葬送のIFリーレン~道を曲がってしまったエルフとその影響について~   作:無名

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8.悔恨と追悼

勇者ヒンメルの死より28年後。

グラナト伯爵邸。

 

シュタルクとフェルンの2人が忍び込んだ時、夜間とはいえそこは妙に静まり返っていたという。

のちにそれは、魔族どもが邸内にいた者を皆殺しにしたせいと判明するのだが、その時の2人は知る由もなかった。

それで何の障害もなく、あっさりと伯爵のもとにシュタルクがたどり着いた時、伯爵はすでに魔族に捕まり、椅子に縛り付けられ拷問されていたそうだ。

私が襲われた一件で和平交渉が虚偽であると見抜かれた魔族どもは本性を現し、拷問で結界の解除法を聞き出そうという短絡的な行動に出たらしい。

そういった事情や子息がアウラとの戦いで死んだ件などを聞きつつも、シュタルクは伯爵を助け出そうとした。

 

……しかし縄の拘束が固く手間取っているうちに、リュグナーとリーニエという魔族2匹が戻ってきた。

貴族風の青年のようなリュグナーと、どこかの令嬢のような装いのリーニエだが……猛獣2匹が纏う血の臭いは、隠しきれていなかった。

 

「リュグナー様。鼠」

「グラナト卿。お知り合いで?」

 

2匹の魔族はそれを当然見咎めるが、大した興味もなさそうでもあった。

視線すらシュタルクに向けず、ただ伯爵にその関係性のみを問う。

そして伯爵はシュタルクを庇ったのか、無関係な冒険者であると説明してくれたそうだ。

 

「そうか。帰っていいぞ小僧。見逃してやる」

 

そう心底興味がなさそうに言われたシュタルクは、しかし退かなかった。

代わりに斧を構えだしたのを見て、リュグナーが問う。

 

「どうした?そこを退け。邪魔をするなら殺すぞ」

「やってみろよ」

 

それを言うと同時に、シュタルクが跳んだ。

リュグナーの視界から一瞬で逃れ、頭上を越え、その背後に着地して、斬りかかるべく斧を振り上げる。

しかしそれなりに実戦経験を積んだだろう魔族だけはあって、その動きに反応できないわけはない。

すぐさま背後に向き直り、あえて大げさな防御も回避もせずただ上体のみを逸らす。

薄皮を斬らせるようにして即座にカウンターを狙う意図だったのだろうが……そこで誤算が生じた。

 

「リュグナー様!そいつから魔力の…」

 

年の割に魔力探知能力に優れているらしいリーニエが、自分は距離を取りながら警告を飛ばそうとした時には、全てが遅かった。

ただ振り下ろしただけに見えた斧の軌道が僅かに伸び、しかしその差で深々とリュグナーの肩口を斬り裂く。

 

「…!?…ッ!」

 

予想外の深手と苦痛に驚愕で顔を歪めつつも、一拍遅れて撒き散らされたリュグナーの血が針のようになって前方へ降り注ぐ。

しかし遅い。一瞬リュグナーを怯ませたことで余裕を持って回避に成功したシュタルクは、既にリュグナーの側面に回っていた。

 

「この…!!」

 

傷口から2つに別れそうになる肩口をどうにか血で接着しながら、なんとかリュグナーはシュタルクに向き直る。

しかしこれも一拍遅い。その時には既にシュタルクが、斧を振り上げる態勢に入っていた。

シュタルクが背にした大窓から差し込む月明りが逆光になり、彼に遮られてできた影がリュグナーに迫る。

 

「来るな…」

 

それから後ろ足にたたらを踏んで逃れるようにしながら、リュグナーは血でできた大盾を展開する。

己の身に危険が差し迫ったリュグナーが咄嗟にしたのは、死なば諸共の反撃ではなく、保身に走った防御だった。

とても魔族らしく、アウラの部下らしい選択。……そしてその選択をした瞬間、リュグナーの命運は尽きた。

 

「っ!?…ふ」

 

血の盾を叩き割って、リュグナーの頭から股まで完全に両断する形で斧が振り下ろされる。

別たれた口と喉から最期の息のような音が漏れて、その後に2つになった体から魔族が死んだ証である粒子化が始まる。

……たった一手の読み間違い。見るからに戦士であるシュタルクが、何か魔法を使って自分の不意を突いてくるという想定外の事態。

その不利を覆せない形で、リュグナーという魔族の生涯は閉じた。

 

 

 

──断頭台のアウラを殺して少しのち。

グラナト伯爵領内の森に囲まれた平野。

 

「……そうやってあのリュグナーとかいう奴を殺したのか。随分うまくいったんだね」

「フリーレンが助言してくれたから、不意打ちできたんだ。それからあいつが立ち直る前に殺せた。それだけだよ」

 

シュタルクとフェルンがお互い補完しながら語る話を聞いて、リュグナーという奴が死ぬまでの顛末を自分の中で纏めた私は、いったん話を遮った。

どうも仕留めた本人であるはずのシュタルクの口は鈍いが、どこで見ていたのかフェルンは俯瞰で眺めていたらしく、戦闘の流れを補完するのに役に立った。

そしてその話を聞く限り、どうやら奴は、血を操る魔法とでも言うべき魔法を使う魔族だったようだ。

己の血しか操れなかったようなのは救いだが、しかし深手の傷を塞いだり攻撃にも防御にも使えたりと汎用性に富む魔法でもある。

もしもそいつが冷静な状態で己の魔法を駆使したならば、もっと厄介な事態になっていたかもしれない。

 

そう考えれば、シュタルクが不意打ちの利点を活かしきって仕留めたのは、よくやったというべきだろう。

その事は褒めようかと思っていたら、先にフェルンが口を挟んだ。

 

「アウラ相手にも使っていましたけど……シュタルク様、魔法が使えたんですね。知らなかったです」

「……そういや、フェルンには言ってなかったっけ。昔に私が魔導書の写しを渡した一つの魔法だけ使えるんだよ。『体に触れているものを固定する魔法』って言うんだけど」

 

この魔法の事はそういえば言いそびれていたことを、フェルンの指摘でふと気づいた。

フェルンに会ってから手に入れた魔導書の魔法は基本的に二人で共有しているのだけど、この魔法は違うからだ。

そしてシュタルクに再会するまで魔導書の写しを渡したことも半ば忘れていたので、シュタルクに魔法を教えた事もそういえば話していなかったのだ。

ともあれ、シュタルクが『固定』の魔法だけは使えることを知ったフェルンだが、しかしまだ疑問そうだ。

 

「騎士に斬りつけられた剣が動かなかったのはそれでですか。でもそんな魔法で、どうやってあの魔族の不意を突いたんですか?」

「……見せたほうが早いんだけど、俺はもう魔力が残ってないから……フリーレン、ちょっと右手広げて前に出してくれないか」

「こう?」

「そんな感じ。それと杖借りるぜ」

 

そう言って差し出した右手の指先に、シュタルクが借りた私の杖を置く。

そのままシュタルクの指示が続く。

 

「それで固定してみてくれ。あと左手の指先は、杖に被せるようにして固定して」

「やったけど、それで?」

「俺がやったのは、それだけだ。ただ杖じゃなくて斧で。そのまま普段やるのと同じように、全力で振り下ろしただけだ」

「……なるほどね。戦士なら、この魔法をこんな風にも使えるのか」

「2人で納得していないで、どういう事なのか私にも教えてほしいんですけど」

 

