王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第21話 消える魔道具⑧

 

 

 

 通りに飛び出したエリンは、アロナを抱えたまま向かいの家へと駆け出した。

 直ぐに戻ってヴァファルの加勢をしなければならないが、彼女を路上に寝かせるのも……と逡巡していた背後で、轟く雷鳴が鳴り響いた。

 

「――――っ!?」

 

 ヴァファルは魔法を使えない。つまりあれはイクサンの魔道具の余波だろう。

 手ぶらだった筈だが、やはり何かしらの武装を隠し持っていた様だ。

 そしてそれは、間違いなく一つでは済まない。

 

 ――ここら一帯が危ない……!!

 

 もし上級魔法規模の魔道具を複数持っていて、その全てを起動されたら、この一帯が消し炭になる可能性がある。

 

 今の轟音を聞いて、通りには何事かと住民たちが出てきていた。彼らの視線は、アロナを抱えたエリンに向いている。

 このままだと、彼ら全員が巻き添えになってしまう。

 

「……皆さん!! 逃げてください!!」

 

 だからエリンは、声を張り上げた。

 なんだなんだと起きるざわめきをも貫くように叫び続ける。

 

「私は魔法ギルドの特認魔術課の者です! いま、この貸本屋内で危険な犯罪者が暴れています!」

 

 叫んだ直後にも雷鳴が轟き、貸本屋の窓から白光が瞬いた。

 住民たちが驚き固まっている所に、エリンはもう一度、腹の底からの咆哮を上げる。

 

「――この一帯が消滅する可能性があります。どうか、逃げてください!!」

 

 そして再び鳴り響いた轟音を合図に。

 住民たちが悲鳴を上げながら避難を始めたのだった。

 

 

***

 

 

 一方、貸本屋内部。

 ヴァファルは1人雷撃の嵐を捌き続けていた。

 

「――おらぁ!!」

 

 イクサンの黒剣が雑に振り上げられる。

 極大の雷撃を伴った致死の一撃を、ヴァファルの剣は外へと打ち払う。

 

 金属同士が触れ合う刹那、眩い白光と弾ける小雷が室内に迸り、周囲の棚に、本に引火する。

 

「――っ!!」

「ちっ、しぶてえな!!」

 

 雷撃の魔道具の恐ろしさは、触れただけで感電し身体を焼かれる所にある。

 込められているのが上級魔法となれば斬られれば当然即死。

 防いでもその防御の上から雷撃が襲い来る。あまりにも()()()魔道具なのだ。

 本来はそれすら耐えてみせる魔獣用なのだから当然なのだが。

 

 だがヴァファルは剣の接触を一瞬に留め、弾くことに集中している。加えて、彼の剣は魔力の伝道性の悪い素材を芯に採用している、耐魔性に特化した逸品。

 武器に魔法を纏わせたりする冒険者たちが嫌う素材だが、そもそも魔法が使えないヴァファルには関係がない。

 むしろ身一つで魔法使いたちと戦うには最適な素材といえた。

 

 だがそれでも万全とはいえない。

 なにせ向こうは雷撃を纏う剣。触れるたびに蓄えられていく熱までは防げない。

 つまりは、剣がどんどん熱されているのだ。

 

 ――あっついな、もう!

 

 正直あと数撃受けるだけで、もう満足に持てない程に熱せられている。 

 加えて攻撃の度に燃え広がる火のせいで、室温自体もどんどんと上がってきていた。

 流れる汗がうっとおしくて仕方がないが、目を離すことは許されない。

 少しでも隙を与えれば、イクサンは自身の工房に逃げ込んでしまう。

 

 そうなれば最後。

 奴の工房内に乗り込むのもひと功労だし、乗り込んだ瞬間に奴の上級魔法が叩き込まれることは明白だ。

 異空間持ちを相手にするのはそれほど面倒なのだ。

 都市の安全のためとはいえ、厄介なものを持たせたものだと、ヴァファルは小さく嘆息する。

 

「……しぶといのはそっちでしょ。君、本当に人間?」

「見ての通りだよ。人間以外の何に見える」

「いや、人間は切れた身体は再生しないんだよ。分かる?」

 

