王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第26話 遺跡調査③

 

 

 

「ぎゃー!! いっぱい来るー!!」

 

 視界を埋め尽くす黒い群れに、アズールの絶叫が響き渡った。

 目的の遺跡に潜り込んで少し進んだところで、暗い闇の奥からあふれ出るようにしてそいつらが現れたのだ。

 

「何あれー!?」

「刃羽蝙蝠の群れさね! 飲み込まれたらズタズタにされるよ!」

 

 叫びながら、ネネロアが腕の魔法輪を輝かせる。

 同時に、彼女の周囲にバチリと電撃が迸る。 

 その発光を認めて、ランドルフが素早くアズールの前に飛び込み、エリンも跳び下がって弓を構えつつも眼を覆った。

 

「――《稲妻槍》!」

 

 迸った雷撃が石造りの遺跡内を駆け抜け、迫りくる黒い一団を焼き尽くす。

 数十を超えた刃羽蝙蝠が雷撃に呑み込まれ、煙を上げながら地面へと落ちていった。

 群れの中心部分を撃ち抜かれた蝙蝠たちは脇を通り抜けて旋回していく。

 また集まって突撃してくるつもりだろう。

 

「まだいっぱいいるよ!」

「アズール! あなたも撃って!」

「よ、よしきたー!!」

「――――」

 

 エリンも番えた矢を次々と放って蝙蝠を射落としていく。

 刃羽蝙蝠は体長90cm程の巨大な蝙蝠。その名の通り鋭い羽膜で獲物を切り裂く習性があるのだが、単体ならば第6級――下から2つ目の『新芽』の冒険者でも倒すことが可能な魔獣だ。

 ただ群れとなると途端に厄介になる。

 1体なら1か所斬られる程度でも、群れだと全身を切り刻まれて即死する。

 

 あれの群れが相手なら、牙狼たちも逃げ出す……のかもしれない。

 ともあれ数が減った群れならばランドルフたち前衛組も相手にできると、斧や刺突剣で漏れた蝙蝠たちを処理していく。

 

「ひー!!」

 

 半泣きになりながら、アズールも魔道杖に込めた《氷結牢》で蝙蝠たちを撃ち落としていき、ようやく全ての蝙蝠を処理し終えたのだった。

 

「……とんでもなかった……ちょっと! 先に探索してたんじゃないの!?」

「いやー、してたんだけどねえ……」

「あんな群れ、いなかったっすよ」

「じゃあなんで!?」

「落葉の神殿だからねえ……不思議じゃないさ」

 

 目的の遺跡に入ると、地下へと続く洞窟の先、神殿を思わせる円柱や卵型の構造物が並ぶ空間が現れた。

 壁や床には枝分かれする線が幾つも描かれ、枯れ木か葉脈に例えられる赤く光る石が埋め込まれており、揺らめくその光が、まるで火の中にでもいるような幻想的な光景を生み出す。

 

 遺跡には現状2種類が存在し、この遺跡は『落葉』と呼ばれる方である。

 その火や葉を連想させる意匠から『地葉』に関わる遺跡と考えられており、そのせいか、放置すると遺跡内から様々な魔獣を生み出す。

 あの蝙蝠たちもこの遺跡が生み出したのだろう。

 

「魔獣がどうやって生まれるかはわかってない部分も多いが、遺跡から出てくる奴らは特に生態がわかってないんだよ」

「生物としては歪っすからね……」

 

 とはいえ個体単位で考えると、遺跡の外に暮らす、自然発生する魔獣と何かが変わるわけではない。死体は残るしその遺骸は素材として重宝される。

 戦いを終えた石の広間には大量の蝙蝠の死骸が散らばっている。蝙蝠の刃膜は防具から楽器まで様々な用途に使われる便利な素材だが、今は放置して先へと向かう。

 

「この遺跡は地下2階層までは探索できててね、そこまではよくある魔獣の巣と金属塊が見つかった程度。まあいつもの『落葉』の遺跡だね」

 

 落葉の神殿には各種金属鉱石が産出することで知られる。

 魔獣の様に放っておけば産まれる訳ではないが、本来の産地を無視して希少な金属を採ることができるために冒険者だけでなく国家やギルドからも人気の遺跡である。

 これは地葉が自在に金属を生み出し戦っていたという伝説にも合致する。

 

「地下2階も部屋はいくつかあったけど、更に地下にいける道が見つからなくてね」

「んで、唯一見つかったのがその封鎖された扉だってことか」

「そう。それが地下への道ならありがたいし、そうじゃなくてもが安全が確保できりゃありがたいってわけさ」

 

