それからエリンはこの日帰り盗難とでもいうべき事件の被害にあったお店を巡っていき、気付いたら夕刻になっていた。
既にロロンから話を通してくれていたようで、どこも直ぐに被害にあった魔道具を見せてくれた。あと、色々と商品もくれた。
「つ、疲れた……」
最終的には貰い物でぱんぱんになった革鞄を持ったエリンは、疲弊した状態でポピアさんの店のテーブルに突っ伏したのであった。
対面に座っているロロンがその様子を見て申し訳なさそうにしている。
「エリンちゃんお疲れ様。ありがとうね、全部のお店見てくれたんだって?」
その視線はエリンというよりもその脇に置かれた革鞄に向けられている。
噂が早い……というよりはその鞄に詰め込まれた物の数を見て言っている感じではあるが、事実なのでエリンは頷いた。
「はい。どうしても気になっちゃって……。それに、途中からは私も楽しくなっちゃいまして」
「なら良かったんだけどね……こうも時間がかかるとはね。休みの日に申し訳なかったなあ」
「そうよー。エリンちゃんは私の魔法陣を調べてもらう、大事な子なんですから。無理させないでよー?」
「あははは……」
カウンター内で作業しているポピアの言葉に、乾いた笑いを返すしかない。
できればもう少し絵の数を減らして欲しい……とは決して言えないエリンであった。
「でも、ありがとうございます。お店をお借りしちゃって」
「いいのいいの。今は閉めてる時間だから、気にしないで」
落ち着いて話がしたかったので、お願いをしてポピアのお店を借りることにした。
丁度夜営業への移行中らしく、旦那さんが下ごしらえをする中で良ければとこうして利用させて貰っている。
「それに、事件の解決なら喜んで協力しちゃうわ」
そう言って、ポピアがエリンの前に木皿を置いた。
そこには素揚げして塩を振った芋料理と、スライスした燻製肉が載っていて、芋からはほくほくの湯気が立ち上っている。
「これサービスね。良かったら食べて?」
「いいんですか? ありがとうございます!」
動き回ってお腹が空いてきていたので、ありがたく頂くことにする。
サクサクのお芋は暖かく、塩と油が疲れた体に良く染みる。
これだけで頑張った価値はあったと、エリンは気力がみるみるうちに戻って来るのを感じた。たった1日で、すっかりポピアの料理の虜になってしまったのだった。
「――それで、本当だったのかい? エリンちゃんが言ってたこと」
ひと段落着いたところで、ロロンが尋ねてきた。
ごくりと喉を鳴らして真剣な表情を浮かべている彼に、エリンはしっかりと頷いた。
「はい。やはり、盗難された全ての魔道具の刻印が書き換えられていました」
ロロンのお店で計量魔道具の刻印を見せてもらったエリンは、直ぐにその異変に気が付いた。
――刻印された魔法陣が書き換えられている、と。
魔道具としての機能を発揮するために、基本的に全ての魔道具には魔法陣が刻印されており、計量魔道具のような設置型のものには動力源として魔石が埋めこまれている。
その魔道具を利用する際には魔石を起動するか、刻印へ魔力を流すことで発動させるのだ。
そして、当然のことながら、書かれた式――魔法陣の文法には法則がある。
例えばロロンの店の計量魔道具では、筒の底面から風属性の《風浮》の魔術を発動させ、筒に記された一定の高さまで持ち上げてもらう。
そして、そこまでに使用した魔力量をもとに重さを数値化して表示させる……というもので、《風浮》の詠唱の他にも各種機構への指示などが魔法陣には記されている。
詠唱呪文なら火や水などの単体の属性に1つの動作や形状を指示するだけだが、魔道具の魔法陣ともなれば複数の処理を順番や並行で処理していく必要がある。
複雑なその指定をするために、魔法陣という大きな式が必要になるのだ。
だが戻ってきた魔道具たちは、その『式』が書き換えられていた。
「エリンちゃんに魔道具の中身を見せてくれって言われて分解したら、いきなり稼働させるんだからびっくりしたよ」
「すみません、つい気になってしまって……」
そのせいで硝子筒に封じ込められる筈の風が周囲の紙やらを吹き飛ばしてしまって大変だった。
でも、その際に現れた魔法陣は、元々の刻印跡より一回り小さな状態で明滅したのだ。
「魔道具の刻印は、剥がれないように金属を魔法陣状に削ってつくられますから、それを書き換えるのは至難の業です。並大抵の加工技術では魔法陣が欠けたりして壊れてしまって、起動すらしなくなりますから」
たが戻ってきた魔道具は、前の魔法陣から余分な記述を削り、より短い式で精確に発動するように書き換えられていた。
刻印が一回り小さくなっていたのはそのせいだ。
学院時代、何度もその加工を間違えて悲しみの雄叫びを上げてるマイラを見てきたから、難しさは良くわかっているつもりだ。
