王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第2話 特認魔術課②

 

 

 

 時間は少し遡って。

 学院全体の卒業式が始まる前、エリンは学院長室へと呼び出されていた。

 

「お呼びでしょうか、学院長」

「おお、エリンか。こちらへ来なさい」

「はい。……他の人は?」

 

 そう呟きながら、エリンは部屋を見渡す。

 見上げるほどの天井まで壁一面に魔導書が詰め込まれた学院長室がエリンは好きだった。

 無理言って何度も通って、全て読みつくしたのも記憶に新しい。

 

 てっきり他の候補生もいるものだと思ったが、ここにいるのはエリンと学院長だけである。

 

「候補生たちはそれぞれ誰が候補か分からぬようにしているのだよ。以前、協力して課題を達成しようとしたものがいたからの」

「ああ、なるほど……」

 

 自分には絶対不可能な方法だと思いつつ、いい手だなとエリンは素直に思う。

 バレてしまったのだから悪手だったのだろうが。

 

「ちなみに、その方たちは?」

「……知りたいのか?」

「あっ、いえ、遠慮しておきます……」

 

 多分、倫理的にアレな末路を辿ったのだろう。

 

 この学院の教師たちはどうやってか絶対に不正を嗅ぎつける。

 実技試験に認められていない魔道具を持ち込んだ学生は追放されたし、課題内容を事前に知ろうと忍び込んだ学生は新しい魔法の実験台にされていた。

 夜間お忍びで外出した生徒は、行く先で必ず学院の関係者が笑顔で出迎えるとも聞く。

 

 ……私ではどう頑張っても騙せる気がしない。するつもりはないが、悪いことはしないでおこうと誓うのだった。

 

「雑談はここまでじゃ。改めて、エリンよ。卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

「まさか、お主が卒業まで残っておるとは未だに信じられん。ワシは、夢を見ているわけはないのかの?」

「……今日、会話した全員に言われました」

 

 なにせエリンは魔法が使えない。

 

 魔力放出障害。それがエリンが入学直後に診断された疾患だった。

 この世界に存在する人型3種族――人間、獣人、妖精の体内には核と呼ばれる器官がある。

 核は体外から吸収した魔力を変換して体内にため込む役割を持っており、ためた魔力は右手の掌から放出される。

 

 呼吸で取り込んで、核で変換し、最後は手から解き放つ。

 魔法を始めとする魔力を扱う様々な力は、この循環を通して行われるのだ。

 

 エリンはこの中の放出の所に問題があった。

 身体が魔力をため込むだけため込んで、身体から一切放出することができない体質だったのだ。

 

 教師陣をも唸らせる圧倒的な魔法の知識と、同世代でもトップクラスの魔力量を誇ると期待されて入学したエリンだったが、いざ始まってみれば自身では一切の魔法が扱えないときた。

 なんなら魔力のため込みすぎで死にかけた位だ。

 

 学院長から借り受けた魔道具がなければ、卒業どころか生きていることさえなかったと思う。

 

 その結果、ついた渾名は『あらゆる魔法を集めて()()する魔法図書館』である。

 魔法学院の生徒としては最高に不名誉な渾名だ。事実だから文句も言えないのが口惜しい。

 

「ほっほっほ、だろうな。歴史科の学生が『奥』候補生になるなど初めてじゃないかの?」

「あっ、いえ。過去に1人前例がありますね」

「……よう調べとるの」

「前例があるなら、私が『奥』に入れる可能性もあると思いまして。入学前に」

「お主のその貪欲さを、もう少し皆に分けてあげられればのう……」

 

 勿論、この学院は魔法のみを修める場所ではない。

 マイラのように魔法に関連する技術を学びに来る者や、南西部の騎士国家などの魔法に明るくない国から国益のために学問としての魔法を学びに来る者もいる。

 エリンも最初はこちらの枠での入学者であった。

 

 そんな彼らの中には当然魔法を使えないものも多い。

 ただそれは使った経験がないというだけで、体質的に使えない、ではないのだ。

 

 入学時には「魔法など剣で斬ればよい!」が口癖だった騎士君がつい先程「これで魔法の素晴らしさを国に広められる!」と喜びながら声をかけてきたのがその証拠である。良かったね、頑張って。

