王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第30話 もう1つの特認魔術①

 

 

 

 エリンはロランに連れられ、3階にある会議室へと案内された。

 中へ入るとソフィアが腰かけ、机に資料を広げているところであった。

 

「あれ、ソフィアさん?」

「すみません、お呼び立てして。どうぞ、座ってください」

「……失礼します」

 

 促された席に座って、差し出された紅茶を飲む。……あっ、これ美味しい。

 魔道具盗難事件の際に貰った紅茶よりも濃い色味で香りも芳醇。主張の強い味わいは朝の身体にはちょうどいい。

 後でどこの茶葉か聞こうと思っていると、遅れてもう1人部屋に入ってきた。誰かと思えば特魔課の課長、リセツである。

 

「あっ、課長」

「おうエリン。悪いな。いきなり呼び出して」

「いえ、いいんですけど……どうしたんですか?」

 

 どうやら彼もまたロラン(むこう)側らしい。

 全員が腰かけたところで、ロランが口を開いた。

 

「実はエリンさんに、一緒に魔道具師の工房の調査をお願いしたいんです」

「調査、ですか……?」

 

 告げられた言葉に首を傾げると、ソフィアが頷きを返して、彼の言葉を引き継いだ。

 

「エリンさんもご存じとは思いますが、先日の、『開花』の魔道具師イクサン様の事件では、首謀者と思われる『白い腕の女』が彼の工房内に突如現れたと報告されています」

「そう聞いています」

 

 なんならエリンはイクサン本人から聞いているので良く知っている。

 

「ですが、本来異空間内に建造された工房は主である魔道具師の招待や、我ら魔法ギルドの担当や責任者が持っている通行証がなければ入ることはできない筈なんです。……それを、その『白い腕の女』は突破しました」

「ふむふむ」

 

 それも知っている。どうやったか、については知らなかったがまだ判明はしていないらしい。

 

「エリンさんは、本来入ることができない異空間に侵入する方法は何があると思いますか?」

「……そうですね、例えば工房主が外出した際に接触して、通行証を盗むとかでしょうか。後はギルドにロランさん達が使う通行証もあるんですよね? それを使うとか」

 

 物理的な手段として考えられるのはそれくらいだろう。

 だが、そのどちらも起きてはいなかったとソフィアは首を横に振った。

 

「昨日、ギルド内の調査が終わりました。少なくともイクサン様の工房に関して、通行証が盗まれた痕跡はありませんでした。ギルド内に侵入されたわけではないようです」

「そうなんですか? それなら一体どうやって……」

「お前が捕まえた、違法魔道具を持ち込んだ狐獣人がいただろ?」

 

 考え込むエリンに、リセツが口を挟む。

 

「あっ、はい。確かその方も『白い腕の女』に接触してたんですよね?」

「そうだ。その男の証言では、奴は魔法輪を身に着けていなかったそうだ。だから、何らかの魔法を使って侵入した可能性が高い」

 

 本来存在しない入口――穴を開けて入ってきたとリセツは考えているらしい。

 物理的ではなく、魔法的手段だと。

 

「魔法を使って、ですか。中々信じられない手段ですが……」

 

 異空間というのは非常に繊細である。

 本来地続きではない空間を作り出し、その上でトンカンと部屋を構築するのだ。複数の入口を――穴を開ければ異空間そのものが不安定になり、崩れ去ってしまう危険性があるのだ。

 

詳細な位置のわからない地下室に向かって穴を掘るのと一緒。

 侵入しようとしてもし天井に繋がる大穴を開けたら、そこに周囲の土砂がなだれ込んで部屋が崩壊する――それとたいして変わらないのだ。

 

 

 だから工房への入口は基本的に1ヶ所だけ。出口――行先は選べるが、異空間側の出入り口は分厚く安定させた1面だけに限定するのだ。

 後はエリンたちが巻き込まれた、荷物輸送用の一方通行の臨時ゲートがある程度だ。

 

 イクサンのようなギルド所属の魔道具師ならば、ギルド内に作られた(ゲート)を通じてのみ工房へ入ることが許される。

 それ以外の侵入手段はない筈なのだが、一体どうやって――。

 

 首を傾げているエリンに、リセツが口を開く。

 

