだと判断して、フェルンの前に手を広げて立ってみせる。

そして私を見るフェルンから、魔力の発露を感じた。言う通り、使ってみたらしい。

 

「どう?透けて見える?」

「見えますけれど……あまり面白い魔法ではありませんね」

「悪かったね、面白くない体で」

 

やはり私を見ても面白くないらしい。まあ別にフェルンはお風呂とかでよく見てるから当たり前ではあるけど。

そう考えていたら、フェルンがくるりと後ろを振り向いた。その視線の先にはシュタルクがいる。

……視線が、彼の上半身から下半身に向けて動く。

 

「……なんだよ?」

「ちっさ」

「…………」

 

……使うなって、言ったのに。

どうやら文句たらたらの最中に言った事なので、真剣に受け止めていなかったらしい。

というか、あれ小さいのか?……比較対象が違うのだろうか。

フェルンが比較できる相手なんて、私は一人しか思いつかないのだが……まあフェルンがもっと小さい時に風呂でも一緒に入っていたのかもしれない。

地味に気になるからあとでフェルンに聞こうか。……しかしなんだかそんな事を聞くのは気が引ける気もする。

そんなことを悩んでいたが、奇妙にシュタルクが沈黙していることに気づいた。

彼を見ると、じとーっとした目つきでフェルンを見ている。……なんだか、単なる呆れよりも強い感情を感じる。

フェルンもそう感じたらしく、先に口を開いた。

 

「……何か言わないんですか」

「……実はちょっとだけ、お前らの事を似てない師弟だなとか思ってたんだけどさ。勘違いだったよ。そっくりだよ、お前ら」

「どういう意味ですか、それ」

「こっちの話だ。まあいいや、行こうぜ。もう2回も3回も変わんねえから気にしねえよ」

「2回、3回……一体どういうことですか?」

「そうだね、さっさと行こうか。最初の行き先は城塞都市ヴァールだよ。まずはそこで関所を超えないとね」

「ヴァールか。そこなら師匠と何度か行ったことあるぜ。懐かしいなあ」

「フリーレン様?シュタルク様?」

 

……困惑しているフェルンには悪いが、シュタルクの言葉の意味がどういう理由か話すと昨日の夜のことまで話すことになる。

魔導書を読んでいたと思っているだけであれなのに、外に出歩いてまで夜更かししていたなどと言ったら、間違いなくもっと怒る。

それは嫌なので、何も言わずにこのまま押し切ることにする。なぜかシュタルクも、詳しく話す気がないようだし。

そうして困惑するフェルンと、その追及をかわす私。そしてついてくるシュタルクの、3人の旅が始まったのだった。

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