王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第10話 もう1つの業務⑤

 

 

 

「エリンちゃん、行くよ」

「――はい!」

 

 行動開始直後、エリンとアズールは都市内部へと駆け出した。

 アズールの瞳は光を帯びたまま。先を進みながら、顔を振って魔力を()()いる。

 逃亡者が使用したと思われる《霧隠》はあくまで視覚的な隠蔽。魔力の残滓が出る以上、彼女の魔眼からは逃れられない。 

 魔力を辿ると、人混みを抜け通りへと戻った。どうやらそのまま通りを南下して逃げていったらしい。

 

「暫くはこのまま南下かな。異変があったら言うから、エリンちゃんは周囲の警戒をお願いね」

「わかりました。……武器を持ってくればよかったですね」

 

 今回は見ているだけだと思っていたし、リセツの指示もその想定だっただろうから、手ぶらである。

 これで兵器を持つ相手を追うのは心許ない。

 

「大丈夫。戦闘はしないって言ったでしょ。ウチらはあくまで捜索まで」

「……はい」

 

 相手もそう思ってくれるなら、いいのだけれど。

 違法魔道具の都市への持ち込みは捕まったら重罪。良くて永久追放だ。

 そして捕まった愚かな下手人を、彼らの組織は許してはくれまい。

 それがわかっている以上、相手は必死に抵抗してくる筈だ。

 

 アズールは、魔眼で魔法が使えない。

 人を外見で判断してはいけないとはいえ、戦闘力は高くなさそうだ。

 

 ――何かあったら私が何とかしないと。

 

 そう、エリンは決意するのだが。

 

「ま、そんな時に限って戦闘になるんだけどね!」

「ええ……?」

 

 表情を崩してそう言ったアズールに、エリンはどっちなのだと呆気にとられる。

 

「大丈夫なんですか? それ……」

「ふふふっ、エリンちゃんは初めてでも、ウチらは慣れたもんだよ」

 

 彼女はずっと背負っていた棒状の何かを軽く叩いてみせた。

 

「安心して。魔法が使えないからって、戦えないわけじゃない。そのあたりの話は――移動しながら、ね?」

 

 今は何より、急がねば。

 エリンは今日何度目かの疾走を行うのであった。

 

 

 

 そうして駆けていき、暫く。

 数百メートルほど南下した辺りで、「止まって」とアズールから指示が入った。

 この辺りは旅人向けの宿屋や商店が集中している区域で、その視線は並ぶ建造物のほんの隙間に出来た路地へと向けられていた。

 

「……途切れたね。多分魔力切れかな。ここで《霧隠》を解いて、更に南へ逃げたみたい」

「解かれたら魔力ではもう追えないんですか?」

「一応ほんのちょっと残り香はあるよ。でも水の魔力ならそこら中に散らばってるからね。これ以上は難しいかな」

「……では、追跡は不可能ですか?」

「まさか! ここからだよ」

 

 不安の声を打ち消すようにアズールはにやりと笑みを浮かべる。

 

「ここまでは確実に犯人は逃げてきた。真っすぐ、()()()()()()()()()に、ね」

 

 そしてこの場所に荷は捨てられていない。

 

「つまり、犯人はまだ荷を運んでいる……」

「どれだけ運んでるかは分からないけどね。目立つと思うよ?」

 

 武器を1つ2つ抱えているだけで、この都市では相当目立つ。緊急事態だった犯人は変装する暇もなかっただろう。

 人通りの多いこの大通り、誰かが目撃している筈だ。

 

「だから、聞き取り調査をするよ。ここから南のお店に順に聞いていこう」

「はい。……あ、その前に少しだけいいですか?」

「ん? いいけど……どしたの?」

「調べたいことがあるんです」

 

 エリンは簡易灯の魔道具を取り出すと、影に隠れた路地を照らした。

 そのまま汚れるのも構わずに屈みこみ、地面を調べ上げていく。

 

「なになに、何してるの?」

「足跡を見てるんです。通りは石畳ですが、ここは土の地面ですから」

「エリンちゃん、足跡なんてわかるの?」

「ええ。父が狩人だったんで……これです」

 

 呟きながら、足跡をじっと見つめる。

 専門は獣だが、学院では人の追跡も行った経験がある。

 それに今回は特徴がざっとわかれば良いから、大まかな知識で十分だろう。

 

「へー、どれどれ?」と覗き込んできたアズールへの説明も兼ねて、指し示して確認していく。

 

