先に遺跡を出たリセツ達3人は、馬車へ向かって早足で進んでいく。
森の中だというのに音もなく歩くハヴォクを先頭に、息が上がりつつあるアズールが続き、その背を支えながらリセツが最後尾を務める。
少し先で立ち止まって待つハヴォクに、リセツが小声で尋ねる。
「なあハヴォク。俺らのこの動き、見られてるよな?」
「恐らくは。ただ向こうも馬鹿じゃないっすから、監視するにしてもかなり離れた場所だとは思いますけど」
「え? じゃあウチらの動きバレちゃうじゃん!」
驚くアズールに、2人が険しい視線を向けた。
……声を抑えるのね、とアズールは口を抑えながら頷いた。
「……隠れて待ち構えるんでしょ? バレちゃ駄目だよね?」
聞いていた限り待ち伏せして追い払うことが目的の作戦。
出た人数を数えられていたらそれだけで無駄になるのではないか。
「いいんすよ。むしろ俺らに気づいて貰ったほうがありがたいっす」
「どういうこと? ……とと、危ない危ない」
「そんくらい平気っすよ」
ぱきりとなる木の枝にすらビビり始めたアズールに笑いをかみ殺しつつ、ハヴォクは指を立てる。
「向こうもさっきのやり取りで、自分たちが盗掘者だと気付かれたと思ってる筈っす。そこで俺ら3人だけが遺跡を出たとなれば、当然応援を呼びに行ったと考えますよね?」
「まあ、実際そうだもんね」
わざわざ数を分ける理由としては、それが一番妥当だろう。
だが、あの盗掘者たちからしたら、応援を呼ばれたら困るわけだ。
盗掘者がいると分かった以上、冒険者ギルドからの応援は厳重なものになることは自明なのだから。
「つまり一か八か、応援が来る前に盗掘しようと今日中に片を付けに来る……ってことか」
「そういうことっす。わざわざ顔まで見せたっすから、間違いなく来るでしょうね」
馬車を停めていた場所まで辿り着く。
念のため点検だけ済ませて、リセツとアズールが乗り込んだ。
「おふたりはこのまま馬車でテティアまで戻って、応援を呼んできてほしいっす。運転はできますよね?」
「ああ。任せろ」
「ハヴォクさんは? 乗んないの?」
「俺は戻るっす。人数を誤認させるんすよ」
細かいことっすけどね、とハヴォクは笑って、背嚢から外套を取り出して身にまとった。
意匠こそ違うが、似たものをアズールは知っている。
「姿隠しの魔道具?」
「《迷彩》のマントっす。使える場所は限られてますけど、便利っすよ」
彼の姿が周囲の木々に紛れるようにして消えていく、
彼らは第3級の『花芽』の冒険者。隠匿の魔道具も正式に認可されて使うことが許されている。
「じゃ、伝言頼みました!」
そう言って、彼は森へと戻っていった。
「よし、俺たちも行くぞ。……少し飛ばすから、道案内頼む」
「なるほど、だからウチなのね。よし、お任せあれ! 飛ばせ飛ばせー!」
応援を呼ぶために、馬車は一路テティアへ急ぐのであった。
***
一方、遺跡内の残留組は、ネネロアの指示で簡易寝床の構築を行っていた。
「階段側から見えないように……うん、これで大丈夫だね」
彼女たちが持ち込んでいた簡易テントを古代魔法陣近くの岩の陰に設置し、松明を固定してテントと岩側以外の周囲を瓦礫と背嚢を組み合わせて布で覆った囲いで隠す。
テント側だけに光が届くようにするための措置で、効率は悪いのだろうが、急ぎなので仕方がない。
これでもし連中が古代魔法陣に向かってきても、この拠点は簡単には気付かれないだろう。
作業を終え、エリンたちはテントの陰に集まる。
「ハヴォクが戻るまであたしが見張りに立つよ。大丈夫だろうけど、会話は小声でね」
「いえ、それなら私が立ちましょう。夜目もききますから」
「お、そうかい? なら任せるよ」
岩場の横にランドルフが立ち、エリンとネネロアはテントの中と前にそれぞれ座り込んだ。勿論装備はつけたまま。いつでも飛び出せるようにしながら、会話を続ける。
「これから、どうします?」
ハヴォクがリセツ達に告げた内容は、エリンたちも既に聞いている。
これからやってくるかもしれない盗掘者対策のために、こうして仮拠点を作ったのだと。
「来ないのであればそれが一番だね。そん時は応援が来るまでのんびりすりゃいいさ」
