王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第14話 消える魔道具①

 

 

 

 エリンは全速力で山道を下っていた。

 

『はっ……はっ……』

 

 視界の先では黒い煙が上がっており、誰のかわからない悲鳴が聞こえる。

 急がなければ。

 全力で走るけれど、まだ幼い自分の足はどうしても時間がかかった。

 だからだろうか、エリンがようやく家にたどり着き、扉を開けると――。

 

『……カリン!!』

 

 家の中で倒れた妹、カリンの姿があった。

 腕鬼(グラウル)に襲われたのか胸から沢山の血を流し、壊れた家具や散らばった布切れの中に埋もれて倒れている。

 既に腕鬼の姿はなくて――本当はその可能性を考えてもいなかったのだけれど、エリンはあわてて妹に駆け寄った。

 

『カリン、起きて……カリン……!!』

『……おねえ、ちゃん』

 

 かすれた声で(カリン)が囁く。

 よかった、まだ生きてる。私は間に合ったんだ。

 そう安堵して息を吐いた、その瞬間。

 カリンが腕をつかんできた。

 

『カリン……?』

『……どうして、逃げたの?』

『え……?』

 

 閉じていたカリンの瞼が開いて、こちらを見た。

 真っ赤に血走った瞳が、私をじっと見つめて。

 骨が砕けるのかと思うくらい、強い力で腕を締め付けられた。

 

『カリン……? 痛いよ……っ、放して……』

『嫌だ』

『どうして……?』

『だって、離せばまた逃げるでしょ? あの学院に閉じこもるでしょ?』

『……っ』

 

 カリンは、あの子は寝たきりな筈なのに。目なんて覚まさない筈なのに。

 恐ろしい力で腕を掴む彼女は血走った目で、(エリン)を見るのだ。

 

『6年も経ったのに、お姉ちゃんは何もしてくれない。魔法で私を、お父さんを助けてくれるんじゃないの?』

『……違うの……私は……』

『嘘つき。あたしは、ずっと眠ったままで、お姉ちゃんだけが楽しく暮らしてる。……ずるい、ずるいずるいずるい!!』

『ごめんね、カリン。ごめんね……』

『絶対に許さない。絶対――』

 

 腕の痛みがなくなったと思ったら、カリンの手が今度は私の顔を掴んだ。

 

『私をなかったことになんて、させない』

 

 みしりと、鳴ってはいけない音が鳴って。

 骨を砕く凄まじい力で、今度は私の顔を――。

 

 

 

「…………っ!?」

 

 はっとエリンが目を覚ますと、朝になっていた。

 まだ日の出くらいの時間帯。

 澄んだ、僅かに冷えた空気が頬に触れる。

 

「……馬鹿な夢」

 

 少し前から何度も繰り返し見るようになっていた。

 カリンはあんな事を言わない。否、言えないのだ。

 

 現実のカリンは寝たきりだし、あの日家には近所のおじさんが助けに来てくれていたからエリンは家の中を見てはいないのだから。

 

 全てはエリン自身が作り出した偽りの記憶。

 カリンを助けると決めたというのに何もできていない自分の被害妄想でしかないのに。

 

「……本当に、これで良かったんだよね」

 

『奥』にいくという夢をあきらめたことはない。

 学院を目指し、卒業するまでの10年を無駄にしたつもりもない。

 でも、時々思うのだ。

 

 ――私のこの努力は、今も眠るカリンから逃げるためにやっているだけなのでは? と。

 

 そんなことはないとその度に思うのだけれど、事実自分は何も成していない。

『奥』に入ることはできておらず、特魔課というちょっとだけ……いやかなり特殊な環境で働くことになっている。

 ここで働いていて、果たして私は『奥』に行くことができるのだろうか。

 

 学院長の話では、『奥』にいくことができないまま一生を終える人もいるという。

 ならば自分自身がそうなる可能性だっていくらでもある。もしそうなれば、カリンは寝たきりのまま一生を終えるのだ。

 その時、自分は果たしてカリンになんて言えばいいのだろう。

 

 それが、ずっと怖いのだ。

 

「……ううん、私は『奥』にいける。行ってみせる」

 

 そのために、ずっと頑張って、ここまで来たのだから。

 

「……よし! 今日も頑張ろう」

 

