翌日、働き始めて2回目の週末がやってきたエリンは、いつも通り早朝の狩りをしてからポピアのお店へとやってきていた。
「はーい、兎肉のバゲットサンドよ」
「ありがとうございますー! 美味しそう……!!」
「ちゃーんと美味しいわよ。エリンちゃんのお肉は血抜きもばっちりで新鮮だから助かるわー」
すっかり習慣になりつつある獲物の持ち込みと、その肉を使っての朝食を今日もしっかりと堪能している。
余った分のお肉はポピアに買い取って貰えたので、寂しい懐も暖まった。
ギルドのお給金は月末に支給されるため、エリンはまだ給金を得ていない。ギルド職員は比較的高給取りと聞いているので、そこまで食いつなげれば一先ず生きていけそうだと安堵しているエリンであった。
「……本当に狩人なんだねえ、エリンちゃん」
そうしみじみ呟くのは、体面に座るネネロア。
昨日の遺跡での拠点づくりの最中に、エリンが休みにポピアのお店にお肉を卸していると聞いた彼女が一緒に行きたいと言い出したので連れてきたのだ。
折角だからと同じ料理を頼み、豪快に齧り付いている。
「うはっ、これうまいねえ!」
「でしょー? 他のも美味しいからまた来てね!」
「勿論ですよ! 贔屓にします! っていうか今から頼んでいいすか?」
「あら嬉しい」
元気よくそう告げながら、あっという間に平らげてしまった。
なんならもう2品程頼んでいる。流石冒険者、健啖家である。
「いやー、いい店教えてもらったわ。でね、今日来たのは美味しいお店のためだけじゃないのさ」
「そうなんですか?」
ただご飯を食べに来ただけだと思っていたのだが違ったらしい。
布巾で口と手を拭い、横の席に客がいないのをさっと確認してから、小声で喋りだす。
「あのレヴンって冒険者、逃げたらしいんだよね」
「えっ、そうなんですか?」
盗掘者の一団の中の1人で、雷撃を食らってぶっ倒れていた巨漢の冒険者だ。
エリンたちが縄と鎖で厳重に縛ってから衛兵たちに渡した筈だったのだが……。
「衛兵たちが移送中に突然起きて、鎖を引きちぎって逃げちゃったらしくてね。幸い武器は持ってないから怪我人も殆どなかったみたいだけど」
「……とんでもない馬鹿力でしたもんね、あの人」
1振りで蝙蝠の大群を抉り取っていたのは今思い出しても信じられない。人に出せる威力なのか?あれは……。
とはいえ衛兵に囲まれた状態で、鎖を引きちぎって逃げれてしまう程とは。馬鹿力の域を越えてる気がするけれど。
「では今も見つかっていないんですか?」
「ああ。やたら足も速かったみたいで、あっという間に逃げられたみたいだよ。そんな機敏には見えなかったけどねえ」
もしかしたら力を隠していたのか? そんな器用な人物にも見えなかったが……。
「禿げ頭の3人組は直ぐに見つかって今は監獄に連行中。レヴンの件があったからかなり厳重な護送になったみたいだね。あの連中はとんだとばっちりだけどさ。それと、サキュアって女はまだ見つかってないね」
そちらに関しては納得の結果である。どう見ても、あの3人組は雇われだった。
レヴンも『新緑』とは思えないほど強かったが、何かを企む頭脳があるとも思えない。
必然的にあのサキュアという女性が首謀者の筈なのだが、その首謀者は最初以外一切姿を見せずに消えてしまった。
「……結局、何が目的だったんでしょうか」
「さあねえ。あの遺跡に、古代魔法陣の他に価値のあるものはなかったと思うんだけど、見落としがあったのかもしれない」
「見落とし……隠し通路とか……?」
魔法学院では時々教員も知らない部屋や通路が発見される。そういったものは大抵過去の誰かがやらかしてひっそりと封印したもので、つまり碌なことにならない。
「あるとしたらそれだね。あのサキュアって女だけが知ってる道で、先を行かれた可能性はあるだろうさ。まっ、これから国と冒険者ギルドの合同の調査隊が入るから、そこで何かがわかるといいけどね」
