王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第28話 遺跡調査⑤

 

 

 

 エリンの薄暗い視界の先、地葉の遺跡の入口部分で、盗掘者たちが魔獣相手に死闘を繰り広げていた。

 

 ――思ったより弱いな……。

 

 それが、彼らの動きを見たエリンの印象であった。

 見た目は強そうだった禿頭の男も、武器は閉鎖環境では取り回しの悪い長柄の戦槌(ウォーハンマー)

 天然の洞窟などと比べれば広い空間とはいえ、暗く入り組んだ遺跡に持っていく装備ではない。

 

 ――あの人たち、冒険者じゃないのかな?

 

 何となくそう感じた。

 戦槌の男も動き自体は奇麗で、一撃も重そうだ。どこかの用心棒か傭兵でもしていたのだろう。

 戦槌と曲刀の男はそれぞれ必死に応戦を続けている。

 3人目の荷物持ちらしい年若の男は邪魔にならない位置で隠れ、背嚢の中を漁っているようだ。

 また魔道具を取り出すようなら射落として壊さなければ。

 

 エリンはハヴォクから借り受けた《迷彩》のマントを僅かに開き、抱えていた弓矢を取り出す。

 

 応援が来るまでの時間稼ぎ作戦その1。道中の魔獣との戦闘をとにかく邪魔をする。

 

 その役目はエリンが引き受けた。

 森の中で気配を消す事は慣れているし、弓矢という静かな攻撃手段もある。

 夜目は効かないので視界は悪いが……幸い向こうが明かりを持ってくれている。

 視認さえできれば、急所には当てずに彼らの行動を阻害することも出来た。

 

 魔法を使う手段が魔道具だけだったのは助かった。

 1つ破壊して終わり……ならいいのだけれど。

 

「フューリさん!」

 

 そう言って何かを取り出そうとした手を再び矢で狙い撃つが、外してしまう。

 流石に連続で撃ち落とすことはできず、仕方なく後ろにあった背嚢の方を矢で貫いた。

 驚き怯えた年若の男は怯んで動けなくなり、結果的に戦槌の男に手にした何かを手渡すことは出来なかった。

 

 その間にも、蝙蝠の群れが男たちへと襲いかかる。

 

「くそがあっ!!」

 

 野太い咆哮が響き渡った。

 周囲を揺らす程の、大きくて野蛮な声だ。

 思わず震えるエリンだったが、こちらに向けたものではないから直ぐに気を取り直す。

 

 彼らに魔法を使う気配はない。明らかに力に頼った盗掘者であり、古代魔法陣をどうこうできる技術はないだろう。

 そんな彼らが奥にたどり着けば、古代魔法陣ごと扉を破壊しにかかるはずだ。

 

 大事な古代魔法陣を壊させるわけにはいかない。ここで食い止めなければ。

 再び矢を番えた所で、戦槌の男が吠えた。

 

 

「レヴン!! てめえ少しは働け!!」

「……ああ」

 

 1人、ずっと静かに立っていたレヴンという冒険者の男が背に担いでいた大剣を引き抜いた。

 ネネロアも警戒していた男。一体どんな――。

 

「――――!!」

 

 声もなく振りぬかれた1撃。

 それは空間を抉り取るように、蝙蝠の十数体を1度に切り裂いてしまった。

 

「……うっそぉ……」

 

 なんて剛力。なんて剣筋だ。

 はらはらと蝙蝠の肉片が舞い散る中、鈍く輝く、赤く濡れた剣を手にしたレヴンが佇んでいる。

 その視線は定まらず、一見すると得体のしれない恐ろしさがあるが……。

 

「何ぼさっとしてんだ! もっとやれ!」

「……ああ」

 

 ぼんやりと頷いている。その動きは緩慢で、ただ呆けているだけだったらしい。

 だがその実力は本物らしい。そのままばっさばっさと蝙蝠が斬られ落とされていく。

 

「……何なの、あの人」

 

 既にネネロアが魔法で落とした数は倒されている。剣を振っているだけだというのに。

 一体どんな怪力だというのだ……。

 あれでネネロアたちより等級が低い冒険者だとはとてもじゃないが信じられない。

 あれをどうやって止めなければならないのだ。今ある作戦で間に合えばいいのだが……。

 

 まあでも、時間は稼げた。

 応援が来るまでもう数時間。何とか足止めをしなければ。

 

「作戦その2。……頼みます」

 

 用意していた火矢に火を灯し、天井に向けて放った。

 そのままエリンは弓矢をマントに隠し、洞窟の闇に消えていった。

 

 

***

 

 

 最初に聞いたとき、下らねえ依頼だと思った。

 遺跡なんて大層な名だが、ただの洞窟だろう?