 そうしてたどり着いた、地下2階層。

 そこは魔法ギルドが丸々入りそうな広大な石の広間となっていた。

 仄かに脈打つ床と、不規則に伸びた石柱の放つ淡い赤光のみが空間を照らし、火の海の中に沈んだような錯覚を得る。

 ネネロアとアズールが持つ松明がなくても、微かに周囲を見渡せるくらいには光を放っている。

 

「この柱は何なんだろうね。課長、知ってる?」

「詳しくはわかってねえよ。元はもっと細かく部屋が分かれてたという奴もいるし、この柱自体に俺らが気付いてねえ効果があるって奴もいる」

 

 柱は天井に繋がっているものも、途中で途切れているものもある。

 ただどれも一様に同じ意匠で、赤く明滅を繰り返している。

 他にもエリンたちの身の丈を超す巨岩や、こちらも得体のしれない金属塊などが散らばっていて入り組んだ回廊を形成していた。

 

 その中には当然魔獣たちが蠢いており、エリンたちは何度かの戦闘を経て、目的の場所へとたどり着いた。

 

「――ここだよ」

 

 ネネロアが松明で指し示す先。2階層の最奥部に、その扉は鎮座していた。

 位置としては上階に通じる階段の真正面。どうもこの地下2階層は左右に広がる長方形になっており、扉と階段はそれぞれの長辺の中心に位置しているようだ。

 その配置から考えても、この扉は更なる地下階層へと通じていると冒険者ギルドも判断したのだろう。

 

「うわー、でっかいねえ。ギルドの3階分くらいはあるんじゃない?」

「こんな大きな扉、いったいどうやって作ったんでしょうか」

 

 見るものを圧倒する威容を放つ巨大な門のような赤黒い金属扉は、中心に赤く煌めく石が嵌め込まれ、そこから赤い脈が枝分かれしながら伸びている。

 まるでまだ生きているかのように、扉は赤光を明滅させ、吐き出していた。

 

「これが……」

「確かに、これは何かありそうな扉だな」

「凄まじい力を感じますね……知らず、毛が逆立ちます」

 

 明らかに他とは異なる威容を感じるその門は、エリンも思わず総毛だつ凄味があった。

 そもそも明らかに巨大。血管か葉脈を思わせる赤い線も、どんな意味があるのかは全く分からないがそこから放たれる魔力はとてつもなく濃密で、息苦しさを感じてしまう。

 

「魔法陣ってのはこいつだよ」

 

 ネネロアが中心の宝石に触れると、そこに赤く輝く円環が現れる。

 彼女の背丈ほどあるそれは、一見美術品かと見紛うほどの美しき紋様を誇っていた。

 

「……おお!」

「うっはー! なにこれー! やっぱり古代魔法陣じゃん!」

 

 すぐさまエリンとアズールが駆け寄って食い入るように魔法陣を見つめた。

 近づいて覗き込むと、そこにはびっしりと描き込まれた文字が映る。

 あまりに細かいその紋様が、文字と光の僅かな濃淡で、離れてみると美しい絵画のように見えていたのだ。

 逆に言えば、それ程までに緻密な量の文字が書き込まれているということだ。

 

「古代魔法陣? 行きにも言ってたけど、なんなんだいそれ?」

「古代種……始まりの三族が使っていたとされる言語で描かれた魔法陣ですね。とっても複雑で、解読は不可能と言われています」

 

 この世界に言語は2種類存在する。

 現行の統一言語と、始まりの三族が用いていたという古代言語。

 古代種たちの言葉は複雑で長く、現行言語は知能の足りない我等のために簡略化されたものだといわれている。

 

 例えば我らが『歩く』と一言で表現する動作も、彼らはより細かく表記を行うようなのだ。

 それはつまり、我ら現代人の知らない概念が古代には存在していたということだ。

『歩く』ではなく、身体にある魔力をどう動かして、どう消費させるのか――それぞれに意味があり、定義がある。

 それら未知の概念全てを理解しない限り、古代魔法陣の解読は不可能なのだ。

 

 学院でも、恐らく『奥』でも長らく研究が行われている筈だが、解明されたものは1つとして存在しない。

 それでも、こうして生きている古代魔法陣は初めてみる、とエリンとアズールがすれすれまで顔を近づけて魔法陣の1文字1文字までじっくりと眺める。

 

「すっごい、全然様式が違う」

「古代魔法陣は図鑑で見た事があるだけですが、実際に見るとこうも美しいんですね……」

 