ともあれ、これでエリンたちもネネロアたちも仕事は終わった。
たっぷり褒章を貰えたらしいネネロアは特にほくほく顔である。
「お陰でいい臨時収入が入ったよ。これで本来の遺跡調査に専念できるってもんだ」
「ネネロアさんたちが挑んでるのは『海溝』の遺跡でしたっけ」
「そうそう。だからやたら罠とか仕掛けが多くてね。そのくせ所々にいる魔獣がとんでもなく強いんだよ。あれは警備員だね」
昨日入った『落葉』と対をなす遺跡が『海溝』である。こちらもまた古代種『海根』が作ったとされる遺跡で、青く光る特徴的な意匠によって遺跡内部はまるで海の中にいるような不思議な光景が広がっているという。
『海根』はエリンたち人間の祖とされる古代種で、それを示すかのように遺跡内部では様々な古代魔道具が見つかっている。
それだけならば恩恵しかない遺跡だが、万が一古代魔道具が未だ稼働しているとなると、それらは入ってきた侵入者を脅かす凶悪な罠と化す。
武力で対処できる魔獣と違って、こちらは明確な知識や技術が必要となるのだ。そしてその先にはネネロアたちが苦戦するような守護者も待っている。
それらを乗り越えたものにだけ、古代文明の恩恵を得られるのである。
世界で未だ明かされていない神秘の1つ。それがこれらの古代遺跡なのだ。
「いいですねえ、『海溝』の遺跡。いつか行ってみたいです」
特に未知の魔道具というのが気になる。
魔法が使えるようになる魔道具とかないのかな……あればすべて解決するのに。
「エリンちゃんの実力なら少し訓練すればいけると思うけどね。まあ、仕事が忙しいか。もし今の遺跡を攻略し終えたら案内してあげるよ」
「本当ですか? 楽しみにしてますね」
古代魔法陣に古代魔法具。まだ人が到達できない領域に、いつか届くように。
エリンは目の前の仕事を1つずつこなしていこうと、そう思うのであった。
***
とある時間。とある場所。
薄暗い空間に、3つの人影があった。
「お姉様ー! 持ってきたよー!」
1番最後にやってきただろう人物――逃亡中で指名手配されている冒険者サキュアが、手を振りながら入ってきた。
「あら、ご苦労さま」
それを迎える2つの影。
濡れ羽色の黒髪の女と、目元以外を覆った装備の巨体の男。
その内、様々に光る珠の髪飾りを差した女のほうが手を挙げて応える。
「げ、レヴン……あんた生きてたのね」
「……」
サキュアが男の方、置いていった筈のレヴンに視線を向ける。
何故か服の裾が焦げているレヴンは、こちらをちらと見ただけで何も言わない。
最初こそ背中で語る渋い男なのかと思っていたが、その中身を知った今、ただ何も考えてないだけの馬鹿なのだとわかったので、サキュアはしっしと手を振った。
「ふふっ、この子は頑丈なの。役立ったでしょ?」
「そりゃあもう。お陰で何の警戒もされず持ってこれたよ。ほら、ご注文のやつ」
頭の方がもう少しマシだったら連れて帰って来れたのだけれど、と思いつつ、サキュアは背負っていた遺物を下した。
「ありがとう。……うん。状態もばっちり。助かるわあ」
「そりゃお姉様のためだからね!」
ビシッとポーズを決めるサキュアを微笑んで見守りつつ、黒髪の女が布を取り外して卵型の構造物に触れる。
艶めかしい指先に合わせて、それは赤い光を放つ。
ちゃんとまだ
「これがあるとだいぶ楽になるのよ。レヴン、運んでおいて」
「……ああ」
ようやくそれだけを呟き軽々と担ぎ上げて、レヴンが部屋の奥へと運んで行った。
サキュアは重さ軽減の魔術を用いてようやくだったのに、相変わらずの馬鹿力である。
「ホントは別の手段でやりたかったんだけど、当てが外れてねえ……とにかく、助かったわ」
「なんのなんの。報酬さえもらえればお安い御用だよ」
「そうだねえ。ほら、これ」
