葬送のIFリーレン~道を曲がってしまったエルフとその影響について~   作:無名

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5.北側への関所

勇者ヒンメルの死から28年後。

中央諸国リーゲル峡谷 城塞都市ヴァール。

 

「いいな冒険者ども。くれぐれも、この街で問題を起こすなよ」

 

この都市の衛兵隊長だという、ものすごく長身の男は、私たちにそう言い捨てて去っていった。

城塞都市ヴァール。中央諸国から北側諸国に陸路で向かうための、関所がある都市。

しかしその関所は現在封鎖中だという。北側諸国で魔物の動きが活発化しているからとの事だ。

 

そこで責任者の彼にいつ開くか尋ねたのだが、それはわからないし自分が着任してから一度も通していないというような返事だった。

そして人に呼ばれて、あっさりと去っていく。しょうがなしに私たちも、その場を去る。

そうして歩いていると、フェルンが声をかけてきた。先ほどの衛兵の対応に不満があるようだ。

 

「いい対応ではありませんでしたね……」

「そうだね。あれは優秀な衛兵だよ。よそ者には厳しく。街を守る衛兵は、かくあるべきだ」

 

衛兵がよそ者に甘い顔を見せて、街の秩序を乱されたら何が何やらわからない。彼の態度は衛兵として当然だと、フェルンに説明する。

そしてそんな頼もしい衛兵もいるし、北側からの魔物の侵入を防ぐために国境には強力な結界も貼られてるし、この都市の守りは硬そうだ。

それに元は交通の要所であるからか、人の流れがせき止められているからか、在庫を余らせて暇を持て余していそうな商人たちを何人か見かけた。

 

……つまり、魔導書や魔道具についても絶好の漁り時だという事だ。関所が開くまでの間の時間だってきっと十分にある。

関所が開くのを待つという口実で、思う存分に魔法の研究が久々にできると思ったら、にんまりと口角が上がった。

そうと決まればこうしてはいられない。宿を取ってそこに荷物を置いたら、さっそく魔法店巡りだ。

その予定を、後ろをついてくるフェルンとシュタルクの二人に伝える。

 

「ともあれこの街は安全そうだし、関所が開くまでこの街で待つとしよう。私は宿を取ってくるから、ここで解散ね」

「……ちょっと待ってくれよ、フリーレン。待つっていつまでだよ」

 

しかし意外なことに、真っ先にシュタルクからツッコミが入った。

そしてシュタルクが解散せずについてくるからか、フェルンも私の後についてくる。

具体的な時間を意識させるとフェルンの機嫌が悪くなるから、なるべくさらっと流してさりげなく離れたかったのに。勘のいいガキめ……

などと内心悪態をついてもしょうがないので、一応わかる限りのことからなるべく楽観的な予想を答えておく。

 

「……わからないけど、魔物が活発化してるならそのうちどこかの軍の討伐部隊が鎮圧に向かうんじゃないかな。きっとすぐ開くよ」

「そこの人、ちょっといいかな。関所の封鎖について聞きたいんだけどさ」

 

しかしシュタルクは、私よりも道行く通行人に声をかけて話を聞き始めた。なんだこいつ。

しかもなんだかすぐに親しげな様子になって詳しい話を聞き出している。何かの魔法だろうか、と疑いたくなる手際だ。

そしてすぐに目的の情報を聞き出して、こちらに戻ってきた。

 

「……最低でも2年は開かないだろうってよ。それに海路もダメになってるそうだ」

「そうなんだ。すぐだね」

「全然すぐじゃねえだろ。冗談じゃねえぞ……」

「……そんなこと言っても、しょうがないじゃん。その程度の時間なら、私は魔法店巡りと魔法の研究で時間潰すから大丈夫だよ」

「俺が大丈夫じゃないんだよ。ていうかフェルンもそうだろ。なあフェル…ン?」

 