「そもそも奴は魔法輪を着けずにこの国に入り込んだんだ。姿を隠したのか空間を跳躍したのかはわからんが、何かしらそういった移動する手段は持ってると考えていい」

 

 魔法輪を身に着けることが、このハーヴェスに入国する条件であり、それを徹底させるために国境には壁が敷かれるか、衛兵たちによる厳重な見回りが行われている。

 だというのにその女はまっさらな手で侵入してきた。

 それが意味するところは、つまり。

 

「奴はこの都市内の工房に好き勝手出入りできるかもしれないってことだ。そうなると、イクサンだけじゃない、他の魔道具師たちも既に接触されている可能性がある」

「……!!」

 

『白い腕の女』は都市の人々を使って得体のしれない肉塊を作ろうとしていた。

 イクサンを使った試みは失敗した彼女だが、同じことを他の場所、他の魔道具師相手に行っていても何ら不思議ではない。

 

 当然衛兵たちが都市内部を詳しく調べているだろうが……あくまでテティアの守護者である彼らは個々の魔道具師たちの工房までは調べられない。

 

「そこで俺たちの出番というわけだ」

 

 リセツが机に置いてあった書類を指で叩いて、差し出してきた。

 

「ここに俺たちが管理している魔道具師たちの一覧がある。この全員の安否確認を急ぎ行う必要がある」

 

 記載されているのは異空間持ち――花芽以上の魔道具師たちの一覧である。

 その数は10名を超えている。流石は大都市テティア。異空間の数も多いのだろう。

 

「だが、万が一工房持ちが洗脳されていたら危険だろ? 普通の職員だけで行かせる訳にはいかねえ。そこで、俺たち特魔課の出番というわけだ」

「なるほど……つまり私は万が一の護衛役ということですね」

「そういうことだ。数日かかったがようやく五月蠅い上の許可が下りた」

 

 ようやく、エリンが何故呼び出されたかは理解した。

 そしてこれがエリンだけでなく魔法ギルド全体で当たらなければいけない緊急事態だということも。

 

「先に来たランドたちは他の職員と調査に向かっている。お前はこのロランとソフィアと一緒に向かってくれ」

「分かりました。でも、私だけで大丈夫でしょうか……?」

 

 先のイクサンとの戦いも、ヴァファルがいたから何とかなったのだ。

 エリン1人では対処ができるかどうか……。

 首をかしげるエリンに、リセツが笑って横に座るソフィアを指さした。

 

「安心しろ。こいつ、強えから」

「え?」

「こいつ、元『花芽』の冒険者」

「……そうなんですか?」

 

 思わず目を見開いてソフィアを見てしまった。

 第3級の『花芽』なら、先日共闘したネネロアたちと同じ等級――エリンよりも戦闘能力は数段上だということだ。

 

 彼女の外見はおっとりしていて優し気な大人の女性である。

 強者であることを隠そうともしないギルド長(レチシア)と比べて、強そうには見えないが……否定せずに微笑んでいるということは事実なのだろう。

 人は見た目では分からないものである。

 

「お前とソフィアがいれば大抵のことは何とかなるはずだ。よろしく頼むな」

「はい。……課長はどうするんですか?」

 

 てっきり着いてくるのかと思っていたが、違うらしい。

 

「俺は引き続き女の調査だ。あいつが何者なのか、急ぎ調べなきゃならない。お前らが見たっていう死者が動く魔法に、肉塊を作る魔法陣……間違いなくただの魔法使いじゃないからな」

 

 後は任せたと手を振って出ていくリセツを見送ってから、ソフィアが口を開いた。

 

「来てもらったばかりで申し訳ないんですが、装備の準備をして戻ってきてくださいね」

「わかりました!」

 

 先日の遺跡探索の際に、エリンの装備はギルド内に持ってきている。

 エリンは立ち上がって部屋を出ると、4階の特魔課装備保管場所へと走ったのだった。

 

 

***

 

 

 装備を整え戻ってくると、同じく装いを変えたソフィアと、そのままのロランが待っていた。

 ソフィアはいつもの受付嬢の制服から動きやすい衣服に着替えており、その上から革の胴着、さらにその上に厚手の外套を羽織っている。

 背には短槍を括り着けている。彼女はどうやら槍を使うらしい。

 後衛職でもないのかと、エリンは更に驚かされる。

 

