王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第19話 消える魔道具⑥

 

 

 

 その夜、エリンは近くの湯屋に行って疲れと汚れを落としてから、自室で荷物の整理を行っていた。

 レチシアギルド長の言っていた通り、エリンに宛がわれた部屋には家具を始めとする沢山の荷物が届いていた。

 

 幾つか開封してみたら、どうもエリンが学生寮で使っていた家具や荷物に加え、結構な量の本も送ってくれているようだ。

 多分、エリンが学院長室で愛読していたものだろう。有難い限りだ。

 そして今日大量に貰った食料品に小物類。

 整理し終わるにはしばらくかかりそうだ。

 

「とりあえず、最低限だけ……ん~、美味しい……」

 

 お肉屋さんで貰ったベーコンを焼いて、チーズと一緒にパンに載せて食べている。

 結局お昼はポピアさんに貰ったお芋と燻製肉だけだったので、涙が出る程に胃袋に染み渡る。

 加工品は棚に。足がはやそうな食材の一部は床下の収納スペースに閉まって保管する。

 後はゆっくり片づけをしていこう。

 パンをたっぷり3つ平らげて、エリンは一息ついた。

 

 ――依頼を受けてよかった。

 

 暫くは食事の心配もいらなくなったし、何より、なんてことないと思っていた事件は、想像以上に複雑で重大なものであった。

 もし放っておいたらアロナの魔道具は直されてしまっていたし、イクサンの死臭にも気付くことはできなかっただろう。

 

「でも、『開花』の魔道具師かあ……凄かったなあ」

 

 個人で異空間を持つことを許されたごく一握りの天才たち。

 学院の魔道具に関する教師陣には彼より一段下の『花芽』か、引退済みの元『開花』しかいなかったから、現役の第2級に会うのは初めてであった。

 

 あのイクサンという男、見た目は貧弱そうだったのに不思議な威圧感があった。手ぶらだったのに、攻撃を仕掛けたら危険だと感じる程に。

 修復された魔法陣も学院では見た事もない程に美しかった。

 あれを刻印できるなら、単なる魔術としての発動もいつでもできる筈。

 魔術師としても、相当な実力者に違いない。

 

「……また、戦いになるよね」

 

 あのイクサンという魔道具師が犯人かどうかはまだわからない。だが、このまま調べていけばまた戦いが起きる場面は出てくるだろう。

 その時に、万全の状態でいなければならない。

 

 エリンは2度、武器を持たずに戦いの場面に居合わせた。

 運が悪ければ呆気なく死んでしまってもおかしくはなかったし、特に先程は、幼いアロナまで巻き込む恐れがあったのだ。

 

 ――守れるようにならないと駄目だ。

 

 例え第2級の『開花』が相手でも、戦えるようにしなければならない。

 学院の生徒達は、どんなに優秀でも第4級の『新緑』がせいぜい。エリンが戦ってきた学院生より、2段階は上の相手となる。

 

 エリン単独では難しいかもしれないが、大丈夫、エリンには特魔課の仲間がいるのだから。

 それに、格上の魔法使いを相手にするのはエリンにとっては日常であった。

 ……慣れたくはなかったのだけれど。

 

「マイラ。また、お世話になるね」

 

 今朝使った弓と、短剣を2本取り出して並べる。

 どちらもエリンの学院生活を助けてくれた装備で、特に剣の方は親友のマイラ達が作ってくれた特別製だ。

 明日戦いがあるなら、きっとこれが必要になる。

 手入れ用の道具を取り出して、エリンは明日に向けて準備を進めていくのであった。

 

 

***

 

 

 明朝、再び日の出とともに目覚めたエリンは都市外へと向かって森へと入る。

 今日は弓での狩りではなく、剣の素振りが目的であった。

 エリンの短剣はお尻側に箱型の鞘を取りつけ、左右の両端から剣を引き抜けるようにしている。

 腰には筆魔板などの別の装備を括りつけていたからなのだが、偶然にも父の鉈と同じ持ち方になり、そのせいもありいつの間にか彼の鉈使いを真似た我流剣術といえるものに昇華していた。