そう言ってフェルンの方を見たシュタルクが、少したじろぐ。

なんだか熱のある視線で、シュタルクの方を見つめていたからだ。距離も少し近い。

そうしてたじろいだままに、シュタルクが言葉を続ける。

 

「……なに?」

「……いえ、少し安心したので。シュタルク様って、普通の人だったんですね」

「ねえ俺なんか悪い事した?」

 

フェルンから笑いかけられているにも関わらず、シュタルクは困惑している。

おそらく、話の流れからして時間の感覚が一緒の人間であるという意味だろう。ちゃんと伝わっているか定かではないが。

 

……私もなるべくフェルンに合わせようと思ってはいるのだけど、やはりズレているらしいことは否めない。

10年ともなると流石に長めらしいと今はわかるが、1年や2年というのが大した時間だとはあまり思えないのだ。

かくして時間の感覚を共にする仲間を見つけたフェルンは、何やらとんでもない事を言い出した。

 

「とにかく、そんなに待ってられませんし。関所を越える手段を探しませんか?きっと何かあるはずです」

「……そうだな、なんかあるだろ。商人用の交易ルートとかさ。聞き込みに行こうぜ。フリーレンも手伝ってくれよ」

「えぇ……魔法店行きたい……」

「フリーレン様?」

「……わかったよぉ」

 

私の楽しい魔法店巡りの予定が……と一瞬思ったが、しかしよく考えればそう悪い事でもない。

なぜなら経験上、たかが旅人の浅知恵程度で越えられる関所などない事を私は知っている。

商人にしたってそうだ。私人には変わりないのだから、やはり例外など認められるはずもない。

例外があるとすれば、それこそ勇者くらいのものだが……当然私たちは勇者ではないのでこれに該当しない。

 

なのでやる前から失敗するに決まっているのだが、まあそれを身をもって学ぶのも勉強かな。

それにそうやって調べてもダメなら、流石に諦めるだろう。その後は大手を振って、私は趣味に没頭できる。

そう考えて、渋々受け入れたふりをしつつ、いくつか条件を言っておく。

 

「しょうがないから、手伝うけど。流石に今日の日暮れまで尋ねてダメなら諦めてよね」

「それは……まあそうですね。いつまでも調べてても仕方ないですし」」

「あと調べてダメだったら明日1日、2人とも私の魔法店巡りに荷物持ちで付き合って。私も手伝うんだからそれくらいはいいよね」

「別にそれくらいするけどさ。なんかやる前から諦めてないか?」

「……そんなことないよ。ほら宿が見えてきたから、とにかくまずは宿を取るよ」

「誤魔化しましたね。フリーレン様」

 

なぜか私の嘘を見抜くことに長けているフェルンにはあえて答えず、まずは宿に入って3人分の宿を取る。

そして荷物を部屋に置いたら、宿付きの食堂で早めの昼食を済ませた。

それから外に出る。徒労、もといやることに価値がある聞き込みの開始だ。

 

 

 

そうしてまずはシュタルクの提案通り、関所の封鎖中でも通行できる交易ルートなどがないか尋ねるため、商人ギルドへと向かう。

そしてその道中、シュタルクが関所の壁のほうを見ながらふと思いついたという口ぶりで話しかけてきた。

 

「あの壁、飛んで越えちまう訳にはいかないのか?飛行魔法でぱぱーっとさ」

「それができたら苦労しないよ。強力な結界が限界高度まで貼られてるから、飛行魔法じゃ越えるのは無理だね」

「まあそりゃそうか。飛んで越えられるなら、空の魔物が素通りだもんな。ってことは、登っちまうのも無理そうだな」

「登るって、どうやる気なんですかそれ。結界がなくても無理ですよ」

 