「よし、では行きましょうか。ロランさん、最初はどこに?」

「はい。まずは時計職人のヤクトさんのところですね」

「時計職人?」

 

 聞いたことのない役職に首を傾げる。

 時計自体は一般的だが、職人が魔法ギルド所属だとは知らなかった。

 

「そうです。都市内の心臓部である各種ギルドや役所に設置された大時計の製作者。……要はこの都市の時間を司っているとも言える方ですね。等級は『花芽』です」

「はー、そんな魔道具師の方もいるんですね」

 

 テティアの一般的な家庭では振り子式の時計が使われる。

 場所によっては火魔法を使った火時計を使っているが、産業の発達した都市では近年振り子式のものが普及し始めている。

 

 動力は基本的に魔力を使わない絡繰り式。一般市民にとって魔石は補充が大変なのだ。

 その代わりギルドや城内に使用される大型の時計は絡繰りでは出力が足りず、動力に魔法を使っている。魔道具師たちが作っているのはそういった大型の時計の方だろう。

 

「ここのギルドの大時計も作ってもらってるんですよ。水流で振り子を動かしてるんです」

「へえ……あ、だから時々雨みたいな音がするんですね! 水漏れでもしてるのかと」

「そんなわけないじゃないですか……」

「あははは……」

 

 我らが魔法ギルドの通りに面する壁には、4階の更に上側に時計が設置され、道行く行商人や旅人たちに重宝されている。

 ちなみにそれを一番ありがたく思っているのは、窓口対応時間ギリギリの人たちだろう。

 

 彼らは、窓口へ急ぐあまり時々衝突事故を起こすのだ。 

 遠くから時間がわかれば、窓口にはもう間に合わないと諦めもつき、通行人たちとの衝突も防げる。実は都市の安全に一役買っているのであった。

 

「ほら、2人とも。雑談はそこまでですよ」

「はーい!」

 

 エリンたちはギルドの裏口を出て、外壁と建物の間に作られた中庭へと向かう。

 そこには石畳で作られた円形の広場があり、一番奥の一部分が腰の高さほどまでせり上がって台座のようになっている。

 

「ここは?」

「各種工房へ向かうための通用門です。あそこの台座に通行証を填めると、工房がある異空間へ繋がる門が出てくるんですよ」

「……そっか、ギルドには当然正規の入口がありますもんね」

 

 イクサンの工房へは本来あり得ない特殊な手段で入ってしまったエリンだったが、通常はここから入っていく様だ。

 

 早速向かいましょうと告げるロランに先導され、エリンたち3人がその円の上に立つとせり出した台座に通行証をはめ込んだ。

 途端に足元に魔法陣が現れる。

 

「わっ!?」

 

 円の広場にピッタリ嵌まるように広がった魔法陣が光を放つと同時。エリンの視界は一瞬で切り替わり、中庭から室内へと移動したのだった。

 

 ――相変わらず、異空間の移動は慣れないな……。

 

 明滅する視界に耐えながら、エリンは周囲を見渡した。

 草地と石の広間だった景色は、木目調の室内に変わっている。イクサンの工房は遺跡のような石造りだったが、この工房は違うようだ。

 

 肌に触れる空気も暖かなものに変わった。

 人が住んでいる場所なのだと、不思議と安堵を覚えるエリンであった。

 

「ヤクトさーん! いらっしゃいますかー!」

「はーい。少々お待ちを!」

 

 この工房は構造もイクサンのものとは異なるらしく、ゲートがあるのは4m四方くらいの小部屋で、目の前にある廊下は直角に折れ曲がり先の様子はわからない。

 だがロランの呼びかけに応える声とともに、ガチャガチャと何かが崩れる音が聞こえてくる。

 やはり通路の奥に本来の工房があるらしい。

 

「……大丈夫ですかね?」

「多分作業中だったのね。工房はどこもこんなものですよ? 学院の先生のお部屋は違いましたか?」

「……確かに、こんな感じでしたね」

 

 質問があって尋ねると大体何かの本の山が崩れて悲鳴を上げていた。任期の長い極まった人は見もせずに魔法で直していたっけ。

 何かに熱中する人間の部屋というのは得てしてこうなる宿命なのだろうか……。

 