まだピンと来ていないらしいフェルンのために、解説をする。

つまりシュタルクは普段通りに斧の柄を握り込んで振り下ろすのでなく、振り抜く瞬間に指先で固定するように変えて振り下ろしたのだ。

すると指の長さの分だけ、斧の軌道が伸びる。それはたかだか10㎝程度が精々の、僅かな延長。

あまりに単純な手だが……しかし戦士の斬撃の間合いをそれだけ見誤るというのは、すなわち死に直結する。

杖を傍らに置きながらそういう風にフェルンに説明したあと、私個人としての率直な感想を述べる。

 

「こんな使い方、思いつかなかったよ。だって私たちがこんな事したら、反動で指の骨が全部折れかねないし」

「……シュタルク様は何ともないのですか?」

「この魔法が使えるようになってから、思いついてやり始めた時はちょっと指がしびれたけど。今は何ともないぜ。崖だって割れるし」

「えぇ……」

 

フェルンがドン引きしている。……まあ私はアイゼンで慣れているから、今更この程度では驚かないけれど。

しかしアイゼンは、この手の小細工をあまり好かないだろうと思い、ついそのことを聞く。

 

「アイゼンには何も言われなかったの?こんな手に頼るなとかさ」

「……そういうのは鍛錬はしておいて、実戦ではいざという時に奥の手として使えって言ってた。フリーレンならそうするだろうからってさ」

 

……意外なことに、柔軟な考えだったようだ。というよりは、私のやり方をアイゼンなりに評価してくれていたのだろうか。

考えてみれば、私の魔力制限に共通するところがある。こういう手は、下手に頭をひねるより単純なほうが案外効くものだ。

ただし、いざという時に通用するように普段から鍛錬しておく必要はある。シュタルクもそうしたらしい。

 

ともあれそれが功を奏して、リュグナーという奴は上手く殺せたようだが……話の中では、リーニエという奴がまだ1匹残っている。

しかもアウラが言っていたのとシュタルクたちの簡潔な説明によれば、こいつにはとどめを刺していないはず。

そっちの顛末も聞かなければいけない。改めてシュタルクたちに聞くことにする。

 

「まあリュグナーとやらを殺した経緯についてはわかったよ。もう1匹はどうしたの?無力化したって言ってたけど」

 

……そう聞くと、また2人がそれぞれ話始めた。

 

 

「……後ろががら空きだよ」

 

リュグナーをシュタルクが殺した直後のこと。その背後にはリーニエが魔法で出現させた斧を横に振りかぶって迫っていた。

……仲間であり目上の者でもあるだろうリュグナーが殺される前に助ける事より、確実にシュタルクの背後を取れる隙を窺う事を優先したのだ。

ともあれリーニエから見れば完全に無防備に思えたシュタルクの脇腹に、その凶刃が叩き込まれ───

 

「それはあなたもですよ」

「!?…また魔力の反の」

 

───なかった。窓の外から響いた声と同時に、音を立てて大窓のガラスが砕け散り、貫通した光線がリーニエが斧を持つ手をまとめて撃ち抜く。

そして慌てて振り向いた瞬間に、2発3発と続けざまに撃ち込まれた一般攻撃魔法が、リーニエの両足先を吹き飛ばした。

 

「あっ!あ…」

 

一瞬と表現していいだろう間に、武器を握る手も踏み込む足も失ったリーニエがその場に倒れ込む。

そしてリーニエを撃ち抜いた者……フェルンが割れた大窓から舞い降り、飛び散ったガラスをじゃりと踏みにじりながら、口を開く。

 

「シュタルク様、無事ですか」

「……おかげさまでな」

 

……敵の隙を窺っていた者は、リーニエだけではなかったのだ。

フェルンはいざという時のためにあえてグラナト卿の捕まっている室内に入らず、魔力を隠蔽して潜伏しながら窓の外で警戒していた。

それに気づかず、大窓に背を向けて致命的な隙を晒したリーニエを撃った。貫通した魔法をシュタルクに当てないよう、直線状から外れた手足だけを正確に。

 

そうして攻撃を受ける前にフェルンに助けられたシュタルクも、消滅したリュグナーへの残心をやめて振り返り、斧を構えたままリーニエへと向き直る。

またフェルンも歩み寄りながら、杖先を床に転がるリーニエへと向け続ける。

そうして2人に挟まれた形になったリーニエは、フェルンを睨んで恨めしげに呟く。

 

「魔力を隠蔽して攻撃するなんて、この卑怯者……」

「伯爵を騙そうとした上に拷問したあなた方に言われたくはありません。遺言はそれでいいですか?」

「待って。私には、家で待っている父上が……」

「……それが何のことか、言えますか?」

「……」

「ですよね。フリーレン様の言う通りでした。ただの鳴き声なんですね」

 

そうして魔族特有の鳴き声を一蹴して、フェルンはとどめの魔法を撃とうとしたらしい。

……しかしその前に、意外な人物から待ったがかかった。

 

「待て。そいつを殺さないでくれないか」

「……なんでだよ伯爵。こいつら、あんたを拷問したんだぞ」

「……そうですよ。まさか、情けをかけようとでも?」

 

それは椅子に縛り付けられたまま、この僅かな間に目まぐるしく変わった状況を眺めていたグラナト卿だった。

シュタルクとフェルンは当然驚き、それに抗議したらしい。

しかしそれに動じることなく、伯爵が説明をする。

 

「違う。そいつは捕虜にして、尋問したい。……アウラがどこにいるのか、他に仲間はいないのか、全てを聞き出さなければ。民の安全のためだ……」

「魔族は嘘つきらしいぜ。意味ないんじゃねえか」

「……やり方は、ある。2人残っていれば、より確実だったが……いずれにしても、それは領主()のやるべき事だ。冒険者(お前たち)に、責任はない……」

 

……もしも仮にその場にいたのが私ならば、この要請を無視してとどめを刺していた。

しかしまだ経験の浅い2人には判断できなかったらしい。脈ありと見た伯爵の言葉が続く。

 

「無理強いはできない。そもそも儂こそ、お前たちに助けられた身だ。……だが、引き渡してもらえれば助かる」

「……私たちだけでは判断できません。フリーレン様がいらっしゃれば、よかったのですが……」

「……あの脱獄した魔法使いのことか。フリーレン……まさか勇者一行にいたエルフの魔法使いと同一人物か?」

「そうだよ。知ってるのか?」

「だとしたら無礼な事をしてしまったな……グラナト家は勇者一行に恩がある。儂の爺さんの代にもアウラがこの街を襲ったのだが、その時は勇者一行に撃退してもらったんだ」

 

しかしエルフとは本当に年を取らないのだな、と独り言ちながら伯爵が話を纏めにかかる。

 

「わかった。ならば、そちらの結論は後で構わない。それまでこちらで一時預かりとさせてくれないか。無論、フリーレンがどういう判断をしようと彼女の無罪放免は保証する」

「……それでいいんじゃねえか。それより伯爵、さっさと手当てしに行こう。酷い怪我だぜ」

「私はこいつを見張っておきます。シュタルク様は伯爵を教会まで連れて行ってあげてください」

「すぐに人を寄越す。そいつは鎖で縛り上げたうえに格子に括りつけて、牢屋で拘束しておこう。結局殺すにしても、そのほうがやりやすいだろう?」

 

