王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第22話 消える魔道具⑨

 

 

 

 その後やってきた衛兵たちによって、すぐさま周辺の安全確認と被害状況の確認が行われた。

 逃げ遅れたり巻き込まれた住民がいないか、そして万が一にも他に仲間がいないかを衛兵総出で素早く調べていく。

 

 エリンたちは急いで貸本屋内の消火に当たった。

 店自体は石造りなのだが、中身が燃えやすい本なのがまずい。

 消火は水の魔法と魔道具を用いるため、エリンたちは可能な限り紙を濡らさないように無事な本を避難させる役割を任された。

 

 だが何よりも先に、エリンは店の奥へと走って射影箱を確保に向かう。

 最初にイクサンが持っていたその箱は、ヴァファルが彼を切り裂いた時に転がっていた筈だったが――。

 

「……あった!」

 

 カウンターの更に奥に転がっていた魔道具を見つけ確保した。

 イクサンの背中側に落ちていたことで、雷撃や火事の影響は受けずに済んだようだ。

 後は彼による改造を受けていなければいいのだが、今は無事だと祈るしかできない。

 

「良かった……」

 

 でもこれで、アロナの願いを守ることができそうだ。

 エリンは写影箱をぎゅっと胸に抱きしめる。

 感じる温もりは火のせいかもしれないが、それでもきっとここに思い出が残っていることを信じて、エリンは立ち上がった。

 

「エリンさん、見つかった?」

「はい、ありました!」

「良かった。じゃあ、こっちも手伝ってー! 燃えちゃう!」

「すぐ行きます!」

 

 そうして大慌ての消火活動によって、半分ほどの本は救うことができた。

 

 

***

 

 

 それから半刻程をかけて、周囲の安全確認が終わった。

 幸い建物が半壊する程の被害を受けた建物は3軒のみ。そこの住人たちは外出中だったのとエリンの避難勧告によって崩壊前に逃げ出すことができていた。

 若干名、破片で怪我をした者はいたが、それもすぐさま治療が行われている。

 結果的に殆ど被害を出すことなく、事件は終息することができた。

 

「……なんとか、なりましたね」

 

 建物の壁に背を預けるようにして座り込んだエリンが、疲れ果てた声でそういった。

 街中を走り抜けて、そのまま戦闘に移行して――気が抜けた瞬間にそれらの疲労が一気に襲ってきた。

 

「ホントにね、お疲れ様」

「ファルさんこそ。勝てたのはファルさんのお陰です」

 

 彼がイクサンの魔道具を全て受け切ったからこそ勝つことができた。

 エリン一人では間違いなく負けていただろう。

 

「へへー、僕、こう見えて結構強いから」

 

 人懐っこく笑う彼からは想像もつかない程に強かった。

 エリンたちとさほど変わらない年齢に見えるのだが、あの技量は一体どこで身に着けたのやら。冒険者ギルドの衛兵ということは、元冒険者だったのだろうか。引退するには早そうだが……。

 

「――エリンさん」

 

 なんて考えていると、ランドルフがこちらへ近づいてきた。

 

「ランドルフさん、お疲れ様です」

「それはこちらの台詞です。……遅くなり、申し訳ありませんでした」

 

 目の前に来るや否や彼は深々と頭を下げた。

 まさかそんなことをするとは思わず、エリンは慌てて両手を振る。

 

「い、いえいえ! 仕方ないことですから……頭を上げてください」

「そうだよ、ランドさん。てかランドさんのお陰で被害ゼロだったんだから、誇っていいと思うよ?」

「そうですよ!」

 

 ヴァファルと2人で何とか説得して、ようやくランドルフは顔を上げてくれた。

 

「……ですが、おふたりに加えてアロナさんまで危険に晒して……」

「アロナちゃんも無事です。だから、大丈夫です! ほら、魔道具も!」

「それは、アロナさんの……無事でしたか」

「ちゃんと調べてみないとですが、恐らくは。だから安心してください」

「……おふたりとも、ありがとうございます」

 

 無事に確保した魔道具を見せ、アロナを住人に預けた事を教えたことで、ようやく落ち着いてくれたのだった。

 

「さて、と」

 

 ヴァファルは壁から背を離して歩き出すと、拘束されたイクサンの横に屈みこんだ。

 

「で、君、結局生きてるの? 死んでるの?」

「……どっちだろうな。オレにはもう分かんねえんだ」

 

 掠れた声が返ってくる。

 どうやらもう抵抗する気はないようで、力なく項垂れている。

 その顔にも声にも先程までの覇気は失われていた。

 

「……どういうことですか?」

「ああ、それはね――」

 

 事情を知らないランドルフが首を傾げているので、ヴァファルが簡潔にこれまでの出来事を説明していく。

 それを尻目に、今度はエリンがイクサンの傍で屈みこみ、問いかける。

 