 剣と部屋を焼く熱だけでなく、ヴァファルを苦しめているのはイクサンの膂力だ。

 背の低いヴァファルよりも細い、骨ばったイクサンの腕からは想像もつかない程の力で剣が振るわれ続けている。それこそ、まるでランドルフが振るっているかのような馬鹿力。

 一瞬とはいえ弾くだけでもヴァファルの腕にとんでもない負荷がかかるのだ。

 

 ただ、剣術そのものは素人のそれ。

 剣の技まで上級レベルでなくて一安心だったが、ならば尚更その力は異常だ。

 

 あの治癒能力といい、絶対に何らかの制御(リミッター)がぶっ壊れている。

 

「さあ、どうなんだろうな。オレにももうわかんねえよ」

 

 火と白煙の中でゆらりと身体を揺らしながら、魔道具師の男は薄ら笑う。

 赤い光に照らされながらもその顔は奇妙な程に青白い。

 それを見た瞬間、電撃的な閃きがヴァファルを貫いた。

 

「ひょっとして、君、死んでたりする?」

「……」

 

 ランドルフは彼から死臭がしたと言った。

 だが、彼の目的を考えると、どうもちまちまと人を殺すようには思えないのだ。自分たちが突如乗り込んだとはいえ、アロナが生きていたのもその証左となるだろう。

 ならば死臭の原因は一体何なのか。それは――

 

 もしかして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 正直、ただの時間稼ぎの戯言だったのだけれど、今まで飛んできていた悪態が何も来ないことに、ヴァファルは乾いた笑いを浮かべる。

 

「……マジ?」

「……お前らには、分かんねえよ」

 

 ぼそりと、そう言って。

 彼の前に魔法陣が広がった。

 

「――っ!?」

 

 工房に逃げられる――そう思って飛び出そうとしたヴァファルの視界に映ったのは、魔法陣から飛び出してきた筒所の何か。

 艶めく黒色の金属が周囲の火に赤々と照らされる。

 一部しか見えないそれを、ヴァファルは何か直ぐに理解する。

 

 ――砲塔!!

 

 その先端をこちらへと向ける暗い空洞には、光りが満たされていき。

 

「頼むからもう、死んでくれ」

「――――」

 

 そうイクサンが呟いた直後、ヴァファルの呑み込む砲撃が放たれた。

 

 

***

 

 

 アロナを隣人だという男性に託し、住民たちを避難させていたエリンは、突如背後で鳴り響いた轟音に振り返る。

 眩い程の真っ赤な爆炎が貸本屋内で巻き起こったようで、壁が粉砕されて通りへと弾け飛んでいた。

 壁に開いた大穴から分厚い黒煙が噴き出している。

 

「――ファルさん!」

 

 先ほどまでの雷撃とは異なる魔法の行使。

 やはり複数の魔道具を隠し持っていた様だ。

 

 吹き飛んだ瓦礫が周囲の店に激突して更なる破壊を起こしている。

 住民たちを逃がしていて良かった。……もう誰も残っていないことを祈りつつ、エリンは背負っていた弓を担ぐ。

 

「――あっぶな!!」

 

 黒煙の中からヴァファルと、彼を追って黒剣を振るうイクサンが飛び出してくる。

 当然その刀身は雷撃を纏い――致死の一撃をヴァファルへと振り下ろす。

 

「死ね――」

「無理!!」

 

 それを銀の剣でヴァファルが弾き、周囲に雷撃が迸る。

 ほんの一瞬だけ剣を触れ合わせ外側へと弾き飛ばす――余程の技量がなければできない離れ業だ。

 だが相手の一閃も凄まじい速度で振るわれていた。それを示すように、ヴァファルの動きが固まった。

 

「……っ!?」

 

 骨か筋肉が軋む音がヴァファルの体内に鳴り響き、肘から激痛が駆け巡る。

 その隙を見逃すはずもなく、イクサンの前に魔法陣と、そこから伸びた砲塔が現れる。

 既に何かの魔術が充填されており、間断なく赤熱した熱線を吐き出した。

 

「――――っ!?」

 

 射線上にはいなかったエリンも、その熱と余波に煽られ身体が浮くのを必死でこらえた。

 貸本屋の向かいの民家が貫かれて崩壊する音が鳴り響く。

 やはり魔道具は剣だけではなかった。

 あのまま砲撃を続けられれば、街中に被害が出る。

 ……本来の奴の目的であった魔法陣を起動されるよりは何十倍もマシだが、それでも危険なことには変わらない。

 

 ――止めなければ。絶対に!