グラナト卿にうまく会話を誘導された形で、結論がまとまった。

シュタルクはリーニエの側を離れ、伯爵の拘束を解きにかかる。

そこで自身がこれから置かれる状況を悟ったリーニエが、腕に着ける刃を魔法で作り出し、抵抗を試みたが───

 

「がっ!?」

「次に何かしようとすれば頭を撃ち抜きます。伯爵もそれは構いませんね?」

 

───それを感知したフェルンが魔法を撃つ方が速かった。ドンという音とともに、今度はリーニエの右上腕が消し飛ぶ。

それを見た伯爵が舌を巻く様子で、フェルンに答えを返す。

 

「……ああ。当然だ。しかし凄腕なのだな……その若さで大したものだ……」

「フリーレン様の弟子ですから。それより早く行ってください」

「わかってる。……フェルン、気を付けろよ。そいつら、足がなくても飛べるらしいし」

「大丈夫です。この距離なら魔法を使う瞬間を見逃したりしません。私が撃つ方が速いですよ」

 

その言葉を聞いて、リーニエは完全に抵抗を諦めた様子で再び転がった。

しかし油断せず杖先を向け続けるフェルンを残し、伯爵を担いだシュタルクが教会へと向かう。

 

……それからは特にトラブルもなかったようだ。道すがら衛兵の詰め所に立ち寄った伯爵たちによって人が寄越され、予定通りにリーニエは拘禁される。

そして教会でとりあえずの応急手当のみ終えた伯爵と、シュタルクとフェルンはこれからどうするのかを話し合ったという。

 

それは尋問などするまでもなく、フェルンがただ一度聞いただけでリーニエがアウラの現在位置を喋ったからだ。

曰く、「どうせお前らはアウラ様に敵わない。今戦いだした、フリーレンとかいうのも同じ」ということらしい。

……普通の魔族には、自分の身を犠牲にしても仲間を庇うなどという発想はない。その対象が決して負けるわけはないと確信しているのならなおさら。

それでもある程度歳経た魔族ならば、情報の重要性くらいは経験則的に理解しているかもしれないが……リーニエは、まだそうでなかったらしい。

 

ともあれそれでアウラの位置と街を襲おうと向かってきていること。そして私が戦いだしていることを知った彼らは、対策を練る事にしたそうだ。

特に伯爵はこのあたりの地形に当然詳しく、28年も戦っているだけはあってアウラについてもかなりの知識を持っていた。

そして伯爵から情報を得て、シュタルクとフェルンは私の安否を確認するついでに斥候役をすることにしたという。

 

「儂は街の皆に警戒を呼び掛け、衛兵に指示をして防備を固める。……しかし、本当に2人だけで様子を見に行くのか?」

「アウラって奴は、人を魔法で服従させて操るんだろ。ぞろぞろ行っても、奴の思うツボになるだろ」

「様子を見るにしても、私たちだけのが都合がいいのです。大勢いると、おそらく接近に感づかれますから」

「……魔力探知というやつか。お前たちは大丈夫なのか?」

「私は既に魔力を隠蔽していますし、シュタルク様1人ならば森に入れば動物の反応と見分けがつかないと思います。……絶対とは言えませんが、見つかりづらいはずです」

 

フェルンがそう答えてなお、伯爵は心配そうだったらしい。そして申し訳なさげに口を開いた。

 

「……すまんな。一介の冒険者であるお前たちにこんな事をさせて。なんとか隙を見て、できればフリーレンも連れてここに逃げてこい。街の結界にさえ入れば、匿ってやれるはずだ」

「気になったんだけど、もし俺らが操られてたらどうするんだ?結界内で暴れるかもしれないだろ」

「それは大丈夫だ。大魔法使いフランメの結界とは優れたもので、魔族に操られた者の侵入すら拒むからな。この街がアウラの侵攻に耐えてこれた理由だ」

「なるほど。そりゃ安心だ」

「……逆に言えば、奴の魔法にかかれば、もう儂らでは救えんのだ。おそらくはアウラを殺せば解けると思うが……そんなことは不可能だろう。勇者ヒンメルですら、撃退しかできなかったのだから」

「それ、どうやったんですかね。いくらヒンメル様とはいえ、魔法が効かないわけではないでしょうし」

「単純だ。奴が魔法を使う前に、神速の速さで斬り伏せたと聞く。勇者だからこそできた事だろう。……他の者は、尽く失敗したよ」

「……すげえな。さすが勇者だ」

「他には鍛え抜いた者ならばその鋼の意思で一時的に支配に抵抗できるが……それは救いにはならない。むしろアウラは、その抵抗が邪魔だからと服従させた者の首を落とすのだから。惨い話だ……」

 

そこで更に言い聞かせるように、伯爵は言った。

 

「とにかく。お前たちは儂の部下ではないから命令はできないが、決して無理はしてくれるな。……お前たちは勇敢で有能な冒険者だが、騎士でも勇者でもないのだから」

「……わかってるさ伯爵。フリーレンでもダメそうなら、なんとか一緒に逃げてくるよ。その時は頼むぜ」

「フリーレン様なら大丈夫だと思いますけどね。……ではシュタルク様。行きましょうか」

 

そう言って、2人と伯爵は別れたという。

それからは、私も知っている通り。

上手くここに辿り着いて周囲の森に身を隠した2人は、私がアウラの軍勢に囲まれている様子を見て、ただ眺めているというわけにもいかず。

意外なことにシュタルクの発案で囮作戦を計画して、それで割って入ったということらしい。

 

 

……これで、とりあえず2人から聞き出すべき話は終わった。

しかし、面倒なことになったものだ。そのことをフェルンに注意する。

 

「2人とも、魔族は殺せる時に殺せって言ったでしょ。終わったことはもう仕方ないけどさ……」

「……すみませんでした」

「……伯爵には一度預けただけだぜ。殺すなら、戻ってからそうすればいいんじゃねえか」

「どうだか。本当に言う事を聞いてくれればいいけどね……ん?」

 

魔族への尋問など無駄だ。奴らは自分の基準で話してもいい事はすぐに話すだろうが、そうでない事には平気で嘘を言うだろう。

何より危惧すべきは、奴らに騙される者が出て反撃の隙を与えかねない事だ。奴らはそのために言葉を使うのだから。

 

リーニエとかいう奴は、武器を作る魔法のようなものを使っていたらしいが……

しかしそれだけでは魔族の使う魔法としては単純すぎるから、何か他の効果もあるかもしれない。生かしておくのは、危険すぎる。

戻ったら、すぐに殺すように言わなければ。事前の言葉の通り、それを聞き入れてくれればいいけれど。

そう思って、とりあえずそのリーニエの現在位置を確認するために長距離探知してみたのだが……

 

「フリーレン様?どうかしましたか?」

「……リーニエとかいう奴の反応が探知できない」

「死んだのか?……抵抗しようとして、伯爵たちが殺したのかな」

「だったらいいけど。……逃げられたのなら、厄介だね」

 