それをいとも簡単に、たった1日でこうも完璧に行えるとは、驚くべき技術力である。
しかもその式というのが思わず見惚れる程に効率よく、美しい式であった。
こう言っては失礼だが、こんないち魔道具に使われるにしてはあまりに不自然なほどに
魔道具の加工技術も、魔法そのものの知識も豊富ときた。
これは本当に、生半可な泥棒では到底務まらないどころか、実現不可能な事件に思えてくる。
「でも不思議ねえ。盗むんじゃなくて書き換えるなんて。私の店の調理道具もそろそろガタが来てるから書き換えてくれないかしら。……あ、でも盗まれちゃうから1日は使えないのよね? それは不便だわー」
いつの間にか隣に座って話を聞いていたポピアさんが困ったように言った。
お店はいいのかな?と思ったけれど、彼女自体はもう上がっているそうで、エリンたちの話が気になって残っているだけなのだという。
すっかり捜査の一員となっている彼女の言葉に、エリンは頷きを返す。
「そうなんです。とっても不思議ですよね……。だから気になって、被害にあったお店を全部回って刻印を写してきました。そしたら、こんなに時間かかっちゃったんですけど」
「ええ!? あの数を全部!? そりゃあ遅くなるよ。大変だっただろう」
「いえいえ! むしろ楽しかったです。どの魔道具の式も本当に綺麗で、見て回る価値のあるものでしたよ」
「そ、そうかい? ならいいんだけど……」
結果、どの魔道具も刻印魔法陣が修復され、むしろ改良されて性能が上がっていた。
ロロンの店の計量魔道具に加え、肉屋の精肉魔道具に喫茶店の攪拌魔道具――。
用途が異なる魔道具の式、その全てを完璧に効率化していたのだ。
あらゆる魔道具、魔法陣に精通していなければ出来ない芸当。並大抵の魔法使いができる業ではない。
何より、どれも本当に美しい式であった……。
完璧に描き写してきたので、帰ったら1つ1つ調べようと固く決意する。エリンとしてはこれだけでも十分な報酬であった。
「でもあんな綺麗な魔法陣、一体誰が描いたんでしょうか……ぜひ会ってみたいです」
「エリンちゃん、相手は泥棒だからね?」
恍惚とするエリンに呆れつつも、全ての刻印が改善されたことを知ったロロンは「なるほどなあ」と頷いた。
「1日泥棒どころか、無料で改良してくれる1日修理屋だったって訳かい。不思議なもんだなあ」
「ホントよねえ。なんのためにそんなことをするのかしら」
「そこは調べてみないと何とも……」
犯人が『何を』したのかはわかったが、結局『何故』の部分は何もわかっていない。
あれだけの腕をもつ魔法使いなら、ただ気まぐれで修理して回った、なんてことはありえない筈だが……。
「そうだねえ。あっ! その刻印を調べるからギルドでうちの魔道具を没収、なんてことは……」
そうなったら1日どころかしばらく戻ってこなくなる。それは困ると訴えるロロンに、エリンは大丈夫だと首を横に振る。
「そこは大丈夫だと思います。発動する魔術に変わりはないですし、式を整えただけですので」
そう、今のところ書き換えられた式に違法性は見受けられない。勿論ちゃんと調べる必要はあるが、既に式をしっかりと描き写したので大丈夫だろう。
ただその代わりに、本来泥棒たちが得るはずの利益も何もなかった。ただ魔法陣が書き換えられただけで部品も魔石も抜かれていないのだから。
だからこそ分からない。犯人は何故こんなことをしたのだろうか。
「じゃあ本当に害はないんだね。……うーん。不思議だ」
「本当に……。あと、分からないことはもう一つあります」
「なになに? なんだか衛兵になった気分ね!」
ノリノリの部外者ポピアさんの声に苦笑いを浮かべながら、エリンは気になっていたことを告げる。
「直すにしてもどうやってあの数の魔道具をばれない様に盗んで、元に戻したのかが分からなくて……」
『何故盗むのか』だけではなく、『どうやって盗んだのか』についても何もわかっていないのだ。
「おお、確かに!」
「それは、持って逃げたんじゃないの? 複数人なら重たくても運べるでしょう?」
見た人とか誰かいないの?と問いかけるポピアにロロンは首を横に振る。
「それがいないんだよ。俺のところは夜中にやられたようでね、店には誰もいなかったんだ」
夜間の無人の時間帯ならば、多少心得のある泥棒なら盗むことが出来ただろう。
だがポピアが言っていたように2日目の『返しにやってきた時』には衛兵の見回りが行われていたし、それに――。
「でも返された時は1日店に居たんだよ? 居たはずなのに、気付いたら元の場所に戻ってたんだ。びっくりしたよ」
「そんなこと言って、寝てたんじゃないのー?」
「寝てないよ! どうしようかって、焦って寝るどころじゃなかったしさあ」
ねえ?と同意を求めるロロンにエリンは頷いた。
