「――そこの男、止まりなさい!」
聞き込み調査の最中、エリンたちは直ぐに怪しい男の目撃証言を得られた。
光る箱を持った男が南へ向かっていったと。
それだけ分かれば十分である。
伝言を頼みつつ、エリンたちは後を追跡し――発見した。
やつれた狐獣人の男であった。
必死の形相で箱を
それを見て、爆発寸前だと判断して慌てて声をかけてしまった。
ちらと横を見るが、アズールも真剣な表情で男を見つめているから、問題はなさそうだ。
いや、問題はある。今、エリンには武器がない。
そして目の前の男は、手にした木箱の蓋を荒い手つきで捨て去った。
白い布に埋もれる様にして、1本の剣が納められていた。
形自体はよく見る片手半剣。ただ、金の装飾がやけに凝っていて、柄の中心部に赤い宝玉が埋め込まれている。
「――違法魔道具!」
「……ははっ、すげえな。こんなすげえもん、初めて見たぜ」
咄嗟に飛び出そうとしたのを、アズールに止められる。
その一瞬で男は剣を掴むと、途端に路地を照らす程の猛火が放たれた。
「――っ!!」
「箱からとんでもない火の魔力があふれ出してた。飛び込んでたら、危なかったよ」
アズールの眼が煌々と光を放っている。
彼女の視界には、エリンが見ている以上の赤い光が広がっているのだろう。
金属を溶かす程の炎を、しかしその剣は形を保ったまま纏っている。
竜鱗や分厚い獣の皮殻を溶かし貫くための、最上級の冒険者にしか許されない危険魔道具だ。
あれの火と、他の魔道具が同時に発動されて大爆発が起きたのだろう。
「発動、させちゃいましたね……」
「まったく……。結局いつもこうなるんだから」
いつもなのか、という言葉は飲み込んで。
目の前で燃え広がる猛火を見て息を吐き出した。
離れた位置からでも肌がチリチリと焼ける感覚がある。
だというのに間近にいる本人が平気なのは、魔道具として非常に高価な代物だという証。
あれだけの爆発を起こしておいて魔道具を1本しか持ってないのは意外だったが、捕縛覚悟で持って逃げるのも納得の大魔術である。
「でも、よく生きてますね、あの人。あんな大魔術を使って無事だなんて……」
あの規模の大魔術には当然相応の魔力が要る。無理して発動しても、魔力量がなければ良くて気絶。悪ければ死ぬ筈だ。
それができるほどの魔術師には見えないが……。
「違法魔道具は、誰でも使えるように魔石が入ってることが多いんだよ。だから、うっかり起動させちゃうと、誰かが持ってなくても魔術を発動しちゃうの」
「それは、なんて危険な……。あっ、じゃあ、爆発もひょっとして……?」
思わず投げかけた問いに、アズールは頷いた。
「扱いを間違って、起動させちゃったんでしょ。良くあるんだ。魔術の暴発」
「よくあるんですね……」
だが、なるほど。もしかするとレチシアたちが言っていた
ここまで強力な魔道具だったのは想定外だったのだろうが。
「このままじゃ不味いですよね」
「火はねー……。テティアは石造りの建物が多いけど、燃え広がったら大惨事だよ。しかもあの威力じゃ、建物も紙みたいに切れちゃうだろうね」
「放置は……できませんよね」
「直ぐに応援が来ると思うけど、あっちは待ってくれなさそうだね」
最初こそ炎に驚いていた男が、直ぐに自身に影響がないとわかるとこちらへとじりじりと近づいてきている。
この時点で戦闘経験が殆どない男だとわかる。逃げたいならさっさと隣の建造物を、その囲いである鉄柵ごと叩き切ればいいのに、彼はそうしない。
そういった選択肢を持っていないのだ。
必死の形相もその証だろう。
「……どけ、お前ら、どけ! でないと、これを――」
「いや、退くわけないでしょ」
「ああ!?」
加えて相手をさっさと殺す度胸もない。……本当に素人のようだ。
ならば、勝機もある。
「アズールさん。私が行きます。例のやつ、お願いしますね」
「いいけど、本当に大丈夫なんだね?」
「――はい。お任せください」
道中で聞いたアズールさんの戦闘手段。あれならこの場の鎮圧に最適だ。
そして、その時間稼ぎには
リセツ課長は、この状況も想定してチーム分けをしたのかもしれない。
課支給の外套の前を開くと、エリンは頬を2回叩いて気合を入れた。
「――行きます!」
そう鋭く叫んで。