フェルンに否定されているが、もしかしてシュタルクは『体に触れているものを固定する魔法』の応用で手を壁に貼り付けて登る気だったのだろうか。

……どっちみち無茶だが。シュタルクは魔力が持つか怪しいし、私は腕だけであの高い壁を登れるほど肉体派じゃない。

でもアイゼンなら一度崖に手を打ち込みながら登る方法を試していたから、魔法なんかなくても登るだけなら可能かもしれない。

例によってハイターがドン引きしていた。

 

そういう他愛もないことを考えているうちに、商人ギルドに着く。

関所の封鎖中で暇になっているのもあるだろうが、門外漢の私たちでも快く応接室へと通してもらえた。

しかし聞けた話は、交易ルートは例外なく封鎖されているという案の上のものであった。

まあ、わかっていたことだがいきなり計画は頓挫した。よし、魔法店行こう。

 

「聞き込みは終わりだね。魔法店行っていい?」

「諦めが早すぎますよ。まだお昼にもなったばかりじゃないですか」

「そんなこと言っても、護衛付きの隊商すら許可されないって言ってたし。もう無理でしょ」

「いや、盗賊ギルドや闇市も当たってみようぜ。そういう連中なら、裏のルートを持ってるかもしれないし」

 

……裏のルートと気軽に言うが、それを使うという事は犯罪者になるという事なのがわかっているのだろうか。

捕まれば2年どころでは済まない牢刑になること間違いなしだ。私はそれでもそこまで困らないけど。

そもそもその辺のごろつき程度にそんなツテがあるとも思えないが、仮にあったとしても止めよう。年長者として。

そしてフェルンも私同様に危ないと感じたのか、疑問を言っている。

 

「流石にそれは危なくないですか?」

「大丈夫。俺ってけっこう強そうに見えるし、ハッタリも上手いんだぜ」

「悪人顔ですしね」

「うるせぇよ」

 

そういう話ではないと思うんだけどな。

そしてシュタルクは変なところで臆病なんだか勇ましいんだかわからない。

だいたい先入観を抜きにしても、彼は悪人に混じれるような雰囲気では全くないし。

額の傷やらで素人は騙せても、スレた相手には通用しないと思う……というのはとりあえず黙っておく。

仕方がないからもう少しついていってあげよう。……魔法店ほどではないが、闇市の品も気になるし。

 

そう考えながら、先行して裏通りに入っていく二人についていく。

道端で飲んだくれてる浮浪者に話しかけたり、闇市で訪ねて回ったり。

当たり前だがそんな事でロクな成果が上がるはずもないので、私は早々に闇市の品物物色へと目的を切り替える。

 

「フリーレン様。遊んでないで手伝ってくださいよ」

「ちょっと待って。この髑髏(どくろ)が気になるんだよね」

「そんなもの買ってどうするんですか……」

「盗賊ギルドはあっちだってさ。さっさと行こうぜ」

 

情報を聞き出してきたシュタルクに連れられて、更なる裏路地へと入っていく。

……なんだか、どんどん荒んだ雰囲気の場所に入っていく。

そういえばシュタルクは額の傷を使ったハッタリで情報を聞き出していたようだが、はたしてその信憑性は。

……その不安は残念ながら的中した。

 

「お前らバカだなあ、こんなとこにノコノコ入ってきてよ」

「とりあえず金目のもの出せよ。嫌なら命ごと貰うことになるぜ」

 

私たちに絡んできたいかにもなごろつきといった彼らの構成は、戦士崩れの男2人と盗賊(シーフ)崩れの男が1人。

まともな装備も整えておらず、彼我の実力差も見抜けない彼らはまさに「崩れ」としか言いようがない。

盗賊(シーフ)崩れの携えるナイフや戦士崩れの持つ斧といった武器はいずれも粗末なもの。

そして戦士崩れのうち一人に至っては何の冗談なのか上半身が裸だ。

あれでは一般攻撃魔法(人を殺す魔法)で殺してくれと言っているようなものだ。

 