 そこに潜って石の扉を壊すだけ。それに大金と女までついてくるなんて、中央の連中は平和ボケしちまってると笑っちまったね。

 

 だが、楽に稼げるならそれでいい。

 それにあのサキュアってのはいい女だ。頭は悪いが、いい身体をしてやがる。

 

 さっさと終えて楽しもう。

 

 ――その筈だった。

 

 だというのに、とんでもない数の魔獣に襲われている。

 奥にいる連中に、レヴンたちも潜ってるのになんでこんなに魔獣がいるんだ?

 魔獣を生む遺跡……なんて言ってたがいくらなんでも多すぎる。

 しかも得体の知れない射手までいやがる。

 さっさと明け渡せばいいものを、面倒な連中だ。

 

「兄貴! まずいっす!」

「今度はなんだ!」

「道が塞がってるみてえで、レヴンが困り果ててずっと首振ってます」

「てめえで喋れや!!」

 

 肝心の案内役の男は何を考えてるのかわからない。

 まあ、やけに強えんだが、余計得体が知れない。

 1階層は豪勢な城みたいな柱や壁があって、扉だっただろう隙間が崩れた瓦礫で埋まっている。

 流石にレヴンも、道まで忘れる阿呆じゃねえだろ。

 奥にいる奴等が埋めたに違いない。

 急がねえと外に出た連中が応援を連れて来る。くそっ、なんでこんな焦んなきゃならねえんだよ。

 

「レヴン、お前ならぶっ壊せんだろ!」

「……!!」

 

 その手があったか!と呑気に手を叩いてやがる。間抜け野郎が……!!

 あの射手も得体が知れないし、なんなんだよこの依頼は!

 

「――――!!」

 

 だが、レヴンの一振りで道を塞いでいた岩がどんどんとひび割れていく。

 訳のわからない馬鹿力だ。

 あんなのが北東にいなくてよかった。対峙してれば俺でもたたっ斬られていただろう。

 

「――――」

 

 何度目かの攻撃で、遂に瓦礫が壊れる。

 何処かから持ってきたらしい瓦礫の山が崩れ去って先の光景が見える。

 変わらない石の回廊。この先にも、奴らの罠が張り巡らされている筈だ。慎重に進まなければ。

 

「……行くぞ」

「あっ、馬鹿! んな簡単に進むんじゃ……!!」

 

 呑気に進みやがったレヴンの足元に、魔法陣が出現した。

 感圧式の罠!?

 戦場かよここは!?

 

 バチリと弾けた音と閃光とともに、レヴンが声もなく倒れていく。

 クンが慌てて駆け寄って診ているが、見た限りそこまで威力はない。

 しばらくしたら起きるだろう。

 

 だが、問題は別だ。

 閃光で僅かに焼かれた視界の先、闇の中に浮かび上がる無数の光る瞳がこちらを向いていた。

 

「……くそが」

 

 魔獣の群れ。

 通り道を塞いでいる間に、奴らが集めていたのだろう。

 ようやく理解した。

 ここは俺たちの狩場ではなく、奴らが籠城した砦の中なのだと。

 

「ヨウ、クン! 撤退だ! 全力で逃げるぞ!」

 

 金ではなく命を取るために、俺たちは無様に逃げることを選んだのだった。

 

 

***

 

 

「……行ったようですね」

「ああ。あんたらのおかげだよ」

 

 魔獣たち――洞窟内に出現した牙狼たちに応戦しながら逃げていく盗掘者たちを、ランドルフとネネロアと一緒に見送る。

 彼は時間稼ぎ作戦その3『魔獣を集めてけしかけ作戦』のために、洞窟内で見つけた魔獣の群れを盗掘者のいる場所の手前まで追いやってくれていたのだ。

 今それは功を奏し、遂に連中は諦め、逃げ出してくれた。

 

 1人、レヴンが感電して倒れたまま動いておらず、何故だかあの男は狼たちにも無視されているようだ。

 設置されていた魔法陣と瓦礫はネネロアの仕掛け。運搬魔法で瓦礫を運び、その下にエリンが教えた感圧式の罠型魔法陣を設置した。これが時間稼ぎ作戦その2だ。

 本当はもう何ヶ所か設置していたのだが、1発目で逃げてくれたのは幸いだった。

 

