王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第23話 戦いの後で

 

 

 

 翌日、今度こそ完全にお休みになったエリンは、いつも通りに街の外にやってきていた。

 

 今回は弓も剣も背負わず、代わりに鉈と鞄を身に着けて森の中に入っている。

 

「……ふう」

 

 鳥の鳴き声と風に揺れる木々のざわめきだけが響く森の中で、ゆっくりと深呼吸を繰りかえす。

 早朝の森は静かで、美しい。

 寝て起きても未だ興奮冷めやらない精神を落ち着けるのにはピッタリの場所であった。

 

 ――凄かったなあ。色々と。

 

 本当に、あまりにも濃密な1週間であった。

 都市の中はエリンが想像していた以上に騒がしくて賑やかで、そして危険な場所だった。

 

 特魔課でいきなり働くことになって、しかもその内容は詩と絵画の相手。

 最初は何故ここに配属されたのか訳がわからなかったが、続けて起きた、魔道具に関する2つの事件でその理由を知った。

 

 特魔課のもう1つの任務――都市に持ち込まれる違法魔道具の取り締まり。

 

 人も物も集まるこの都市には危険な魔道具が密かに輸入されていて、特魔課はその取締りを行っていたのだ。

 その密売人が都市内で魔道具を暴走させ、更にその魔道具を作り出す魔道具師が事件を引き起こし、エリンはその対応に追われることになった。

 

 あわや街の3割を飲み込む巨大魔法陣に気が付いた時は背筋が凍ったが、無事に止めることができて本当に良かった。

 

 そう、そのイクサンの起こした事件のことだが……。

 

 結局イクサンの暴走による被害者は見つからず、射影箱も未改造のまま無事であった。

 死者はおらず、入院が必要な程の重傷者は僅か2名だけ。

 事件の規模を思えば、奇跡的な結果だろう。

 

「さ、薬草薬草」

 

 今日は、その2人に渡すための薬作りに必要な薬草を取りに来たのだ。

 そのうち1人は、勿論アロナである。

 あの後彼女は近くの医院に預けられ、治療を受けている。

 魔道具を奪われる際に頭を強く打ったようで、昨日の時点ではまだ意識が戻っていなかったのだ。

 

 また、もう1人は――ロランである。

 衛兵たちがイクサンの工房に向かったところ、行方不明だったロランが見つかったのだ。

 彼は工房内の一室に幽閉されており、そのせいで栄養失調状態になっていた。

 ただこちらは既に目覚めており、治療を受けながら衛兵たちによる事情聴取が進んでいる様だ。

 

 エリンはアロナたちへの見舞いを兼ねて、滋養強壮になる薬をつくろうとしている。

 ついでに野兎も狩れたので、血抜きをしてロランに持っていくつもりだ。気の利いた料理はできないので、報告も兼ねてポピアさんに調理はお願いするつもりだけれど。

 

「……死んでも生き続ける魔法、か」

 

 薬草を摘みながら考えるのは昨日のこと。

 生きながら死んでいった……否、()()()()()()()()()()あの魔道具師のこと。

 あんな魔法をエリンは知らない。

 いくら傷つけても再生し、けれど何かの切っ掛けで突然死んでしまう。しかも、元々死んでいた身体が動いていたかのように、だ。

 

 あれが何なのか、これから特魔課と対魔犯罪課で調べていくことになる。

 

 ――世界には、まだまだ私の知らない魔法がいっぱいある。

 

 そしてそれは、エリンの想像しているよりもずっと恐ろしいものであった。

 けれど、あの魔法は今まで出会ってきたもので最も()()()()()()ものであった。

 死者を生きたように動かすなんて、常識を超えた魔法。

 本来あの山奥で秘されるべきそれを、市井の、それも大都市で使っている誰かがいるのだ。

 

「ひょっとして、学院長が私に見せたかったのはあれだったのかな」

 

 詩魔法でも、絵画魔法陣でもなく。

 違法魔道具でもない。

『奥』の外に()()()()()()()()()()、世界の理を壊す危険魔法をあの髭もじゃ学院長は見せたかったのかもしれない。

 

「……『白い腕の女』か」

 

 魔道具をきっかけに起きた2つの事件に共通して現れたという謎の存在。その先を追っていけば、『奥』に繋がるのかもしれない。

 期待と、それ以上の怖さが潜むその道を、けれどエリンは進むしかないのだ。 

 

 ――行けるとこまで行ってみよう。

 

