翌日、エリンは朝からテティアの東門へとやってきていた。
「課長ー! 遅いですよ」
「悪い悪い。ギルドに寄ってから来たんだよ。……全員揃ってるな」
今回はエリンひとりではなく、タナウを除いた特魔課メンバーに加えて、一緒に魔法の試射を行った冒険者ネネロアとハヴォクもいる大所帯。
そしてその全員がきちんと装備を整えた完全武装状態である。エリンも弓矢に剣と、いつもの武装を持ってきていた。
休日でも魔法の試射でもなく、何故この面子でここにいるのかというと。
「……それで、これから我々で遺跡探索に向かうんですよね?」
「ああ。ここにいるネネロアたちから相談があってな。遺跡で調べて欲しいもんがあるんだと」
冒険者ギルドからの依頼を受け、ハーヴェス内に見つかった遺跡の調査に向うことになったのである。
――遺跡で見つかった未知の魔法技術に関する調査を行う。
それが、昨日リセツに告げられた業務内容である。
どうも昨日の来客は彼女と、彼女の報告を受けた冒険者ギルドの責任者だったそうだ。
そこで話し合いが行われた結果、こうして特魔課で遺跡調査に向かうことになったという。
……いや、どういうことだろう。
『どうして、特魔課が遺跡の調査を……?』
あまりに気になったのでエリンは昨日、その場で聞いてみた。
遺跡の調査なんて、それこそギルド所属の魔法使いたちの出番ではないのだろうか。
点検に授業に犯罪取締と……この課、なんでもやり過ぎでは?
『俺らは魔法ギルドの何でも屋なんだよ。なにせ、暇だからな』
返ってきた答えがこれである。
薄々感づいていた事だったが、本当に我が課は窓際の雑用係らしい。課長に面と向かって言われれば、黙って頷くしかないエリンであった。
一応、今回は魔法使いたちへの外注ができない極秘事項らしいので、エリン達が対応するのが妥当な案件なのだと後からタナウが教えてくれた。
そして、現在に戻り。
一行は冒険者ギルドが用意した馬車に乗り込んで、一先ず目的地がある東へと向かっていく。
ハヴォクが御者をして進む車内で、何が起きているのか説明を聞くことになった。
「エリンちゃんは知ってると思うけど、昨日、あたしとハヴォクで東に現れた牙狼の群れの調査に向かったんだ」
「山奥の巣から下りてきた……ということでしたよね」
「そう。そういった事はたまにあるけど、大体『これ』っていう原因があるものさ。冬季に入って餌がなくなったり、天敵が現れて追出されたりね」
「新たな主が出来て群れが別れることもあるっすね」
どんな理由にせよ、そうして巣を出た魔獣たちは近くの集落を襲う。
そうなる前に討伐するか、集落を襲わないように別の場所へと誘導するかといった対応をする必要があり、その判断をするためにネネロアたちが急ぎ調査に向かったのだ。
「幸い群れは直ぐに見つけられてね。案の定、麓に新しい巣を作り始めてたんだよ。それもかなりの数さ。あたしたち2人だとどうしようもなさそうだったから、そっちは報告だけして、あたしらは更に山奥まで調査へ向かったんだ」
「なんで? 巣を作ってるってわかったんでしょ? それで調査終了じゃないの?」
「そう簡単じゃないのさ」
アズールの問いにネネロアは首を横に振る。
「奴らが下りてきた原因を調べなきゃならない。餌がなくなっただけならいいが、もっとヤバい魔獣が現れたんならそっちも討伐しなきゃならないからね……」
「なるほどー! で、いたの? ヤバい魔獣」
「それが、山奥にはそんな魔獣もいなかったんだよ」
より凶悪な魔獣が現れていたら、集落の1つや2つでは済まず、被害はより拡大してしまう恐れがあった。
だから喜ぶべきことなのだろうが、ネネロアの表情は暗い。
「てことは、餌不足?」
「でもなくってね……ねえ?」
「っすね」
2人して困った様に示し合わせてから、溜息とともに言葉を吐き出した。
「代わりに、遺跡があったんだよ……そこがどうも妙でね」
「「妙?」」
魔獣でも餌不足でもない別の選択肢に、エリンとアズールが揃って首を傾げる。
