王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第17話 消える魔道具④

 

 

 

 冒険者ギルドを出たエリンは来た道を引き返し、ロロンたちの店がある南西区域へと戻った。

 大通りから住宅街へ入ったところで目一杯背伸びをする。

 

「流石にちょっと疲れたかな……」

 

 早朝も含めれば今日だけで3度も大通りを往復している。

 景観も、そこに並ぶ店もすっかり覚えてしまったし、ここまで地図も案内板も見ずに来ることが出来てしまった。

 当初の『街を見て回る』という目標は、不本意ながら達成されているのだろう。

 

 

 時刻は間もなく陽の消える黄昏時。

 朝にエリンとともに都市の外へと出ていった冒険者たちも仕事を終えて戻って来る頃だろう。

 体力には自信があるエリンだったが、流石に眠気も出てきていた。

 明日の夜の張り込み前には仮眠をとっておきたい。そのためにも今日は早く寝る必要がある。

 

 何より、ロロンたちから貰ったテティア名産品コレクションが待っている。

 カリカリに焼いたベーコンにチーズを載せたパンに、蜂蜜のビスケットと紅茶のセット……。

 

「……うん、早く帰ろう」

 

 さっさと用事を済ませようと、エリンは足早に目的の店へと向かった。

 

 

 南西地区は古くからこの都市に暮らす人々が集まる住宅街。

 年季の入った石造りの家々が並ぶ中に、必需品を売る店が点在する。

 目的の『貸本屋』もその内の1つ。

 

 そう、貸本屋だ。

 エリンがこの店を選んだのは、そこが常連客No.3のアロナちゃんの家だと気付いたからだった。

 まさかこうも早くに会える機会が来るとは、凄い偶然である。

 

 ――それに、貸本屋の商品も気になるんだよね。

 

 製紙技術は年々発展を続けているが、未だ本は高価である。

 国営の図書館はあるが、その蔵書は歴史書や専門書といった『難しい』本が多い。

 その代わりに貸本屋は小説や戯曲といった娯楽を提供するのだ。

 

 せっかく学院を出て、就職したのだ。

 お給料は実家への仕送りだけでなく、今まで触れて来なかった娯楽にも使ってみたい。

 マイラがおススメしていた小説を読んでみるのもいいだろう。

 そんなことを考えながら お店の前へ辿り着くのだが。

 

「閉まってる……」

 

 店の扉には閉店を示す板がかけられ、閉まっていた。

 まだ閉店するには早い時間帯。定休日なのだろうかと思ったが、通りに面した窓からは明かりが漏れている。

 どうやら中にはいるようだ。

 

 ――面識はないから、迷惑かもしれないけれど……。

 

 これがただのお客としてならまた明日くればいいのだが、今は事情が違う。

 下手したら今夜にもまた事件が起きるかもしれないのだ。

 エリンは意を決して、扉の上側に設置された呼び鈴を鳴らした。

 

「すみません! いらっしゃいますか?」

「――はい」

 

 暫くして、扉が開いたのだが。

 

「……おや、エリンさん?」

「え、ランドルフさん!?」

 

 そこにいたのは、同僚のランドルフであった。

 仕事着とは違って緩やかなローブ姿の彼は、エリンを見て驚きの表情を浮かべている。

 

「どうしてここに……?」

「それはこちらの台詞ですが……」

「ランドお兄ちゃん、誰が来たの?」

 

 困惑している彼の後ろから、少女の声が聞こえた。

 扉を埋め尽くしそうな彼の巨体の隙間から覗くと、橙色の髪の人間の少女が立っていた。

 彼女は何故か、大きな箱状のものを抱えている。

 あの子が、アロナちゃんだろうか。というか――。

 

「……お兄ちゃん?」

「……とりあえず、入ってください」

 

 仕方無しとため息を吐いて、扉から退いてくれた。

 了承を得られたので、エリンは中へと入ることにした。

 

「お邪魔しまーす……あっ」

 

 足を踏み入れた途端、古い紙の匂いが香った。

 壁一面には黒い棚が並び、中央にはその半分ほどの高さの棚が背中合わせで2列並べられている。

 その全てに色とりどりの表紙の本が並べ積み上がっており、天井から吊るされた明かりに照らされて店内を彩っている。

 

 エリンが過ごしてきた学院とはまた違う本の海。

 思わず見惚れそうになるのをこらえて、視線を目の前のランドルフへと向けた。

 

「ええと……アロナちゃんでいいのかな?」

「はい、わたしはアロナですけど……どなたですか?」

 

 突如やってきた知らない人間に、怯えた表情を浮かべている。

 その頭を撫でながらランドルフが微笑む。

 

「アロナさん、彼女は先程話した新人のエリンさんですよ」

「あっ! そうなんだ!」

 

 途端に笑みを浮かべて口調も砕けて、アロナがランドルフの前に出てきた。

 