エリンは学院を出てから、初めての実戦戦闘へと飛び込むのだった。
***
ところ変わって、魔法ギルドテティア支部。
ギルド長の部屋へと書類を届けに来たソフィアは、やけに不機嫌なギルド長レチシアに迎えられた。
「どうしたんですか、そんな顔して」
「わかってるだろう。また都市内で危険魔道具騒ぎが起きたんだ」
ああ、そのことですか、とソフィアは頷いた。
「リセツ達が慌てて出ていくのを見ましたよ。この後、窓口を代わってきますけど……最近、多いですね」
「全くだ。今度は何処の勢力の手引きか。自由都市と賑わうのはいいが、そのせいで不安定な治安を維持する身にもなって欲しいものだ」
盛大なため息を吐いて、レチシアは受け取った書類に目を通す。
平和ないつも通りの報告書類。全てがこうであればいいのにと願ってやまない。
「でもそしたら、エリンちゃんも出動しているんですね。怪我しないといいですけど……」
「は? 何を言ってるんだ」
「え? ……ああ、ひょっとしてエリンちゃんは待機ですか?」
新人だしそういうこともあるかとソフィアは納得する。後でお茶菓子でも持って事情説明に行ってあげよう。
だがそれをレチシアが鼻で笑う。そんな訳があるまいと。
「ふっ、そういえばお前には教えてなかったか」
「……? どういうことですか?」
心底不思議な顔で首を傾げるソフィアが面白くてレチシアは更に笑みを深めた。
実際、面白いから黙っておいたのを思い出したが、ここまで思い通りの反応をするとは。
エリンは一見、ただ魔法が使えないだけの少女にしか見えない。
レチシアも学院から貰った経歴書がなければ信じていなかっただろう。
書架からその経歴書を綴じたファイルを引っ張り出して、ソフィアへと手渡した。
「彼女はあのユラリアの卒業生だ。
怪訝な顔で書類に目を通しているソフィアに告げる。
「彼女は在学中、学院で行われた学内最強の魔法使いを決める闘技会で優勝している」
「――はあ? いや、魔法を使えないんですよね? どうやって……」
「剣を2本と弓を担いで、後は学院長が貸し出した筆魔板と唱石。級友からの支援もあったようだが、基本的にはその装備でトーナメントを勝ち抜いたそうだよ」
このギルドにも置かれた、術者の代わりに魔法を使用することができる魔道具2種類。
一見すると知識さえあればあらゆる魔法・魔術を使える万能具に思えるが、それらは魔石に込められた魔力量以上のものは発動されない。
ユラリアの魔道具だとしても、精々中級魔法が一度使えれば充分な魔力量しかないだろう。
「相手は上級魔法すら使いこなす魔法使いたち。それに対してそれだけの装備しか持たない、非魔法使いが勝ってしまったんだ」
「それは凄いですね……でも、いいんですかね、その大会?にエリンちゃんが出ちゃって。そもそも、魔法使い同士の決闘に出られるんですね?」
「ああ、出られたそうだ」
言いたいことはわかる。彼女には申し訳ないが、魔法が使えない者が出場資格を得られる大会なのか、という話だ。
それに関しては、あそこはあくまで学院なのだ。
魔法だけでなく魔道具開発者の育成なども行う機関であり、それ故に魔法以外での戦闘方法も認められている。それに何より――。
「まさか、エリン君が勝つなんて誰も思ってないだろうからな。情でもかけられたか、あるいは茶化すためなのか……ともかく、誰かが参加を許したのだろう」
でも、期待とは裏腹に彼女は勝った。勝ってしまった。
それが他の学院生の競争心に火をつけてしまったらしい。
「彼女の入学以降、学院生たちの実戦での戦闘能力が著しく向上したそうだよ」
特に彼女の同学年だった子たちは黄金世代と呼ばれる程で。上級冒険者顔負けの怪物揃いだったとか。
卒業した今、彼らは各地の騎士団やら魔法師団などの『軍属』となっているはずだ。
……もし今後大規模戦争が行われたら、学院での続きを、真の実戦で行うことになるのだろう。
ああ、見てみたいものだ、とレチシアが熱い吐息を吐き出した。
「……凄い子だったんですねえ。エリンちゃん」
「向こうの爺――学院長から話を聞いた時、リセツも私も即座に採用を決めたよ。あんな逸材、逃す手はない」
だって、知っているかね。と自分が黙っていたくせに意気揚々とレチシアは情報を開示する。