「ですね。ただ、そうなりますかな?」
「……あの2人組、サキュアって方はわからないけど、レヴンって男のほうはかなり厄介な気配がしたね。そもそも、『新緑』の奴らが2人で潜るには、この遺跡は危険すぎる」
「……そうなんですね?」
よくもそんな場所に気軽に連れてきたな、と思うエリンであったが、今は口を挟むのをぐっと堪える。
「他に仲間がいるんでしょうか」
「ほぼ間違いなく、ね。離れた場所に隠れていたか、魔道具か何かで姿を隠してたか……どちらにせよ、次来るときは全員で来る筈だよ」
「全員……我らにハヴォク殿を加えた4人で対処できますかね?」
もし相手の数がそれ以上なら、かなり苦しい戦いになるだろう。
何よりあの2人組に見られたせいで、こちらの人数は割れているのだ。それでもやって来るのならば、かなりの勝機を持っている筈だ。
「まあ、やるしかないね。……あんたたちは巻き込んじゃって悪いけどさ。ちゃんと報酬は払うよ」
「いえ、この古代魔法陣を守るためですから!」
古代魔法陣は魔法文明における宝である。現存する数は100に満たず、解き明かされれば世界を変える可能性があるとても貴重な歴史資料なのだ。
盗掘者ごときに破壊されていい代物ではない。
何より、この魔法陣を守った実績は『奥』に繋がるかもしれない。
見てますか、学院長……!! これで『奥』への推薦をぜひ……!!
「絶対に守り抜いてみせますよ、絶対に……!!」
「何がエリンちゃんを駆り立ててるんだい……?」
「まあ、エリンさんなので……」
やる気の炎を燃え上がらせるエリンを見て、ネネロアが引き攣った表情で苦笑いを浮かべ、ランドルフは失礼なことを口にする。
だがそんなことは構わずに、エリンは思考を巡らせていく。
――盗掘者の目的は、この扉の先のお宝。そして私たちの目的は、応援が来るまでこの場所を死守することだ。
戦って守れればそれでいいが、相手も必死でやってくるだろう。
無傷で勝つなんてことは難しいはずだ。下手すれば死人が出る。
この世界に死者を蘇らせる技術は存在しない。だからこそ、死にながら生きていたイクサンは異常だったのだが……ともかく、死んでしまえばそれでお終いなのだ。
戦うことは得策ではない。というか、いくら盗掘者とはいえテティアの冒険者と殺しあいたくはない。
目の前で死んでいったイクサンの事が頭から離れない。
そんなものはないと思いつつも、あの時魔断輪を嵌めなかったら彼が助かる方法があったのかもしれないという考えが頭の中にこびりついているのだ。
……人殺しは、もう懲り懲りだ。
「要は、盗掘者がここに来られないようにすればいいんですよね?」
「そうだけど……。どうする気だい?」
だから、避けられる戦いは全力で避ける。
怪訝な表情を浮かべたネネロアに、エリンは笑いかける。
「時間を稼ぎます。罠を張って、動きを止める。……そうすれば、向こうも諦めてくれるはずですから」
幸い、相手の動きを阻害するのはエリンの得意分野だ。
狩猟の技も、学院での魔法使いとの戦闘でも、相手のやりたいことを邪魔すれば勝ちに近づくことができるのだ。
エリンの言葉を聞いて、ネネロアが嗤う。
「ほほう? 詳しく聞かせてもらおうか」
「こちらこそ。時間がありません。ネネロアさんが使える魔法を全て教えてください。……我々は、魔法を使えないので」
「勿論さ!」
早速エリンたちは互いの手札を出し合い、盗掘者対策を進めていくのであった。
「戻りました。……何してるんすか?」
「お疲れ様です。何やらです悪巧みをしてるようですよ」
「ハヴォク! 急いで準備するよ!」
「ええ……今戻ったばかりなんすけど……」
こうしてハヴォクをはじめとした、全員が洞窟の中へと散らばっていった。
すべては、魔法陣を守るために。
***
それから1時間程経った後。
洞窟内からはわからないが夕方手前の時間帯。
僅かに日に陰りが見え始めた洞窟の入口に並ぶ影があった。
ネネロアの予言通り、そこに並ぶ数は4名。
レヴンを筆頭に、各々の装備を身に纏い暗く広がる遺跡内部を見つめている。
その中の1人、顔面に斜めに走る傷跡を持った禿頭の浅黒い肌をした男が顎を撫ぜる。