「あの、あなたはどうしてこんなことをしたんですか?」

「あ?」

「……あなたの魔法陣は、とても美しかったです。感動しました。魔道具の本来の機能を一切損なわずに、性能を上げていました」

「……当然だろ。オレは『開花』の魔道具師だ」

 

 その言葉に、これまでの威勢は全くなかった。

 心身ともにボロボロだからというだけではなく、彼自身その肩書を名乗る資格がないと分かっている様にエリンには見えた。

 それほど、彼がしようとしたことの罪は重い。

 

「巨大魔法陣の発動のために魔法陣を縮小する必要があったのは分かります。それでも、あなたの仕事は誠実で、完璧でした」

「……」

「だからこそ、不思議なんです。それ程の腕をもつあなたが、魔法陣を愛している筈のあなたが、何故こんなことをしたのかを」

 

『開花』という地位を得た筈の魔道具師が、それを捨てるような事件を起こしたのだ。

 しかも、その目的は『人を肉塊に変えること』。その理由が、ずっと分からなかったのだ。

 

「……なんで? んなもん決まってる。死にたくなかったからだ」

 

 だが、帰ってきた答えは全く要領の得ないものだった。

 

「……肉を集めたらあなたは生きられるんですか?」

「んなわけねえだろ。オレは魔獣じゃねえぞ」

「……? ますますわけわかんないよ」

 

 更に要領を得ない回答に、ヴァファル達も会話を終えて割り込んできた。

 

「だってあの魔法陣、君が仕掛けたんでしょ?」

「……あれが必要なのはオレじゃねえ。オレをこの身体にしたあの女が欲しがったからやった。それだけだ」

「ん? どういうこと?」

 

 突如出てきた『女』。

 どうも、今回の事件はそいつが仕組んだことらしい。

 

「……全く、なんでこうなっちまったんだか」

 

 イクサンは大きくため息を吐き出して。

 自分の身に何が起きたのかを語り始めた。

 

 

***

 

 

 ここ最近の事だ。

 オレは仕事の途中でやけに視界が霞むようになってたんだ。

 

 やけに身体が重くて、休む時間が増えてな。

 仕事のし過ぎで疲れてたんだろう、少し休めば直ぐに直るなんて思ってたんだが、ロランがやけにうるさくて、病院に行くことにしたんだよ。

 

 そこで、不治の病だと言われちまった。

 頭の中に出来ちゃいけねえもん……肉の塊みたいなのが出来て、どんどんと大きくなっているそうだ。

 しかも余命はあとひと月もないって言いやがる。

 

 完全に治療することはできない。

 延命治療はできるとロランが必死になって世話焼いてくれたんだが、それも伸ばせて半年が精々。しかもずっと苦しみは続くっつうんだ。

 そんな状態で生きたいなんて思うか? オレは思わなかったね。

 

 ロランは泣きながら生きてくれって言うんだがな、オレは疲れちまった。

 だって、このまま苦しみながら生きても、やるのは他人様のための魔道具作りだけだ。それになんの意味がある?

 

『開花』のオレにはたくさんの仕事が積み上がっている。

 力を持っちまったオレには厳重な監視がついているから逃げ出すこともできねえ。

 

 ロランには悪いが、このまま苦しみながら生きていたくはねえ。だから治療も仕事も辞めて、最期の時間だけは穏やかに過ごそうと、そう思った。

 ……そん時だ。あいつが来たのは。

 

『もし。その病から解放してあげましょうか? ……1つ仕事をしてくれるなら、代わりの身体をあげましょう』

 

 工房に1人でいる時だった。

 どこかから聞こえてきた声に、遂にオレは頭がおかしくなっちまったのかと絶望したね。

 でも違った。

 いつの間にか、工房内に1人の女が立ってたんだ。

 

『もし。こちらですよ、魔道具師様』

 

 綺麗な女だった。あまり外に出ないオレはさして女に興味はねえんだが、それでも息を呑む程のいい女だったね。

 

 そして、女はオレに言うんだ。

 仕事をすれば、病から解放してくれると。

 信じられるか? そんな話、聞いた事がねえだろ?

 

『なんですか、その女……絶対にやめた方がいいですよ』

 

 案の定、ロランにはそう言われた。

 そりゃそうだ。そんな怪しい女、オレだって信じねえよ。

 でも、オレは受けることにしたんだ。

 

『じゃあどうしろって? このまま苦しんで死ねっていうのか?』

『それは……でも……』

『お前はいいよな? 病気もねえ、稼ぎもいい、恋人だっている。……こんな惨めなオレとは違ってよぉ。……ああ、お前はオレが死んだって他の魔道具師を見つけりゃいいもんな! 気楽なもんだよ』

『何を言ってるんですか……!! いくらあなたでも言っていいことと悪いことが……』

『お前のその稼ぎは誰のおかげで得たものだよ! オレだろ!? なら邪魔すんじゃねえよ!!』

『……っ』

 

