王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第1話 特認魔術課①

 

 

 麗らかな日差しの下、賑やかな人々の声が通りに満ちていた。

 通り過ぎる人々は皆一様に黒地に金の刺繍が美しいマントを身に着けており、楽し気に語らいながら南へと向かっている。

 

「はぁ……」

 

 ここは大陸北端に位置する霊峰・天至山の中腹に建造された、ユラリア魔法学院の大通り。

 年の大半を雪に閉ざされた場所ではあるが、この一帯に限っては雲一つない青空が広がっている。

 それでも白い息を吐きながら寒空の下を進むマント姿の彼らは、本日をもって学院を卒業した者たちだ。

 

 ――ユラリア魔法学院。

 

 大陸中央に位置する中立国家ハーヴェスが管轄するこの学院は、大陸における魔導の最高学府として名高い。

 曰く、人類の叡智が集う場所。

 曰く、学院の卒業生でなければ魔法使いに非ず。

 曰く、常識を燃料に魔法を使うおかしな連中の巣窟。

 

 まあ色々と呼び名はあるが、魔法や、より大規模な魔術、魔道具に至るまで、あらゆる魔導技術の教育を行う世界最大の教育機関がこのユラリア魔法学院なのである。

 大陸中から才あるものが集められるために、入学も卒業も非常に困難。

 そして大陸のどの勢力にも所属しない中立勢力下であるために、コネも通じない完全実力主義。

 

「……どうしよう」

 

 それ故に、この学院を卒業した者たちには栄光の未来が約束されている。

 そりゃあ顔も綻ぶし声も明るい。今前を通った男なんて軽やかにステップを踏みながら歩いている。

 氷を踏んですっ転んでしまえばいいと思うが、そんな間抜けな通路整備をこの学院の管理者たちが行うとも思えない。

 

「……はぁ」

 

 自身の浅ましさにため息を吐いて、彼らと同じマント姿の少女は真っ青な空を見上げるのだった。

 

「……もうお終いだ……」

 

 腰まで伸びた金の髪に、翠色の瞳をした人間の少女。

 前途洋々な若者たちを恨みのこもった視線で貫く彼女の手には、紙が一枚握られていた。

 

 先程からその少女はそれを読んでは空を見るという奇行を繰り返していた。そしてその頻度はどんどん早くなっている。

 本人は気が付いていないが、通り過ぎる元学生たちは首をぶんぶんと振っている少女に奇異の目を向けていた。

 そんな彼女に恐る恐る近寄るマント姿が一人。

 

「ちょっと、エリン? あんた、何してんの?」

「……マイラ」

 

 ぴたりと動きを止めて、エリンと呼ばれた少女が視線を向ける。

 柔らかな赤い髪を肩口で切りそろえた、エリンよりもいくらか背の高い少女(マイラ)は、ようやく動きを止めたエリンを見て呆れたように息を吐き出した。

 彼女も勿論マント姿。少し前まで同じ卒業式に出ていた元同級生である。

 

「ほら、場所空けな? どいたどいた」

「あ、うん」

「ありがと。はー、疲れた疲れた。卒業式ってのは案外疲れるもんだね」

 

 腰かけていたベンチに空きを作ると、どさっとマイラが腰を下ろす。

 ほう、と白い息を吐き出して、エリンは肩を回しているマイラへと視線を向ける。

 

「まだ残ってたんだね。魔道具科の送別会は終わったの?」

「ついさっきね。ほら、アタシは北方の出だろ? 南の連中と比べりゃのんびりしたもんだからね」

「ああ、そっか」

 

 前を通り過ぎる学生――元学生たちを見る。

 この最高学府には、大陸全土から生徒たちが集まってくる。

 卒業式を終えた今、彼らは故郷に帰るために麓にある宿場に向かっているのだ。

 

 羽を広げた蝶に例えられるこの世界の大陸。

 そのそれぞれの羽をさして、人々は『四大地方』と呼んでいる。

 分厚い山脈や海といった自然の要害によって区切られたこの四つの地方は、時代によって支配する者たちは変われど常に異なる四つの勢力によって支配され、緩やかな対立を続けている。

 エリンたちがいるこの学院は蝶の『頭』――各勢力の中間地点に位置していた。

 

 卒業した今、元生徒たちの大半は故郷である各地方に戻って、家や国のために働きだす。

 出身地によっては1月近い大移動になる者もいるだろう。彼らにとってはむしろこれからが大イベントとなる。

 ああ、とっても羨ましい。彼らには活躍できると約束された場所があるのだ。

 

「それにさ」

「……?」

「長いこと同室だった親友に挨拶せずに出てくほど薄情じゃないよ」

「マイラ……うん、ありがとう」

 