 魔法を使えるようになるために。

 もっと深く、魔法の深淵を見るために。

 

「よし、出来た」

 

 丁度血抜きも終わったので、エリンは後始末を済ませて、街へと帰っていくのであった。

 

 

***

 

 

 その日の午後。エリンはアロナが預けられている医院へとやってきた。

 

「こんにちはー」

「……あ、エリンお姉ちゃん!」

 

 彼女のいる病室へと入ったら、楽しそうに話をしているアロナと2人の男性が目に入った。

 アロナはぱっと笑みを咲かせて手を振ってくれる。

 

「良かった。目が覚めたんだね」

「うん。まだちょっと痛いんだけど、もう大丈夫!」

 

 ぐっとポーズをとって元気さを示すアロナの姿に思わず微笑む。

 無理した様子もない。本当に大丈夫そうだ。

 

 そんな彼女と話をしていたのはランドルフともう1人。

 白髪交じりの赤髪を短く刈った、細身の人間であるその男性が驚いた様子でこちらを見ていた。

 なんだろう?と思っていたら、ランドルフの方が尋ねてきた。

 

「エリンさん、どうされたんですか?」

「アロナちゃんのために、滋養強壮に良い薬を作ったんです」

「えっ……」

「後は、ポピアさんからこれを」

「わー、クッキーだ!」

 

 緑色の丸薬を見せた瞬間に顔が中央にクシャっと集まったアロナが、クッキーを見るとすぐさまぱっと笑顔に変わる。

 ……そうだよね、クッキーの方がいいよね。

 

「アロナ。先に薬からいただくんだよ」

「……はーい」

 

 もう1人の男性の方が、アロナを嗜めている。親しいその様子に、エリンはもしや思いと口を開いた。

 

「ひょっとして、アロナさんの……」

「ええ。父のダックスと申します」

 

 やはりアロナの父親だったようだ。

 彼は立ち上がりこちらへ来ると、丁寧に頭を下げた。

 

「エリンさん。娘を、アロナを助けてくださってありがとうございました」

「い、いえいえ!」

「しかも、写影箱まで守ってくださったと聞きました。あれには妻との思い出が残っていましたから……」

 

 写影箱はアロナの横に、一緒に寝ているかのように置かれている。

 その様子をチラと見ながらそう告げるダックスの眼には涙が溜まっていた。

 

「ダックスさん……」

「本当に、本当にありがとうございました。妻だけでなく、娘まで守れず喪うところでした」

 

 彼は、(アロナ)を養うために1人で店を切り盛りし、昨日も月に1度の、新しい商品の買い付けに行っていたとランドルフから聞いた。

 そんな奇跡的な、彼からすれば最悪のタイミングで事件が起きてしまったのだ。

 話を聞いた時は生きた心地がしなかった筈だ。

 だからこそ、心の底から思う。守ることができて、本当に良かったと。

 

「……無事でよかったです。本当に」

 

 歳は少し違うが、アロナを見ていると妹を思い出す。

 原因不明の病に蝕まれ、未だ寝たきりを続けている彼女とベッドの上のアロナが重なってしまった。

 

 ――そうだ。あの子を助けるためにも、私は……。

 

 そういう意味でも、彼女の命を守ることができてよかった。

 エリンもまた心の底からの笑みを浮かべる。

 

「さ、アロナちゃん。薬を飲もうね。これ飲めば元気出るよー?」

「うう……頑張る……苦いー!!」

「ほ、ほら、クッキー食べて! こっちは美味しいから、ね?」

 

 そのまま無心でクッキーを頬張るアロナに、ようやく病室に笑い声が響くのであった。

 

 

***

 

 

 一方、冒険者ギルドの地下施設にて。

 こちらもまたベッドに寝かされた状態のロランの傍に、リセツとセロス、そしてレチシアにヴァファルが集まっていた。

 

 彼らは目覚めたというロランの話を聞きにやってきたのだった。

 

「……イクサンは、あの人は、僕を助けようとしたんです」

 

 未だ回復してはいない、掠れた声でロランは呟く。

 

「助けた? 君は死にかけていたようだが」

 

 それに対して、レチシアが口を開く。ロランの上司であり、魔法ギルド長である彼女がこの場を仕切っていた。

 彼女の言葉通り、ロランは工房内の一室に幽閉されていた所を見つけられたのだ。

 

 水はあったが食料が最低限しかなかったようで、栄養失調で死にかけたと聞いているのだが。

 問いかけに、ロランは力なく頷いた。

 