聞いた話の通りなら、リーニエには少なくとも街から10㎞離れたここまでアウラと私の反応を探知できる能力があるようだ。

どの程度正確に把握しているかは不明だが……私の魔力反応が、途中で大きく変わったことまで感知されてるのならば非常に厄介だ。

もっとも魔力制限の事を知られたとしても、木っ端の魔族ではアウラほどの影響力は発揮できないだろうが……全く軽視はできない。

 

……しかしここで悩んでも意味はない。伯爵からも話を聞く必要があるだろう。

フェルンたちは斥候として出てきたらしいし、向こうは向こうで報告を待っているはずだ。

そう考えて、そろそろ3人で歩いて街へ戻ろうと提案しようかと思ったところ……また別の反応に気が付いた。

数人ぶんの弱い魔力反応が、おそらくは馬車程度の速度で街の方角からこちらに近づいてきている。状況的に、これはたぶん。

 

「……どうやら伯爵側から、馬車でこっちに人を寄越してくれたみたいだ。しばらくここで待っていようか」

「リーニエの件ですかね。……しかし、伯爵はここに来るのは危険なことと思われているはずですけれど」

「2人が遅いから、追加の斥候を放ったのかもね。それにしては馬車で来るのは変だけど。……そういえば、2人は歩いてここに来たの?」

「私は途中までは隠蔽状態を維持したまま飛んできました。シュタルク様は、走ってました。飛行魔法より速く。……おかしくないですか?」

「……戦士なら普通だと思うぜ。大したことじゃない」

「普通だね」

「普通って何なんだろう……」

 

それからは特に話すこともなく、手持ち無沙汰になった。

なにか思う所があるのか、神妙な様子でシュタルクが祈り始めたので、3人一緒に死者の安寧を祈ることにする。

……そうしているうちに、馬車がこちらに到着した。祈るのをやめて、立ち上がってそれを迎える。

馬車の中からはなんと驚いたことに、数人の従者を伴って伯爵本人が降りてきた。

そしてあたりを見回して、信じられない事が起きたという様子で呟いている。

 

「……この目で見ても信じられん。しかし本当に倒したんだな。あの断頭台のアウラをたった3人で……」

「閣下。非礼を承知で申し上げますが、このようなところにお越しになられてよろしいのですか?」

「……フリーレン、話は聞いた。非礼を詫びねばならぬのは儂のほうだ。そのような堅苦しい言葉も不要だ。お前から見れば儂など赤子のようなものだろう」

「魔王討伐の旅立ちの時、痛い目にあったもので。……それでは遠慮なく」

 

無罪放免にするという話は聞いていたものの、今度は領主への非礼で捕まっては堪らないので畏まってみたのだが。

許しを得たので、言葉を崩すことにしよう。

そう考えるうちに、グラナト卿の言葉が続く。

 

「……それはさておき、重ねてお前たちに謝らねばならない事がある。こちらに身柄を一時預けてもらっていた魔族の事だ」

「そいつはすぐ殺すように言おうと思ったんだけど。……でもそいつ、もうグラナト卿のところにいないよね」

「話が早くて助かるな。……奴は自害したのだ。それを許したのはこちらの不手際だ。すまなかった」

「……私としては手間が省けていいけど。いったいなんで、魔族が自害なんか……」

 

予想外の答えに困惑してそう聞くと、伯爵は説明を始めた。

それによれば、伯爵たちが街の防備を固めていたところ、拘禁されたリーニエを見張っていた牢番から報告が入ったらしい。

曰く唐突に、「アウラ様の反応が消えた」「アウラ様が死んだ?……なんで。ありえない」などと言いだし、取り乱し始めたとのこと。

そうして最後には、「……もう無理か」とだけ言って、いきなり胸元に突き刺す形で剣を出現させて、止める間もなく自害してしまったという事だ。

ただ鎖で縛り付けていただけでは、魔法の使用自体は阻害できない。人を害する形では使えずとも、自分を害する事は止められなかったのだ。

 

……おそらくはアウラの死を感知したことで、自分が助かる可能性が潰えた事を悟ったのだろう。

そもそもアウラが生きていたところで不具と化したリーニエをわざわざ助けたかは甚だ疑問だが……一縷の望みというやつだったのかもしれない。

しかしだからと言って自害するとは。……面倒くさがりとか諦めが早いとリーニエを評していたアウラには、部下を見る目はあったのかもしれないな。

そして伯爵が自らここに来たわけもわかった。アウラが死んだということを、リーニエの発言から知ったからだ。

自害までして言うことだから信憑性は高いと踏んだだろうし……何よりも、自分の目で確かめたかったのだろう。

 

ともあれ懸念が消えたことに、胸をなでおろす。説明を終えた伯爵は、遺体の見分をしていた部下に声をかけられてそちらに向かう。

……どうやら、伯爵が一番探していたであろう者の遺体を見つけたらしい。シュタルクに腕ごと剣を取られた、グラナト家の紋章を付けた騎士の遺体だ。

その遺体の様子を眺める伯爵に、シュタルクが進んで声をかけに行った。私とフェルンも、その後に続く。

 

「すまない伯爵。その遺体、息子さんだろう。その人の腕は、俺がやっちまったんだ。全部俺のせいなんだ。本当に……すみませんでした」

「……何があったんだ?説明してくれないか」

 

とにかく謝ろうとしたのか、しどろもどろになりながら頭を下げるシュタルクに、あくまで冷静にグラナト卿が問いかける。

それからシュタルクは何とか事情を説明した。

自分もアウラに支配されて、自前の斧を捨ててしまった事。私にその魔法を解除された時、アウラが逃げ出そうとしているのが目に映った事。

咄嗟に武器を探して……一番近くで倒れていた遺体が握ったままだった剣を、解きすらせずに腕ごと持って行って、アウラに突き刺した事。

 

シュタルクがそう説明している間に、改めて千切られた腕とその手に握られた剣を眺めたが……状態は良いとは言えない。

おそらくシュタルクが鎧の手甲ごと剣を握りしめたせいで手がひん曲がっているし、無理やり地面に叩き込んだせいで剣の刃は刃こぼれだらけだ。

それを酷いと思ったのはシュタルクもなのだろう、そのことにも言及し始める。

 

「剣だって、俺のせいでぼろぼろだ。息子さんの形見なのに……」

「……これは息子の剣ではない。大方、アウラが別の者から奪って息子に持たせたのだろう」

「……そうなのか。でもとにかく俺の責任だ。……だから、処刑するのなら俺だけに」

「あのなクソガキ。何を勘違いしているのか知らんがな」

 

シュタルクの言葉を、伯爵が乱暴に遮った。

それから言葉を引き取って、話し続ける。

 

「儂はお前を責める気などない。勿論他の2人もだ。むしろこの上なく賞賛して、感謝しているよ」

「戦場跡を見ればわかる。激しい戦いだったのだろう。そのわりに遺体の損傷は驚くほど少ない。最大限、尊重してもらったことも承知している」

「そもそも……こう言っては何だが、亡骸が戻ってきただけでも僥倖なのだ。正直儂は、とっくに諦めていたよ。それを返してもらって、文句などあるものか」

「第一彼らは、北側諸国の英傑たちだ。息子も含めてたとえ腕どころか命さえ失っても、アウラを仕留められるならば、せめて一太刀浴びせられるならば、本望だったろうよ」

「……そしてそれは叶わず、体の自由を奪われ、アウラに首を斬られた。どれほど無念だったことか。……それを代わりにやってくれたのが、お前だ」

 