「他のお店も同じような感じでした。誰も犯人も、魔道具が盗まれる瞬間も見ていません。見えない様に隠れたのか、あるいは別の方法か……」
例えばこの前の犯人が使ったような《霧隠》などの認識誤認の魔術を使えば可能かもしれないが、店主が見張っていたなら重たい魔道具をバレずに運ぶのは不可能だろう。
一体どうやって……。
などと考えていたらポピアがあっ、と声を上げた。
「魔法ならどうにか出来るんじゃないの? ほら、別の場所にぱっ、て移動させるの。怪盗ロックヴェル様みたいに!」
「ロックヴェル……? どこかで聞いたような……」
そんな魔法使いいたっけ、と知らない名前に首を傾げる。
「あー、ほら、人気の舞台の主人公だよ。悪いやつから魔法で物を盗んじまう正義の泥棒なんだと」
「なるほど、創作の人でしたか」
「厳重に守られた宝石を、指を鳴らしただけで手元に引き寄せちゃうのよ? 凄いんだから!」
そういえば学院時代にそんな名前を聞いたことがあった。基本学内から出ることの少ない学院生にも広まっていたのだから、人気の舞台なのだろう。
「それで、どうなの!?」
「え、ええと、物の瞬間移動は、まだ実現できてないんです」
物体を見えなくさせて移動させたり、異空間にしまって取り出す方法は確立されている。
前者は、《霧隠》などの隠蔽魔法を使えば可能だし、後者はそれこそ、希少品や重要な書類などの保管に使われる。
異空間に資材を持ち込んで様々な『部屋』が作られたりもしており、その中ではユラリアの『放浪図書』が有名な例だろう。
異空間に建造され、大量の蔵書――魔導書を風化から守る魔法の図書館。
外からは決して見えることなく、有資格者以外は扉を開くことも出来ない、最強の資料保管術。
学院ではその利用権を賭けた決闘がよく行われていた。
高学年の時のエリンは、この図書館利用権のために大会に出たといっても過言ではない。
他にも冒険者や商人向けに小規模の異空間魔法の使用は許可されている。
魔獣の死骸や素材、金銭等の貴重品を一時保管し、旅の間に安全に持ち運べるようにすることが目的で、導入してからハーヴェス内では物流の安定化に大きく貢献しているそうだ。
これがあるからハーヴェスから離れたがらない冒険者も多くいるとか。
――と、まあともかく。
今挙げたこれらは、物体を見えなくしたり一時的に仕舞ったりするだけだ。
物体を消失させて離れた場所で再構築させることで距離を一瞬で移動させる『瞬間移動魔法』はまだ実現しておらず、空想の域からは出ていない。
「だから、その怪盗さんみたいなことは難しいですね」
「あら、そうなの? 残念」
今頃『奥』の研究者たちが実現に挑んでいるのだろう。いや、もしかしたら外に出していないだけで既にあるのかもしれない。
そしてそんな技術があれば、世界はもっと発展することだろう。
ますます『奥』に行くのが楽しみなエリンであった。
「だいいち、そんな事できるならもっと凄いの狙うだろ。うちの計量魔道具盗んでどうするんだい。しかも、返してるし」
「それもそうねぇ」
そう、結局そこがわからない。
それこそ異空間魔法を使えれば今回の犯行は可能だろう。
商人が扱う《金庫》のような金銭保管用の空間魔術では大きさが足りないが、上級冒険者たちに許されている魔獣の死体を収納する魔術《保管庫》ならば、ロロンの店の大きな魔道具も運べる筈だ。
ただ、冒険者たちには魔道具を直して返す理由がどこにもないのだ。
それに有名な冒険者は顔も名も広く知られている。それを見逃す衛兵ではないだろう。
「そもそも、返してくれるならその犯人?を捕まえる可能性はあるの?」
「……あると思います。少なくとも、一度話は聞かないといけないですね」
すっかり衛兵気分のポピアさんが尋ねてくる。元々そう言ったお話が好きなのか、さっきから随分と質問が具体的である。
それに対して新米衛兵?のエリンは肯定の頷きを返す。
「一日で戻すとはいえ盗んだことには代わりはありませんし、本当に魔法陣が安全かはきちんと調べる必要がありますから。それに、そんな芸当が可能な誰かが都市内部にいる、というのは危険です」
例えばその対象が魔道具ではなく金庫や子供などに変わったら――。
途端に都市を揺るがす大犯罪に変わってしまう。
今のうちにどういった人物なのか知っておく必要はあるだろう。
……本当に、すっかり衛兵になった気分である。
「そうなったらもう、俺らのお願いの範疇は越えちまうな。うちの蜂蜜なんかじゃ全然足りないねえ」
「そうそう。これ以上はちゃんとお金払わないと駄目よ、ロロンさん」
「いえいえ、そこまでしなくても大丈夫です……! というより、これから先は私の仕事ではないと思いますので……」
そう。衛兵の仕事は衛兵に任せればいいのだ。
エリンの脳内には、数日前に出会ったあの2人組の姿が思い浮かんでいた。