この大陸内にいくつも存在する『遺跡』。
それらは大抵地下深くか山中にあり、一部屋程度の空間しかないものから地下複数階層に跨る巨大なものまで多種多様な遺跡が見つかっている。
遺跡に共通することは、それらが古代種族が造ったものだということ。
この世界の創世神話は『木』にまつわる。
元始の海を渡っていた『樹神』が眠りについた背に作られたのがこの世界だと、古くから信じられている。その背から伸びた巨大な神樹から零れ落ちた果実が、我ら生命なのだと。
そして、最初に生まれたのが『始まりの三族』といわれる古代種たちだ。
天の枝を手入れし、天候の管理を行った『天枝』。
元始の海を取り込み海洋を作り上げ、数多の生命を生み出した『海根』。
落ちた葉で大地を整え、火と金属を練り上げた『地葉』。
彼らは神樹の管理者として、今の世界を作り上げた。
そして役目を終えた彼らは姿を消し、遺跡だけが残った――という訳である。
ちなみに三族はそれぞれ妖精・人間・獣人に姿を変えたとも言われている。それほどまでに、人型3種族はあまりに異なる生態を持っている。
そんな古代の遺跡には、今の我々には到底真似できない技術の産物が残されている。
『奥』ですら再現不能な超技術を求め、数多の冒険者が遺跡を潜り続けている。当然、ネネロアもその1人だ。
今回はその遺跡が現れたのだとネネロアは言った。
しかも、経験豊富な筈の彼女が『奇妙』だというのは一体どんな遺跡だというのか――。
「中にでっかい魔法陣が描かれていてね、それが道を塞いでるんだ」
「「魔法陣!?」」
「うぉ……っ!? たかが魔法陣だよ?」
「何を言うんですか!」
「古代文明の生きた魔法陣ですよ? 本物なら、即資料館行きの大発見ですよ!」
「そうなのかい……?」
そして飛び出した単語に、エリンとアズールが素早く反応した。
古代文明がつくった魔法陣。しかもそれが稼働中となれば、大抵が国や『奥』によってすぐさま確保・保管されてしまって一般人が目にすることなんてありえない。
いわば国宝扱いの歴史資料を直に目にできる可能性があるのだと目を煌めかせ、にじり寄る2人に苦笑いを浮かべながら、ネネロアは続ける。
「あたしらも最初は、まさか遺跡が原因で魔獣が下りてきたなんて思わなかったんだけどさ、他に原因らしいものは見当たらないし、試しに近くの集落に聞いてみたら、そんな遺跡は知らないって言うんだよ。だからもしかしたら新たに出現したんじゃないかなって……」
「おいおい、まさか未発見の遺跡だってのか? よく冒険者ギルドが俺らに調査を許したな……」
遺跡の中に眠る古代の品は、どんなものであれ何らかの価値を生む。
技術だけでなく歴史的価値も非常に高いのだ。それ程までに、古代文明というものは未知の領域なのである。
つまり、未知の遺跡を見つけるということはギルドにとって素晴らしい功績になるのだ。
テティアの冒険者ギルドと魔法ギルド支部の仲の悪さはエリンでも知っている位には有名であり、そんな冒険者ギルドが未探索の遺跡の調査を依頼してくるなんて本来あり得ないことなのだが……。
「最初はギルド長自ら乗り込んだんすけどね。駄目でした」
「なにしてんだあの女……」
どうやら、既に探索した後だったらしい。
それならばこちらに依頼が来るのも納得ではあるが……。
「その、駄目だった、とは? ……あの方、元『開花』だった筈ですよね?」
「え? そうなんですか?」
ランドルフが思わずという様に尋ねる。
元とはいえ、第2級の冒険者が攻略できなかった遺跡となると話が随分と変わってくる。
「ああ、安心しなよ。別にヤバい化け物がいたり踏破不能な罠があるわけじゃない。単に入れなかっただけさ」
「その魔法陣が奥へ向かうための扉を封じてるっす」
「なるほど、それで」
そもそも入れないのなら、『開花』だろうと諦めるのも仕方ないだろう。
「あたしらは魔法陣は専門外だからね。それはギルド長も一緒さ」