 死にたくねえ。ただそれだけなんだ。

 オレには魔道具しかなかった。家族もいねえ、友もいねえ。ただ美しく完璧な魔道具を作りたかった。それだけなんだよ。

 今は『開花』だが、いずれは最上位の『繚乱』になって、誰も作ったことのない至高の魔道具をつくってやるって、思ってたんだけどな……。

 

『イクサン……あなた……』

『……出てけ。二度と面みせんじゃねえ』

 

 だがオレは、もう長時間立ってることすらできなかったんだ。

 ロランを追い返した直後、オレは視界が揺らいでぶっ倒れたんだが、そこをあの女に抱き留められた。

 

『――叫ぶと身体に障りますよ』

『お前……一体どこから……』

『そんなこといいじゃないですか。ほら、少しだけ身を任せて……』

『一体、何を――』

 

 あの女がオレの頭に手を触れると、あれだけ苦しかった痛みが消え、視界がいつも通りに変わったんだ。

 

『お前……何をした?』

『それは秘密です。だって教えたら、あなたならきっと再現してしまうでしょう? そしたら仕事を頼めないじゃない?』

 

 得体の知れない力だ。医者が投げ出した不治の病を触れただけで直しちまうんだからな。

 そんな力を持つ女が、オレに一体何を頼みたいのか、考えるだけで恐ろしかった。

 

『……お前は、一体何を頼もうとしてるんだよ……』

『これを作ってくれやしませんか?』

 

 そう言って女が差し出してきたのが、あの魔法陣だった。

 都市の一部を飲み込んで、そこにいる人々を肉塊に変える、最悪の魔法陣だ。

 

 正気じゃねえだろ? なんでそんなもんが要る?

 そこに暮らす連中は数十じゃ下らない。そんな量の肉を集めて、一体何を作る気なんだよ。

 だが――。

 

『お断りするなら、あなたの身体は元通り。でもやってくださるなら、綺麗に直してあげましょう?』

『……ああ、分かった。つくってやるよ』

 

 もう、オレに断るって選択肢はなかった。

 だって身体が治ったんだぜ?

 あの魔法陣をつくる()()()完全に治してくれるって言われたら、断る選択肢はオレにはなかった。

 だって、やらなきゃオレはこの工房にいたまま死んでいくだけだ。

 なら誰を、何を犠牲にしようが、オレは生きてやると、そう思ったんだ。

 

 ……ロランには悪いことをしたが、もう関係ない。

 仕事をすると決めた時点で、オレは人としてのあらゆるものを捨てなければいけねえんだからな。

 

 あ? その女の顔?

 ……そういや、覚えてねえ。なんでだ? あんなにいい女の顔、忘れるわけねえのに……。

 

 

***

 

 

「おかしいな。オレ、なんで覚えてねえんだ?」

 

 ヴァファルとランドルフが依頼者である女の容姿について問いただした途端、イクサンの様子が急に変わり始めた。

 言葉がたどたどしくなり始め、呂律が回らなくなっている。

 

「あれ……? そもそもオレ、なんでこんなところにいるんだ……? 仕事が、未だ残ってるのに……ロラン、ろらん……?」

「これは……?」

 

 視線があたりを彷徨い始め、関節が外れたように身体がぐにゃりと沈み始めた。

 

「なんかヤバいね……!!」

「いけない。医療班、こっちへ……」

 

 だがそれよりも早く、イクサンの身体に変化が起こり始める。

 肌が急速に青白く、更にどす黒く変色し始め、ぶわりと嫌な臭いが立ち込める。

 そのまま力を失ったように地面へと倒れ込むと、赤黒い液体が周囲に流れ始めた。

 

「……死臭!?」

「なんですか、これ……!?」

「……ろらん、ごめんな、おれ……」

 

 最期に、微かにそう呟いて。

 イクサンはそのまま動かなくなってしまった。

 

「……」

「……死んじゃった、今度こそ」

 

 3人で呆然と立ち尽くす。

 さっきまで生きて話していた筈の男が、墓場から掘り起こしてきたような腐乱死体に変わってしまった。

 

「……なんですか、これは……」

 

 震えた声でランドルフが呟く。

 だが、答えは誰も持っていない。

 否、唯一知っている存在がいるとすれば……。

 

「――謎の女、それが今回の事件の黒幕ってわけ? 君の身体を、こんな風にした……」

 

 変わり果てたイクサンを見つめて、ヴァファルは独り言つ。

 イクサンと戦い、最も会話したのは彼だった。きっと、何か通じたものがあったのかもしれない。

 彼は胸に手をあてて深く礼をしてから、振り返った。

 

「ランドさん、エリンさん。……終わったね。さ、事後処理を済ませちゃおう」

「……はい」

 

 こうして、気味の悪い終わりをしつつも、魔道具消失事件はようやく終息するのであった。

 

 

 

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