王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第20話 消える魔道具⑦

 

 

 

 一方、都市のとある場所にて。

 特魔課の長であるリセツと対魔犯罪課の長であるセロスは1人の男を見下ろしていた。

 

 鉄製の椅子に座らされ、両腕を拘束されたその男は、先日違法魔道具を密輸しエリンたちによって捕縛された狐獣人である。

 彼は俯いた状態で、何やらぶつぶつと小声で呟いている。

 

「……おい、こいつは大丈夫なのか?」

 

 怪訝な表情でリセツが尋ねる。

 彼は今朝冒険者ギルドの使いに呼び出されてここまで来た所である。

 それがいきなり怪しい状態の犯人を見せられて、どうしろというのか。

 

「捕まってからずっとこの調子でな。どうも、薬か魔法で意識を弄られたらしい」

「なに? そんな報告はなかったが……」

 

 エリンたちと対峙している時にその様子はなかったとリセツは聞いている。

 捕まえて護送する間も誰かが見ているから、魔術をかける隙も無かった筈だが。

 

「だろうな。洗脳はその前、都市の外でやられたようだ。……そうだよな?」

 

 セロスが狐獣人の肩に触れて尋ねると、男がびくりと震えてから顔を上げた。

 

「あ、ああ……」

「悪いが、もう一度だけ教えてくれ。これで最後だ」

 

 囁くように言って、セロスが微笑む。このセロスという男は同性でも見惚れるほどに顔がいい。あの美しい顔で優しく囁かれ、つい頷いてしまう者をリセツは良く見てきた。

 そして、そのやり方を本人が一番嫌っていることも知っている。

 使わざるを得ない事態が起きているのだと、リセツは大きく息を吐き出した。

 

「分かった……」

「お前は誰にあの荷を運ぶよう頼まれたんだ?」

 

 どうやらもうある程度洗脳は解除されているらしい。

 震えながら、男はゆっくりと口を開く。

 

「女だ。女に頼まれたんだ。仕入れの帰りに、あの女が荷を運んでくれって。オレは気づいたら、受けちまってた」

「そいつの容姿は覚えているか?」

「……いや、分からねえ。なんでか覚えてねえんだ。……ただ」

 

 震える自身の腕を見つめて、男は眼を見開く。

 

「腕だ。腕だけは覚えてる」

「……その腕はどんな腕だった? お前が見たものを教えてくれ」

 

 微笑み優しく問いかけるセロスを見上げながら、男は「ああ……」と淡く笑みを浮かべた。

 

「綺麗な手だった。真っ白で……そうだ。()()()()()()()()()()()()()()

「……『これ』はついてなかったか?」

 

 セロスが自身の右手首に嵌った魔法輪を掲げて見せると、ふるふると首を横に振る。

 

「なかった。何もない、綺麗な手だった……」

「そうか。ありがとう」

 

 今日はもう終わりだと優しくそう言って、狐獣人の男は外へと運び出されていった。

 

「……ということだ」

 

 男が出ていくのを見届けると、セロスが振り返りそう言った。

 直接言えばいいものを、この男は時折こうした手の込んだ説明の仕方を好むのだ。

 しかし、わざわざ呼びつけられるのもよく分かる理由であった。

 

「魔法輪がついていない奴が、この国にいるっていうのか」

 

 使用できる魔法や魔術を制御する魔法輪は、都市を平穏に保つための安全弁だ。

 それを持たずに忍び込んでくる奴は、子供を除いて全てが犯罪者。それも、とびきり凶悪な。

 

 厄介な問題が起きたと悩むリセツに、しかしセロスは首を横に振る。

 

「国内じゃない。この都市の中だ」

「はあ?」

「奴が言っていた。あの路地まで逃げた時に、例の手が現れて魔道具をもって行かれた、と」

「……だからあの路地だったのか!」

 

 あの狐獣人が何故あの路地に向かったのかが疑問だったが、これでわかった。

 そして、魔道具が2つしか見つからなかったのも。

 すべて、自由に魔法が使える『白い腕の女』が黒幕だというのなら辻褄が合う。

 恐らくは異空間持ち。ギルドの等級でも第2級以上の怪物だろう。

 

「厄介な奴が入り込んだようだ。間違いなく、お前の所の客だろう」

「だろうな。堂々とやりやがって……ともかく、情報助かった。急いで調べる」

「そうしてくれ。こちらも警戒するよう伝えておく」

 