 

 エリンは周囲に視線を振って、行動を開始した。

 

 

「だー、熱い!!」

 

 砲撃が終わると同時に、噴きあがる黒煙から飛び出てきたヴァファルが叫ぶ。

 煙で黒ずみ始めてはいるが、その姿は何処も焼けてはいなかった。

 それを見て、イクサンが舌を打つ。

 

「……お前こそ、人間じゃねえだろ。なんでこれ喰らって平気なんだよ」

「はっ、そりゃ内緒だよ。知りたいならもっと視認性の良い魔道具だしなよ!」

「るせぇ!! ――死ね!」

 

 それでも先の一撃で、ヴァファルの限界は見えた。このまま押せば彼の腕を破壊できる。

 今度こそ殺し切ると振り上げたイクサンの右腕に、飛来した矢が突き立った。

 

「――ああ!?」

 

 手首に突き刺さった鉄の鏃が、肉を貫き骨を砕く。

 骨を直に殴られたような衝撃に、イクサンの腕は後ろへと弾き飛ばされ、手にしていた剣の魔道具を取り落とす。

 

「――――」

 

 そこへもう一矢が飛来し、開かれた右掌を矢で刺し貫いた。

 

「があっ……!?」

 

 二矢を受けた反動で更に吹き飛び、そのままイクサンは背中側へとぶっ倒れた。

 

「わお」

 

 どこの誰だとヴァファルが視線を振れば、斜め後方の建物の上に、エリンが弓を構えて立っていた。

 イクサンが倒れたのを見て、彼女は隣へと降り立った。

 

「エリンさん、君えげつないことするね」

「魔法使いを止めるには、一番簡単な方法なので……」

「いやそうだけどさ……まあいいや」

 

 人体における右掌は魔法を使うための必須器官。

 そこを破壊するということは、下手したら二度と魔道具師として活動できなくなる傷を負わせることになる。

 いくら魔法でも、核や心臓といった人体にとって重要な器官の再生は未だ実現はできていない。

 

 エリンの魔力放出障害が治せないように、破壊された腕の魔力路も治せない。

 そこを容赦なく攻撃するとは……まあ、犯罪者相手だからいいのだろうが。

 今もイクサンから目を離すことなく矢を構える辺り、相当な戦闘慣れをしているのだろうと、そう考えてヴァファルは口を開く。

 

「そのまま聞いて。あいつは直ぐ起き上がる」

「……?」

「あれは普通の人間じゃない。いくら攻撃しても再生するんだ」

「え……?」

 

 エリンは驚き、イクサンの身体を注視する。そういえば最初にヴァファルが斬りつけた時の傷も無くなっている。そう簡単に治る傷ではなかった筈だが……。

 彼のその言葉を示すように、イクサンはぬるりと立ち上がった。

 

「……鬱陶しいな。どいつも、こいつも」

 

 だらりと垂らした右手は開いた穴の肉が蠢き、塞がり始めている。

 治らない筈の器官が、こうも簡単に……。

 

「ね? 化け物でしょ?」

「……っ!!」

 

 驚きつつも、エリンは間髪入れずに再び矢を放つ。

 倒れた隙に弓を持つ手に握った矢は4本。残らず無防備の身体に突き立てていく。

 右掌に両足、そして腹。

 その全てを避けることなく受ける――その直前。

 イクサンは咄嗟に身体をひねり、右掌は避けてみせた。

 

「……っ!!」

 

 痛みなど感じていないように見えるイクサンが、苛ついた表情を隠さずにエリンを睨む。

 だがその目に映るのは、間髪入れずに飛び込んだヴァファル。

 

「……なーるほど」

 

 無防備なその肢体を上段からの袈裟切りで再び切り裂く。

 今度は深く、両断する勢いで。

 

「ぐっ……」

 

 再生するなら問題ないという容赦ない一撃は、胸の半ばあたりで動きを止めた。

 否、やけに強化された筋肉で無理矢理止められたのだ。

 魔法を使うための核を守るために。

 

「いくら再生力お化けでも、核と右手が潰れたら魔法が使えないね、君?」

「……ああああああ!!」

 

 血と咆哮を噴き上げながらイクサンが護りぬいた右掌をヴァファルへと向けた。

 魔法陣が開き、そこから黒い球体が飛び出した。

 

 ――爆弾!!