 

「そしてその上で、これを渡すことにもなるとはの」

 

 そう言って、学院長は引き出しから封筒を取り出した。

 蝋で閉じられたそれはひとりでに浮かび上がると、エリンの手に収まる。

 封じていた蝋が光を帯びたかと思うと解けて消え、封が開かれた。中には折りたたまれた紙が1枚だけ入っているようだ。

 

「候補生エリンよ。それがお主に与えられた課題じゃ。心して挑むように」

「ありがとうございます。……読んでも?」

 

 手のひらで促されたので、折りたたまれていた紙を開いて中を見る。

 

 

 ――この紙に、私の運命を決める課題が書かれている。

   ここに来るまでに10年かかった。魔法を使えない私が、魔法使いたちの頂点たる場所の門までたどり着いたのだ。

   絶対に『奥』にいって、魔法を使えるようになって、夢を叶えてみせる。

 

 そのために全てをかけてきたのだと、全身に力を籠めて、書かれた文字を追った。

 

 そして、そこにはこう書かれていたのだった。

 

『採用通知』と。

 

「……はあ?」

 

 思わず大声で叫んでしまったが、気にしている余裕はなかった。

 ナニコレ? なんでギルドの採用通知が書かれているの?

 

 渡し間違いかと思ったが、下部にばっちり自分の名前が書いてあった。

 つまりは、本当にこれは、自分宛ての採用通知だった。

 

「学院長、なんですかこれは?」

「無論、お主の課題じゃよ」

「採用通知って書いてありますけど!?」

 

 『奥』の――要は研究所の入所試験だぞ!? 

 一体何処に、その課題といって就職先を持ってくる馬鹿がいるんだ!?

 いるよ、目の前に! しかも世界で上から数えた方が早い大魔導士様だよ!

 

「……何かの、間違いでは?」

「そんなことありえるわけがなかろう。そこに書いてあるのは、正真正銘、お主への課題じゃ」

 

 縋るように問いかけるが、あっさりと首を横に振る。

 蓄えた髭がふぁっさふぁっさ憎らし気に揺れている。掴んで引っこ抜いてやりたい衝動を、エリンはなんとか抑えた。

 

「……この、採用通知書が?」

「そうじゃ。エリンよ。これからお主はその場所で働き、様々なことを学ぶのだ。それが、お主の課題じゃ」

 

 ……全くもって納得はできないが。

 どうやら、ここに書かれていることは本当らしい。

 諦めて受け入れるしかなさそうだ。

 

「……期限も達成基準もありませんが?」

「期限はない。それは、全ての候補生で共通しておる。達成できずに寿命を迎えるものも少なくないからの。基準に関しては、こちらで判断するから安心せい。お主が『奥』に相応しい者と判断されたら、必ず迎えが行く」

「……なるほど」

 

 『奥』の魔法使いたちが解き明かそうとしている神秘は、それ程の課題を乗り越えられるものたちでないとならないのだろう。

 

 例えば時を操る魔法や、生命を甦らせる大魔術など、誰もが夢見る神秘を成し遂げようと彼らは長い時をかけて研究を続けている。

 それこそ千年以上生き続けている者もいると聞く。

 そんな彼らが編み出した強大な魔法や魔術が万が一市井に広まれば、世界は簡単に滅んでしまうと言われている。それ故、『奥』の魔法使いたちは二度と俗世に出てくることはないとも。

 

 生半可な気持ちでは知ることすら許されない領域。それが『奥』なのだ。

 エリンも、その覚悟をもってこれまで勉学と修行に励んできた。

 励んできたのだが……。

 

「それでも、あまりにも過酷すぎませんか!?」

「そうかの?」

 

 知っている癖にしらばっくれる学院長に、エリンは生まれてから最大の、全力の咆哮を上げるのだった。

 

「だって私――魔法を使えないんですよ!? どうやって魔術課で働けって言うんですかあ!!」

 

 

***

 

 

 エリンから学院長との話を聞いたマイラは、腹を抱えて笑い出した。

 

「アッハッハッハ……!!」

「笑い事じゃない!」

「いや、ごめんごめん……。アンタがあの学院長相手に叫んだんだって思うと、つい笑っちゃって」

「それは……あまりにも驚いちゃって、つい……」

 