 

 腕に伝わる重さを感じながら、エリンは精神を研ぎ澄ませていく。

 剣を振りながら考えるのは事件のこと。家族のこと。そして過去戦ってきた学院の魔法使いたちのこと。

 雑念を振り払うように、ただひたすらに剣を振るっていった。

 

「……よし」

 

 小一時間程の素振りを終えて都市へと戻ったエリンは、朝食を済ませてからたっぷりと睡眠をとり、昼頃に集合場所である南部にある広場へと向かった。

 テティアには街中に幾つか噴水のある広場が置かれており、そこには串焼きなどを売る屋台や休憩用のベンチが設置され、住民たちの憩いの場となっている。

 

「エリンさん、こっちこっち!」

 

 そのうちの1つに座っていたヴァファルに呼ばれて、彼の横へと腰かける。

 

「すみません、遅れました」

「ううん。早く来てご飯食べてただけだから。食べる? 玉カステラ」

「……いただきます」

 

 ありがたく1つ貰う……甘くて美味しい。砂糖をまぶした球状の卵菓子は屋台料理として人気がある。

 

「それで、エリンさんの方はどうだった? 張り込みの許可は貰えた?」

「……ええと、それがですね」

「あ、ひょっとして駄目だった? 僕の方は大丈夫だったけど」

「いえ、そうではなくて……」

「ん?」

 

 なんて説明すればいいのやら。昨日彼と話した時から、一気に状況が変わってしまっている。

 まあ、全て話せばいいか。

 エリンはあれから起きたことを一通り話すことにした。

 

 

 

「――という事がありまして」

「なにそれ! 大事件起きてるじゃん!!」

 

 説明を聞き終えたヴァファルが叫び声をあげ、鳥が飛び立ち、通行人たちが思わず振り返る。

 だがそんなことは構わずにヴァファルは頭を抱えた。

 

「昨日のうちにそんなことがあったなんて……ぬかったなあ……僕も一緒に行けばよかった」

 

 まさかそんな早くに何かが起きるとは思っていなかったのだろう。

 食べ終えた玉カステラの袋をぐしゃりと握りつぶして、むむむと唸りを上げている。

 

「『開花』の魔道具師から死臭ねえ……。もしそれが事実なら大事件だよ」

 

 第2級の魔道具師ともなれば、工房の中だけとはいえかなり自由に魔術を使うことが許されている。

 勿論厳正な審査のもと、付与される人物の人格や行動に問題がないことは確認しているはずなのだが……そのイクサンが事件を起こしたとなれば、それは単なる犯罪に留まらない問題へと発展する可能性が高い。

 

 都市内部には冒険者を始めとする各ギルド所属の者たちの魔法制限をより厳しくするべきという声が常にある。

 だがその声に従ってしまえば、都市の発展は鈍化してしまう。

 安全を取るか、発展を取るか。中立都市であるテティアにとっては常に付きまとう問題なのだ。

 

「でも捜査としてはかなり進んだね。後は人を集めてその魔道具師の工房の調査をすればいいわけだ」

「はい。ランドルフさんがその担当職員を探してから調べるつもりみたいです」

 

 『開花』の工房を調べるとなれば、いち職員の休日仕事という訳にもいかない。

 レチシアを始めとした上層部へ掛け合っている筈だ。

 

「じゃあセロスさんとかも呼ばれそうだなー。まあランドさんなら大丈夫でしょ。向こうは任せよう」

「私たちは魔法陣の方の調査、ですね」

 

 より正確には魔法陣を利用した協力者の調査だが。

 事態は急を要するとはいえ、ランドルフの方は上層部に確認を取る必要があり、どうしても時間はかかるだろう。

 その間に我々ができることをしなければならない。

 

「そうだねえ。そのイクサンって魔道具師に魔道具を送り付けた奴……共犯者がいるわけだ。転移される前の魔道具を張って、細工をしようとしてるやつを捕まえればいいかな」

 

 つまり張り込み作戦は継続ということである。

 