黒染めの革鎧に、身の丈程ある戦槌を背負った姿は、レヴンに並ぶ風格を漂わせる。
「……奴ら、結局出てこなかったな」
「最初の3人が出てったきりですねえ。残りは3人。ま、楽勝でしょう」
その横の痩身の曲刀使いが薄ら笑いを浮かべる。薄汚れた茶髪を後ろで括り、急所だけを覆った胸当ては身軽さを最優先で確保した装い。
そしてもう1人、この中では一番年若の小柄な青年は、口元を布で覆い表情が窺い知れないが、目はわずかに揺らいでいる。背には自身が丸々入りそうな背嚢を背負い、決して取り落とさないようにか、その肩紐部分を両の手でぎゅっと握りしめている。
「向こうも手練れの冒険者。油断は禁物だよ?」
そこに声を掛けたのが、サキュアと名乗った女。
彼女だけは男たちから少し離れた位置で、気だるげな様子で岩場にしな垂れかかっている。
緩やかな布の巻頭衣は不自然に横側に切れ目が入り、山に入っているとは思えない生足が覗いている。
「ああ……わかってる。油断は、しないさ」
「ふふっ、期待してるよぉ」
レヴンと荷物持ちの少年を除いた2人の視線が自然と集まるのを妖艶に笑って眺めながら、サキュアが真っ赤に濡れた唇を開く。
「約束通り、中の連中の始末とあの扉の開錠もしくは破壊をお願いね。報酬は、あんたらの思いのまま」
「……約束だからな。お前は俺の女だ」
「ふふっ、そんなんでいいなんて、わたしも高い女になったもんだ」
髪をかき上げたサキュアにじっと見つめられ、ごくりと禿頭の男の喉が鳴る。
「俺は金で!」
「ふふ、勿論。……君は?」
呑気に手を挙げて言う茶髪の男に笑みで頷き、次は荷物持ちの少年へと視線を移す。
人の視線が苦手なのか、びくりと震えて縮こまりながら、彼は小さく声を上げる。
「ぼ、僕は魔道具が欲しくて……」
「あら? 魔道具?」
「こいつ、魔力も筋力もないんで、魔道具を手にして一発逆転狙ってんですよ!」
茶髪の男に肩を組まれて頼りなさげに揺らされているが、それでもしっかりと頷いている。きっと、魔道具に夢をかけているのだろう。
可愛らしいと微笑んで、サキュアは頷いた。
「へえ……。勿論いいよ。あなたにぴったりの魔道具、見繕ってあげる」
「あ、ありがとうございます……」
「さ、のんびりしてないで、行ってらっしゃい」
「ああ。……行くぞ、お前ら!」
「おう!」
笑顔で手を振るサキュアに見送られ、3人の男たちが勢いよく洞窟に入っていった。
その様子を無言のまま眺めていたレヴンが1人入口に取り残される。
「なにしてんの、あんたもさっさと行きな」
「……」
すっと表情の消えたサキュアが声をかけると、ようやく微かに首肯して、彼も男たちの後を追っていった。
「全く……腕は立つのにおつむが悪い。はずれ引いたなあ……。ま、少しは役に立つでしょ」
大きく息を吐き出しながらサキュアが呟く。
ころころと表情も声色も変わる彼女が、今度は満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
「さ、仕事仕事ー」
軽快に跳ねながら、彼女もまた遅れて洞窟の中へと消えていくのであった。
***
暗い洞窟の中に足を踏み入れた4人の男たちは、直ぐに空間内を照らす赤光に気が付いた。
「気味悪い洞窟だな……」
「兄貴、これ遺跡っすよ。『ちよー』って古臭い連中が残したんすよ」
「なんだそのあほくさい名前は……しかし暗いな……おいクン、明かりつけろ」
「は、はい」
クンと呼ばれた荷物持ちの少年が、用意していた松明に火をつける。
4人で進むには若干心もとないが、周囲が仄かに光っているため視認自体は問題なさそうだ。
「よし、進むぞ。目的のブツは地下2階だったな? レヴン」
「……ああ」
「けっ、無口な野郎だ。ほら行け、道案内は任せるぞ」
今度は頷くだけで応えると、レヴンが1人先行して進んでいき、続いてクンが。そのあとに2人が着いていく。
なにせ男たちは
先に潜ったレヴンに着いていくしかなかった。
遺跡内部は柱や巨岩により入り組んだ構造になっており、真っすぐ進むことは叶わない。
そして厄介なことに、それらを乗り越えて魔獣たちが現れるのだ。
「――――!!」
「ちっ、キリがねえな!」