「足が大きいです。しかもしっかりと痕が残っていますから、男性で、やっぱり大荷物だったと思います。体重が重い、大柄の方の可能性もありますが、ランドルフさんみたいな巨体の獣人程には足は大きくないですね」

「となると人間か、小柄の獣人か……十分だね!」

 

 アズールは追って駆けてきた衛兵を捕まえて、仔細を伝えた。

 タナウを通じて皆に共有されるだろう。

 

 そのまま、すっかり課員の1人として、エリンは通りに出て聞き込みを進めていったのだった。

 

 

***

 

 一方、都市の外。

 爆発現場から北西に進んだ先にある森の中を進む影が1つあった。

 全身を外套に包み木々の隙間を駆け抜けるその影に、赤く輝く光が墜落した。

 

「――――!?」

 

 轟音と赤光をまき散らすその一撃を、外套の影は辛うじて回避してみせた。

 舞い散る土埃から再び飛び出してきたのは、右手に燃える火を纏った狼獣人――ランドルフであった。

 

「逃がさん」 

「――――っ」

 

 鋭い爪の生えた分厚い手に得体のしれない炎を宿す彼に、影はじり、と警戒の構えを示す。

 このまま戦うのは危険――そう思ったのか咄嗟に反転した外套姿は、直ぐに動きを止める。

 

「よお。お前、どこの所属だ?」

 

 既に反対側にはリセツが立っていた。正確にはランドルフが飛び越したのだが、これで前後を挟んだ形になる。

 左右は空いているが、それで逃げられるならそもそも追いつかれてはいない。

 

「――くそっ!」

 

 諦めて影は外套から、剣を取り出した。

 それは俄に光を帯びると、迸る雷撃を解き放った。

 篭められたのは雷の上級魔術。人なら数十人を一度に焼き殺す、最上級の衛士や冒険者にしか認められない危険魔術だ。

 特認魔術課を預かるリセツは、その使い手全ての顔と名前を当然記憶している。

 だがその使い手たちと目の前の影は、当然ながら一致しない。

 

「違法魔道具、確認」

「やべーやつ持ち込んでんな……おい、持ってるのはそれだけか?」

「こ、こっちに来るんじゃねえ! 殺すぞ……!!」

 

 使い手の力量を遥かに超えた高出力魔術。触れれば人一人簡単に焼き焦がす致死の雷撃……だが。

 影はそれ以上なんの魔道具も出しては来なかった。

 

「……ハズレか」

「ですね」

 

 その様子を見てあからさまに大きく息を吐き出したリセツとランドルフが、影へと飛び出した。

 

 

 

「――タナウ!」

「あら、早かったのね。……それが犯人?」

 

 それから少し経って、北門前。

 衛兵たちと散らばった荷の回収と検分をしていたタナウの下へとリセツたちが戻ってきた。

 ランドルフは肩に男を1人担いでいた。

 

「いや、こいつは小間使いだった。拉致されて脅されてたそうだが、爆発に乗じて魔道具を盗んで逃げ出したらしい」

「そう。ハズレね。怪我は?」

「させてねえよ。一応調べはするが、被害者だろ」 

 

 タナウの反応は淡白で、引き渡しをしているランドルフも淡々としている。

 よくあることなのだ。拉致されたり売られたりした人を脅し魔術で縛って、運び人として使っている。

 捕まろうが大元の組織には損害が殆どない。

 嫌らしい手法だ。

 

「そしたら、魔道具は?」

「間違いなく中だろう。……しまったな。中の方が本命だったか」

「あの状況では大して荷物を運べるとは思えないのですがね」

「俺もそう思ったからあいつらに任せたんだが……その少しのモノが余程ヤバイんだろ」

 

 あの小間使いが持って逃げた魔道具も相当に危険な代物だった。

 それが残っていたということは、もう1人が持って逃げた本命は、それ以上に危険な兵器だということだ。

 

「……あいつらからの報告は?」

「そのことだけど……」

 

 タナウが衛兵伝手に聞いた、アズールたちの行動を伝えた。

「優秀ですな」と驚くランドルフを他所に、リセツは納得の頷きを返す。

 

「やはり大荷物じゃなさそうだ。急ぐぞ。タナウ、セロスたち連れて後から来い」

「わかった」

 

 間に合ってくれよ、とリセツ達は都市内部へと急ぐのだった。

 

 

***

 

 

 簡単な仕事の筈だった。

 