 

 瞬時に光を発し、それは人一人を軽く呑み込む規模の爆発を巻き起こした。

 軽いヴァファルの身体は簡単に吹き飛び、近くの家屋へと激突する。

 

「てて……どんだけ魔道具隠し持ってるのさ、君」

 

 だがその身は無事。エリンには一瞬、義手である右腕から光が発せられたように見えた。

 あの義手も、何らかの魔道具らしい。

 

「……障壁を張ったか。通りでしぶといわけだ」

「君に言われたくはないよ。……で、どうする? これだけ騒いだんだから、もうすぐ衛兵の本隊が来るよ?」

「……っち」

 

 そうしたら絶対に勝てないし逃げられない。

 そのことはイクサン自身がよくわかっていた。

 

「大人しく捕まりなよ。そうすれば命は……」

「……くそが……クソがクソがぁ!! ()()()()()、オレにはねぇんだよ!!」

 

 激高したイクサンが再び魔法陣を展開した。

 爆弾か、砲塔か、或いは別の魔道具か。

 義手の右腕を構えるヴァファルだったが、それよりも素早く、エリンが動いた。

 

 ――息を潜めて、獲物の思考をなぞる。

 

「――!!」

 

 再び地面を滑るように駆け抜けたエリンは、展開した直後の魔法陣に、左剣を叩き込んだ。

 最後の最後にイクサンが展開したのは、工房へ逃げるための(ゲート)であった。

 そして、その魔法陣なら既に知っている。 

 

「逃がしませんよ、絶対に」

「この、クソ女がぁ……!!」

 

 武器も封じられ、逃げられもせず、胴体は未だ半ば断たれたまま。

 なぜ生きているのか分からない状態で、それでもエリンへと拳を振り上げた彼に――影が下りた。

 

「――あ?」

「――エリンさん!」

 

 そうして舞い降りたのは、巨影の獣人。

 別動隊として動いていた、ランドルフであった。

 

「ランドルフさん!」

「すみません、遅くなりました!」

 

 彼は背後からイクサンの所へ飛び降りると同時に、彼を地面へと押し倒した。

 同時に、周囲から大量の足音が響いてくる。

 待っていた本隊がやってきたのだ。

 

「……ふざけんなああああああ!!!」

 

 頬を地面に擦りつけたイクサンが叫ぶと同時に、彼の下と背と、ランドルフの眼前にも、4つを超える魔法陣が出現した。

 イクサンの奥の手――否、もうあれは最後の足掻きだろう。

 だがその脅威は十分。

 特に背から現れた魔法陣には、2度ヴァファルを焼いた砲塔が現れており。

 充分に充填された砲口が、ランドルフへと向けられていた。

 

「ランドルフさん、逃げて――」

「……温い」

 

 だが、ランドルフは一言そう告げると、イクサンの胴体程の分厚い腕を乱雑に振り抜いた。

 鋭い爪の生えた手は何故か赤く輝いており、眼前の魔法陣とそこから覗く砲塔にぶち当たり。

 

「――ふん!!」

 

 たった一撃で撃ち砕いてしまった。

 

「……ええ?」

 

 金属のひん曲がる轟音が鳴り響き、魔法陣ともども霧散していった。

 そのまま、彼は赤熱した手をイクサンの土手っ腹に問答無用で突き刺して、その()()()()()()背と地面の魔法陣を纏めて撃ち砕いてしまった。

 

「ごっ……が……!!」

「ランドさん、そいつの右手焼いて!」

「……? わかりました」

 

 そのまま腕を引き抜くと、ランドルフの右手がイクサンのそれを掴んだ。

 彼の右手はずっと火に包まれており、当然の如く、その炎はイクサンを蝕んだ。

 

「――――っ!!!?」

「ありがと!」

 

 声にならない絶叫を上げながら、そしてそれでも身体を修復しながら。

 最終手段も右手も破壊され続け、ようやく苦悶の表情を上げているイクサンの腕に、ヴァファルが魔断輪を填め込んだ。

 

「――『開花』の魔道具師、イクサン……確保」

 

 こうして、ようやく『開花』の魔法使いを止めることに成功したのだった。

 

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