だからな、と言いながら伯爵はシュタルクの肩に手を置く。

 

「アウラと戦い続けた者の代表として儂が感謝する。よくやってくれた。お前は英雄だ」

「……」

 

伯爵にそう言われているのにも関わらず、なぜかシュタルクは黙り込んで俯いてしまった。

そのシュタルクを後ろに残し、伯爵が私たちにも声をかける。

 

「当然、そちらの2人もだ。英雄にふさわしいだけの褒美を取らせると約束しよう。まずは街に戻って、それから詳しい話をしようじゃないか」

 

それから伯爵は、部下に追加の馬車を手配して、全ての遺体を収容して丁重に弔うように伝える。

そして今ある馬車の席を空けて、私たちを送るようにも指示をした。

その厚意を受け取ることにして、馬車に乗って3人で街に戻る。

 

紆余曲折はあったものの、結局は大団円と言うべきだろう。

魔族どもは皆死に、私たちは誰も欠けていないのだから。

帰りの馬車に揺られながらそう考えた私は、2人に声をかけた。

 

「色々言ったけどさ……2人とも、私の予想以上だよ。街にいた2匹は危なげなく倒したし、アウラにすら対峙して、とどめまで刺した。本当によくやった。すごく偉いよ」

「ありがとうございます」

「俺は……いや、そうだな。ありがとう」

 

私が笑顔でそう言うと、フェルンは笑顔と礼を返してきたが……シュタルクはどこか浮かない顔のままだ。

一応の礼だけ返して、そのまま外の景色を眺めだしてしまった。

どうにも彼らしくない様子が気にかかったが……その場では聞けないまま、やがて馬車は街に着いた。

 

 

 

それから、夜が明けて。伯爵の屋敷で、正式に褒美を受け取る話をしたり。

アウラ討伐の報を伯爵から聞かされた町の人々に、英雄として遇されて。

街で食事を振舞われたり、途中で教会に寄ってシュタルクの傷も治療してもらったりもして。

その後は伯爵の屋敷で賓客として扱われて、数日ほど過ごすことになった。

 

とはいえ、私たちには特にやることもないので、必然的にその数日ほどは全て余暇を過ごすようなものになる。

何しろ今回の件に置いて、街中には一切の損害がなかったのであえて復興を手伝うようなことすら何もないのだ。

 

そもそもグラナト卿の内政手腕のおかげなのか、元々この街はアウラという外敵に悩まされていると思えないほど豊かではあった。

そのうえアウラ討伐の報を聞き付けた耳の早い商人まで駆けつけてきて、街中は更に活気づいている。

 

なのでここ数日、私とフェルンは主に街中を回って買い物をすることで時間を潰していた。

この街から先は、冬季の山脈を縦走して越えるという厳しい旅に臨む予定だ。

その道中には山奥の寒村に1回立ち寄るだけの予定なので、今のうちに買い揃えておくべきものはいくらでもある。

食料品については少しでも新鮮なほうがいいため、旅立つ当日の朝に買っていく予定ではあるが。

 

今日はフェルンが服……というか主に下着を買うというのでそれに付き合っていた。

今あるものはサイズがきつくなったとこぼしていたが……驚くべきことに、まだ成長が続いているらしい。

人間の歳で言っても、そろそろ止まってもいいと思うのだが。まあ言って止まるものではないので仕方がない。

ちなみに私はここ千年ほど特に変わっていない。成長期はいつ来るのやら。

……まあ寸法を覚え直さなくていいので楽ではある。

 

そんなわけで買い物に付き合うと言っても、私が買うものは早々に揃ってしまった。

冬用のもこもこした下履きとか、その程度のものを買ったら終わりだし。

何より豊かなこの街の店は既製品ですら数が揃っているので、同じものを揃えて買ったら一度で済んでしまった。

 

対してフェルンはというと……下着1着買うにしてもかれこれ1時間ほど悩んでいる。

そしてやっと1枚選んで買ったと思ったら、更に次の店に行って他のものを物色すると言い出した。

つい棚を指さし、「同じの何枚も買えばここで済むじゃん」「というか外から見えないから何でもいいでしょ」と言ったところ、

フェルンは私の事を理解できない生き物を見る目で見て、そのまま足早に次の店へと向かいだし、その場に残されてしまった。

 

……どうやら私は、これからの買い物(たたかい)についてこれないとフェルンに判断されてしまったようだ。

仕方がないので店を出て、適当にぶらつきながらフェルンの買い物が終わるのを待つことにする。

そうしてとりあえず街の中央広場に行くと……そこのベンチに、1人ぽつんとシュタルクが座っているのが目に入った。

 

 

アウラを討伐してからというもの、シュタルクの様子はどこかおかしいままだ。

一応表面上は普段通りに振舞おうとしているらしく、街の子どもたちと遊んだりもしていたのだけど。

しかしよく見ていると、時折暗い顔で黙り込んでいるときがある。普段が明るいので、一層目立つ。

子どもたちも敏感にそれを察したのか、徐々に纏わりつかれなくなったようだ。今もただ1人でぼうっとしている。

 

明日には街を挙げて、アウラの犠牲になった者への追悼式が行われる。それに参列した翌日には、旅立つ予定だ。

だから街にいる今のうちに彼の悩みを聞いたほうが良いかもしれない。どうせ他にやることもないし。

そう考えて、彼に声をかけた。

 

「横いい?」

「……フリーレン。フェルンと一緒じゃなかったのか?」

 

私に気づいたシュタルクがそう返事をして、ベンチの端へと寄った。

座っていいという事だと判断して、彼の横に座る。

 

「フェルンは買い物中。私はその間暇だから、シュタルクの話でも聞こうかと思って。何か悩んでるんでしょ」

「……まあな。そんなにわかりやすかったかな、俺」

「私でもわかるくらいにはね。それで子どもも寄ってきてないんじゃないの?」

「そうか……気を使わせてたなら悪い事したな。……アウラを倒したときの事で悩んでたんだ。ここのとこ、ずっと」

 

まあタイミング的に、そのことしかないだろうとは思っていた。

しかし何を悩むのかはよくわからないので、率直に聞いてみることにする。

 

「アウラはシュタルクがしっかり殺したじゃん。グラナト卿も仇を討ってくれたって褒めてたし。何か問題ある?」

「伯爵はそう言ってくれたけど……俺はそんなこと考えてなかった。あの時、俺はただ……怖かったんだ」

「怖かった、ね。……そういえばアゼリューゼに抵抗するとき、シュタルクはなんか丸まってたけど……」

「あいつも言ってたろ。抵抗するなら、普通は戦おうとするって。……俺はできなかった。自分の身を守るので精一杯になった」

 

意志の強い者なら抵抗できることから、服従させられても意識は失わないとは推測していたが……どうやら予想以上にはっきりしていたらしい。

……考えてみれば、シュタルクはアゼリューゼで服従させられてなお生還した最初で最後の人物という事になるのか。

割と貴重な話になるのかもしれないと思いつつ、話し続ける彼の話に耳を傾ける。

 