 頬を2回叩いて気合を入れると、エリンは飛び起きた。

 着替えを済ませ、簡単な柔軟運動をしてから宿を出る。

 

 早朝のテティアは少しだけ肌寒く、都市南部にある市に向かう商人たちと、都市外へ向かう冒険者たちだけが通りを歩く、静かな景色が広がっている。

 その中を弓を担いで進んでいき、エリンは東門から街の外へと出た。

 

「――ふう」

 

 東側は大きな都市への街道はなく、有名な史跡もないためにこの時間は人の出入りがほとんどない。

 今も周辺にいるのはエリンのみ。

 誰の目も気にせず、存分に外の空気を吸い込んで、エリンは歩き出す。

 

 昨日のうちに地図で確認していた、北東に広がる森へと向かう。

 小一時間程で走ってそこまで辿り着くと、エリンは背負っていた弓を取り出し、弦の具合を確かめる。

 

 都市直ぐ側の森は定期的に冒険者や衛士の見回りがあるため、害のある魔獣はほとんどいない。

 だがその分、動物たちが繁殖しており、特に野鳥は種類が豊富なのだと書物に載っていた。

 

 森の中を進んでいたエリンは、枝に留まった1羽を見つけ、矢をつがえる。

 朝露に濡れた草の陰から、ゆっくりと弦を引いて狙いを定めた。

 

 ――いいか、エリン。息を潜めて、獲物の思考をなぞるんだ。相手が何をしたいのか。それがわかれば、獣の行動は意外と単純なんだ。

 

 相手の僅かな動作の意図を知れば、自ずと射つべき時はわかる。それは人も獣も同じだ。

 かつて父に教わった言葉を思い浮かべながら、休もうとした鳥の瞼が降りたその瞬間に、矢を解き放った。

 

「――――」

 

 放たれた矢は野鳥を精確に射抜き、その身体は木の向こうへと落ちていった。

 

「ふう……」

 

 学院時代から、こうして朝に運動として弓の鍛錬を続けている。

 弓の技術なんて学院生活には無用かと思っていたから、最初はただただ惰性でやっていただけなのだけれど、ある日突然魔法使い対抗戦に駆り出され、何故か弓で魔法相手に戦う事になった。

 それ以降は日課だけでなく訓練として、休みの朝にはこうして弓を扱っている。

 

 そうしている内に、いつの間にか弓の腕も向上してしまった。

 狩人になる気なんてないのに、これだけで食えていけそうな位には習熟している。

 やはりあの父の子なのだろうとエリンは思う。

 

 ――お父さん、元気かな。

 

 狩人としては完璧な人であった。父としてはあまりに不器用な人だったけれど、あの弓の構えと、引き絞る弦の音は今でも記憶の中心に残り続けている。

 エリンはそれをなぞってるだけだ。

 

 卒業して今度こそ不要になると思ったのに、こうして弓を持ち出してるのは、我ながらその必要性を感じているからなのだろう。

 

「違法魔道具、か……」

 

 悪意を持って作られた、強力な魔術が込められた道具。

 どれだけ派手に戦っても命の保証があった学院とは違う、正真正銘の命の駆け引き。

 どちらもエリンには衝撃的なことであった。

 

 ――魔法は、人々の暮らしを豊かにするものであって、人の暮らしを脅かすものであってはならない。

 

 学院で先ず最初に学ぶ、魔法使いの大原則。

 エリンにとってもう1人の育ての親といってもいい学院長からの教えを、エリンや同級生たちは忠実に守ってきた。

 

 でも、魔法使いにとっては当然の理論でも、魔法を碌に知らない庶民には関係がない。

 高度な魔法技術の結晶である魔道具だって、彼らからしたらちょっと便利な道具でしかないのだ。

 

 だから、自分の利益のためだけに魔法を悪用する――そんな輩がいることはエリンも知ってはいた。

 でもあのように直に遭遇したのは初めてのことであった。

 

 血走った目で必死に魔道具を振るう狐獣人の男は、絶望的な程に戦いの素人だった。

 戦いなんて経験したこともなかったのだろう。

 だというのに、彼が手にしていた魔道具は、最上級の冒険者たちしか所持を許されない危険な兵器。

 扱いを間違えば簡単に沢山の人が死んでしまう……そんな危険物を、自分の生活のためだけに取り扱っているのだ。

 