「あの子、身体能力だけで魔術の嵐の中を掻い潜るそうだよ。一度、この目で見てみたいものだよ」
「だからといって、模擬戦とかしないでくださいよ? 前にそれで地下室壊したんですから」
「ふふふ……」
一切聞いていなさそうな上司の笑い声を聞きながら、ソフィアは「皆、無事でいるといいんですけど」と、息を吐き出すのであった。
***
対魔術戦闘は意外と単純であることを、エリンは学院生活の中で知った。
魔法という力は凄まじい。
ただの人が炎や嵐を幾つも巻き起こすことができるのだから。
見た目は派手だし、威力もその影響範囲も他の攻撃手段に比べ圧倒的に高い。
あの炎熱剣だって、触れれば簡単に身体が消し飛ぶ威力だろう。
支給された外套は対魔力防御が高い逸品らしいから、身体の形は残るかもしれない。……大した違いはないんだろうけれど。
だが、どちらにもいえることがある。
どれだけ派手でも、威力が高くとも。――当たらなければいいのである。
「――――っ!!」
真っ赤に照らされた路地の奥へと駆け出したエリン。
獣の如く屈みこんで飛び出した初速は数歩分を一気に進み、相手からはエリンが瞬間移動でもしたように見えただろう。
「――ひっ!?」
怯えた狐男が炎熱剣を振り上げた。
獣人らしく膂力を使った力任せの振り下ろし。加えて鉄をも溶かし切る極悪の魔術付きだ。
一見恐ろしいが、相手は素人。えいやと持ち上げた剣を振り下ろすまでには間があり、その隙はあまりに大きい。
走りながら左側を脱いでいた外套を右手に絡め、エリンは右手を、振り下ろす瞬間の剣の柄にぶち当てた。
「――ふっ!」
急停止すると同時に、相手の柄を受け止める様に掴み取るとそのまま右側へと軌道をずらした。
――魔道具は所持者を護るため、柄から術者側に向かっては魔術の効果が及ばない。つまり、柄を掴めば攻撃は避けられる。
結果袈裟切りとなった炎熱剣は、真横の、路地の壁となる鉄柵を溶かし切り、そのまま路地の石畳と激突。
途端にとろけるような猛火が放たれる。
路地の『隅』へ誘導させた猛火はエリンもアズールも避けて石の路地を焦がすに留まった。
「……!?」
そこまできて男はようやく、今何が起きたのかを把握する。
といっても彼に理解できたのは、凄まじい魔術が解き放たれたのと、その上で目の前の女が何故か生きているということだけなのだけれど。
呆然とするその顔面へ、エリンの回し蹴りが直撃する。
「どわっ……!?」
小柄な体躯からは想像できない威力に吹き飛ばされ、男は路地を更に奥へと転がった。
しかしその手からは魔道具は外れず握られたままだ。
――やはり、駄目か。
先の一瞬で手から剣を引き剥がそうとしたエリンだったが、一切外れる気配がなかった。
まるで熱で融着でもしたかのように。
だから更に奥へと蹴とばして、少なくとも通りへ火が飛ばない様にしたのだ。
そして――。
蹴りからの着地と同時、焼けきれた鉄柵に蹴りを加え、その一辺をもぎ取った。
『丁』字状になったその鉄棒を握った右手に、外套を上から巻き付ける。
これで、武器も確保した。
男が起き上がる前に後ろをちらと振り向いて、頷きを返すと。
エリンは再び男の方へと飛び出した。
「く、来るなぁ!!」
ようやく跳び起きた男が、剣を逆袈裟へと振り上げる。
その軌跡にはエリンもアズールも入る。込められた魔術が放たれれば2人とも焼け死ぬだろう。
だが勿論構わずに飛び込んだエリンは、『丁』字の直角部分に右足をかけ、こちらへと振り抜かれる刃の根元にぶち当て、
「――っ!?」
鈍い金属音が鳴り響き、剣は更に後方へと弾かれた。
軽いとはいえエリンの体重と勢いを乗せた一撃だ。まともに剣を振れない獣人の膂力では抑えられまい。
剣は弾き飛び、その剣に『固定された』男も後方へと浮き上がった。
「――エリンちゃん、避けて!」
「――!!」
――そこへ、青く輝く光が突如飛び込んだ。
空中を駆け抜けたその光は男の胴体へと激突し、男を地面へと縫い付ける。
その光は瞬く間に分厚い氷となって固まり、狐男を地面ごと凍りつかせたのだった。
捕縛用の対人魔術《氷結牢》。
効果は単純。固めて動きを封じるだけだ。
分厚く固着した氷は硬く重く、また凍えるために力も抜けていく。