「アロナです。初めまして!」

「エリンです。こちらこそ初めまして」

 

 良かった。不安であったアロナとの接触はこれで解決した。

 挨拶を終えると、エリンはカウンターの奥にある作業場へと案内された。

 欠けた装丁や紙の補修を行ったり、本の紹介をする案内板用の絵の具などが置かれている。

 そこに紅茶とお茶菓子を置いて、2人で話をしていたらしい。

 

 ……ご両親は、いないのだろうか。

 気にはなったが聞く暇もなく、エリンも一緒に腰かけて改めて互いの状況を確認することにした。

 

「それで、エリンさんはどうしてここに?」

「そのことなんですが……」

 

 エリンはこれまでの出来事を話していく。

 といっても全てを説明するのは大変なので、日帰り盗難についての調査を頼まれていることと、衛兵――ヴァファルに協力してもらって見張りをするための許可を貰いに来たことを話した。

 

「――というわけでして」

 

 話を聞き終えると、ランドルフは組んでいた腕を解き、頭を掻く。

 

「なるほど、エリンさんもそれについて調べていたのですね」

「私()? ……ということは、ランドルフさんもこの事件を?」

「ええ。私はアロナさんが教室に来なかったと聞いて、様子を見に来たのです。そうしたら、相談を受けましてね」

 

 ですよね?と問いかけるランドルフに、アロナがこくりと頷く。

 なぜか彼女は箱状のものを抱えたまま。それをぎゅっと強く抱きしめると、口を開いた。

 

「このままじゃ、ママが死んじゃうの!」

「え!? お母さんが、ですか?」

 

 泣きそうな彼女の表情と、飛び出したまさかの言葉に驚く。

 知らぬ間に人の命が係わる事態が起きていたのかと、身を起こしそうになったエリンを、ランドルフの手が制した。

 彼は困ったような表情を浮かべており、それを見て、今度は首を傾げるエリンであった。

 

「……なんと説明すればよいか。エリンさんは、写影箱をご存知ですか?」

「……? はい。ユラリアで、教材用の物を見たことがありますけど……」

 

 写影箱。本に記された内容を映像として投影する魔道具である。

 魔導書に記載された、『魔術の結果を描いた挿絵』を皆で見えるように投影したり、魔法陣を写してその式を皆で解読したりと学院でも何度も利用していた。

 他にも異国の風景や絵画を映したり、マイラやポピアが楽しむ舞台の装置として使われたりと教育から娯楽まで幅広く使われている。

 当然全ての本を写せるわけではなく、専用に作られた極一部の書籍だけが対応しているのだが、その数はそれなりに多く存在する。

 

 箱型の装置であるそれに本を差し込むと一面に設置された大きなレンズから映像が投影され、壁やシートに写して皆で鑑賞できるのだ。

 授業で見た時はもっと大型の装置であったが、どうやらアロナが抱えていたそれが、射影箱らしい。

 ただ――。

 

「それと、お母さんになんの関係が……?」

 

 これが盗まれたら、お母さんが死ぬ? そんな事を言われても全く理解できないエリンであった。

 

 命の危機と最初に聞いて思ったのは、治療器具である。

 例えばエリンの手首に填められた魔法輪は、魔力放出障害を持つエリンにとっては生命維持装置と変わりがない。

 万が一これを外された状態で長期間監禁されたとしたら、エリンは体内に溜まった魔力によって死んでしまうだろう。

 そういった、命を繋ぐための魔道具というのが世には存在していることは知っている……が、眼の前のそれは写影箱である。

 

 どう見ても、母親の命を繋ぐ大事なものには見えない。

 いまいち事態を把握しきれていないエリンに、ランドルフが話を続ける。

 

「このお店には昔から娯楽用の写影箱がありましてな。よく子供たち相手に上映しているのですよ。アロナさんは、それを盗まれたくないと考えています」

「……うん」

 

 ランドルフの言葉に、アロナが更に強く装置を抱きしめる。

 あまりにも必死なその様子に、失礼とは思いながらも尋ねてしまう。

 

「もしかして、アロナちゃんのお母さんって……」

 

 返ってきたのは、小さな頷き。

 ああ、やはり、そうなのか。

 

「……3年前に、病でなくなりました。それ以来、彼女の父親が1人でアロナさんを育てています。今は仕入れのために別の街へ買付に出ているんですよ」

 

 母を亡くし、父親が不在の時に魔道具窃盗犯の話を聞いたのだろう。

 不安であった筈だが、アロナは大丈夫だと笑みを浮かべた。

 

「ランドお兄ちゃんもいるし、街のみんなも優しいから、平気だよ」

「そうですね。アロナさんはよく頑張っています」

 

 ランドルフの大きな手が、アロナの頭を優しく撫でる。

 アロナもまたそれに身をゆだねるように身体の力を抜いていた。

 先ほどから思っていたが、2人は随分と親しいようだ。それに、また出てきた『お兄ちゃん』。

 その視線に気づいたランドルフが、困ったように眉尻を下げる。

 

