葬送のIFリーレン~道を曲がってしまったエルフとその影響について~   作:無名

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6.開放祭

勇者ヒンメル、僧侶ハイター、戦士アイゼンとの旅の途中。

いつかどこかの場所。

 

「しかしこうも偽物しかないと、本物のフランメの著書が実在するのかもわからなくなりますね」

「人類の魔法の開祖。フランメ自体がおとぎ話のようなものだ」

 

その日受けた討伐依頼の報酬に貰った、大魔法使いフランメの著書……の偽物。

フランメの著書に本物なし。これまで市井に出回っているものは全て偽物だが、その前提で言うなら中々のものだった。

しかしそれを眺めていた私に、ハイターとアイゼンの二人はそういった感想を寄越した。

 

「おとぎ話か。そうだね。それだけの年月が経った」

 

大魔法使いフランメ。……私の師匠(せんせい)

彼女を見送って、もう900年近く。きっと人間の時間感覚でいえば、とうに真偽も怪しい歴史の記録に残るのみの人物。

私はまだ、あの人の声もまなざしも、思い出せるというのに。

 

「あの人の顔を覚えているのは、たぶん私だけだ……」

 

この時はそう、答えたんだったか。

今思えばこれは正確ではない。……あと1人、きっとあの人の顔を忘れていないだろう人物の心当たりはある。

でも、そのどちらもが万一死ぬか忘れてしまえば、師匠(せんせい)の正確な痕跡は消えてしまうだろう。

無論私は忘れる気などない。ないが……一体いつまで、正確に覚えていられるのだろう。

そしてこれは誰が悪いという話ではない。ただそういうものだというだけで、避けられないものだ。

 

そんな風に考えて俯いていた私を、隣で歩くヒンメルが見ている。

でもこの時の私は、彼が私を見ていることを特に気にしていなかったはずで。

じゃあ彼の表情までわかるような、この記憶は、いったい…………

 

 

 

「……朝か」

 

そこで、目が覚めた。

 

──勇者ヒンメルの死から28年後。

北側諸国 エング街道付近の森。

 

二重の意味で、懐かしい夢を見ていた。

きっとここ暫く、この前ヴァールで手に入れたフランメの偽書を読んでいたからかもしれない。

偽書であっても、出来のいいものは案外バカにはできない。

偽物なのに、師匠(せんせい)を彷彿とさせるほどのものすらある。

そのせいだ、きっと。と思いながら、今の旅仲間2人の方へ目を向ける。

 

「……フリーレン様が早起きしてる!!」

「……本当だ。すげえ、初めて見た」

 

毛布にくるまったまま、開けたばかりの目で見る2人。

その1人のフェルンは驚いて皮を剥いていた芋を取り落して、

もう1人のシュタルクは、スープを掻きまわしていたお玉の手を止めたようだ。

そしてそのまま作業をいったん止めて、私の方へと寄ってきた。

 

「年に1回くらい、あるんですよこういう事が。こういう時はしっかり褒めないと」

「そうだな。朝飯でも食べさせてあげるか。スープがちょうどいい感じだぜ」

 

そういう2人に連れられて、ちょうど座りやすい感じの岩に腰かけさせられた。

なんだか敬われている感じがして、悪い気はしない。

 

「お食事のお世話は私がやります。シュタルク様は……肩でも揉んであげてください」

「そう?わかったよ」

「優しくですよ。砕かないでくださいね」

「そんなことしねえって。肩揉みは割と得意なんだ」

 

一瞬フェルンの不安になる注意が聞こえたが、実際揉み始められてみると。

なるほど、上手だ。丁度いい力加減で、野営で凝り固まった肩が揉み解されていく。

 

「……言うだけあるね。気持ちいいよ」

「だろ?師匠にもよくやってあげてたんだけど、けっこう喜ばれたんだよな」

 

アイゼンと私では、たかが肩揉みでもだいぶ必要な力が変わる気はするけども。

まあそれを含めて得意という事だろう。案外器用なほうでもあるようだ。

そう考えながら、フェルンが口に運んでくれたスープを口にする。普通に美味しい。

これもアイゼンのところで食べた味付けによく似ているので、たぶんシュタルクが味付けしたのだろう。

地味ではあるが、フェルンとの2人旅よりも料理のバリエーションが増えるのは、ささやかな旅の楽しみになるのでいい事だ。

 

……そうやって二人にちやほやされてすっかり気分が良くなって。

おかげで朝食が終わるころには、今朝の夢の事はいったん思考の隅に追いやられていた。

 

 

 