「あの魔法、かかっても意識はそのままなんだよ。感覚もある。……なのに身体の自由が効かない。それがあんなに怖いとは正直思ってなかった」

「後悔したよ。自分で攻撃したくせにな。アウラの言う通り、隠れてればよかったんじゃないかって。……そう考えてしまうこと自体、たまらなく嫌だった」

「そのあと体の自由が急に戻って、フリーレンに助けてもらったのがわかったけど。あの魔法にはもうかかりたくないって心底思ったよ」

「その魔法をかけた奴が逃げようとしてるのが目に入って……たぶん焦ったんだ。だからちゃんと確認もせず手近な武器を掴んで追いかけた」

「剣を握ったままだった腕ごと持ってきたことにすら、アウラを殺した後で気づいたよ。ひでえもんだって自分でも思うぜ」

「……だから俺は、怖くてただ無茶苦茶をしただけなんだ。結果アウラを殺したからって、何も褒められたようなことじゃないんだよ」

 

そう語ったシュタルクは、片手で額の傷を触るようにして俯いてしまった。泣きそうな顔を隠すように。

どうやら彼は結果はともかく、恐怖に呑まれてしまった事とそのせいでやり方を失敗してしまったと気に病んでいるらしい。

とりあえず、そのことについて話すことにする。

 

「まあシュタルクが怖くて失敗したって思ってるのはわかったけど。そこまで落ち込む必要ないんじゃない?」

「……そう思えねえよ。俺の臆病さが原因なんだから。自分の斧を探すか、せめて握った手から剣を取り外せば、伯爵の息子さんを無駄に傷つけずに済んだかもしれない」

「そんな事してたら、その隙にアウラは逃げきってたかもね。でなくても、シュタルクの動きに気づいて反撃が間に合ってたかも」

 

あの場で悠長に判断している暇などなかった。後からより良い選択肢など考えても、無意味な事だ。

……そもそも話しそびれたが、その手の失敗は私こそもっと派手にやったのだ。

 

「私は最初にアウラと戦った時、死者の軍勢の被害なんて考えずに魔法で吹き飛ばしたよ。そのほうがアウラを仕留めるのに手っ取り早いと思ったからね」

「……それ、勇者ヒンメルが怒ったんじゃねえか」

「まあね。だから今回はそうしなかったんだよ」

「そりゃそうだ。俺だって怒る……って言う資格は俺にはないな。むしろ怒られて然るべきだ……」

「お互い様だね。私にもないよ。……でも」

 

そこで一度言葉を切り、言いたいことを言う。

 

「どうしても必要なら、きっと私はまた同じことをする。……少なくともアウラを逃がすくらいなら、どんな魔法を使っても仕留めようと思っていた」

「……あんな奴、逃がすわけにはいかないもんな」

「だからシュタルクがあそこでアウラを殺してくれてよかった。じゃなきゃ、もっと酷いことになってたよ。たぶん」

 

アウラは私を最大限に警戒していた。その状態でどんな魔法を使ってもきっと感知された。……ということは防いだり避けようとするはず。

それでも殺すならフェルン以上の一般攻撃魔法の乱射をして、更に広範囲を攻撃できる魔法を使う事になるだろう。必然、アウラごと死者たちを巻き込む。

でも先にシュタルクがアウラを殺したから、その最終手段は使わずに済んだ。だからあれでよかったのだ。

そう思って言ったのだが、彼の悩みはまだ晴れてないらしい。浮かない顔のまま、口を開く。

 

「……フリーレンは、もっといい作戦を考えてたんじゃないのか?もっと被害の少なくて済む、上手い手をさ」

「……なんでそう思うの?」

「実はフリーレンが軍勢に囲まれて苦戦してそうに見えた時、俺は焦って助けようとしたけど、フェルンはもう少し様子を見ようって言ったんだ。……結局、俺が押し切る形になったけど」

「そう。それで?」

「今思えば、フェルンは何かフリーレンには手があることを知ってた気がする。というか冷静に考えたら、勝算もなく挑んだりしないだろ。フリーレンは」

 

……既に終わった話だ。元々考えていた作戦のことなど詳しく話さずともいいと思っていたけど。

まあ聞かれたのに隠すのも良くないか。仲間だし。

 

「……アウラの魔法は、天秤に魂を乗せて比較して、その魔力量が多いほうを支配者とするものだってのは知ってるよね」

「伯爵から聞いたよ。それでアウラの奴は負けなしだったってのも」

「私の魔力量はアウラよりずっと多い。でも私はそのことを、魔力制限で常に隠しているんだ。……だからアウラがそれに騙されて、私に魔法を使うのを待っていた」

「……アウラの奴が突然逃げ出したの、そのせいか。あいつが天秤を使う前に、その魔力制限ってのを解除したんだな」

「そうだよ。あの状況では、そうするべきだったからね」

 

そういえばシュタルクには人の魔力は見えないから、何が起きていたのか正確に把握できていなかったらしい。

ともあれ私の説明で改めて状況を把握したシュタルクは、自嘲気味に呟いた。

 

「じゃあ俺はやっぱり、余計な事をしたのか……俺のせいで、その作戦が使えなくなったんだろう?」

「……どうだろうね。あのまま待ってても、アウラが私の目論見通りに動いたかどうかはわからないから」

 

あの時のアウラは、まだ街の結界を解除させる計画が失敗したと思っていなかった。街でリーニエが生きていたからだ。

だから悠長に、自分より遥かに魔力で劣るように見える私を追い詰めるような真似をしていた。勝負を急ぐ必要がないから。

そしてリーニエという奴もアウラが生きている限りは自害などしないだろうから、その状況はおそらく覆らない。

今思えばあの時点で私の想定からズレていた。あのまま消耗戦をアウラが継続する気なら、結局は力押しの強行突破を挑む羽目になっていた。

 

その遠因はと言えば、街での魔族討伐が捕虜を取る余裕があるほど上手く行ったことではあるだろう。

それはきっと、私がシュタルクとフェルンに助言したからで……とまで考えてやめた。

助言しなかった場合は代わりにフェルンとシュタルクがより苦戦していただろう。

それでも私は2人なら勝てると確信してはいたが、運びによっては危ない展開もありえたかもしれない。

結局、過ぎた選択だ。結果も悪くないのだから、それでいいだろう。

 

「まあ最初に言ったけど、結局アウラは殺せたし。それをやるのが私じゃなかった事なんてどうでもいいよ。なんならフェルンが地面に開けた穴に躓いて転んで死んでくれれば楽だったのにね」

「結果が良ければ、か。……俺はたまたま、アウラを殺せただけだぜ。もしかしたらあそこで腰を抜かしたり、逃げ出してたかもしれないぞ」

「やってもないことで責めろって?無茶言わないで。……そもそも説得力ないよ。言ってる事とやってる事が違うし」

 

偉そうなことをいうわりにいざとなったらそうでもない者はよくいるが、彼はその逆だ。

こういう言行不一致もあるのか、となんだか妙な気分になりながら彼にかける言葉を続ける。

 

「だいたい私を助けようとしてくれたんでしょ?それを責められないよ。……まあ、やり方はちょっと無茶だったけど」

「無茶か。そうだよな。……実はあの作戦、勇者ヒンメルの話を聞いて思いついたんだ」

 

……ここで彼の口から意外な人物の名前が出てきたことに驚き、そのままの気持ちを疑問にして返す。

 