そもそもまともな技能職なら、表の仕事に困らないのでこんなところで屯しているはずがない。

あえて悪徳を選んだ実力者は、こんな裏路地でこそこそ弱者を襲う程度には留まらない。

そういうわけで彼らの実力は知れていて、私たちにとっては何の脅威にもならない。

だからヘタに背中を向けるより適当に痛めつけてとっとと片づけてしまおう、と思ったのだが。

 

「やべえ!逃げよう!」

「ですね」

「えっ」

 

何とシュタルクたちは、まず逃走という手段をとった。

対人戦経験のない2人にとっては、十分脅威に映ったらしい。

一番背後にいた私を逆走した2人が追い抜いて、私だけが敵と相対する形になる。

しかし私は目の前の敵よりそれが予想外で、つい足を止めてしまった。

そしてその隙をついて、それなりに素早い盗賊(シーフ)崩れの男が私の腕を掴む。

 

「おい、仲間を置いてく気かよ!?」

 

私の腕を掴んだ男がそう叫ぶが……まあ別に困りはしない。

完全に油断していたわけではないので、とっくに魔力は纏い終えている。

この男の技量では、ナイフの刃を私に通せない。

あとは適当に杖なしで破滅の雷(ジュドラジルム)でも撃って……

そう思った瞬間にダンッと跳ぶ音がして、直後にその男の肩を包帯を巻いた腕が掴んだ。

 

「離せ」

「ぎゃっ!?」

 

即座に取って返してきたシュタルクが、男の肩をその剛力で掴んだのだ。

ベキと音がして、彼の握力だけで男の鎖骨がへし折れたことを悟る。

 

「何しやが…うわ!!」

「おわあ!?」

 

それで私の腕を放した盗賊(シーフ)崩れを、そのまま片手で戦士崩れたちの方へ向かって放り投げる。

突然仲間が飛んでくるのは予想外だったようで、彼らは受けも避けもできずに諸共もつれこんで倒れた。

その隙を逃さず、今度はシュタルクが私の手を掴んで走り出す。

 

「やっちまったよ!捕まったら殺されちまう!」

「……本気で言ってるの?それ」

「何がだよ!逃げないと!」

「……うわぁ」

 

私を連れて必死に逃げている彼は、あくまで本気のようだ。

並走するフェルンは思い切りドン引きしているが、それにも気づいていない。

その表情はかつてのハイターにそっくりだ、などと変なところで懐かしくなる。

 

 

 

……そうしているうちに、治安の目が行き届く表通りにまで戻ってきた。

走るのをやめて、3人で一息つく。

 

「はぁ、はぁ……流石にここまでくれば大丈夫ですよね」

「ああ……ごめん2人とも。やばいことに巻き込んじまった」

「まあもう裏路地には戻らないほうがよさそうだね。あんなとこには行かないほうがいいってわかったでしょ?」

 

怪しいことを承知で楽しむ程度ならともかく、情報を聞き出すにはああいう場所は全く向いていない。

嘘をつかれる可能性が高すぎるし、それによって余計な揉め事に関わるリスクが高すぎるからだ。

現にそうなったわけで、まだ大して聞き込みもしていないが既に切り上げ時だろう。

 

「そうだな……ていうか大丈夫かなあいつら。たぶん怪我させちまったけど」

「大丈夫でしょ骨の1本くらい。この前読んだ本によれば、人間には215本も骨があるらしいし」

「教会行けば治りますし。襲われた私たちが気にすることじゃありませんよ」

 

……フェルンはそういうが、彼らはたぶん表の教会になど来られはしない。

あんなところに普段からいるという事はおそらく訳ありで、大っぴらに出てこれる身分とは思えないからだ。

かといって魔物の脅威を自力で払いながら都市の外で過ごせるほどの実力もない。

考えようによっては最も弱者なのは彼らだ。どっちみち私たちの気にする事ではないので、2人には黙っておくが。

 