そして朝の身支度を終えて、旅を続けるべく街道に戻ってからのこと。

しかし直近の町に続くその崖沿いの街道は、土砂崩れで埋もれてしまっていた。

その土砂崩れを、私たちは今3人がかりで撤去している。

たまたま同じ町へと帰る途中の行商人と遭遇し、その彼から土砂撤去の依頼を請けたからだ。

どうせついでの事だし、報酬も悪くない。それにヒンメルならきっと迷わず受けるタイプの依頼だ。

 

しかしフェルンと私が魔法で土砂を運んでいるのに対して、シュタルクは手作業になる。

肉体労働としては彼のみ負担が大きいので、文句の一つくらいは出るかと思っていたが、意外と何も言わない。

なんとなく気になったので、商人に貸し出されたシャベルでせっせと土砂を運ぶ彼に声をかけてみる。

 

「ねえ、大変じゃない?大丈夫?」

「全然。余裕だよ。それにこういう人助けはよくやってたって昔言ってたろ?仲間になる時に覚悟してたよ」

 

……そういえばヒンメル達との旅の話を昔にしていた時、こういった細かい人助けの思い出についてもちょくちょく話した覚えはある。

アイゼンはそういった細かい話にはそこまで積極的でなかったので、もっぱら話すのは私だったが。

わかりやすい冒険譚も勿論食いつきが良かったけど、案外シュタルクはそういった小さな人助けの話も真面目に聞いてたっけ。

 

「シュタルク様。こちらを手伝っていただけませんか」

「はいはい」

 

そう考えているうちに土砂の山を隔てた向かいにいるフェルンに呼ばれて、シュタルクはそちらに行った。

そしてフェルンと話す声が聞こえてくる。

 

「シュタルク様はこの辺りをやっていただけますか?私はこちらをやりますので」

「…………」

「シュタルク様?」

「……なあ、そのシュタルク様ってのやめない?落ち着かないんだ。手紙の話で聞いたけど、確か歳も同じだったろ?」

「……そういえば私も昔、フリーレン様から同い年だという話を聞きましたね。……誕生日はいつです?」

「誕生日?……えっと」

「何で自分の誕生日で悩むんですか……」

 

そうフェルンに呆れられているが、なんとか自分の誕生日を思い出したらしいシュタルクが日付をフェルンに告げた。

お返しにフェルンのほうも自分の誕生日を教えて、それから言葉を続ける。

 

「少しですけど、シュタルク様のが歳上ですね。ですから敬語のままでも問題ないのではありませんか?」

「たった数か月だろ?殆ど変わらないだろ。それに俺だって歳上のフリーレンに敬語なんて使ってないしさ」

「そこは納得してくださいよ。というか歳の話を先に始めたのはそっちでしょ……面倒くさいなこいつ……」

「面倒くさいって言った!?酷い!!」

 

……なんだかよくわからない事で揉め始めた。

フェルンはもっともらしい理屈を言ってはいるが、おそらく敬語調以外の話し方に余り慣れていないだけだろう。

それは側にいたのがハイターと私だったから仕方のない事だ。

だからまだ余り親しくないシュタルク相手にだけ話し方を切り替えるのが億劫なのかもしれない。

 

しかしこんなことでケンカをしては本末転倒だ。所詮話し方など仲間内ではどうでもいい事だし。

例えば様付けこそしないとはいえ、ハイターは私たち相手でも基本的に敬語だった。だからといって私たちの仲が悪かったわけではない。

シュタルクは仲間に敬語で話されるのが座りが悪いのかもしれないが、まあそういうものだと思えばそのうち慣れるだろう。

そう考えたので、作業の進み具合という適当な口実で仲裁しておくことにする。

 

「ねえ、そっち側は進んでる?」

「シュタルク様。急ぎますよ」

「……はい」

 

 

 

そのあとは、特に問題も起きずに作業は順調に進んだ。

無事に道から土砂を取り除き終わり、行商人の老爺から報酬を受け取る。

そしてその流れで、彼に町まで案内してもらえることになった。

その好意を受け取ることにして、連れ立って歩く途中、ふと彼から話しかけられる。

 

「しかしエルフですか。長く生きてきましたが、生まれて初めて見ました」

「まあ珍しいからね」

「そういえば、フリーレン様以外のエルフって見た事がありませんね」

 

老爺は長く生きてきたというが、100年にも満たない時間だろう。

フェルンに至ってはたった17年。その程度では会ったことがないのもまあ当たり前だ。

私ですら、最後に同族に会ったのは400年以上前。そのほかでも数えるほどしかない。

毎日同族の顔を見られたといえるのは、それこそ1000年以上前のまだ私の村があったころしか覚えがない。

 

そのうえ魔王が私たちを滅ぼしにかかったせいで、今やエルフといえば希少も希少になってしまった。

そして私たちエルフには生殖本能や恋愛感情というものが欠落しているらしい。だから減っても増えないのだとか。

そのせいで私たちは緩やかに絶滅していっているのだと思う。案外、終わりは近いのかもしれない。

そういった話を掻い摘みながら老爺とフェルンにしていたら、一番前を歩いているシュタルクがぽつりと呟いた。

 

「……なるほどな。色々納得がいったよ」

 

何かを納得されたようだ。聞いてないようで聞いていたらしい。

……まあ実は、よく知った風に話してはみたものの伝聞と推測が混じってはいるのだが。

そもそも生殖本能や恋愛感情って具体的に何なのかがよくわからない。それこそがエルフの特性なのだろうか?

