王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第13話 魔法教室

 

 

 翌日、エリンはまたまたギルドを飛び出し、都市南部にある教会――樹神教会へとやってきていた。

 

 樹神教は、この世界で最も古くから存在する創世神話にまつわる信仰である。

 

 世界は1本の巨大な樹から創られ、生命はそこから零れ落ちた果実だとするもので、数多の命はこの巨大な樹を循環して巡っていくのだという。

 特に古くから自然と共に生きてきた妖精たちの信仰は厚く、そこから獣人と人間――人類にも伝え広められてきた。

 

 妖精をはじめとする長命種が存在するこの世界において、彼らが篤く信仰する樹神教は、最早歴史の事実として人々に信じられている。

 

 そのため樹神教は世界中に広がっており、このテティアもまた例外ではない。

 都市内部に複数ヶ所、樹神教会が点在している。

 

 聖堂に植えられた巨大な樹に、皆が祈りを捧げていく。

 天井の採光窓によって光が降り注ぐ幻想的な光景が広がる聖堂は、住民たちの憩いの場としても人気の場所である。

 

 ギルドへ出勤するやいなやアズールに連れまわされて色んな準備をさせられ、やってきたこの教会。

 てっきり昨日の事件に関して何かしら進展があって、そのための準備や移動なのかと思っていたら――。

 

「じゃあ今日は魔法の属性について授業をするよー」

「「「はーい!」」」

 

 教会内部に作られた小部屋に集まったのは、年端もいかない子供たち。

 並べられた椅子に腰かけた彼ら彼女らに向けて、アズールとエリンは紙と木で作った張りぼてを掲げて見せる。

 

「さあ新米先生のエリンちゃん! 今、ウチらが人類が扱える属性は何がある?」

「ええと……ぞ、属性には火と水、風……後は雷に氷、光といったものが確認されてます」

 

 エリンが手に持つ木の棒には、今朝急いで作った紙の炎と竜巻、雷のマークが。アズールの方には水と氷と光が貼り付けられている。

 これらは現在人類――人間と獣人が使用可能な魔法属性を象り、子供向けに可愛らしく飾った絵図である。

 

 ……うん、作っている途中でわかっていたよ。これが昨日の事件とは何の関係もないってことは。

 ひっそりと重たい息を吐き出すエリンを他所に、授業は賑やかに進んでいく。

 

「そうそう。妖精が扱う魔法には、大地の属性もあるんだよ。凄いんだよー! 手をこう……ぐわっ!って振るだけで山を作っちゃうんだから」

「「「すごーい!」」」

「は、はは……」

 

 どうやらここは、子供たち向けの魔法教室らしい。

 魔法に関して厳しく制限と監視が行われているこの都市(テティア)だが、唯一その縛りがない者たちがいる――子供たちである。

 

 魔法を使うのに必須の器官である核は、8歳頃から活性化と肥大化を始める。

 10歳になる頃には核が成熟し、取り込んだ魔力を変換、放出が滞りなく出来るようになる。そのため子どもたちは10歳の年の終わりに魔法輪を嵌めるのだ。

 

 だが市井の者が魔法について学ぶ場は少なく、ほとんどの庶民が魔法について殆ど知らずに生きている。

 当然その子どもたちは何も知らずに成長し、その状態で魔法輪を嵌めても使いこなせずに事故を起こしてしまう可能性がある。

 

 そういった事を未然に防ぐために、エリンたち魔法ギルドが定期的に魔法教室を開いているのである。

 都市の各地で順番に、各課持ち回りで授業をしているのだそうだ。

 

「ねえ、どうして大地の魔法は使えないの? 山つくりたーい」

「お、いい質問だねー。どうだね、エリン先生?」

 

 獣人の男の子の質問を受けたアズールがびしっ、とエリンを指さした。

 

「また私……ええと、人間や獣人に使える魔法は火とか水とか、軽いものしか生み出せないんです。金属や石といった重い物、後は植物といった生き物を生み出すことはできないんです」

「「「へー」」」

「そうそう。大昔には錬金術師ーっていう金属を生み出す悪い奴もいたらしいけどね。ちなみにそいつは人の核を奪って食べちゃうんだって。特に……真面目に勉強しない悪い子の核をだ! 食べちゃうぞー!」