「すみません、お待たせしました……って、わあ! こんなにたくさん……?」

 

 しばらく待っていると、あわただしい足音とともに、曲がり角から1人の男性が顔を出した。

 眼鏡をかけた兎獣人の男性で、服も体毛もふっくらとしていて、恐らくしばらく着替えてもいない様子が見て取れる。

 自身でもそのことを理解しているのか、部屋には入らずに曲がり角からこちらをのぞき込んでいる。

 むむ、とその真っ赤な――おそらく寝不足の目が細められる。

 

「あのあの、ギルドの方が3人も、どういった御用でしょう……」

「突然すみません。ギルドの視察です。設備の点検をしますので、中に入らせてください」

「ええ……急に困りますよう。今忙しくて……」

 

 困ったように告げるのは、単に忙しいのか、見た目通り数日まともに寝てなくて見た目や体臭がアレなのか、それとも入られては不味いのか。

 それを確かめるのが今のエリンたちの仕事である。

 ずい、とソフィアが前に出ると、受付で見せる美しい笑みを浮かべて口を開く。

 

「申し訳ありません。一斉点検ですので、問答無用で調べさせてもらいます。……それとも工房、剥奪されたいのですか?」

「うわあ、横暴だあ! わかりましたよう。でも、汚いのは許してくださいよ」

「ご心配なく、慣れてますので」

 

 一文字ずつはっきりと『問答無用』と告げるソフィアに気圧されて、ヤクトはどたばたと工房へとひき返していった。

 

「いいんですか? とっても驚いてましたけど……」

「緊急事態ですから、いいのです。さ、2人とも行きますよ?」

「「……はい」」

 

 ソフィアに逆らうのはやめようと、固く誓うエリンであった。

 その後を追って工房の中へと入ると、沢山の音がエリンを出迎える。

 

「うわあ……!!」

 

 カチカチと金属がぶつかる音や水流の音色。熱され湯気を出す薬缶の蒸気の音に、何より時計の針が刻む音――この工房は音に満ちているようだった。

 

「余計なところは触らないでくださいよー! 特にこの歯車はぜーったい、駄目ですから!」

 

 彼の言葉通り、部屋の中心には天井から巨大な歯車が吊るされている。

 ヤクトはその前に座り込んで作業をしているようだった。

 直径だけでエリン2人分はあろうかという大きさ。それが上下する鎖に巻かれてゆっくりと回転をしている。

 

「おっきいですね……これを作ってたんですね」

「はいー……。正確には領主から依頼されている時計塔の部品の修理ですう」

 

 一見何の問題もないように見えるが、なるほど近づいて見れば巨大歯車は歯の部分などが欠けていたり穴が開いているようで、彼はその修繕を行っているのだ。

 鎖で回しては止め、狂いなく時を刻むように補強をしたり欠けた刻印を修理したりしているらしい。

 

 刻印自体は錆防止と、歯車同士がぶつかる際に破損を防ぐための硬化の魔法が施されている。

 歯の数も膨大で、少しでも位置をずらせばその部分だけ欠けて、歪んでしまう。速度と精密さの両方が求められる大仕事なのがよくわかった。

 

「これをあと3つ、月内にやらないとダメなんです……」

「それは……大変ですね……」

 

 1つ直すだけでも1月丸々掛かってしまいそうだ。

 邪魔をして申し訳ないと思いつつ、仕事は果たさなければならない。ロランに場所を譲ると、彼は鞄から書類を取り出し、ヤクトの横へ屈みこんだ。

 

「ヤクトさん、いくつか質問をさせてもらっていいですか?」

「はあ、それも問答無用でしょう……。作業しながらで良ければどうぞー」

「ありがとうございます。まずは――」

 

 それからロランとソフィアが話を聞き、暇になったエリンはかちかちと時計の刻む音色を楽しみながら、工房の中をゆっくりと見て回った。

 

 しばらくすると話が終わったらしく、2人が互いを見て頷いていた。

 どうやら彼は問題なしと判断された様だ。

 

「ありがとうございます。これでお伺いしたいことは全てです」

「はあ……。あの、結局なんなんですかあ? 点検、してないじゃないですかあ」

「実は、先日別の工房で事件が起きまして……」

 