「なんでそこでヒンメルの名前が出てくるのさ」

「勇者ヒンメルはアウラに魔法なんて使わせずに斬ったって伯爵から聞いてさ。……ひょっとして俺でもその真似事くらいして、フリーレンを助けられるんじゃないかって思ったんだ」

「最初からアゼリューゼにかかって、囮になる前提じゃなかったってこと?」

「先に斬っちまえばそれでいいとは思ってた。ダメでも抵抗して少しは戦えるって……甘かった。皆失敗したって伯爵は言ってたのに。俺は、都合のいい所だけ聞いてたわけだ」

「……それは、そうかもね」

「たぶん、リュグナーって奴を上手く殺せたから調子に乗ってたんだ。それすらフリーレンのおかげなのに。……それであのざまだ。助けるどころか助けられた。結局、俺は1人じゃ何もできない奴だ……」

 

……消え入るようにそう言った彼の言葉を聞いて、言えることは。

 

「シュタルクは馬鹿だね」

「そうだな。俺は…」

 

なにかまた言い出しそうだった彼の口を、手をかざして遮った。

それに驚いて彼の顔がこちらに向いたので、私も見返してそのまま言いたいことを言うことにする。

 

「そもそもヒンメルも私たちも、1人で戦ってたわけじゃないから。状況次第で敵のうち1人と個々に戦う事はあったけど、それは役割分担。1人だけで何とかしようとしてたわけじゃない」

「今回だってそう。私は街にいる魔族の始末は2人に任せた。それでアウラは私が殺す気だっただけ。私1人じゃ、あの状況からどっちも対処なんて流石にできないからね」

「それと苦手な敵なら交代したり、加勢したりもしたし。時には一緒に逃げたりもした。だいたいアウラを一度撃退した時も、ヒンメルだけでなく全員でやったんだよ」

「失敗もそう。全部のことを失敗せずにやろうなんて無理だよ。だから仲間で助け合って、失敗を補い合うんでしょ?」

「……それでも取り返しのつかない失敗をすることも、あるよ。……牢屋で話したよね。ヒンメルが一度、魔族を助けようとしたこと」

 

グラナト卿に捕まっていた私に面会に来た2人に言って聞かせた、なぜ魔族との対話が無駄なのかの一例。

……ヒンメルがある村人を襲った子どもの魔族に情けをかけて、その魔族を引き取りたいという村長に任せて様子を見ようとして、さらに犠牲者を出してしまった苦い思い出。

それは、私にとっての失敗談でもある。

 

「あの時私だけが、魔族の事をよく知っていた。私はヒンメルの言う事を無視して、その魔族を殺してもよかった。……でもそうせずに見過ごした、私を軽蔑する?」

「……するわけねえだろ。きっと理由はあった。そうだろ?」

「まあね。……もしかしたら子どもの奴なら、ちゃんと教育すれば人に馴染めるんじゃないかって思ったから。ヒンメルにはきっと後悔するだなんて言っておきながらね」

「でも……ダメだったわけか」

「そう。結局、後悔したのは私もだった。あの日の失敗が帳消しになったりはしないけど……もう同じ選択は二度としない」

 

だから、と言ってから私は話し続ける。

 

「1人じゃ何もできないだなんて、嘆く必要すらない。皆で助け合って、成し遂げるんだ。ヒンメルは、私たちはそうしたんだから」

「……それでも失敗したらどうする?しかも、取り返しの付かないようなのを」

「それはもう、仕方ないね。……後悔してもいいけど、生きてる限りは反省して次に活かさないと。私たちは全知全能の女神様じゃないんだ。時は戻せないから、そうするしかないよ」

 

思うに、この二つが人と魔族の大きな違いだ。

魔族は真の意味では助け合わない。自分の利益のために他者と協力はしても、強要されない限りはあえて自分を危険に晒して助けようとしたりはしない。

リュグナーも、リーニエも、アウラすら、結局はそれで死んだようなものだ。奴らが真に連携していれば、戦局はまた変わっていたかもしれない。

例えばアウラの側に、まともな前衛を務める者が1匹残っていれば、それだけで厄介だった。

……しかし奴は、しょせん奴の指示なしに動かない意思なき死者を頼みにしてそれを疎かにした。

 

そして魔族は反省もしない。経験から学習こそすれ、自分を省みるようなことはない。そもそもいわゆる良心というものを持っていないからだ。

だから根本に致命的な間違いがあろうと、それに気づけない。……誤った手段を、ただ自分の目的のために延々と繰り返す。

私たち人間はそうすべきじゃない。……きっとそれで、未来を少しずつ良くしていけるはずだから。

 

「まあそういう事だから。いつまでも落ち込んでないで、私やフェルンを何度でも助けてよね。私も、きっとフェルンもシュタルクにそうするんだし」

「……スパルタだなぁ。……そういや師匠も、何度でも立ち上がって技を叩きこめば勝てるとか言ってたっけか。まったく脳筋だよな……」

「流石はアイゼンだね。物事の本質がわかってるよ。……アイゼンは自分が怖がってても、いつも私たちを助けてくれた。シュタルクだって、きっとそうだと思うよ」

「……なんでそこまで俺を信頼できるのかわからないけど。そうだな。そうできるよう、頑張らないと。師匠に合わせる顔がなくなっちまうか」

 

やっと彼に少し笑顔が戻ったのを見て、私も笑いかける。

後は彼の言葉に答えつつ、軽口でも叩いておこうか。

 

「シュタルクは優しい奴だって知ってるし。だからヒンメルの上っ面なんか真似なくてもいいよ。あんなカッコつけたのは、私の記憶には1人で十分だから」

「……優しいって事なら、フリーレンもだろ。自分は女神様じゃないって言ってたけど、アウラの魔法を解除してもらった時……俺にはフリーレンが女神様に思えたよ。マジで」

「……フェルンがいなくて良かったね。たぶん今すごく恥ずかしい事を言ったと思うから」

「なんでだよ。本気だぜ」

「なお悪いよ」

 

……いきなりものすごい事を言うな、この男は。

ヒンメルすらこんな事は言わなかった。真似なくていいって、そういう意味じゃないよ。

しかも指摘されてなお、自分が何を言い出したのかよくわかってないらしい。不思議そうな顔をしている。

 

そうして驚かされているうちに、噂をすればというやつなのか、フェルンが通りがかった。

どうやら私を探しているらしい。きょろきょろしながらうろついて、やがて私たちを見つけてこちらに歩いてくる。

 

「フリーレン様、探しましたよ。魔力探知をしようか迷ってたところです。迷子にならないでくださいよ、全くもう」

 

私も知らなかったが、私は迷子だったらしい。……どうやら置いて行かれた時、フェルンを追いかけなくてはいけなかったようだ。

その証拠に、フェルンが手に持つ荷物はいくらか膨れているものの、まだ予定の数量ほどではなさそうだ。

私がいつまでも追いついてこないので、一度買い物を切り上げて探しに来たのだろう。悪い事をしたかもしれない。

そんな風に少しぷんすかとしているフェルンに、すっかり調子を取り戻したシュタルクが声をかける。

 