「はい。あの人は、例の女に出会ってからおかしくなってしまったんです。枷が外れたみたいに口調が荒くなって、よくわからない魔法陣作りに没頭するようになって……でもほんの時々、思い出したかのようにいつものあの人に戻るんです」

 

 謎の女も、洗脳も報告通りだ。

 都市に魔道具を持ち込んだ男は、その女の顔を一切覚えていなかった。

 ロランも、直接会ったはずのイクサンすら記憶していない。厄介な話だと思いつつ、レチシアが頷きを返した。

 

「ふむ。……洗脳が弱まる瞬間があったということかな」

「そうだと思います。でも、その時間はどんどん少なくなっていました。そして、その度にあの人は焦っていた。だからでしょうか、突然、あの人が僕を工房内の部屋に閉じ込めたんです」

 

 それは、5日前の出来事だったそうだ。

 一度は追い出されても諦めずに彼の下へと通っていたロランがイクサンの様子を見に工房へ入った所、無理矢理あの部屋に押し込まれた。

 

『イクサン!? どうしたのですか……!?』

『ロラン。聞け。オレはもうすぐ正気を失う。そしたらオレは何をするかわからない』

『どういうことですか? あの女が何を……』

『甘い話に乗ったオレが馬鹿だった。正直、もう1日の半分も記憶がねえ。工房は知らねえ魔道具だらけだ。このままじゃ、あの女の操り人形にされて……』

 

 それより先は言わなかった。

 彼は、自分が洗脳されている間に何を作らされているのかを理解していたのだろう。

 

『そしたら僕が止めてみせます。だから開けてください!』

『ひ弱がなに言ってんだ。オレの魔道具1つ出すだけで死ぬだろ、お前』

『なんとかします! だから――』

『いいから黙ってろ! ……頼む』

『……!!』

『……ともかく、このままじゃオレはやばいことを引き起こす。その時、オレは歴史に残る大犯罪者だ』

 

 後から知った、彼が作ろうとした殺戮用の魔法陣。

 あれが発動されていたら、テティア史上最悪の被害が出ていたことだろう。

 

『オレが犯罪者になるのはいい。自業自得だからな。だが、オレが作ってきた魔道具たち。あいつらが全てなかったことにされるのだけは、それだけは避けたいんだ』

『イクサン……』

 

 その声は震えていて、直ぐに何も言えなくなったとロランは言う。

 史上最悪の犯罪者が作った魔道具。そんなものがそのまま残されるはずもない。

 全てが破棄され、新しいものに入れ替えられるだろう。

 それはロランにも容易に想像ができる未来であった。

 

『これはオレの我儘だ。オレはいい人間じゃなかったが、それでも、オレが生きた証だけは残したい。お前には、その証人になって欲しい。……頼むよ』

『……そんなこと、お安い御用ですよ。でも、それは自分でやりましょう! 手伝いますから、ここを開けて……』

『……じゃあな、元気で暮らせよ』

『待って……イクサン! 開けてください! イクサン!』

 

 それきり、イクサンが部屋を訪れることはなく、ロランは限界を迎えて意識を失った……ということであった。

 

 

「つまり、奴は正気ではなかったと?」

「――あの人がしたことは、決して許されることではないでしょう」

 

 庇うつもりではないとロランは首を横に振る。そもそも彼は既に死んでいるから、あまり意味もない話なのだが、それでも死者の尊厳を守ろうとする者は多い。

 ただ、ロランはそうではないのだと、強い意志をもって、震える身体をレチシアへと向けた。

 

「でも、今回の事件は、あの人が元凶だったわけじゃない。そこだけは、この命に代えても守り通してみせます……お願いします。あの人をあんな風にしたあの女を、捕まえてください」

 

 レチシアを真っ直ぐに見つめて痩せこけた男が頭を下げた。

 

「洗脳されても友を守った魔道具師と、その男の名誉のために命を懸ける担当、か。よい関係を築いていたのだな、ロラン」

「……どうでしょうか。僕はあの人に憧れていただけです。友だなんて……」

「――イクサンは、君を友達だって思ってたみたいだよ」

 

 それまで黙って聞いていた、ヴァファルが口を開いた。

 

「え?」

「彼の、最期の言葉さ。『ロラン、ごめんな』って。そう言ってたよ。魔道具のことでも家族のことでもなく、君のことを言ったんだ」

「……」

「それって友達――ううん。親友以外の何があるのさ?」

「……はは」

 

 乾いた笑いが、ロランから漏れた。

 