 そうして部屋を――冒険者ギルドの地下に設置された牢を出た2人だったが、その足元に、1匹の猫がやってきた。

 細身の、毛足の短い黒猫の首輪には、青い硝子玉が填め込まれている。

 

「タタルか」

「こいつは?」

「ヴァファルの飼い猫だ。ここに来るときは、大体奴の伝言を届けに来る時だが……何か起きたか」

 

 あの青い玉は音鳴石。起動している間の音声を記録して再生する魔道具だ。

 玉を受け取り、リセツから距離を開けてから記録されているだろう音声を再生し始める。

 

 聞くわけにもいかないので、仕方なく壁に背を預けて待っているリセツだったが……。

 

「――リセツ!」

 

 突如自身の名を呼ぶ声に顔を上げれば、見覚えのある巨体がそこにいた。

 

「あ? ランドじゃねえか。どうした? お前がそんなに慌てるなんて珍しい」

「実は――」

 

 何故か冒険者ギルドまでやってきた部下に驚く。

 自分を探して全力疾走してきたらしい彼が、息を荒げながら報告することに耳を傾けた。

 そうして――。

 

「「……なに?」」

 

 それぞれの長に、ようやく事件の詳細が伝わるのであった。

 

 

***

 

 

 全速力で都市の中を駆け抜けたエリンとヴァファルは、アロナの貸本屋へとたどり着く。

 もう迷うことなく都市を駆け抜けられており、昨日の苦労がちゃんと経験になっていることを感謝しつつ、エリンは店の扉へと飛びついた。

 

「……開きません!」

「退いて!」

 

 時間がないと焦るエリンを脇に退かすと、ヴァファルは腰に佩いていた剣を抜き、一閃する。

 内鍵の部分を両断し、そのまま力任せに蹴り開けた。

 

「ええ!?」

「弁償するから!」

 

 言うと同時に飛び込んだ彼に一瞬呆れつつも、エリンも腰の剣に手をかけながら追って飛び込む。

 窓からの明かりだけが差し込む薄暗い室内には、2つの人影があった。

 1つは奥のカウンター傍に立つすらっとした男。そして、その脇に倒れるもう1つの影。

 

 ――アロナちゃん!

 

 咄嗟に動こうとする身体を何とか留める。

 倒れているだけで、男の興味はアロナにはない筈。ならば動くなと、必死に心の中で叫ぶ。

 

「……っち、やけに早いな」

 

 その勘が正しかったことを証明するように、男――イクサンはこちらへとゆっくり振り返った。

 手にはアロナの写影箱が抱えられており、淡く光を放っている。

 

「もう嗅ぎつけるとは、特魔課ってのは思ったより優秀なんだな」

「鼻がいいんだよ、君と違ってさ」

「ああ、あの獣人か……油断した」

「……」

 

 ヴァファルが前に立ち会話をしている中、エリンはただひたすらにイクサンの動きだけを見つめている。

 相手は写影箱以外は手ぶらに見えるが、『開花』の魔道具師。油断は出来ない。

 

 ヴァファルが抜き身の剣を向けたまま、じり、と近付く。

 

「君の目的は既に割れた。出来れば大人しくつかまって欲しいんだけどな?」

「……」

 

 それに応えることはなく、イクサンの足元に魔法陣が現れた。

 問答無用で自身の城へ――魔道具に守られた強固な工房に帰るつもりだろう。

 もう目的がバレている以上、ここにいるよりはマシという判断。

 

 ――だが、エリンはそれを待っていた。

 

「――――!!」

 

 獣の如く低い姿勢で飛び出したエリンは、左手で腰の剣を引き抜いた。

 刃の部分が青く煌めいたその剣で、エリンはイクサン――ではなくその足元の床を斬りつけ、斜めに飛び込んでアロナを確保した。

 

「……はあ? 何してんだ、お前」

 

 素早く入口へと戻っていくエリンを鼻で笑いながら、イクサンはそのまま自身の工房へと落ちて……いかなかった。

 

「ああ!?」

 

 異変に気付いたイクサンが声を荒げて足元を見る。

 いつもの異空間への入口となる魔法陣の筈だが――否、一ヶ所だけ変化があった。

 魔法陣に線が1つだけ追加されており、動作不良(エラー)を起こしている。

 精緻な絵画に炭を塗る様に。

 入口を開くという命令が機能しないよう、余計な記述が足されていたのだ。

 

 ――上手くいった……!!