 光をなぞる様にエリンが呟く。

 それはただ美しいと感じるだけで、細かな文様が何を意味するのかは全く分からない。

 試しにアズールを見てみたが、諦めを超えてもはや楽しんでいるような笑みを浮かべていた。

 

「それで、どうだい? 解読はできそうかい?」

「……ははっ、すっごい! なーんもわかんない!」

 

 案の定即答する。

 

「魔力の流れが奇麗すぎて一切読み取れないや。というかこれ、魔力流れてるの?」

「必要最低限だけ流して、後は扉の閉鎖に使ってるんでしょうか」

「にしたってもう少し痕跡あるでしょ。すっごいなぁ。これが古代の技術かぁ……」

 

 感動しながら魔法陣を眺めるエリンとアズールに、ネネロアが呆れて息を吐き出した。

 

「ウチの出番……とかあんなに自信満々に言ってたじゃないか」

「世界中が調べても解き明かせてないんだから、ウチなんかで解けるわけなかったね。無理無理! ぜーったい、無理!」

 

 自信満々に言い切るアズール。

 ここまで言い切られたらむしろ清々しいが、結局扉は開かないままである。

 

「なんだい、じゃあ結局無駄骨かい」

「何を言ってるんですか! この魔法陣だけでも大発見なんですよ!?」

 

 現存する古代魔法陣は少ない。

 大抵は風化にやられるか、生息する魔獣たちに破壊されてしまうのだ。

 

「こうやって形が残っている魔法陣が存在するだけで、どれだけ歴史的価値があると思うんですか!」

「……そ、そうなのかい?」

「ハーヴェス王家からも称賛を受けるでしょうし、発見したお二人の名は記録されますよ。そのくらいの大発見です」

「ええ!? そりゃ本当ですかい」

 

 思わぬ功績にハヴォクが色めき立つ。

 冒険者である彼らからすれば、魔法陣がどんなものかではなく、今回の発見が評価や報酬にどう繋がるかが大事なのだ。

 本来ならばこの先に眠るだろう未知の歴史資料や財宝が目的だったのだが、この魔法陣だけでそれが得られるなら彼らとしては何の問題もないだろう。

 

「やりましたね、姐さん」

「そうだね、ハヴォク!」

 

 喜びあっている2人を微笑ましく皆が眺める中、エリンとアズールは少しでも覚えておこうと魔法陣を睨めっこしていた。

 そんな時。

 

「――あら、先客がいるじゃない」

 

 不意に聞こえてきた声に、全員が身構えた。

 咄嗟に振り返った背後は薄暗い闇が広がるのみで、人の姿は見えない。

 

「誰だい? 姿を見せな」

「もう、そんな野蛮なこと言わないでよ。直ぐに顔、見せるから」

 

 慎重に告げるネネロアを揶揄うように笑って、声の主は柱の陰から姿を現した。

 

 現れたのは男と女の2人組。

 男の方は目元が僅かに見えるだけの黒い外套で全身を覆い、魔獣の血で汚れた盾と分厚い刃の剣を背負っている。

 ランドルフ程ではないが分厚く大きな体躯は只者ではない風格を漂わせている。

 

 対する女の方は鮮やかな金の髪をした、やけに妖艶な女性であった。

 柔らかな布の外套の上から革の防具を身に着けた軽装で、髪には金に光る髪飾りを差している。武器らしきものは見当たらないから、彼女は後衛職、男の方が前衛を担当しているのだろう。

 

「アンタは?」

「冒険者だよ。近くの集落に頼まれて、逃げてきた魔獣の原因を探りに来たの」

「ああ、同業か。……見ない顔だがね?」

 

 僅かに警戒を緩めつつも、ネネロアがじっと女を睨む。

 

「そう怒んないでよ。ほら、ギルド証。これで信じてくれる?」

「ハヴォク」

「へいへい。……アルコムのギルド証ですね。ああ、あんた、北東の人ですかい」

 

 確かめたハヴォクの言葉に、全員の緊張がわずかに緩んだ。

 北東の小国群からテティアに向かうならば、この遺跡のある場所は十分にあり得る通過地点。身分を証明するギルド証から考えても、本当に依頼でやってきた冒険者の様だ。

 

「そうなの。でも今の所属はテティアよ。こちらへは最近来て、活動し始めたばかりなんだ」

「へえ、そうなんすね。俺とそこの姐さんはテティアで活動してますから、何かあったら頼ってくだせえ」

「あら? ありがとう」

 

 妖艶に微笑むその女性に、ハヴォクが照れたように笑った。

 