「それもそうか。……少し疲れたな。小腹もすいたし。なあ、なんか食ってちょっと休まないか」

「いいですね。でも、お店の当てとかあるんですか?」

「師匠とよく来た店があってさ。実は寄っておきたかったんだよな。そこに行こうぜ」

「アイゼンとね。じゃあ、行こうか」

 

気を取り直したらしいシュタルクがそう提案してきたので、乗っかってついていくことにする。

そうして少し歩いて着いた先は、エールの図柄が看板に書かれた酒場だった。

どうやら昼間は喫茶をやっているタイプの店のようだ。

そこの扉をくぐったシュタルクが、グラスを磨いている店のマスターに声をかける。

 

「マスター、久しぶり。元気してた?」

「……アイゼンの旦那と一緒にいた坊主か。大きくなったなあ」

 

久しぶりだというわりにはちゃんと覚えられてはいたようだ。それなりの付き合いはあったらしい。

そのマスターの向かいのカウンター席にシュタルクが座ったので、両隣に私たちも座る。

さて、何を頼もうか。……そう考えていたら、シュタルクが先に口を開いた。

 

「俺はジャンボベリースペシャルにするかな。また食いたかったんだよね」

「何それ。美味しいの?」

 

なんだか豪華そうな名前が出てきたので、思わず彼に質問する。

そうしたら、笑顔で答えてきた。

 

「でかくて甘くて美味いんだよ。そうだ、2人もこれにしないか?さっきの詫びも兼ねて、奢るからさ」

「じゃあ、そうしようかな」

「では私もそうします」

 

語彙は拙いが彼のお勧めのようだし、奢ってくれるらしいので、私たちもそれにすることにする。

それを聞いた彼が、マスターに注文した。

 

「じゃあ3人分だな。マスター、頼むよ」

「あいよ。ちょっと待っててくんな」

 

そう言って、店の裏にいったん引っ込むマスター。

少しして、お盆の上に3つの容器を乗せて戻ってきた。

そしてその容器を私たちの前にとん、とん、とんと置く。

 

容器にはベリー色のアイスクリームに、各種ベリーがあしらわれ、艶やかなベリーソースのかかったパフェが乗っている。

なるほど確かに甘くて美味しそうだ。しかし。

 

「ちっさ」

「こら。失礼だよ」

 

……フェルンにそうは言ったが、どう見てもでかくはない。

一口サイズとまではいわないが、せいぜい食後のデザートのサイズだ。

どういう事かなと思ってシュタルクを見ると、何やら感慨にふけっている。

 

「懐かしいなあジャンボベリースペシャル。前来た時はガキだったから食いきれなくて、師匠と分けたんだよな」

 

どう見ても分け合うほどのサイズでもないのだが、と思って聞いているうちに彼の言葉が続く。

 

「……でもこんな小さかったっけな?」

「そいつは坊主が、大人になっちまったからだぜ……」

 

マスターは涼しい顔でグラス磨きに戻っている。

……まあ、そういう事だろう。私にも覚えはある。

時の流れは無情に、一部の食べ物を小さくさせるのだ。

 

仕方がないので、フェルンと一緒に小さいパフェに手を付け始める。少なくとも味は期待通りに美味しい。

シュタルクもとりあえず納得したようで、自分のパフェに手を付けながらぽつぽつと呟く。

 

「そうか。俺が大人になったからか。あれだけ広いと思っていた師匠の背中もいつの間にか小さくなってたしな……」

「……アイゼンはドワーフだから、元々小さいけどね」

「それにフリーレンも小さくなってたし、そういうもんなのかもな」

「……変な納得の仕方をしないでほしいんだけど」

「そうですよ。何考えてるんですか」

 

そうやって謎の比較を始めた彼をフェルンと二人して咎めると、「ごめん」と素直に謝った。

その空気を変えようとしたのかはわからないが、涼しい顔を崩さないままのマスターが口を挟んできた。

 

「アイゼンの旦那ももう歳だ。ちゃんと親孝行してやれよ」

「……その最中だよ」

「親孝行って、なんかしてたっけ」

 