 

 エリンの剣、その左は魔石が塗布されており、壁などを斬りつけることで魔法陣が描けるようになっている。

 とはいえ、戦闘中に複雑な魔法陣を刻んでいる時間はない。

 この左の剣は、相手の魔法陣に余分な記述を加えて動作不良(エラー)を起こすのが目的の魔道具であった。

 マイラ謹製・魔法断ちの魔蝕剣。

 たった一閃で、異空間へ繋がる魔法陣を殺してみせた。

 

「お前……!!」

「おお、流石ぁ!!」

 

 青筋立てて叫ぶイクサンへと、間髪入れずにヴァファルが飛び込んだ。

 

「――っ!?」

 

 驚愕し固まるその身体へと、情け容赦なく一閃を放つ。

 足元を見ていたイクサンが反応できる筈もなく、一振りで胴を袈裟に切り裂いた。

 

「――っち、ついてねえ……!!」

 

 そう呟いて、イクサンはそのまま崩れ落ちたのだった。

 

「……ふう! 何とかなった!」

 

 血糊を振り払おうとして、ここが貸本屋だと気付いたヴァファルがハンカチを取り出して剣を拭う。

 一方エリンはすぐさま抱えていたアロナを床に下ろして、その身体を揺さぶった。

 

「アロナちゃん! 大丈夫!?」

「……うぅ」

「……!! 良かった!!」

 

 どうやら一時的に気を失っていただけらしい。

 やはり、あの男の目的はあくまで魔道具とその中の刻印だったから、アロナは無事だと信じていた。

 なにせ、どうせ後で全員殺すつもりだったのだから。

 

「その子は無事?」

「はい。詳しくは診てもらわないとですが……」

「悪いけど、外で休ませてあげて。ここは暫く立ち入り禁止になるだろうからさ」

「はい……!!」

 

 外へと向かっていったエリンを見送ってから、ヴァファルは倒れたままのイクサンへと振り返る。

 まだ胸を切り裂いただけ。ぴくぴくと痙攣しているから生きてはいるのだろう。

 死んでもらっては困るから加減したので当然だが、それでも中々のしぶとさだ。

 

「さて、確保しないとね」

 

 このまま手足を拘束してから止血だけすれば完了だ。

 ……が、その痙攣がぴたりと止まった。

 死んだかと思った一瞬。ゆっくりと男の口が動いた。

 

「……ついてねえ、ついてねえなあ」

 

 イクサンが呟くと同時に、彼の手元に魔法陣が浮かび上がった。

 床に現れたその陣からは金属の棒――柄が現れて。

 反り返っていた腕がその柄を素早く掴むと、凄まじい速度で一息に振り抜いた。

 

「うわっ!?」

 

 素早く背後へと飛び退いたヴァファル。

 彼のいた場所を、漆黒の刃が通り過ぎ、直後空間を雷撃が焼き尽くした。

 薄暗い室内を、激しい青白い雷光が瞬き埋める。

 余波を受けた棚や本に引火し、店の中に火の手が上がり始めた。

 

「――魔道具!!」

「邪魔ばかりしやがって……あと少しだったってのによお!」

「いや、するに決まってるでしょ! 馬鹿なの?」

「ちっ、だりぃ……」

 

 だらりと腕を垂らしたイクサンが、ゆらりと立ち上がる。

 その胸の傷は、瞬く間に塞がっていっている。

 あの速度の治癒能力を持つのは、間違いなく人ではない。

 例え『開花』の魔道具師様でも、不可能な芸当の筈だ。

 どうやら魔道具だけでなく、自分の身体すらも弄ったらしい。

 

「この、化け物め……」

「……邪魔な野郎は、さっさと殺す。その後で完成させりゃいいだろ」

 

 ぶつぶつとイクサンが呟いている。

 その目は血走り、明らかに普通の状態ではない。

 

「野蛮な考えだなあ。身体だけじゃなくて頭の中まで弄ったの?」

「あ? ……お前にゃ関係ねぇよ!」

 

 咆哮とともに、雷撃が迸る。

 軽口を叩きつつも、ヴァファルは相手の得物を素早く観察した。

 間違いなく上級の雷魔法が込められた違法魔道具――いや、『開花』の持ち物なら違法じゃないのか?

 ……まあいいか。どちらにせよ、こうなったら全力で殺すしかない。殺せる相手かは、知らないが。

 

 少なくともお店は守れなさそうだと、ヴァファルは運び出されていった少女に謝るのだった。

 

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