 ――魔法は、人を救うことができる、素敵なもののはずなのに。

 

 よくあることだと、特魔課の先輩たちはそう言っていた。

 あんな危険なものを生み出して、売り捌いて、その利益で生きている人たちが当たり前のように存在しているのだ。

 

「……私は、何も知らなかったんだなぁ」

 

 山と学院の中しか知らない自分は、あまりにも世間を知らないのだとエリンは思い知る。

 こんな無知な人間が、『奥』になんていける筈がないのだ。

 

「いっぱい学ばないとですね、学院長」

 

 それがきっとあなたの望みなのだろうと、憎たらしく髭を揺らして笑う老人を思い出しながら、射落とした鳥を回収しに向かうのだった。

 

 

***

 

 

 日課の鍛錬を終えたエリンは、汗を拭き取り着替えると、朝食を取りに向かった。

 

「はーい、エリンちゃん! ココ煮定食お待たせー!」

「わー! ありがとうございます!」

 

 テーブルに置かれた湯気立ち昇る木皿に目を奪われる。

 出てきたのは照りのある鳥肉を甘辛い味付けで煮込んだハーヴァスでは馴染みの料理。

 安くて食べ応え十分ということで、庶民に愛される味である。

 

「お肉おまけしといたから、遠慮なく食べてね?」

「え? いいんですか?」

「勿論よ、エリンちゃんがくれたお肉じゃない。それに、折角エリンちゃんがお店に来てくれたんだもの。サービスしなくちゃ」 

 

 そう言って笑うのは、特魔課常連のポピアさんである。

 折角知り合ったのだからと、朝食は彼女のお店で取ることにしたのだ。

 

 丁度、先程狩った鳥の肉があったので処理してから一部を渡している。

 迷惑かとも思ったが、満面の笑みで出迎えてくれて、お肉も喜んで受け取ってくれた。

 こうしておまけもしてくれるし、何より見た目も香りもとっても美味しそうで、来て本当によかったとエリンは深く礼をする。

 

「ありがとうございます。いただきます!」

 

 匙で簡単に崩せるほろほろのお肉を口に運ぶと、とろりとした触感と濃厚な味が口内を満たした。

 同じようにとろけそうになる頬を抑えて、エリンは恍惚とした表情を浮かべる。

 

「おいしい……」

「あら、嬉しい。エリンちゃんならいつでも歓迎するから、また来てね? お肉もまた持ってきてくれたら、美味しく料理するわよー」

「勿論です。また来ます……」

 

 とっても美味しく、そしてお安い。

 濃い味付けも運動した身体に染みる。絶対にまた来ようと誓うエリンであった。

 

 ちなみにこの食堂は朝からお昼までをポピアさんが、夜間は旦那さんがやっているらしい。ポピアさんはこの食堂経営を終えてから絵を描いたり特魔課に持ち込んでいるということになる。凄い活力である。

 

 

 

「それで、エリンちゃんは今日休みでしょう? 働き始めて最初のお休み、なにか予定はあるの?」

 

 食べ終えた頃にやってきたポピアさんにお水を貰っていると、ふと尋ねられた。

 

「はい。実は昨日、近くのお店のロロンさんという方に頼まれまして、調査をすることになりまして」

「あら、ロロンさんに? ……ということは、あの事ね」

 

 ロロンとは、昨日偶然再会した商人のおじさんである。

 あの後ようやく名前を知ったのだが、彼はこの店のご近所――都市の南西部に広がる住宅街にて食料品店を開いていた。

 

 ポピアとも知り合いのご近所さんの様だ。

 実はポピアの店に来たのも、彼のお店の近くにあったから、ついでにと立ち寄ったのであった。

 この後、依頼の詳細を聞きに彼の店に行く予定である。

 

 昨日、彼に頼まれたこと。それは――。

 

「でも不思議よね。魔道具が1()()()()盗まれるなんて」

「そうなんですよね……」

 

 彼の店を始め、この辺りのお店で起きた、魔道具が盗まれるという怪事件の調査だった。

 それだけ聞けば即通報の盗難事件なのだが、何故か騒ぎにはなっていない。

 その理由は、翌日には盗まれた魔道具が()()()()()()()()()()ということにある。

 