 今度はソフィアが先日のイクサンの事件について話した。時間がないので、概要だけだが。

 それでも十分衝撃的だったらしく、ヤクトは作業を放り出して耳を傾け、最後は両手を挙げて驚いていた。

 

「まあなんと! そんなことが……!!」

「はい。ですのでしばらくはギルド員以外は工房に入れないようにお願いいたします。それと、その犯人は工房内に侵入してくる恐れがあります。ですので、何かしらの防護策を……」

「ああはいはい。そこは大丈夫ですよお。あの入口、僕の許可がなければ通れないので。他にも防御策は講じてますからあ」

 

 そう告げた途端、あれだけ鳴っていた時計の音が止まる。

 

「え……?」

 

 なんとなしに時計の1つを眺めていたエリンは動きを止めた文字盤が淡く光ったのに気がつく。

 

 ――これ、魔法陣が仕込まれてる……?

 

 ひょっとして、工房内に幾つも置かれた時計たちは全部……。

 ゾッとするエリンを余所に、再び時計たちが動き始めた。

 

「無用な心配でしたね。失礼しました」

「いえいえ、開花の方がやられたなら当然の心配ですよぉ」

 

 のほほんとしていながらも、そこは工房持ちの魔道具師。油断さえしなければ自分の身は守れそうだ。 

 その後、いくつか言葉を交わしてから、エリンたちは工房を後にした。

 

「では、失礼いたしました」

「見回り頑張ってくださいねえー」

 

 入った場所に立ち、台座にはめ込んでいた通行証を抜き取ると、元の中庭へと戻った。

 

「……とまあ、このようにして各工房を回っていきますよ」

「なるほど……!」

「我々の分担はあと3つ。どんどん行きましょう」

 

 ロランが新たな通行証をはめ込んで、次の工房へと繋いだ。

 

 

 

 そうして、エリンたちは更に2つの工房を回り、最後の――4つ目の工房へと向かうことに。

 

「次で最後ですね。最後はどなたなんですか?」

「『開花』の魔道具師、カルマン様ですね。北西部の溶鉱炉などの刻印を製作されている方ですよ」

「へー! 溶鉱炉なら先日見ましたよ。あんな大型なものを……凄いですね」

「ふふ、都市には不可欠なお方ですよ。魔道具師の方はみんなそうですけれど」

「……そうですね」

 

 寂しそうに笑って、ロランが頷いた。

 エリンは詳しくは知らないが、イクサンもきっとそうだったのだろう。

 一瞬沈んでしまった空気を、ソフィアが手を叩いて切り替える。

 

「さあ、ロラン。お願いしますね」

「は、はい。……行きます」

 

 顔を振って、ロランは最後の通行証を填め込んだ。

 だが――。

 

「何も、起きませんね?」

「そうですね……ロラン?」

「……駄目です。反応がありません」

 

 何度か抜いては差してを繰り返しているが、やはり何も起こらずに首を横に振った。

 

「故障ということはないですよね?」

「つい今まで使えてたんですから、それはないでしょう。一応予備の通行証も試してみましたが、同じですね」

「と、いうことは……カルマンさんの工房が狙われている……?」

 

 互いの顔を見合わせて、ソフィアが大きくため息を吐いた。

 

「やっぱり他の場所も狙われていましたか」

「ロランさん、他に工房に行くための手段は?」

「緊急用のゲートがあります。イクサンの時はそれを使ったと聞いています」

「じゃあそれを……」

「エリンさん、ちょっと待って」

 

 突入しようとしたエリンを、ソフィアが穏やかな声で止める。

 

「恐らく彼の工房に目的の敵か、その仲間がいるでしょう。それが分かっている場所に、わざわざ少人数で突っ込む理由はありませんよ?」

「あっ、そうですね……すみません、焦りました」

 

 もし入った瞬間に魔法の嵐を叩きこまれれば、エリンでも避けることは不可能だ。

 いくら緊急事態でも気軽に乗り込んでいい場所ではないのだ。

 

「ふふ、その心意気だけで充分ですよ。さあ、準備をしましょう? 確実に不届き物を始末するために、ね?」

「「は、はい……」」

 

 やはりこの人怖いな……と、震えるエリンであった。

 

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