「……じゃ、改めて。『新緑』の魔法使いのサキュアと、こっちはレヴンよ。よろしく」

「ああ。よろしくね。でも悪いが、ここは冒険者ギルド依頼のもと、あたしらが調査中でね。出てってくれるかい?」

「あら、そうなの? そりゃ残念」

 

 彼女たちが現れた時点で、魔法陣は消している。

 明るかったから離れた場所からでも視認してはいるだろうが、詳細まではわからないだろう。何せ間近で見たエリンたちも、魔眼を持つアズールも理解していないのだから。

 

「直に解放されるだろうから、そうしたら来るといいさ」

「……ふふっ、ではそうさせてもらうわ。それじゃ」

 

 緩やかに礼をするサキュアと、対照的にほとんど身じろぎしなかったレヴンは背を向けて去っていった。

 

「……なんだったんでしょうか。今の人たち」

 

 ネネロアとはまた異なる雰囲気を持った2人の去った先を見つめながらエリンがふと呟くと。

 

「盗掘者だね」

「盗掘っすねえ」

「ホントにいるんだな、盗掘する冒険者って」

 

 3人が揃って同じことを言い始めた。

 

「えっ? 盗掘者だったんですか!?」

「ああ。テティアの冒険者ギルド員にはこの場所のことは知らされていないし、余程の緊急案件以外はそもそもこっち方面の依頼を回さないようにしてるんだよ」

 

 彼女たちは歴は浅いとはいえテティアの冒険者ギルドの所属だと言った。

 ならばこの場にいることは本来あり得ないのだ。

 

「でも近くの集落で聞いたって……」

「その近くの集落が俺たちに依頼してるんで、それもないっすね。俺たちの知らない集落があれば別ですが……まあないでしょう」

「つまり、独自で見つけたか盗み聞きしたのかはおいておいて、奴らは先に遺跡のお宝を盗もうとしてる盗掘者ってわけ」

「なるほど……」

 

 結構ゆるゆるな遺跡探索だと思っていたら、ちゃんとギルドとしての対策はされていたらしい。

 そして、こちらも当たり前のようにやってきた盗掘者。

 エリンには全く見分けがつかなかった。外見もギルド証も普通の冒険者と同じというのであればエリンでなくても殆どの人が騙されてしまうだろう。

 

 そんな彼らに、冒険者ギルドの依頼で来たといって遺跡のお宝を持ち逃げされればそれだけで大損失である。

 都市に違法魔道具を持ち込むのとはまた違う犯罪の形に、不思議と感心してしまうエリンであった。

 

「冒険者にも色々あるんですね」

「もちろん違法っすけどね。だから向こうも命がけっす。……姐さん」

「おう」

 

 そんな話をしながら、ネネロアたちは荷を解き始めた。

 寝袋と携行食、水筒といった重く嵩張るものを扉近くの岩陰へと運び、ハヴォクが設置を始めている。

 あまりに素早い行動に呆けているとネネロアが背後の扉を指し示す。

 

「あいつ等の目的は間違いなくこの扉の先だね。ここに、他に価値のあるものはない」

「この魔法陣があれば侵入は防げるんじゃない?」

「いや、壊すだけなら簡単さね。そもそも扉や壁自体をこわしゃいいんだしね。穴を掘ってもいい」

「おお、確かに」

「めっちゃ硬いんで大変すけどね」

 

 魔法陣を見せたら諦めて帰ってくれる……なんて淡い期待はあっさりと切り捨てられてしまった。

 

「そしたら、あの人たちはまた来ますよね」

「当然。帰ったふりして近くに潜んでるだろうね。……だから、あたしたちもそうするのさ。リセツさん」

「おう。アズール、お前は俺とテティアに戻るぞ」

「へ? うん、了解」

「ハヴォク、2人を馬車まで護衛してやんな。ついでに連中の位置を探れるだけ探っておきな」

「勿論」

 

 作業を終えたらしいハヴォクが空になった背嚢を背負って立ち上がる。

 困惑したままのアズールを連れたリセツが、こちらへと視線を向ける。

 

「エリンとランドはネネロアと一緒にここで待機だ。冒険者ギルドから応援が来るまでこの場所を死守しておけ」

「は、はい」

「承知しました」

 

 ――どうやら、ネネロアたちはここに張り込んで、盗掘者を迎え撃つつもりらしい。

 

「盗掘者討伐のための張り込み、始めるよ」

 

 そしてエリンもまたその一員に選ばれたのだと、遅ればせながら察する。

 こうして、遺跡探索のはずが、いきなり盗掘者捕縛作戦が開始されるのであった。

 

 

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