「「「きゃー!」」」

「わっはっは……!!」

 

 アズールはこの授業が好きなようで、特魔課受け持ちの時はいつも参加しているそうだ。

 ちなみに他の課員は通常業務中である。多分、逃げ出したのだろう。

 新人だからって面倒な仕事を押し付けられている気がしてならないエリンである。

 

 この()()の制作だけは手伝ってくれたので、許してあげよう。ちなみに子供たちに人気の手足が動く張りぼて『アズールちゃん』はランドルフ作だったりする。

 

 そんな賑やかな授業は2時間ほどで終わり、解散となった。

 

「「「先生ありがとうございましたー!」」」

「うむ! また来月なー!」

「気を付けて帰ってねー」

 

 挨拶しながら帰っていく子供たちを見送って、片付けを済ませた。

 

「よし、これで片付けも終了。エリンちゃんもお疲れ様!」

「はい。……大分疲れました……子どもの相手って大変ですね」

「そう? 楽しくない?」

 

 そう思えるのは課でもアズールだけだろう。

 乾いた笑いを返しながら、エリンはふと浮かんだ疑問を口にする。

 

「でも、アロナちゃん来なかったですね? 会いたかったんですが」

「そうだねー。家業が忙しいのかなー」

 

 常連客No.3という噂の少女アロナちゃんは、都市南部の商店が集まった区域にある貸本屋の娘さんだという。

 生まれの為か同世代の子の中でも利発であり、アズールたちの教育もあって魔法に対する知識もどんどんと吸収しているそうだ。

 会うのが楽しみだったのだが、忙しいなら仕方ない。

 

「それより、明日は最初の休みだよ? エリンちゃんは何するの?」

「そうですね……」

 

 6日働いて、3日休む。それがこの都市の働き方なのだそうだ。

 エリンがギルドに来たのは週の始め。そこから6日経ったので、明日が初めての休みとなる。

 

 ギルド自体はそのうち2日が完全休業。3日目は交代勤務で午前中のみ開業となるらしいが、特魔課は常連ばかりで暇なので3日全て休みになる。

 それはいいことなのか?と思わないでもないが、休めるのならありがたい。

 

 ユラリアは選んだ授業次第で休みが変わる仕組みだったので、定期的な、まとまった休みというのは随分と久しぶりな気がする。

 

「とりあえず、都市を見て回ろうかなって思ってます。慌ただしかったので、まだ近所しか覗けてなくて」

「そっか、エリンちゃんテティア自体初めてなんだよね? なら色々と行ってみるといいよ。娯楽もいっぱいあるし」

「……ちなみに、皆さんは休みに何されてるんですか?」

 

 アズールの言う通り、エリンは故郷を出てそのままユラリアを目指したため、テティアは今回の就職で初めて訪れたのだ。

 そもそも大きな都市に住むこと自体が初めて。

 都市には何があるものなのかすらわからない、筋金入りの田舎ものであった。

 

「ウチは部屋でのんびりしたり、湯屋に行くことが多いかなー。眼が疲れるから休めてるんだ」

「5重刻印ですもんね……。どうして普通に見えているのか不思議で仕方ないですよ」

「それは……体質? 自分でこれやった後、たまたま出会った刻印魔術師に見てもらったら『奇跡だ……』って震えながら言われたよ」

「はは……」

 

 普通なら刻印を刻んだ瞬間に魔力枯渇で死んでいる。本当に奇跡の産物なのだ。

 ちなみに、この間アズールが見せた魔力を見る能力は5つの刻印の1つ目の機能らしい。

 あとの4つは秘密らしいので、いつか見るのが楽しみなエリンであった。

 

「他の人たちだと、タナさんはよく演劇とか見に行ってるよ。あの人、演劇とか物語とか大好きすぎてテティアにいるから」

「そうだったんですね!?」

「明日はお気に入りの演目が見れるんだーって、エリンちゃんが来る前から楽しみにしてたんだよ」

 

 どうして妖精が人の都市に……と思っていたが、まさかそういう理由だったのか?