実際どこまで正しいのか調べるにしても、もはや検証できるほどの数は残っていない。

 

まあ少なくとも一応村があったのだから増えなくはないはずで、単に種族丸ごとやる気がないというだけの話かもしれない。

昔に、私たちは大事なことを100年後にやってもいいし1000年後でも支障はないとか言っていた同族の事を思い出す。

それで滅びかかっているとしたら笑えないのだろうが……私自身、特に危機感が持てないのでたぶんどうしようもないのだろう。

 

 

 

……そうやって内心で考えているうちに、町の入り口が見えるところまで来た。

そこには何やら商人らしき者たちの馬車が並んでいる。ただの町にしては、賑わっている光景だ。

 

「馬車が並んでいますね」

「ありゃ商人だな」

 

フェルンとシュタルクも同じような感想を抱いたらしく、そう話している。

そんな私たちに、老爺から説明がされた。

 

「今夜は開放祭ですから。今日は勇者ヒンメル様御一行が、この地域を支配していた魔族を討伐してくださった日です」

「そんなこともあったっけね」

 

確かにこの地域で、ヒンメル達と一緒に魔族を討伐したことはあった。

かなり古いタイプの魔族で、人型から相当かけ離れている奴だったのでそれなりに印象深い。

魔族の特性上、長く生きているという事は実力も一定以上という事で、なかなかの激戦ではあった……

 

……などと私がそんな風に考えている間にも、老爺は説明を続けている。

曰く、その魔族が討伐された日を祝って、町の中央広場にあるヒンメルと私たちの銅像を飾り付けて祭りをするのだとか。

それはなんだか大げさだな、と感じたのでそのまま口に出す。

 

「人間は大げさだね。なんでもかんでも祭りにしたがる」

「魔族が倒されたのはもう80年以上も前の事です。人間にとって、何かを忘れ去るのに十分な時間です」

 

…………。

 

「それでも───この日だけは皆、ヒンメル様たちの事を思い出すのです」

 

 

 

…………それからあれこれ考えていたら、あっという間に夜になってしまった。

町はすっかり、お祭りの様相で賑わっている。

そして中央広場にある私たちの銅像は、花輪で飾り付けられていて。

それを囲んで思い思いに楽しむ人々の輪の中に、私たちも加わっていた。

 

「こうやって毎年のように、勇者ヒンメル様御一行の功績を称えるのです」

 

町まで一緒に来た縁で、この時も一緒にいた老爺がそう言ってきた。

特に答えを返さずに像を眺めていると、さらに老爺の言葉が続く。

 

「……そういえば貴方は、勇者様御一行のフリーレン様の像によく似ていらっしゃる」

 

本当に知らないのか、あえて知らないふりをしてくれているのか。

恐らくは後者だろう。老爺の前で思い切りシュタルクとフェルンが私の名前を出していたし。

ただ一般的にはもはやエルフの寿命の事すらよく知られていないようなので、ただの同名だと思われている線もなくはないが。

どのみち指摘しないほうが良いだろう。代わりに他の思いついた事を口に出す。

 

「これ、百年後も続いているかな?」

「この町が続く限りは」

「千年後は?」

「それはわかりませんな」

 

……まあ、それはそうだろう。結局、見届けられるのも私だけだ。

そんな答えにくい質問をしてしまったせいではないと思うが、

老爺はそこで「それでは私はここで。祭りをお楽しみください」と言って、離れて行ってしまった。

代わりに、フェルンとシュタルクがさっきよりも私の側に寄ってきた。

 

「……勇者ヒンメルの像はよくあるけど、全員揃っているのは初めて見るな。師匠までいるし」

「そうですね。ハイター様の像は聖都にもありましたけど、お年を召してからのものでしたし。若い姿のものは初めて見ますね」

 

2人にとっては、ヒンメル以外の像を見るのが新鮮な事らしい。

確かに、4人全員揃った像がある場所は割と珍しい。ぱっと思いつくのは、他には王都くらいだ。

大抵はヒンメルの像だけで、それは色んな場所にある。なんでそうなのか、2人に説明する。

 