「悪いな。ちょっと俺が引き留めてたんだよ。……買い物してたんだっけ?付き合うよ。荷物持ちくらいするぜ」

「シュタルク様。……お気持ちはありがたいですけど、結構です」

「なんでだよ。ほら、荷物貸してくれよ」

「……えっち」

「だからなんでだよ」

 

フェルンにそう言われて、またシュタルクは困惑した顔をしている。

そういえば何を買っているのか言ってなかった。フェルンは下着をシュタルクに持たれるのが嫌なのだろう。

……私としては、別に新品だから汚くないし、第一包みに入れるのだからどうでもいいと思うのだが。

おそらくこれは男女の機微とかいうやつだろう。下手に口を挟まないほうが賢明そうなので、ここは見に回ることにする。

 

ともあれそれで2人が少しやり取りをしている間に、今度は少し遠巻きに子供たちがこちらに寄ってくるのが見えた。

どうやら英雄扱いになっている私たちが全員集まって話しているから、目立ち始めたらしい。

目当てはたぶんシュタルクだろう。シュタルクとフェルンもそれに気づいて目を向けて、先にフェルンがこれ幸いと口を開く。

 

「シュタルク様はあの子たちと遊んであげたらどうですか?明日は追悼式で忙しいですし、明後日は旅立ちですから。これが最後の機会ですよ」

「……それはそうだな。じゃあ悪いけど、俺はあいつらと遊んでくるよ。2人は買い物続けるのか?」

「私は迷子だったらしいからね。お母さんに付いてくよ」

「誰がお母さんですか。行きますよ、ほら。……シュタルク様も、夕食までには伯爵のお屋敷に戻ってきてくださいね」

「ああ。そうするよ。……フリーレンも、話聞いてくれてありがとな。じゃあ、また後で」

 

そう言ってシュタルクはベンチを立ち上がって、子供たちのほうに声をかけて歩いて行った。

子どもたちもシュタルクの調子が戻ったのをすぐ察したのか、楽しそうに纏わりついて、その子どもをシュタルクが肩車などしつつ去っていく。

その様子を見ながら私も立ち上がり、先に歩き出したフェルンについていく。

そうして私が追いついて隣に並んだのを見計らって、フェルンから声をかけられた。

 

「シュタルク様、元に戻ったみたいですね。何を話したんですか?」

「私たちは仲間だから、助け合わなきゃね。みたいな事。シュタルクも私たちを助けてくれるってさ。頼りになるよね」

「……それは、そうですね。なんにせよ、いつものシュタルク様に戻ってよかったです」

「だね。……ここが次の店?あと何着買うの?」

「3着ほどです。ですからそんなにかかりませんよ」

「本当かなあ……」

「……言っておきますけど、フリーレン様の魔導書漁りとかに比べれば時間かけてませんからね」

 

そう話し合いながら、フェルンの買い物に付き合うべく次の店に入っていく。

……シュタルクについて話したとき、なぜか少し歯切れが悪いように思えたのが気になるけど。

まあフェルンも彼の様子がおかしい事には気づいていたようだし、それで自分は話しあぐねていた負い目とかそういう理由だろう。

そう考えて、買い物しているうちに、そのわずかな違和感は薄れていった。

 

 

 

そうして買い物も終え、1日を終えて、翌日。

予定通りに、アウラの犠牲となり散っていった者たちへの追悼式が行われた。

回収された彼らの武器たちを墓標と見立てて地面に突き刺していき、それに向かって伯爵筆頭に街の皆で祈りを捧げる。

 

その墓標の一番手前には、グラナト家の紋章をかけられた、おそらく伯爵の子息が本来持っていた使い込まれた剣が刺されて。

……その隣には、シュタルクがアウラに突き刺してよりぼろぼろになった剣が刺された。

本来は誰のものとも知れぬ剣だろうが、伯爵の子息が死した後に握った剣だからか、あるいはアウラに突き刺された剣だからか。

同等の敬意をもって、扱われることになったようだ。

 

……なんにせよ、彼らはきっと各々の信念のもと、アウラに立ち向かって散っていった。

だから天国では楽しくやっているに違いない。必死に生きた者の最後が無であっていいはずはないと、とある生臭坊主も言っていたし私もそれを信じる。

そう考えながら、隣に並ぶフェルンとシュタルクと一緒に、死者たちの安寧を祈って、追悼式を終えた。

 

 

更に、その翌朝のこと。私たちは最後の買い出しも終えて、グラナト卿の街を旅立とうとしていた。

その時には、わざわざグラナト卿が見送りに出てきてくれた。そして街の出口に向かう間に、重要な事を教えてもらう。

グラナト伯爵領から大陸最北端のエンデに陸路で向かうには、北部高原と呼ばれる場所を抜けなくてはいけない。

しかしそこは現在情勢の悪化に伴い原則往来が制限されていて、冒険者ならば一級魔法使いの同行が必要になるというのだ。

 

フェルンは当然のように私がその一級魔法使いとやらの資格を持っていると思っていたようだが……そんなもの、私は聞いたこともない。

だから素直にそう言ったら、無資格の闇魔法使いだとか言われてしまった。なんだその失礼な称号は。

何級だか何だか知らないが、それは大陸魔法協会とかいうシュタルクすら知ってる団体が発行している資格らしい。

半世紀ほど前からはあるらしいが……そんなもの、私にとっては最近の範疇だ。

 

だいたいしょっちゅう変わる魔法の管理団体なんかの資格なんていちいち取っていられない。どうせすぐに使えなくなるし。

現に私が唯一持っている資格証である聖杖の証を見せたら、何ですかその骨董品はなどと言われた。……まあわかっていたけど。

一応フェルンは聖都シュトラールを旅立つ前にそこで三級の試験を受けて合格していたらしいが、それでは足りないのだ。

 

だから、これからシュヴェア山脈を越えてから向かう中間目的地は自ずと決まることになった。

北側諸国最大の魔法都市、オイサースト。そこでも一級試験とやらが行われるらしいので、それに合格しなくてはいけない。

面倒なことになったものだ。……まあ、魔法都市に寄ること自体はやぶさかでないが。色んな魔法の品がありそうだし。

 

「フリーレン。シュタルク。フェルン。グラナト家は、お前たちから受けたこの恩を決して忘れん。良い旅をな」

 

そんな風に考えながら、グラナト卿に別れの挨拶をされながら街を出て。

とりあえずの目的地へと向けて、また3人で歩く。

……すると、白いものが視界にちらつきだした。雪だ。

 

「雪だな」

「そろそろ冬ですね」

 

私の前を歩く、シュタルクとフェルンの2人は呑気な様子だ。

グラナト卿から下賜された、上等な冬服を2人ともさっそく着ているから、余裕だと思っているのかもしれない。

北部の冬を経験した者として、忠告しておくことにする。

 

「ここら辺の冬は厳しいから気を付けてね。舐めていると死ぬよ」

「そんなに厳しいんですか?」

 

……まだ呑気な様子で聞いてくるフェルンに、笑みを返して答える。

 

「魔王軍との戦いで最も多くの人を殺したのは、北側諸国の冬だよ」

 

 

 

 

……勇者ヒンメルの死から28年後。

北側諸国デッケ地方の……どこだかわからない場所。

 

「ほらね。迷った」

 

吹きすさぶ吹雪のせいで、ホワイトアウトした景色の中を進みながら、私はそう呟く。

……前途多難だ。

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