『――もし。この荷をテティアまで届けてくれやしませんか?』

 

 仕入れを終えて戻るための荷積みをしている時にそう声をかけられたのだ。

 奇妙な女だった。

 顔は覚えちゃいないが、いい女だった……筈だ。覚えちゃいねえが。

 ただ、あの嗄れた声がやけに官能的で。聞いてるだけで腰が砕けるかと思った。後から思えば随分とニヤけてた気もする。恥ずかしいったらねぇや。

 

 なにより言い渡された報酬がやけに高くて、気づけばオレは頷いていた。

 どうせ元々非合法の密売人。あの街にも別の街から魔道具を運びに行っていて、その帰り支度の時だった。

 それを的確に見抜いたあの女は、今思えば怪しさしかなかったんだが……。

 なんでだろうな。オレは頷いてたんだ。

 

 表の顔のための普通の武具を仕入れて、その中に女の荷物をいくつか混ぜた。

 後はいつもの通りにテティアへ運べば終わる――筈だったんだ。

 

『兄貴、兄貴!』

『どうした。もう検問だから静かに……』

『見てくれよ、これ。例の荷だ! これ、凄えぞ?』

『おい、なに勝手に荷を開けてんだ! 危ねえだろ、やめろ!』

『なに言ってんだ。兄貴が開けろって言ったんだろ? これ凄えんだよ。ほら、光がどんどん強くなって――』

『は? 何言って――っ!?』

 

 気付いたら大爆発が起きて、オレは離れた場所に吹き飛ばされていた。

 馬車は半ばから吹き飛んでいて、辺りに荷が散らばってやがったんだ。

 

 なにがなんだか解らなかったが、このままだとやべえことは直ぐに理解した。

 ここは門の前。直ぐに衛兵がすっ飛んでくる。

 武具だけ積んでる癖にやたら厳重な魔術防御の施された馬車が、突如半壊――密輸をしていると誇示しているようなもんだ。

 

 逃げなければオレは終わりだ。 

 散らばった荷の中から奴の荷を見つけ、《霧隠》のマントで姿を隠した。

 

 爆破を起こしたあのバカの姿は見えなかったが、あの爆発では生きてはいまい。そうすりゃ全てあいつの仕業にできる。オレは後からゆっくり帰った事にすりゃいい。

 この荷さえ見つからなきゃ、オレはまだやり直せる――その筈だったんだ。

 

「はっ……はっ……はっ……! なんなんだよ、これ」

 

 抱えた木箱の隙間から、光が漏れている。

 爆発前にあいつが言っていたのと同じ現象だろうか。

 ならこのまま爆発するのか? そうなりゃ本当にお仕舞いだ。

 

 てかなんで町中に逃げたんだよ。こんな目立つもん持って、どうしろっていうんだ。

 わからねえ。でも、なんでかこれを離せねえんだ。

 さっきから、あの女の声が響くんだ。

 ここへ行けと。来い、と。

 

 ……おかしいだろ。オレはそもそも何処にこれを運ぶのか聞いてなかったってのに。

 

 そうして。都市の中を走り抜けて、とある路地まで辿り着く。

 この町に、こんな場所があったのか。

 建物の隙間、何故かここだけぽっかりと開いた路地は、昼間だったのに真っ暗だ。

 まるで深い闇の底に繋がっているような――。

 

『荷運びご苦労さんです』

 

 あの女の声が聞こえた。

 頭の中ではない。眼の前ではっきりと。

 お前!と叫ぼうとして声が出ないことに気が付く。

 呼吸だけがやけに荒くて、視線は目の前の闇から動かせない。

 

 ふと、そこから真っ白な手が伸びてきた。あの女の手だ。

 引っ掴まえてやりたがったが、何故だか動けない。

 その手はオレの持っていた荷を掴むと、重い筈のそれらをするりと引っこ抜いた。

 

『助かりましたよ。……ああ、そちらの1つは報酬として差し上げます。必要でしょう? 上手く使えれば、生き延びられるかもしれませんよ? ――では』

 

 そう言って、手は闇の中へと消えていった。

 途端に、オレの身体は自由を取り戻したように動き出す。

 一体、何が――。

 

「――そこの男、止まりなさい!」

 

 鋭い声が背後から飛んできた。

 まさか、もう見つかったのか? 早すぎる。一体どうやってここを――。

 いや、いい。全部ぶっ飛ばしてしまえばいいんだ。

 あの女が、そう言ったように。

 

 

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