「彼女の両親とは、知り合いでしてね。アロナさんがまだ幼い頃から付き合いがあるのですよ」

「なるほど、それで……」

 

 あまりに体格の違う兄弟だけれど。

 彼女にとってはランドルフは優しい『お兄ちゃん』なのだ。

 そして、『お母さん』についても理解ができた。

 

「そしたら、その射影箱は、お母さんが残したもの?」

「うん。この中にはね、お母さんがいるの」

 

 愛おしそうに箱を撫で上げて、アロナは言う。

 

「死んじゃう前の、家族でお出かけした時のお母さんがこの中にいるの」

「彼女の父親が魔道具師に依頼して、改造したんです。ほんの数分ですが、家族の思い出を記録できるように、と」

「それはまた、思い切りましたね……」

 

 技術の発展で射影箱の様な『動く絵を投影する』ものは生まれているが、その解像度はまだ低い。我々が普段目を通して見ている『鮮明な映像』を記憶し再現することは未だ難しい。

 一応、短時間であれば記録できる魔術と魔道具が出来たと聞いているが、普及はしていない。

 ほんの短時間でも、相当な費用が掛かった筈だ。

 

「貸本屋ですから、射影箱の魔道具師とは仲が良かったのですよ」

 

 それでも、かなりの費用が掛かった筈。

 残したかったのだろう、きっと。

 まだ5歳だった自分の子供に、母親としての自分を。

 

 でも、これでわかった。

 彼女が何故この射影箱を必死で護ろうとしているのかを。

 

「……刻印を直されては、困るんですね」 

「……うん」

 

 そう、今回の犯人は魔道具を盗んで()()()返してくる。

 何故そうするのかは相変らず不明だが、全ての魔道具が『本来の機能から向上された状態』で戻って来るのだ。

 

「……周りのお店の魔道具が直ってるって聞いて、これも……お母さんも直されちゃうんじゃないかって、そう思ったの。それは、絶対に嫌……!!」

 

 もしアロナの母が映った刻印が『本来の機能』に直されてしまえば、返ってくるのは母親の映像が消えた、ただの射影箱装置となる。 

 他のお店からすればありがたいことでも、このアロナにとっては、『母親の死』を意味する。彼女は2度、母の死に立ち会わねばならなくなるのだ。

 

「お願い、ランドお兄ちゃん、エリンさん。お母さんを、守って」

「……」

 

 ……どうやら、事態はエリンの想像以上に重く厳しいものだったようだ。

 

 人のものを勝手に盗んで、直して。

 性能が向上している? 芸術みたいに美しい魔法陣?

 ……何を、呑気なことを考えていたのだろう。

 

 そうだ、事はもっと単純だった。

 

 ――他人のものを取ったら、泥棒だ。許してはいけない犯罪なのだから。

 

「安心して、アロナちゃん。私は、その泥棒を捕まえに来たの。絶対に、私が捕まえるからね」

「……本当?」

「うん。約束する」

 

 エリンの中で、ずっと定まらずにいた『理由』が、ようやくすとんと腑に落ちたのだった。

 魔法は、人々の暮らしを豊かにするものであって、人の暮らしを脅かすものであってはならないのだ。

 

「だからね、アロナちゃん。お願いがあるんだ。私と衛兵さんで、魔道具が盗まれないように見張ろうと思うの。明日の夜、お店にいてもいい?」

「うん、もちろん!」

 

 ようやく笑みを浮かべて頷いてくれた。

 弛緩した空気の中、ランドルフが大きく息を吐きだした。

 

「考えることは同じでしたか」

「へ? ランドルフさん、同じって……」

「実は私とアロナさんも、今日はここで夜を明かすつもりだったのですよ。でも、ずっと見張るのは身体に悪いと心配だったのですが……エリンさんたちが手伝ってくれるなら丁度いい」

 

 2人だけでは無理でも、そこにエリンとヴァファルが加われば安心だろう。

 

「今晩は私が責任をもって見張ります。ですからエリンさんたちは明日、見張りをお願いしますね」

「……はい!」

「2人とも、ありがとう。お母さんをよろしくお願いします!」

 

 こうして、見張り大作戦が始まるのだった。

 

 

 ――が。

 

 

 全員の気持ちが僅かに弛緩した、その瞬間。

 アロナの足元に、巨大な魔法陣が出現した。

 

「――――え?」

 

 それは緩やかに回転をしながら光を放ち、彼女を、抱えた魔道具ごと包み込んでしまった。

 

「――っ、アロナさん!」

「――!!」

 

 瞬時に反応したエリンとランドルフが飛び込み、直後。

 眩い光が放たれたとともに、貸本屋からは誰もいなくなっていたのだった。

 

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