先ほどは分厚い鱗を纏った蜥蜴に巨大蜘蛛。
今度は天井を埋め尽くしていた蝙蝠の群れが降ってきた。
こういった洞窟――遺跡には魔獣が住み着いていると聞いてはいたが、やけに数が多い。
しかも個々がやけに大きく強い。
「ははっ! 遺跡の魔獣ってのは結構厄介なんすね」
「笑ってねえでとっとと斬れ!」
彼らは傭兵であった。
4大地方の北東。そこは4つの地域の中で唯一覇者のいない土地であった。
半分を雪に、残りを荒野に覆われた寒冷地は、常に『雪のない土地』と資源を求めた争いが絶えない戦乱の地。
だから彼らのような傭兵が必要だったが、それも少し前の話。
戦乱は収まり、北東地方は1つの勢力に統一された。残党勢力はいるが、それがそのまま駆逐されるか、再び戦乱の火種になるかはまだ誰も知らない未来の事。
今日を生きる傭兵たちからすれば、飯の種がなくなっただけである。
傭兵の大半は戦乱によって住む場所を追われた地元民。荒れ果てた北東地方の復興に身を振って、故郷の再建に勤しんでいる。
だが彼らのような金のために各地を転々としていた流れの傭兵は居場所を失って、再び大陸中へと散らばっていった。
彼らも最初は南東の魔獣狩りに向かう予定だったのだが、その道中で声をかけられたのだ。遺跡の盗掘を手伝ってほしい、と。
金払いの良さと、やけに蠱惑的な依頼人につられて来てみたはいいが――。
――思ったより厄介だな、遺跡って奴は。
今まで人の相手ばかりしていたせいで、魔獣殺しは慣れていない。
人よりも小さい癖に外皮が固い。腰を落としてつぶして回らないといけないのは面倒で仕方がない。しかも今度は空を飛ぶ蝙蝠たちときた。
このままだと終わるころには腰がやられてしまう。
――この後たっぷり使うんだから、さっさと終われや!
『烈火よ 吹き上がり 留まれ』『疾風よ 吹き上がり 渦巻け――!!』
仕方なく右腕に魔力を込め、広範囲の火魔法を発動しようとして、しかし何も起きない。
「あ?」
「こっちじゃ魔法は使えないっすよ! 忘れたんすか兄貴!」
「……っち、つくづく不便な場所だな、ハーヴェスってのは!」
入国時に右腕に嵌められた魔法輪。この国では傭兵の働き口はないと、使える魔法はほとんどが制限されていたのを思い出す。
男の戦槌は数の殲滅に向いていない。そういう時は魔法に頼っていたのだが……。
「クン! 魔道具寄越せ!」
「は、はい……!!」
クンが背嚢から慌てて棒状のものを取り出して手渡してきた。
先端に硝子球のはめ込まれた木杖で、風の中級魔法【衝風】が込められている。
相手を吹き飛ばしてその骨をたたき折る目的の魔道具だが、鬱陶しい蝙蝠を落とすにはうってつけだ。
「よし、お前ら下がれ――っ!?」
意気揚々と魔道具の先端を空に向けた、その瞬間。
飛来した何かが男の右肩にぶち当たり、衝撃で持っていた魔道具を取り落とす。
鎧に守られ貫通こそしなかったが、鈍痛と痺れが右腕を襲っている。
「……っってえな!」
「兄貴、矢です!」
「何ぃ!?」
足元を見れば金属の鏃の矢が落ちていた。
ご丁寧に先端は丸く削られている。
はじかれたように飛来した前方を凝視すると、予想通り僅かに瞬く光が見えた。
「あぶねえな!!」
続けて飛来した第2射を横に飛びのいて躱す。
新手。弓矢を扱う知能のある魔獣もいるとは聞くが、ここに出てくるならレヴンたちから事前に通達があるだろう。
それがないということは――。
「先にいた連中か。向こうから打って出てきやがった」
確かに縮こまっているよりは生存率が上がる選択肢だろう。
向こうもまた魔獣たちに狙われるはずだが、一体どんな手を使ったのやら。
まあいい。向こうから出てきてくれたんなら順に殺してやれば――。
「兄貴、まずいっす!」
「今度はなんだ!」
「魔道具が……」
言い終わる前に素早く視線を向けると、取り落とした魔道具に矢が突き立っており、硝子球が砕け散っていた。
さっきの矢は、男ではなく魔道具を狙ったものだったらしい。
「――ふざけ……っ!!」
頭に血が上って視界が真っ赤に染まるが、さらにその上から真っ黒に塗りつぶされる。
「――あ?」
魔法で減らせなかった蝙蝠の大群が、再び男たちへと襲い掛かるのだった。