その結果、対象の動きを封じるという魔術であった。
その魔術を放ったのは、背後にいたアズール。
彼女が背負っていた棒は、狙撃用の魔術杖。
特定の魔術のみを込めた魔法石を装填し、弾丸のように放つ衛兵用の非殺傷装備である。
「剣を!」
「――はい!」
鋭いその一声で、エリンは気を失って痙攣している男の下へと駆け出す。
そこへアズールがベルトに仕舞っていた物を放り投げる。
受け取ったそれ――無骨な漆黒の腕輪を、エリンは男の右手首に填め込んだ。
真っ黒い武骨な意匠のその腕輪は、魔法輪の機能を全て封じた上で、魔法や魔術すらも一時的に使用不可能にする『魔断輪』。
違法魔道具を所持する犯罪者相手の拘束に使用する、捕縛用魔道具である。
「拘束完了です」
魔断輪が赤く光と同時に、狐男の手から剣が剥がれ落ちた。
やはり何らかの力で固定されていたらしい。
からんと鳴ったその音で、エリンはいつの間にか高鳴っていた自身の鼓動の音に気がついた。
思えば学院外での、初めての対人戦闘だった。
どうやら、思っていたよりも緊張していたらしい。
「よし! これで大丈夫だね。お疲れ様」
「……はい。お疲れさまでした」
アズールに声をかけられて、ようやく男を無力化できたのだと実感がわいた。
自分もアズールも、そして街も無事のまま事件を解決できたのだと。そう理解した途端に足から力が抜けて、エリンはそのまま地面に座り込んでしまった。
「……ごめんなさい。力が抜けちゃって……」
「ふふっ、初めてだもんね。仕方ないよ。ウチも疲れたし!」
そう言って、アズールもまた横に座り込んだ。
剣だけはその手にしっかりと回収しているから、例え狐男が目覚めたとしても万が一は起きないだろう。
「街の人に頼んで連絡して貰ったから、直ぐに衛兵が来るよ。それまで休んでよ?」
「……はい。そうします」
逃げた犯人は気絶し拘束中。危険魔道具も無事に確保した。
後はもう1人の逃亡犯だが、そちらは課長達が何とかするのだろう。
目まぐるしかった今日が、ようやく落ち着いた。
建物の壁で四角に切り取りた空を見て、エリンは大きく息を吐きだした。
……昨日まで
「アズールさん」
「んー? なんだいエリンちゃん」
「……ここ、凄いとこですね」
しみじみと、そう言った。
仕事の振れ幅があまりにも大きすぎる。
「でしょ? この都市の特認魔術に関するあらゆる事を対処する、それがウチらの仕事だよ」
人々の未来を照らす、新たな特認魔術の審査と認可を行う『通常業務』と。
人々を脅かす違法特認魔術を捜査し取り押さえるもう1つの『特別業務』。
そのどちらともがこの魔術課の役割で、これからエリンが向き合うことになる仕事なのだ。
そして、それには沢山の魔法知識と、魔法に立ち向かえる戦闘能力が必須になる。
――これは確かに
ようやく、何故自分がこの課に呼ばれたのかが理解できた。
非魔法使いの身で強力な魔術に立ち向かうことのできる人材。なるほどエリンは最適だったに違いない。
そして、エリンのような魔法が使えない人間でも活躍できる、数少ない職場なのだ。
……命をかける必要はあるけれど。
この都市には、今日みたいな違法魔道具がたくさん持ち込まれるのだろう。
その全てを封じ込めて、この特魔課は都市の平和を護り続けているのだ。
「責任重大ですね」
「そうだね。……でも、気に入ると思うよ?」
「……はい、そうですね」
初日と同じ笑顔で言うアズールに、エリンは頷いた。
たくさんの違法魔道具を、違法魔術を知る。
それはもしかしたら、大規模戦争のない現代で最も魔法・魔術に触れられる場所かもしれなかった。
その上、人命を守れるなら、これほど誇らしい事はない。
――魔法を使えない私に、一体何が出来るのか。
それが、ユラリアにいる間にエリンを悩ませていた問題だった。
この世界は魔法で回っている。それを使えないエリンに価値なんてあるのか。ずっと疑問だったのだ。
だから、魔法を使えるように『奥』を目指したのだけれど。
この場所には、自分に価値がある。
なら、しばらくは頑張ってみようと、そう思うのだ。
「頑張ります。私の力で人が救うことができるなら」
こうして、エリンがテティアに来て最初の『特別業務』は終わりを迎えたのだった。