「盗まれても翌日に、消えた筈の場所にそのまま戻ってきてるなら、事件にもできないですからね……」

「ねえ? ちょっと見落としてただけなんじゃない? って私も思ったもの」

 

 正直、最初に聞いた時も冗談を言われたのだと思った程だ。

 だかロロンは本当に困り果てた様子で、それでエリンが話を聞くことになったのだ。

 

「衛兵は呼んだんですよね?」

「勿論よ。泥棒自体はたまにあるけど、商品じゃなくて備品だったからねえ。不思議ねって、結構な騒ぎになったわ」

「でも、戻ってきちゃった、と……本当に、不思議ですね」

 

 初日こそ大騒ぎになって衛兵を呼んだものの、翌日には盗まれたと騒ぐ魔道具は戻ってきた。

 壊れていたり部品が抜かれたりといった異変もないらしく、全く問題なく稼働した。

 そうなると実害もなく、衛兵たちも動きにくい。

 

「一応、この辺りを衛兵さんが見回りしてくれたのよ? でも、この辺りっていっても広いじゃない? 結局怪しい人は見つからなくて、また盗みが発生しちゃったんですって」

「貴金属の泥棒でもないですし、どこの物が盗まれるのか分からないとなると、見張ることもできませんもんね……」

 

 以降も他の店で同様の盗難騒ぎが起きたようだが、全て1日で盗品は返ってきた。

 当然犯人も捕まっておらず、また起きる可能性は非常に高い。

 だが盗まれても1日だけ、とわかっているからか皆どこか弛緩した雰囲気が広まってしまったそうだ。

 

 結果解決もできないまま放置され、気味悪がったロロンが特魔課の個人的知り合いであるエリンに調査を依頼した、という訳である。

 こんな奇妙なことを起こせるのは魔法に違いない、と。

 

 つまりエリンはこの難事件を解決する探偵役を頼まれたという訳なのだが、こうしてポピアから話を聞いても、全くもって意味が分からない。

 

「でもエリンちゃんも大変ね。折角のお休みなのに」

「いえ、丁度街を見て回ろうと思っていたので、そのついでです。それに、報酬代わりに色々と商品を融通してもらえることになったので……」

「それはそうよ! 働き始めの子を無給で働かせるなんて私が許さないわ!」

 

 食料品をメインに扱う商人であるロロンからは食料を、他の困っているお店からも報酬として現物を譲ってもらえることになった。

 新生活を始めたばかりで色々と入用なエリンにとってもありがたい依頼だった。

 

 ちなみにリセツに聞いてみたところ、好きにしていいとのことだったのでそこに関しても一安心である。

 

 アズールは心配して付いて来ようとしてくれたが、休日に付き合わせるのも悪いので丁重にお断りした。

 聞いている限り危険度もなさそうだし、ロロンには悪いが散歩のついでに色々と聞いて回るだけのつもりである。

 

「でもそういうことなら、是非お願いね。おかしな泥棒を捕まえちゃって!」

「は、はい。……ごちそうさまでした」

 

 衛兵じゃないんだけどな、と苦笑いしつつエリンはロロンのお店へと向かうのだった。

 

 

*** 

 

 

 ポピアのお店を出てしばらく歩くと、住宅に囲まれた、茶と赤色の煉瓦造りの鮮やかなロロンの店が現れる。

 入口の両脇に設置された棚には商品である食料品が並べられており、お客さんたちが集まって賑やかな様子。ロロンのお店は、結構繁盛しているようだ。

 

 その横を通り抜けて、お店の中へと入っていくと、カウンターのロロンが笑みを浮かべてこちらへとやってくる。

 

「ようエリンちゃん! 悪いね、来てもらっちゃって」

「いえいえ。私もありがたいお話なので……それで、その魔道具というのは?」

「ああ、こっちだよ」

 

 お昼に向けての買い物客で賑わう店内を抜けて、奥の従業員用区画へと向かう。

 ロロンの店は各地方から仕入れた加工食品を取り扱っているそうだ。

 南東部から買い付けてきている蜂蜜が特に人気なのだとテティアに向かう際に教えてくれたが、実際かなり賑わっているようであった。

 