シュタルクの言葉に、つい疑問を言ってしまった。

まあ親代わりの師匠の立場からすれば、弟子が元気でいてくれるだけで孝行と言えば孝行なのだが。

私にとってフェルンがそうなように、アイゼンもきっとそうだろう。

そう思っていたが、シュタルクが説明を始めた。

 

「知っての通り、師匠は寡黙なんだけど。唯一饒舌になる時があって、それは10年間の旅の話をするときだったんだ」

 

まあ、それはよく知っている。アイゼンは基本的に、あまりお喋りなタイプではない。

しかしシュタルクに昔話を聞かせる時は饒舌だった。……私について、いらない事までよく話すくらいには。

 

「師匠の人生に比べれば短い旅だったろうに、そんな旅の思い出を師匠は何よりも大切にしてた。フリーレンもそうだろ?」

「まあね」

 

言われるまでもない事だ。その10年の旅があったから、今の私がいる。

 

「でも師匠はそんな旅はもう出来ない。だから代わりに俺がして、師匠に土産話を持って帰りたいんだ。沢山の、下らなくて楽しい旅の話をさ」

「そんな事、考えてたんだ」

 

確かにアイゼンは喜ぶだろう。あれで人の話を聞くのが嫌いな性格ではないし。

ましてや可愛い弟子の話だ。十分に、親孝行にはなるだろう。

そう考えて彼に笑いかけたら、彼も笑い返してきて、続く言葉で話を締めくくった。

 

「だからあんまりのんびりしてる暇はないんだ。師匠が死んじまう。3年もあの村にいた俺が言うのもなんだけどさ」

「……シュタルク様が関所を越えることにとても協力的だと思ってましたが、そういう理由だったんですね」

 

フェルンも穏やかに笑っている。

ハイターへの恩返しがしたいからという理由で、厳しい魔法の修行を乗り越えたフェルンには、大いに共感するところがあるのだろう。

とはいえ、私と同じ長命種のアイゼンがそうすぐ死ぬとは思えないが。

高齢とはいえ、私の知る他のドワーフにはもっと年上もいるし。という気持ちを、つい口に出す。

 

「まあアイゼンはそんなすぐ死なないと思うから大丈夫だよ。なんならシュタルクより長生きするかもよ」

「……確かにそうだけど。空気読もうぜ」

「そうですよ」

 

失言だったようで、2人から軽く注意されてしまった。

……3人ともパフェを食べ終わったし、そろそろ席の立ち時だろう。

そう考えて、シュタルクに今後の予定を尋ねる。

 

「それで次はどうするの?聞き込みはもう終わり?」

「いや、最後に衛兵の詰め所行ってみようぜ。ダメもとで頼み込んでみよう」

 

そう言ってシュタルクが代金を置いて席を立ったので、私たちもそれに続く。

あくまでとことんやるつもりらしい。まあそのほうが気もすむだろう。

そして扉の方に向かいながら、彼がマスターに別れの挨拶をする。

 

「じゃあなマスター。そのうちまた来るよ」

「ああ、達者でな」

 

……そんな風に言ってシュタルクは扉をくぐったが、この都市に暫く留まることになったらどうする気だろう。

またすぐ店に来たらちょっと気まずいと思うのだが、とは一応口にしないまま彼の後に続く。

まあ一応、まだ衛兵の詰め所に行くまではわからないが……と思いながら店を出て、すぐに立ち止まる。

 

なぜか当のシュタルクが道の方を見て、立ち止まっているからだ。

何やってんのさ、と思いながら彼の視線の先を見ると、そこには衛兵の一隊がいた。

その前には、この都市に来て最初に話した衛兵隊長と、年配の貴族らしき男がいる。

そしてきっとこの都市そのものの責任者だろうその男は、何やら衛兵隊に指示をしている。

 

「いいか。銀髪のエルフで小柄な女性だ。彼女を見つけたら私か隊長に報告しろ。彼女は……」

「城代。あれを」

 

……何か知らないが、私を探しているようだ。なんで?