「よし、早速残りのお店に行こうか」

「はい」

 

 店員に見つからないよう夜に入口が開くならば、昼間の人で賑わう時間に仕掛けをしている筈。

 その前に確保しようとお店に向かったのだが――。

 

 

 

「――まさか、全滅してるとは……」

「本当ですね……」

 

 残りの候補であった3つの店舗の魔道具は、昨晩のうちに既に盗まれていた。

 もし本当にイクサンが事件に無関係ならば、修理することなく()()()くるだろう。

 だが、ランドの言葉が本当ならば……。

 

「魔道具は修理されて返ってくると思った方がいいね」

「そうですね。ランドルフに渡した入館証も、恐らくは偽物かと」

 

 (ゲート)の魔法陣を覚えておいて良かった。ランドルフはこの事態を考えてエリンに覚えろと指示したのだ。

 

「……これで、『円』が出来てしまうことになりますよね?」

 

 犯人が都市上に作り上げている円は、その内8つが既に埋まっている。盗まれた3つを含めれば11個。並べれば十分、円になることだろう。

 

「どうだろうね。それだけあれば十分なのか、あと1つ……12個必要なのかは分からない。でも、続けてるってことはできると思った方が良さそうだ」

 

 その通りだろう。

 だが――。

 

「……結局、『円』ってなんなんですかね?」

 

 最終的には、やはりその問題にぶち当たる。

 『開花』の魔道具師が死臭を放つ程の極悪人だったとして。

 彼が作り上げる円には、一体何の意味があるのだろうか。

 

 通りには休みでやってきた家族連れで賑わっている。

 温かな午後のひと時。その中で、エリンとヴァファルの間だけが冷たく重く、淀んでいる。

 

「……円で思いつくことって、エリンさんは何があると思う?」

 

 不意に、ヴァファルが尋ねてくる。

 

「僕さ、ずっと考えてたんだよね。なんで円を描くように魔道具を盗んでたのかって。最初は犯人の趣味かと思った。結構いるんだよ。妙な()()()()で動く犯罪者ってのはさ」

 

 例えば快楽殺人者の中に、必ず同じ型のペーパーナイフを凶器に選ぶ者がいる。

 盗みに入った場所に、自身の血で文字を書き残す泥棒もいる。

 常識と倫理を乗り越えて犯罪を起こす者は、時に奇妙な規則を持つ。

 

「……でも、今回は違う」

「どうしてですか?」

「他に理由がないんだ。人殺しの犯人が、毎回同じ凶器を選ぶ……そういったこだわりを持つならまだわかる。殺人という目的は達成できているわけだからね。でも、今回は違うでしょ? 盗んで直させる事が目的ではなくて、円を作る方が目的だもん」

 

 くるりと指で円を描いて彼は言う。

 

「考えて、エリンさん。あのイクサンって魔道具師が作れる円って、何がある?」

「……!!」

 

 ぞわりと、背筋が震える感覚があった。

 魔道具師が作る円。それなら、エリンは何度も見てきたはずだ。

 

「――魔法陣」

「うん、多分そうだよね」

 

 どうして気付かなかったのだろう。何度も見ていた筈なのに。

 あの魔道具師は、都市そのものに魔法陣を刻もうとしている。

 それも、南西部の3割は飲み込める、巨大な魔法陣を、だ。

 

「犯人の目的は魔法陣をつくることだ。……でも、修理した魔法陣でどうやって」

「――あっ」

 

 何かに気づいたエリンが、慌てて鞄から紙束を取り出した。

 

「ヴァファルさん、地図はありますか? 昨日の、印をつけたやつ!」

「勿論あるよ。……それは?」

「修理された魔道具に刻まれた魔法陣です。全て、描き写してきました」

 

 ベンチの端に移動して、ヴァファルとの間にそれらを置いた。

 まず地図を広げ、印の位置に合わせて取り出した紙束を配置していく。

 その内の1つを指さして、エリンはヴァファルを見つめる。

 

「ここを見てください。元の刻印から、一回り小さく修復されてますよね」

 