「あの人は、『開花』の魔道具師ですよ? 地位も名声もあって、誰もが憧れる人だったんです」

「……うん」

「でも、いつも独りで、寂しそうで……自然とあの人の所に行くことが増えて、自分のこととか話すようになって……」

「彼には、それが嬉しかったんじゃないかな」

「恋人に結婚を申し込むって言った時も、指輪はオレに作らせろって聞かなくて……何処に魔道具師に指輪を頼む人がいるんだって、そういって……」

 

 震える声で話し続けるロランの背を、ヴァファルが優しく擦る。

 遂には言葉も途絶え、嗚咽が漏れ始めた。

 

「……うっ、うう……どうして、死んじゃったんだよ、イクサン……」

 

 崩れ落ちたロランのすすり泣く音だけが部屋に響く。

 目を閉じて頷いたレチシアが、その肩に優しく左手を触れる。

 

「約束しよう。魔法を悪用し、この都市の治安を乱す輩は、誰であろうと許しはしないと。我ら魔法ギルドの威信にかけて元凶は捕まえる」

「勿論、冒険者ギルドもね」

「……ありがとう、ございます……」

「さ、お前はもう休め。……邪魔したな」

 

 泣きながらお礼を言い続けるロランを残し、4人は地下室を出て上階にある会議室へと移った。

 ソファに腰かけながら、レチシアが盛大にため息を吐いた。

 

「……『白い腕の女』か。厄介な輩が来たものだな」

「こちらで調べたところ、工房内の魔道具がかなりの数盗まれていました。そいつの狙いは、どうやら魔道具ですね」

 

 部下からの報告書だろう。紙束を眺めながらセロスが言った。

 それを聞いて、リセツが置いてあった茶菓子をつまみながら呆れ顔をする。

 

「多分俺らが知らないだけで他にも魔道具を集めていた筈だ。そうなったら、とんでもない数の魔道具をその女は抱えていることになる」

「しかも、そいつは『死んだ人間を動かすことができる』訳でしょ? ……だとしたら、不味いよね」

「そいつの目的は死者の軍隊を作ることだとでも? 冗談……では済まないのだろうな。全くもって厄介な」

 

 レチシアが吐き捨てるように言った。

 

「各ギルド……いや、王国にも報告が必要だな。リセツ、セロス。急ぎ詳細を纏めて報告してくれ」

「ああ」

「わかりました。……ヴァファル、お前は休め。腕、限界だろ?」

 

 報告のためにでてきていたが、彼はずっと義手の右腕を抱えた状態だった。

 左腕も動きがぎこちない。耐久限界が近い筈だ。

 

「はーい。じゃあ後は任せまーす」

 

 本人も分かっているのか、素直に頷いてそのまま退出していった。

 扉が閉まったのを確かめてから、レチシアがセロスを見やる。

 

「そっちの新人はどうだ? セロス」

「優秀ですよ。あいつは鼻が利くし、剣の腕もいい」

「上級魔道具相手にほぼ無傷で生き残ったんだろ? 流石戦場帰りだな」

「お前……その発言、外ではするなよ」

「あ? ……そか、あれは秘密だったか。悪い悪い」

 

 笑うリセツに、他2人は頭を抱える。

 この男の口の軽さは今に始まったことではないが、他者の秘密まで言いふらし始めたら救えない。

 そんな間抜けを放っておいて、セロスはレチシアとの会話に戻る。

 

「ヴァファルはあの無謀に突っ込む癖さえなくなれば文句はないんですがね」

「はっはっはっ。だが今回の事件はエリン君にヴァファル君、2人の活躍のお陰で解決した。それは間違いない」

「ええ」

「だな」

「2人とも、充分ねぎらってやってくれ。ではな」

 

 そう言って、レチシアもまた退出していった。

 言葉通りに更にお偉いさんへと報告へと向かったのだろう。

 現場が頑張った分、後は上が頑張る番というわけだ。

 

「じゃあ、俺も行くわ」

「どうするつもりだ?」

「多分あの女は俺の客だろう。……馴染みをあたってみるさ」

「そうか。なら、こちらは泥臭く調査をするか」

「おう、頼むわ。好き勝手する犯罪者は、とっとと捕まえちまおう」

 

 被害にあった店に、工房。……どこかに欠片でも、あの女に繋がる証拠がないかを徹底的に調べ上げていく事になる。

 そうして、都市を脅かす『白い腕の女』の包囲網を広げていくのであった。

 

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