 あの後、『大丈夫』と『お主ならできる』しか言わなくなった学院長(クソジジイ)に無理矢理退室させられ、扉は固く閉ざされてしまった。

 エリンは呆然としたまま卒業式を終え、歴史科の送別会をやり過ごし、ふらふらと歩き回って気づいたらこのベンチに腰かけていた。

 そりゃあ、楽しそうな卒業生に毒を吐きたくなるものである。

 

 ああ、本当に。卒業したくない。

 

 

「でも、信じられないでしょう? 魔術課よ? 私が働けるはずがないじゃない!」

 

 魔術とは、複数の魔法を組み合わせる技術や、それによって作り出された大規模魔法のことを指す。要は、魔法の発展形である。

 その基礎である魔法が使えないエリンは、当然のことながら一つも使うことはできない。

 

「信じられないのはアンタの行動だよ。そもそも普通、魔法が使えないなら『奥』なんて目指さないんだよ」

「どうして? 『奥』なら、体質的に魔法が使えない人でも魔法を使えるようになる方法を編み出しているかもしれないのよ?」

「そりゃそうかもしれないけどさ……」

 

 医療では、エリンの体質は治せなかった。

 だが『奥』の秘術なら可能性はあるのだ。

 本来、治療の域を超えた人体の造り替えは禁忌。しかしその禁忌すら許されるのが『奥』なのだ。

 だからこそ、エリンは死にもの狂いで努力をしてきた。

 

 『奥』に必要なのは魔法で相手を殺す能力じゃない。神秘を解き明かす知能と知識だ。

 自分では使えない魔法や魔術の知識を詰め込んで、授業の魔法課題は学院長に貰った魔道具で乗り切った。

 

 その結果が『奥』候補生の立場。

 それはつまり、エリンが『奥』に入れば魔法を使えるようになるという証左だと思っている。

 でなければ自分が候補生に選ばれるはずがない。

 

 エリンは10年を費やした賭けに勝ったのだ。未来は明るい――その筈だったのに。

 いざ突きつけられたのはこの課題である。

 

「今の問題はこっち! 魔法を使えないのに魔術課なんて行ってどうしろっていうのよ」

 

 これさえ乗り切れば、魔法を使うという夢まで辿り着けるのだ。

 だがその壁は途方もなく大きい。

 というか、不可能な課題を押し付けられているようにしか見えなかった。

 

「学院を出たら、今みたいに魔道具に頼り切ることもできないでしょ? あれ高いし、学院の外まで貸し出しは許されないよ。うう……終わったわ……」

「いや、わざわざ落とすために候補生にしないでしょ、普通……」

「学院長の嫌がらせだよ、きっと。6年間好き放題した罰がこれなんだよ」

「……自覚はあったんだね、アンタ」

 

 そもそも魔法が使えないことを隠して入学したし、そのサポートにと借りた高価な魔道具もいっぱい壊した。

 魔法が使えないのに学院長の部屋に入り浸って魔導書読み漁って持ち帰るし、お金がないからたまにご飯も貰って、他にも……。

 あれ? 割と妥当な報復では?

 

「……とにかく! このままじゃ私の、『奥』への道は閉ざされるの。それどころか直ぐにクビになって露頭に迷うことに……」

「あー……それなら多分、大丈夫だと思うよ?」

「え?」

 

 あまりの絶望でそのままずるずると地面へと崩れ落ちそうになっていたエリンが、マイラの言葉に顔を上げる。

 そこには若干どころかすごく引いてそうな彼女の苦笑いがあった。

 だがそんなこと気にしていられない。

 縋る様にマイラに問いかける。

 

「どういうこと?」

「というか、知らないのかい? 特認魔術」

「……そういえば、聞いた事ない魔術よね?」

 

 数多の魔法・魔術について情報を貪ってきた自覚のあるエリンだが、ついぞ聞いた事のない名前である。

 

「相変わらず、昔の魔法以外はなんにも知らないねぇ。でも安心しなよ。この魔術課なら、ちゃんとアンタでも働けると思うよ」

「……?」

 

 そう言って、マイラは簡単に特認魔術について教えてくれたのだった。

 

 

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