「でも逃げられちゃいましたね。応援が来ても捕まえられなくなっちゃいました……あの倒れてる人以外ですけど」

「顔と名前も分かってますから大丈夫ですよ。国の衛兵に伝えて指名手配してもらいますから」

 

 ここで追い払ったとしても、彼らがまたどこかで盗掘を行う可能性は高い。

 国として徹底的に捕まえなければならないだろう。

 念のため魔法陣の番をしていたハヴォクも連れてきて、まずは倒れていたレヴンの捕縛を行う。 

 

「北東の戦争が終わってから、ああいう手合いが増えてるんすよ。冒険者ギルドから警告が出てたっす」

「長い戦争で傭兵がたくさん生まれていましたから。流れてくることは仕方ないでしょう。……犯罪に手を染めることは断固として許しませんが、ね」

 

 ランドルフの言葉に、全員が頷いた。

 

「しかしデカいっすねこいつ……重てえ……」

「手伝いますよ。これは……重いですね……。下に金属鎧でも着込んでいるのでしょうか」

「この人、凄い力持ちでした。念入りに縛っておいた方がいいですよ」

「じゃあ縄と、鎖も使いますか。姉御」

「はいよー。エリンちゃん、悪いけどあたしの荷物から持ってきてくれるかい?」

「分かりました!」

 

 まだ《迷彩》のマントはエリンが身に着けているから、移動も容易だ。

 再び生まれ始めている魔獣の合間を縫って2階層の仮拠点へ辿り着き、頼まれていた鎖――魔獣の死骸を馬車に留めるための道具を手にした。

 

 そのまま歩き出した直後。

 エリンの視界は巨大な石の扉を捉えた。

 ふと赤い宝珠に触れて、古代魔法陣を映し出す。

 

「……あなたが読み解けたら、『奥』に入ることができるのかな」

 

 まだ誰もその意味を知らない、古代の誰かが残した魔法陣。

 学院の本をどれだけ読んでもその意味は分からないのだけれど……。

 いつか、読み取れるようになれればいいな。

 そう思って、エリンは1階層へと戻っていった。

 

 こうして、突如起きた盗掘者撃退作戦は幕を閉じたのだった――。

 

「……あれ? そういえばあのサキュアって女はどこ行ったんだ?」

「真っ先に逃げたんじゃないっすか?」

「だといいけどねえ……。ま、顔は分かるから、あとは衛兵に任せるかね」

 

 

***

 

 

 後始末をしているネネロアたちがいる遺跡から数百メートル程離れた山中。

 本来の山道を外れた獣道を進む影が1つあった。

 

「ふふふー。楽な仕事だったわー」

 

 満面の笑みを浮かべて軽快に山肌を下っていくのはサキュアと名乗った冒険者。

 彼女は背に布で覆った巨大な何かを背負っており、しかしその重さを感じさせない軽い足取りで進んでいく。

 

 ――まさか冒険者ギルドの先客がいるとは思わなかったけど、あのアホ傭兵たちを連れてきて良かったー!

 

 幸運だったのは、サキュアの目的を冒険者連中が勘違いしてくれたことだ。

 やたらあの石扉を守りたがっているようだったが、そんなもの最初から興味はなかった。

 サキュアが求めていたのは遺跡内に点在していた卵型の構造物。地葉の遺跡において魔獣を生み出すといわれている古代の遺物だ。

 

 最初はあの傭兵崩れに魔獣たちの相手を任せて、その隙にさっさと盗んで帰ってくるつもりだったのに、少し予定が狂ってしまった。

 それでもこうして目当てのものを手に入れ、傭兵たちも捨ててこられたのでサキュアとしては申し分ない結果であった。

 早くこれを持ち帰って、雇い主に買い取ってもらえれば国外に逃げてしばらく楽できる報酬が手に入る。

 

「でも、こんなもん何に使うんだろ。絶対ろくな事じゃないよねー」

 

 魔獣を生み出す遺物を欲しがるなんて、間違いなくまともではない。

 今は雇い主がくれた『なんか知らんが遺物の機能を封じる布』で抑えているからいいが、町中にでも放り込んで起動させたら大惨事になるのではないだろうか。

 まあ、関係ないからいいのだが。

 サキュアの頭の中はどこで休暇を楽しもうかと、それだけですぐに埋め尽くされてしまった。

 

「……あ、そういえばレヴン忘れてた。お姉様は()()()()()()()()って言ってたけど……報酬減とか勘弁してよ?」

 

 そんなことをぼやきながら、彼女はひっそりと山を下りて消えていったのだった。

 

 

 

 

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