そう疑問に思って、即座に隠れようとしたがもう遅かった。

並みはずれた長身ゆえに視界が広いらしい衛兵隊長の男が、こちらに気づいて指さしている。

……そして城代と呼ばれた男と二人で、こちらに近づいてくる。

 

「ちょっと待ってくれよ。何だか知らないけど、フリーレンが何したって言うんだ」

 

しかし先に、私の前にシュタルクが立ちはだかった。それでこそ前衛だ。

ただしそれでも寄ってくる2人の勢いは止まらない。そのまま近寄ってきて、そして。

 

「「申し訳ありませんでした!!フリーレン様!!どうかお許しください!!」」

 

……二人で大声でそう叫んで、片膝をついた姿勢になった。

……ものすごく嫌な流れな気がする。

 

「……失礼しました」

 

そして勘違いだったと思ったらしいシュタルクが、私の前からスッとどいてしまった。

ちょっと待って失礼しないで。

……という暇もなく、シュタルクのどいた場所まで2人が膝をついたままにじり寄る。

嫌な予感しかしないが、私が応対するしかないらしい。

 

「えっと……一体何なの」

「衛兵隊長が無礼を働いたそうですな。この街の城代として謝罪いたします」

「いや……全然気にしてないから。この人は衛兵の仕事をしただけだし……」

「聞けば、関所をお通りになりたいとか。この者以外にも商人ギルドの方から、報告が上がってきましてな」

 

……ギルドを訪問したときに馬鹿正直に名乗るのではなかった。

この隊長が報告を上げていたのなら、どっちみち同じ流れだったかもしれないが。

とにかく嫌な流れだ。なんとか修正しなければ……

 

「そうだけど、そんなに急いではなくて。むしろのんびりと……」

「北側諸国は今も魔王軍の残党に怯えていると聞きます。それを憂えて北側に旅立とうとは、その志はまさに英雄の如し」

「ちょっと、話を……」

「きっと北側諸国の皆も喜ぶことでしょう。関所はどうぞご自由にお通りください」

 

……何も貴重なものを買っていなくて良かったかもしれない。

手に持っていたら、きっとショックで落としてしまっただろうから。

 

 

 

その日の夕刻。魔法店にて。

 

「これは……良質フランメ偽書10点セット。ここまで揃ってるのは貴重だ。買いだね」

「……なあフリーレン。ちょっと買いすぎじゃないのか」

 

……結局あの後、あれよあれよと話が進み、明朝には関所を開けてもらって旅立つ流れとなってしまった。

なにやら街中に知らせてセレモニーまで行うとか言っていた。とても予定を変えてもらえそうもない。

 

つまり私の楽しい魔法店巡りの予定もパーになったという事で、そのことが悲しくて、ついグズり倒してしまった。

それを見るに見かねたフェルンが、他の買い出しは私がするから夕食までなら行ってきてもいいと言ってくれたのだ。

その弟子の心遣いをありがたく受け取ることにして、荷物持ちにはシュタルクを借りることにした。

単純にそのほうが楽だし、何よりシュタルクにはフェルンの付き添いとは違う利点がある。

 

「わかってないな。こういう貴重なものは、次に手に入る保証はないんだよ。だから今手に入れておかないと」

「……全部一緒に見えるんだけど。何が違うのこれ」

「これだから素人はダメだね。もっとよく見ないと。まずこれ、本の表紙に線が入ってるよね」

「うん」

「こちらは線が2本。こっちは3本。そこのはあえて線なし。全然違うでしょ?」

「……うん?」

「わかった?じゃあこれ持ってね。全部」

「えぇ……まあわかったけど」

 