ずっしりと重みのある麻袋を受け取った。
中身の確認はいちいちしない。そんなケチなことをする相手には思えないし、何より今は機嫌を損ねたくない。
――相変わらず、バケモンだなぁ……。
笑顔を振りまき元気にふるまってはいるが、サキュアは今にも体が震えそうになるのを必死に抑えている。
そこそこの長い期間冒険者として活動してきたサキュアだったが、こんな化け物見たことない。
お姉様なんて呼んでいるが、正直目の前の『これ』が人間かどうかも判断がつかなかった。
だって、人間に
「ありがとう! じゃあ、私はこれで……」
「ああ、ちょっと待って」
さっさと逃げようと歩き出したサキュアはびくりと動きを止める。
だがそれも一瞬。満面の笑みで振り返る。
「なになに、どうしたの?」
「ふふっ、安心して。あなたには世話になってるからどうもしませんよ」
「……それはどうも」
どうやらこちらの警戒なんてお見通しだったらしい。
ますます冷や汗を流しながら、サキュアが引き攣った笑いを浮かべる。
「なら、何でしょうかね……?」
「忠告、しとこうと思ってね。あなた、急いでこの国から離れなさいな。……これからちょっと、大変なことになるから」
「……そうなんですね?」
もの凄く気になるが、聞いたらまずそうだ。
「思ったよりちょっと厄介な連中がいてねぇ。このままだとバレちゃいそうだし、さっさとやることにしたの」
「……さいですか」
「ああ、楽しみだわぁ……ふふふっ」
絶対に碌なことではない。
満面の苦笑いで頷いてから、サキュアは全力で国外への逃亡ルートを考えるのであった。
***
休み明けからまた数日が経ち。
ギルドへとやってきたエリンは、見知った顔と出会った。
「……あ」
「エリンさん、その……お久しぶりです」
「はい。良かった、無事に復帰されたんですね……ロランさん」
そこにいたのは、イクサンの引き起こした1日魔道具盗難事件――その被害者であるロランであった。
イクサンに監禁され衰弱状態となっており、エリンはその養生のために栄養の付く料理を持って行った時に知り合ったのだ。
「そうなんです。ただ食べてなかっただけなので、直ぐに復帰できました。エリンさんが持ってきてくれた料理もおいしくいただきました。ありがとうございます」
「いえいえ、私が作ったわけではないので……でも、良かったです。復帰できて」
「はい……入院している間にずっと考えてたんです。僕の仕事はなんなんだろう、イクサンの無念に報いることはできないんだろうかって」
でも、と手元を見つめながら彼は首を振る。
「僕がもっと頑張って多くの魔道具師の方々を支援して、その結果魔道具が発展すれば、イクサンへ……あの人へ少しは誇れるのかなって」
「……そうですね。それは、とってもいいことだと思います」
事件自体は悲しい事であったし、ロランとアロナの一番事件に近い被害者である2人が前を向いているのは本当に良いことだと思う。
「ありがとうございます。だから今は新人魔道具師の担当と補助をしています。いつか、彼らがイクサンのような魔道具師になれるように」
「……そうですね。いつか、きっと」
時間はきっとかかるだろうが、挑む価値のある夢だろう。
「私に手伝えることがあれば、いつでも言ってくださいね」
「……本当ですか?」
おや? 何故そこで疑問形が出てくるのだ?
嬉しそうな笑みを浮かべたロランが、伺うようにこちらを見つめた。
「実は、ちょっと……いえ急ぎご相談したいことがありまして」
「……はい?」
「大丈夫です。既に特魔課の確認は取ってますから」
「……ええ?」
案の定の言葉が出てきた。しかも逃げ道まで塞がれた。
最近誰かに会うと必ず頼まれごとをするのは何なのだろう。
頼むからマシなお願いであってほしいと思うエリンを押して、彼はどんどんと進んでいってしまったのだった。