「最後は魔法陣をぶん殴ろうとしたからあわてて止めたっすね」
「なにしてんだあの女……」
「魔法ギルドなんぞに頼りたくない!って喚いてね……大変だった……」
「なんというか、お疲れ様です」
レチシアギルド長と仲が悪いというのも納得する話であった。
まあともかく、これでわざわざ魔法ギルドに依頼が来た理由を全員が理解した。
未知の魔法陣の特定、できればその解除までが特魔課の仕事となるわけだ。
「というか、
自信満々に胸を叩くアズール。
確かに彼女の目なら、発動した魔法陣の特定にも役立つだろう。
というか、彼女の魔眼を通していったい何が見えるのか、エリンも興味津々である。
がたん、と馬車が揺れる。
「山道に入るっすよー」というハヴォクの声を聞きながら、エリンは浮かんだ疑問を口に出した。
「でもそしたら、どうして私も参加することになったんでしょう。いえ、古代魔法陣をみられるならとってもありがたいんですが、いいのかなと……」
ただ魔法陣の解析をするだけなら、ネネロアたちとアズールだけでも充分に思えるのだけれど。
「ああ、それな。エリンについては経験を積んでもらうためだ」
それに応えてくれたのはリセツ。
彼は判断権限のある唯一の管理職として現場に来ているらしい。
「稀にだが、特魔課にはこういった依頼が来る。ちょうどいい機会だから覚えておけ。んで、ランドは魔獣の相手用だ。聞いた限りだとネネロアたちだけじゃ前衛が足りなさそうだったんでな」
「へ? 魔獣、いないんじゃ?」
「いないのは国が動く様な化け物のこと。魔獣は普通に住み着いているよ。それも、結構ヤバそうな奴らが」
「……マジ?」
途端に顔を青ざめるアズールを、リセツが笑う。
「おいおい、さっきの威勢はどうした?」
「ウチの能力は対人用なの! 魔獣相手はちょっとね……」
彼女の武装は対人向けの魔道杖。魔獣相手では威力が足りないのだ。
狐男を封じた《氷結牢》も、魔獣なら強く身じろぎするだけで壊してしまう。
「安心しろ、そのためにランドとエリンがいるんだ」
「お任せください」
「が、頑張ります……!!」
ランドルフは丸型の盾に、刃の分厚い斧を背負っている。
巨体と筋力を活かした前衛の装備である。流石に魔獣相手には右手では戦えない様だ。
彼とハヴォクが前衛を務め、エリンとネネロアが後衛兼遊撃。リセツとアズールが後ろで補助をする……という隊列となるだろう。
エリンもまた、魔獣用の大弓を持ってきている。
魔獣という生き物は剣や矢から身を守る再生の早い固い外皮と、魔法から身を守るため魔力が常に流れる脂肪のような『皮下帯』という2つの鎧を身に纏っている。
魔獣を殺すには、その2つ両方を突破しなければならないのだ。
普通の矢では届かないため、鏃の太い専用のものが要るし、それを射るための弓も大きいものが必要になるのだ。
学院時代に数度使ったっきりだったが、持ってきていて良かった。
装備の点検をしながら、エリンはひっそりとそう思うのであった。
「まあともかく。あたしら2人じゃどうしようもないってんで、一緒に調査をしてもらいたいのさ」
「道を塞ぐ魔法陣を調べて記録して、可能ならば突破、難しければ保存することが俺たちの仕事になる。心してかかれよ」
「はーい」
古代遺跡に眠る魔法陣。
それはなんて心躍る言葉だろう。
遺跡は未知の宝庫。所詮現代を生きる人々の集合である『奥』の産物すら軽く超える神秘に出会えるかもしれないのだ。
エリンはにやつきを抑えることができなかった。見ればアズールも同じ表情でこちらを見ている。
考えていることは一緒だろう。
「いやぁー楽しみだね、エリンちゃん」
「ですねぇ、アズールさん」
「「ふっふっふっ……」」
そこから到着まで、エリンとアズールは過去遺跡で見つかった神秘魔法の数々について語り続けていた。
「……あれ、大丈夫なんですかい?」
「大丈夫だよ、多分な」
「ホントかねえ……」
そうして、エリンたち一行は目的の遺跡へと到着するのであった。