 そうして案内されたのは、倉庫の手前。従業員の品出し作業場であった。

 壁や棚に張られた紙に書かれた指示やら商品リスト、開いた箱に詰め込まれた商品などが散らばっていて、若い男女数名が慌ただしく作業をしている。

 その隙間を縫って、奥の開いたスペースに置かれた魔道具へと案内された。

 

「これだよ。品物の重さを計るための魔道具だ」

「これが……」

 

 石の机に置かれたのは、両手でやっと持てそうな大きさの円筒型の装置。

 硝子筒の中に品物を置いて起動すれば風魔法が起動して品物を持ち上げ、その際の風量で重さを調べる――計量の魔道具のようだ。

 

 風を使うから調薬などの繊細な作業には使えないが、加工品を扱うロロンのようなお店には便利な魔道具なのだろう。

 だが――。

 

「これを盗んだんですか……?」

「まあ、そう思うよなあ。こんなもん盗んだってなんの役にも立たないだろうに」

 

 重く大きく、出来ることは重さを計るだけ。

 正直、ロロンたち以外には大して役に立たない魔道具である。

 

「この魔道具はいつもここに?」

「ああそうだ。加工品っていっても結構内容量にばらつきがあってね。ここで計って細かく値付けをするんだ」

「そうなんですね。……お店としては必要な魔道具なんですね」

 

 使い方も想像通り。実は秘密のとんでもない機能があって――なんてこともなさそうだ。

 魔道具としてもそこまで複雑な機構でも、珍しい魔術が使われているわけでもない。

 わざわざ騒ぎを起こしてまで盗む価値のある物では絶対にないだろう。

 返してるし。

 

「ひょっとして他のお店もこんな感じですか?」

 

 まさかと思い尋ねてみれば、案の定苦笑いを浮かべて頷かれた。

 

「……そうなんだよね。被害にあった魔道具はどこもお店には必須なんだけど、普通の人には役に立たないものばかりなんだよ。だから余計不思議なんだよね」

「確かに、これを盗んでも使い道がないですよね。……だから1日で返したとか?」

 

 盗んでみたけど、要らなかったから返した、なんてことはないだろうか。

 

「いやあ、そんなに間抜けだとは思えないけどねえ。お金目的ならもっといい魔道具もあるし、なんならお店の金庫を盗む方が早いだろ?」

 

 ロロンの言葉に「ですよねえ」とエリンも頷く。

 ただそうなると、ますます目的がわからない。

 わざわざ盗んで返すなんて、一体何がしたいのやら。

 

「盗まれて戻ってきた後、なんの変化もなかったんですよね?」

「そうなんだよ……あ、でも」

「……?」

 

 ふと思い出したようにロロンが手を叩いた。

 

「戻ってきてから、計量の精度が上がってる気がするんだよね」

「ええ……!?」

 

 更に不可解な話が飛び出した。

 

「精度が? しかも上がったんですか?」

「そうそう。前は重さがわかるまでもう少し時間がかかってたんだよ。数値も計る度にちょっとずつ違ってたのも、最近は揃ってるし」

「つまり……直ってるってことですか?」

 

 雑に扱われて壊れたり、部品が抜かれたりするどころか、むしろ直っている。

 そんな盗難……あるわけがない!

 人前でなければ頭を抱えて叫びたいエリンであった。

 

「ありえないだろう? だから思い込みだと思うんだけどね」

「そうですね、それは流石に……あっ、でも……」

 

 ふと、閃きがあった。

 部品も抜かれず、壊れてもいない。

 起きているのは、精度が僅かに上がっているという奇妙なことだけだ。

 

 ――でも、そうか。精度が上がってるんだ。ならば、それは明確な変化に違いない。

 

 エリンは探偵でも衛兵でもなく、出来るのは特魔課としての役割だけ。

 でも部品とかに関係なく魔術の精度が上がっているのなら、特魔課らしく、やれることはありそうだ。

 

「あの、ロロンさん。この魔道具の刻印、見せてもらっていいですか?」

「そりゃいいけど、どうしたんだい?」

「もしかしたらですけど……犯人の目的、分かったかもしれません」

 

 怪訝な表情を浮かべるロロンに、エリンは確信をもって告げるのだった。

 

 

 

 

 

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