 修復された刻印を指でなぞる。

 新たな刻印は、旧刻印の中心ではなく、何故か外周に触れるようにして、偏った位置に修復されていたのだ。

 それがずっと疑問だったのだが、これで意味が理解できた。

 

「うん、そうだね。それで?」

「私はてっきり、効率化の結果一回り小さい刻印になったと思ったんです。実際、動かしてみたらこの修復された部分だけが光り起動しました。……でも、この周りの部分も、刻印としては未だ生きているんです」

 

 話しながら円形に魔法陣を配置していく。

 修復された方を内側に。旧刻印が残る方を外側に並べると、想像通りのものが形作られていく。

 

「……やっぱり、これは、魔法陣です」

「え? でもこれ、スカスカだよ?」

 

 確かに円形に魔法陣が配置されているように見えるが、それはこれが紙に書かれた大きな縮尺のものだからだ。 

 実際には完全な円ではない凸凹の激しいものになっているし、そもそも都市サイズでみれば隙間だらけだ。

 

「勿論これらだけでは意味がありません。でも、この『下』には、大きな魔法陣が存在するんです」

 

 最後に、エリンはもう一枚の紙を取り出した。

 そこに描かれているのは、あの異空間で見た入口の魔法陣。

 大きな魔法陣の中に小さな魔法陣を複数組み込む技術がある。より複雑な魔術を行使する際に行うもので、『開花』の技師なら日常的に使っていただろう。

 

 

「この大魔法陣自体は、ただの下地です。個々の小さな魔法陣を繋げて、魔力を通す回路です。……犯人は、全ての修理が終わったら、この基盤用の魔法陣を使用するつもりだったんでしょう」

「……そうか。いくら『開花』の魔道具師でも、()()()()()()()()()()()()使()()()()

 

 ヴァファルの言葉に頷く。

 この原則は、アロナのような子ども以外の都市住人全員に適用される。

 例え最上位の――第1級だろうと、安全のために都市内部では魔法の使用を制限される。

 だからイクサンの様な上位の魔道具師たちは、異空間に工房を有しているのだ。

 その中でなら魔法の制限が緩まり、魔道具をつくることが許されるから。

 

「はい。だからイクサンは工房内で魔道具に細工をして、都市に戻したんです。そして、最後にそれらを一気につなげて、巨大な魔法陣を発動させようとした……」

 

 エリンは基盤となる魔法陣の上に、個々の魔道具を描き足していく。

 入口の魔法陣を覚えておいてよかった。

 少しだけ時間はかかったが、エリンは地図上に都市南西部を3割ほど飲み込む巨大な魔法陣を描き上げた。

 

「書き写せたのは8つの魔道具だけですが……これだけでもなんの魔術か、大まかには分かる筈です」

「充分だよ! ……おお、こう見るとかなり複雑な魔法陣だね」

「はい。とても複雑です。本当に、芸術品みたいに複雑で、綺麗な式……」

 

 流石は『開花』の魔道具師。

 こんなに長くて複雑なのに、するすると読み取ることができる。

 これが犯罪の道具でなければ、家に持ち帰って式を1つ1つ分解したいくらいに美しい。

 だからこそ許せない。

 こんな綺麗な魔法陣が、都市を脅かす危険な兵器だなんて……。

 

「それ、なんの魔術かわかる?」

「……下地となる大魔法陣は、ただの(ゲート)です」

 

 魔法陣に描かれた式を指でなぞりながら、エリンは呟く。

 

「彼の工房に繋がる扉を開くだけ。ただ、これに12個の小魔法陣が変化を加えています」

「ふむふむ。具体的には?」

「……ええと、ですね」

 

 焦る心を必死で落ち着かせながら、8つの小魔法陣を読み解いていく。

 いくら読みやすい美しい式でも、とにかく数が膨大なのだ。

 論文を速読でもしているかのように、エリンの脳内で文字が怒涛のように流れている。その中から必死で、情報を掬い上げていく。

 