こうやって丸め込んで、買いたいものを買うことができるのだ。フェルンではこうはいかない。

あと単に力持ちだから、どんどん腕の中に荷物を置いても苦にしない。

そんな風にいいように使われているシュタルクだが、なぜか微笑んでいる。

それが気になったので、つい聞いてみる。

 

「ねえ、何で笑ってるの」

「……いや、フリーレンが楽しそうだからさ。釣られてだよ」

 

変な事を言うものだ。まるで……ヒンメルのような。

たぶん二人とも優しいからだろうが……そんな優しさに付け込んでいいものだろうか。

……ほどほどにしておこう。

 

「……次の店で終わりにしようか。行こう」

「ああ」

 

 

 

そうやって急ぎながらも目についた欲しいものはあらかた買って、宿に戻って、夕食前。

私たちは、2人してフェルンに怒られている。

 

「買うにしてもせめて手に収まる程度の量にしてくださいって、私言いましたよね」

「いやほら……シュタルクの手には収まってるから」

「屁理屈こねるなって前にも私言いましたよね」

「ごめんて……」

 

そうして私を叱ったのち、矛先がシュタルクに向く。

 

「シュタルク様も。どうして早めに止めてくださらなかったんですか」

「止め時がわかんなくて……あとなんか楽しそうだったし」

「フリーレン様を過度に甘やかさないでください。わかりましたか?」

「ごめんよぉ……」

 

……結局夕食までの時間は、フェルンにお叱りを受けることになってしまった。

次はもう少し気を付けようと思う。なるべく。

 

 

 

翌朝。関所の門へ続く道。

紙吹雪が舞い、見守る人々の歓声の中を私たちは歩く。

 

「……こんなに簡単に通れるだなんて。初めからフリーレン様の名を出していればよかったんじゃないですか?」

 

フェルンはそう言うが、こうもあっさり通ったのにはおそらく政治的な都合もある。

北側での魔物の活発化。魔王軍残党の暴挙。

中央諸国側には責はないとはいえ、そのせいで長く滞る北側との通行と流通。

向こうに援軍を送るのも、要請されていないのなら単に越権行為であるので簡単ではない。

事前に根回ししたとして、そもそも別の土地に軍を派遣するというのは膨大な手間と予算がかかる。

気軽に取れる手もなく、ただ民の不満だけが溜まっていく状況。統治側としては、さぞかし頭を悩ませていただろう。

 

そこにのこのこやってきたのが、元勇者一行の魔法使い。私だ。

何と関所を通りたいと言っているらしい。まさにうってつけだ。

その北側へと旅立ちたい私の素性と目的を、民衆へと過大に喧伝し、盛大に送り出す。

そうすれば、まるで北側の問題を解決するために何か手を打ったように見えるというわけだ。

 

……実態としては、今の私は自分の目的のために旅をするだけの者にすぎないわけだが。

だからそんな政治的思惑など実際こうなるまで頭には入れていなかった、という気持ちを言葉に変える。

 

「言っても無駄だと思っていたんだよ。ゆっくりしたかったのに……」

 

そして他の本音もつい出てしまった。ので、取り繕うために言葉を続ける。

 

「それに私こういうのあまり好きじゃないんだよ。こんな光景、落ち着かないでしょ」

「俺は見れてよかったと思ってるぜ。師匠もフリーレンも、こんな感じで北側に旅立ったんだな」

 

そんなふうに返してきたシュタルクの目は、どこか遠くを見ているようだ。

かつて旅立った時、私はヒンメル達の背中を見ていた。……今は私が先頭だ。

連れられる旅でなく、連れて行く旅。それは、あるいはここからが本番だろう。

 

「……そうだね」

 

そんな気持ちを直には口にせず、短く返答だけして、開いた関所の門へと進む。

しかし、それにしても。

 

「あーあ……魔法の研究、したかったなあ……」

「まだ言ってる……」

 

ついそんな愚痴を言って、フェルンに呆れられながら3人で門をくぐる。

こうして私たちは、北側諸国へと入ったのだった。

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