 確かに今日はなんだか機嫌がよかった。今朝鼻歌交じりに板紙を切る妖精の姿を思い出したエリンであった。

 

「でも妖精郷から出てくるなんてよっぽど面白いんですね……。私、演劇って見た事なくて」

「ありゃそうなの? 今度タナさんにおススメ聞いてみたら? 喜んで教えてくれると思うよ」

「え? ……か、考えておきます」

 

 学院時代、少女小説が好きな同室のマイラに何となしにおススメを聞いたら、止まらぬ語りで寝かせてもらえなかった思い出が蘇ってきた。

 そうだ、タナウのあの表情は新作小説の発売日を楽しみにしているマイラのそれだ。

 声を掛けたら最後、とんでもない熱量で連れまわされそうだ。

 ……街の散策が落ち着いてから声をかけよう、とエリンは心に決めたのだった。

 

「あとは、ランドは特訓してることが多いんじゃないかな。見ての通りムキムキでしょ? あれ仕事の後も鍛えてるんだよ。信じられないよね。課長は知らないや。ギルド長なら詳しいかも……あの人たち、昔からの知り合いみたいだから」

「へえ……」

 

 確かに、上司と部下にしては気安い関係に見えた。

 年齢も近そうだし、同郷か同期だったりするのだろう。 

 まだ知り合って数日。同僚たちの事はほとんど知らない。

 ……いつか、もっと知れたら良いなと、そう思う程には特魔課の人たちと仲良くなれてきている気がした。

 

「あ、ポピアさんの料理屋に行くのもいいと思うよ! 安くて美味しいから」

 

 料理、と聞いてエリンの耳がぴくりと動いた。

 父が獲物で作る山料理や、学院の食堂や魔法使いたちの編み出した魔法飯によって、エリンはすっかり食べることが趣味になりつつあった。

 山に学院とあまり外界に触れられなかった環境で過ごしてきたが故に、他の娯楽を知らないだけではあるのだが……美味しいものを食べるのは良いことである。

 

「そうですね! ……折角なら、アロナちゃんの店も覗いてみようかな」

「いいねー。後で場所を教えるよ……っと。これで良し。戻ろうか」

「はい」

 

 荷物をまとめ終え、場所を貸してくれた教会の方々にお礼をしてから外に出る。

 そのままギルドへと戻っていく途中。

 

 

「――おう、エリンちゃんじゃねえか!」

 

 エリンはすれ違った男性に声をかけられた。

 声を掛けられる程の知り合いが都市に殆どいないエリンが怪訝な表情で振り向くと、そこには見覚えのある犬獣人のおじさんが立っていた。

 

「あ、あの時の!」

「なになに? 知り合い?」

「はい。テティアに来る前に知り合いまして」

 

 アズールの言葉に頷く。

 彼はテティアに向かう道中で、魔獣に襲われている所を助けて、その後護衛をする代わりに道案内をしてもらった商人である。

 たしかテティアにお店を持っているという話だったが、まさかこんなところで再会できるとは。

 おじさんの方も笑みを浮かべながら頷いている。

 

「おう。エリンちゃんには行商の帰りに助けてもらったのよ。すげえんだぜ? 魔獣を弓であっという間に倒しちまうんだからよ」

「おおー! ……弓?」

「父が狩人だったので……」

 

 近道をしようと森の中を突き進み、食料確保のために狩りをしていた所で出会ったのだ。

 魔獣で襲われていた彼を助け、エリンは食料だけでなく護衛料まで手に入れた。

 給料日前のエリンが暮らしていけているのも、彼から得た報酬のおかげともいえる。

 

 というわけで、実はエリンの方が助けられた側だったりするのだが、泣いて感謝されたので言い出せずにいる。

 

「しかしこんな直ぐに再会できるとは、凄い偶然だね! 魔法ギルドの仕事中かい?」

「はい、そうなんです。おじさんは……買い物帰りですか?」

 

 おじさんは買い出しの帰りだったのか、食材を入れた籠を持っている。

 結構な量があるが、パーティーでも開くのだろうか。

 

「ああ、違うよ。配達の途中。言ったろ、お店やってるって……あ、そうだ!」

 

 笑顔で首を振っていたおじさんが、ふと思い出したように言った。

 

「なあ、エリンちゃん。ちょっと頼まれてくれねえか。明日、ギルドは休みだろ?」

「……はい?」

 

 働き始めてからドタバタ続きだったエリンの初の休日。

 そこには早速、何やら起きそうな怪しい気配が漂い始めたのだった。

 

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