「ヒンメルはやたらと像を作ってもらいたがったからね。私たちはそうでもなかったから、残ってないのは当然だよ」

「そういやなんか昔に言ってたな。拘りもあって、めちゃくちゃリテイクに時間かかったとか」

「僕のイケメンぶりをしっかり後世に伝えるために妥協はできないとか言ってたよ。そのせいで長くかかりすぎて、たまに職人のおじさんがブチギレたりしてたけど」

「……まあイケメンだとは思うぜ」

「ですね。それだけでそんなに像を作ってもらいたがる気持ちはわかりませんけど」

 

フェルンがそういうが、実際ヒンメルが言っていた理由はそれだけではなかった。

……実は昼からそのことをずっと考えていたのだ。でも、言葉は覚えていてもまだ意図を図りかねる事もある。

2人なら、わかるだろうか。

 

「ヒンメルは皆に覚えていてほしくて像を作ってもらうんだって言ってた。自分たちは私ほど長く生きないからだって」

「……それならわかる気がします。忘れられたら、きっと悲しいですから」

「あと一番の理由は、未来で私を一人ぼっちにしないためだって。おとぎ話じゃなくて、僕たちは確かに実在してたって事のためだってさ。よくわかんないよね」

「……よくわかんなくはないだろ。心配してたんだろ、フリーレンの事を」

 

ヒンメルが、心配。そのシュタルクの言葉を聞いて、思わず彼に顔を向ける。

それに対して何と言うべきかも定まっていないのに、つい思ったことを口にした。

 

「……心配って、何をさ」

 

私よりもずっと先に死んじゃうのに、という言葉は何とか飲み込んだ。

今更なのだが、こういう時にこれを言うべきではない気はする。

だが言わずともいくらか伝わってしまったのだろうか。

シュタルクもこちらを見て、真面目そうな顔で答えを返してくる。

 

「自分が死んだ後でも、少しでも幸せでいてほしいって……そう思ったんじゃないのか。だから思い出でもなんでも、何かを残そうとしたんだろ」

「…………」

 

……今度はとりあえずの言葉すら、出てこなかった。

そうやって私が無言になってしまったせいで、バツが悪くなったのか。

頭を掻きながら、シュタルクが誤魔化すような言葉を口にする。

 

「まあ俺なんかじゃ、勇者なんてすごい人の気持ちがわかるとも思えないし。合ってるかはわかんないけどさ」

「……合ってますよ。きっと」

 

私が黙っていたせいか、フェルンがシュタルクにフォローを入れてくれた。

たまに私にも見せるような、優しい微笑みだ。何か共感するところがあったのかもしれない。

 

そうやって私たちだけ、周りの喧騒と似つかわしくなく何だかしんみりした空気となってしまって。

それを変えようと思ったのか、フェルンが少し明るい調子で提案してきた。

 

「像を眺めるのもいいですが、せっかくのお祭りですし。私たちも何か食べませんか?あちらの屋台のお料理がおいしそうですよ」

「……そうだな。腹も減ったし、そうしようぜ。フリーレンも行くだろ?」

「……うん。行こうか」

 

 

 

それからは3人で、屋台の食事や飲み物を堪能しつつ、祭りを楽しんだ。

あとは宿に行って、宿付きの浴場で入浴して、よく眠って。

あっという間に翌朝になったので、出発の準備を整える。この町に長逗留する予定はない。

なので準備を終えたらそのまま宿を出て、昨夜の賑わいが嘘のように静かな町を、出口に向かって3人で歩く。

 

そうしているうちに出口に差し掛かったので、何とはなしに2人に声をかける。

ここはまだ北側諸国の入り口に近い町。まだまだ先は長い。

 

「よし、行こうか。目指すは北の果てだ」

「……そういえば、この旅の目的地ってまだ聞いてなかったな。どこなんだ?」

 

シュタルクに聞かれたのは、最終目的地の事だろう。

簡潔に返しておく。

 

「天国」

「そいつは楽しそうだ」

 

あんまり簡潔すぎて、冗談だと思われたのか。シュタルクは軽口のように返してきた。

……天国。魂の集まる地(オレオール)。そこに行けば、きっとヒンメルと話せる。

そうすればきっと、ヒンメルが言っていたことの意味が、シュタルクの言った通りかどうかもわかるだろう。

そして昨日見た夢の思い出の中で、師匠(せんせい)の事を考えている私を見ていたヒンメルの表情の意味についても。

 

……まああの表情も、今思えば。きっと私を心配してくれていたのではないかと推測はできる。

その推測が正しいとして、なぜ彼が私をそこまで想ってくれていたのか……私なりの答えを、彼に会うまでに考えておいたほうが良いだろう。

そう考えながら、以前より少し確かになったような足取りで、私はまた目的地へと足を進めていくのだった。

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