「……8つしかないので正確なことはいえませんが、これら小魔法陣は、(ゲート)に様々な条件をつけることが目的のようです。門を通った人に、小魔法陣の魔術を順番にかける、そういう仕組みのようですが……」

 

 それがなんの魔術なのか。

 順番に8つの小魔法陣を読み解いていたエリンが、ふと動きを止めた。

 

「エリンさん?」

「……はは、ははは……」

「え? どうしたの、大丈夫?」

 

 乾いた笑いが彼女の口から洩れる。

 震えた指先で、彼女は魔法陣をなぞり、呟いた。

 

「……魔法陣を通過した生物を潰して、混ぜて――何かを作り出すみたいです。これ」

「……どういうこと?」

 

 聞こえてはいたが、意味が分からなかったヴァファルが再び問いかける。

 顔を上げたエリンの表情は、驚くほどに青ざめていた。

 

「つまり、あの魔道具師は、南西部の人を……この魔法陣の範囲内にいる人()()()()()()()()、何かをつくるつもりなんです」

 

 肉屋の精肉魔道具。加工食品店の計量魔道具。喫茶店の攪拌魔道具――。

 円に組み込まれた内の幾つかの魔道具に使われている魔法は、そのまま巨大魔法陣にも組み込まれているらしい。

 そう。門に触れて工房へと移動する()を『潰して』、『かき混ぜて』、『計量し』、『幾つかに分けて』――。

 

「……っ」

 

 こみ上げる吐き気を、エリンは口許を抑えて堪えた。

 なんだ、これは。

 こんな魔法陣が存在していい筈がない。

 だってこれは、まるで料理でも作るかのような行程で――。

 

「……エリンさんが言うなら、本当なんだろうね」

 

 ぽつりと、ヴァファルが呟く。

 その顔はひと目見たエリンがビクリと震える程に怒気を孕んでいて。

 

「……そのイクサンってやつは、この都市で大量殺戮を行う気ってことだよね」

「はい。しかも、この場所は住宅街……。時間帯によっては、一番人が集まる区画です」

 

 盗んで直す辻修理屋、その目的は、大量殺戮と、その結果生まれる『何か』を作り出すことだったらしい。

 そして、最悪なことはもう1つ。

 

「ただ、この魔法陣はまだ完成していません」

「……というと?」

「昨日のうちに盗まれた3つの魔道具の魔法陣が分からないので、完璧には把握できていませんが、やはり、この魔法陣は12個の魔道具の刻印全てを使用するつもりのようです。……つまり、イクサンはあと1つ、魔道具を手に入れる必要があります」

 

 巨大魔法陣の1点を指さした。

 既に手に入れた8個。昨日追加で盗まれた3つ。そして最後の1つは……。

 

「盗むのに失敗した、貸本屋の魔道具か!」

「そうです。つまり、アロナさんが危ない……!!」

 

 そう叫び、走り出そうとしたエリンの腕をヴァファルが止める。

 

「――ちょーっと、待った!」

「……っ!! 止めないでください! 急がないと……!!」

「わかってる。直ぐに行くよ。でも、万が一を考えないと……。タタル!」

 

 ヴァファルが声を上げると、エリンたちが座っていたベンチの下から小さな影が現れる。

 真っ黒なその姿は、猫であった。

 

「……猫?」

「僕の飼い猫のタタルだよ。昔からずっと一緒にいるんだ。……おいで」

 

 彼の言葉を理解しているかのように、黒猫はベンチの上へと上がり、顔を上げて首を見せた。

 ヴァファルは懐から青く光る石を取り出すと軽くたたいて光を止め、首輪に作られたスリットに填め込んだ。

 

「それ……音鳴石? まさか、さっきの会話を記録してたんですか!?」

「うん。念のためにね。……やっぱり必要になった」

 

 そう言って、ヴァファルは黒猫の頭を撫でてから、「先輩に届けて?」とタタルを送り出した。

 

「これで良し。お待たせ! 行こう!」

「……はい!」

「この街でそんな事件は起こさせない。絶対に!」

「――はい!!」

 

 そうして、2人はアロナの貸本屋へと駆け出すのだった。

 

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