 この6年間で友達というものを殆ど作れなかったエリンにとって、マイラは数少ない友人であった。

 大人だろうが男だろうが物怖じせず闊達な彼女は友人が多く、エリンはその中の1人にすぎなかっただろうが、それでもこうして声をかけてくれるくらいには、親密な関係を築けたのだと嬉しく思う。

 

「……マイラは家の工房を手伝うんだよね」

「そうさ。ここでたっぷり知識も技も得られたからね。これから世界を便利にする道具をつくるのがアタシの夢さ」

「ユアン君も一緒に?」

「あー……先ずは向こうも家に帰んないと駄目だからさ。紹介はそのあと、かな……」

「ふーん?」

「な、なんだよ……」

 

 彼女は魔道具産業が盛んな北方連盟――北西部の出身で、既に地元の大手魔道具工房に就職が決まっている。

 魔道具作りに必須な魔法使いの旦那(パートナー)予定も捕まえているから、機を見て独立も考えているだろう。まさにこの学院の理想的な卒業生だ。

 

「アタシのことはいいの! それよりアンタだよ。『奥』の試験、決まったんだろ? どうだった!?」

「……これ、見て」

 

 殆どひったくられるように、持っていた紙をマイラに手渡した。

 先程からエリンを悩ませているその紙は、彼女に課せられたとある課題について記されている。

 

 

 

 世界最高の魔導学府として名高いユラリア魔法学院。

 その卒業生には、基本的に2つの進路が存在している。

 

 1つはマイラのように就職をする道。

 地元に帰るか、そのまま中立国ハーヴェスに残るかの違いはあれど、学院で身に着けた知識と技術を新たな場所で活かすことになる。

 

 もう1つが、『奥』と呼ばれる研究機関に入り、更なる魔法や魔術の研鑽・研究に進む道である。

 火を生み出したり天候を操ったりと、人には本来不可能なことを可能とする、魔法と呼ばれる超常能力。

 その研究を行い、世界の様々な神秘を解き明かそうとする魔法使いたちが集う場所が、『奥』である。

 

 本当は別に正式名称があるらしいが、山奥に位置するこの学園の更に奥に彼らの工房が存在しているから、そのまま『奥』と呼ばれている。

 

 この『奥』に入ることができるのは実力主義の学院の中でも特別優秀な成績を修めた者と、学院長ら関係者に直接スカウトされた僅か数名だけ。

 事実、エリンたちの代は100名近い卒業生がいるが、『奥』候補生は僅か3人だけと聞いている。

 

 そして、そんな『奥』候補生には、卒業時にそれぞれ課題が課せられる。

 いくら優秀とはいえ現時点ではまだ学生。そのまま『奥』に入ることは許されず、課題を達成した者だけが晴れて『奥』入りを認められるのだ。

 

 つまりエリンにとって、この卒業式は新たな試練の始まる日なのである。

 

「しっかし、未だに信じられないよ。アンタがあの『奥』の候補生になるなんてさ」

「自分でもまだ信じられないよ。……というか、信じたくない。卒業したくない……」

「なんでさ? 夢だったんだろ? ……さて、どんな課題を課せられたんだい? ……あ」

 

 嬉しそうに紙を広げたマイラの動きが固まった。

 まさしく、学院長から受け取った時の自分と全く同じ動きをしているなと、エリンはふと思うのだった。

 その紙にはこう書かれている。

 

『採用通知』

 

『貴殿を当魔法ギルドの特認魔術課に採用する。ついては、下記の日時にギルドへ来るように――魔法ギルド テティア支部』

 

「……なにこれ」

「採用通知書だよ」

「……『奥』の試験だよな? これが?」

「それが」

「……マジ?」

 

 だよね、そうなるよね、とエリンはもう何度目か分からない真っ白なため息を吐き出す。

 だってその紙には、()()()()()()()()()()()()()()()()()と書いてあるのだから。

 

「変わった試験だねぇ……働けだなんて。それで? アンタがおかしな行動をしてた理由は?」

「それは……え? 私、おかしかった?」

「いいから、何?」

「……だって、魔術課でしょ? 私の職場」

「あー……」

 

 それだけで納得したように声を上げたマイラ。

 苦笑いを浮かべて、採用通知書をひらひらと振った。

 

「アンタ、()()使()()()()もんねぇ」

「そうなのよ……」

 

 本当に、これが現実だと信じたくはない。

 世界最高の魔導学府ユラリア魔法学院の卒業生にして、選ばれた『奥』候補生、エリン。

 彼女は生まれつきあらゆる魔法を使うことができない、特異体質だったのである。

 

 

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