王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第31話 もう1つの特認魔術②

 

 

 

 エリンたちが魔道具師の工房を調査している頃、リセツは冒険者ギルドにいた。

 対魔課の居室にやってきた彼を1人、書類作業をしていたセロスが出迎える。

 

「遅いぞ」

 

 そう告げる彼の皺の目元はひどく黒ずんでいる。長い事寝てないのだろう。

 魔法に関することだけを調査するリセツとは違い、彼ら対魔課は都市内の様々な事件の調査・対応に当たっている。『白い腕の女』は最優先事項だろうが、もちろん他の事件を投げ出すわけにもいかない……要は、忙しいのだ。

 

「悪い悪い。ちょっと仕事があってな。で、尋問は?」

「もう済んだ。そこ座れ」

 

 向かいの席を指示されたので腰かける。

 眉間を強く抑えてから、セロスが纏めていた資料の1つを差し出した。

 それを捲りながら、リセツが待ちきれないという風に尋ねる。

 

「んで、どうよ。やっぱり北東だったか?」

「ああ。お前らが捕まえた盗掘者3人組も北東の元傭兵だった。そいつらを引き連れていた冒険者も元々北東を拠点にしていたそうだな?」

「ギルド証が本物ならな」

「『花芽』の冒険者が確認したのだろう? なら大丈夫だ」

「……まあ、いくらなんでも偽造する技術もねえか」

 

 もしできるというのなら、それはもうギルド職員でどうこうできる問題ではない。

 お手上げだお手上げ、と笑いながら、リセツはそして、と言葉を続ける。

 

「その前の密輸入商人も北東を拠点にしていた、と。こりゃもう確定でいいだろ?」

「そうだな。今回の騒動の元凶――『白い腕の女』は北東の戦乱にいた奴で間違いない」

「戦争が終わって化け物が解き放たれた、か……めんどくせえ」

 

 少し前に終結した北東の戦乱は、資源に富む『雪原の国』と領土に富む『荒地の国』を中心に巻き起こり、そこにかつて存在した旧国家の残党やら傭兵団やらが入り混じって泥沼化していた。

 それは踏み荒らされ雪と土壌が混ざった土壌だけでなく、人々の倫理感すらどろどろに溶けて崩れた。

 その結果、違法魔道具なんて鼻で笑えるほどの禁忌が生まれたということだ。

 

「奴の侵入経路も分かった。北東の国境にある検問所の衛兵が全滅していた。恐らく殺してから操って検問所を通ったのだろう」

 

 イクサンの時も狐男の時も、彼らは意識か身体のどちらか、あるいは両方を『白い腕の女』に操作されていた節がある。

 それが可能ならば検問所など大した障害ではなかったのだろう。

 本当に、魔法という力は信じられないほどに凶悪である。

 

「無茶苦茶しやがるな。で、そっから先は?」

「道中の集落が1つ落とされている。そこの住人は全滅だ。それに……」

「それに?」

「複数の冒険者の行方がわかっていない。全員、北東方面の遺跡や依頼に向かった者たちだ」

「……無差別すぎるだろ」

 

 普通の犯罪者なら、こういった過程の犯罪はもっと綺麗に隠す筈。

 そうしないということは、自身の存在と計画がバレても構わないということ。後先のことを考えてないということだ。

 

「ああ。もう搦め手を使うのはやめる様だ。……危険だぞ? そういう犯罪者は」

「結局、あれは何者なんだ? こっちの伝手は全滅だった。少なくとも指名手配された魔法使いでは無かったぜ」

「それについてだが――」

 

 リセツの問いにセロスがもう1枚の資料――北東の地図を机の上に放り出すと、そのうちの1点を指で叩いた。

 

「北東地方でも最北端に位置する小国コルタ。報酬次第で2勢力のどちらにも属する戦争屋だ。ここの兵士は『良く働き、良く死ぬ』と評判だったらしい」

「それ評判なのか?」

 

 どう聞いても悪評だが。

 

「そうか? 人口数万程度の国が、10年以上続いた戦乱の末期まで兵士が尽きなかったそうだぞ?」

「……戦いに消極的だったとか?」

「撤退戦の殿や、本隊のための囮役といった『死に役』を喜んで引き受け、生きて帰ってくる……文字通り死を恐れない悪夢の傭兵部隊として大人気だったようだ」

「……」

「これが簡単には殺せない精鋭というなら話は簡単なんだがな」

 

 そんなこと一切考えていないだろうに、セロスが薄ら笑って呟く。

 つまり、そういうことか?とリセツは頭を掻きむしる。

 

「『死んだ筈の部隊が現れた』『いくら殺しても敵兵が現れ続ける』……戦場ではよく起きる世迷言だが、このコルタではそれが言葉通りの事実だったってことか?」

 

 イクサンという魔道具師の末路は2人も既に聞いている。

 ついさっきまで生きていた人間が死体に変じた。否、死体だった筈の人間が生きていた。  それと同じことが、北東戦線では起きていたと考えていい。

 

「いくらやられても立ち上がる不屈の兵士ではなく、死んだ兵士を無理やり動かしていたということだな。……恐ろしい魔法だ」

「そりゃ人体実験し放題だろうからな! 死体を動かす魔法くらい生まれちまうわな!」

 

 勝てば正義の戦争、特に倫理観がすっかり溶けて消えた長期化した戦場において、本来禁忌とされる魔法や技術は積極的に取り入れられる。

 それが負けている側なら尚更だ。

 

『白い腕の女』が生きてこのテティアまでやってきたということは、負けた側の人間であり、戦乱が終わる直前に逃亡したのだろう。両陣営に協力していた小国コルタは、最後につく方を間違えたのだ。

 

 いや、もしかしたら勝者側に汚点として存在を抹消されかけた可能性もあるだろう。

 死体を操る勢力を、一時的とはいえ平和を築こうとする地域の覇者が許すはずもない。

 

 どちらにせよ、小国コルタの中枢にいた『白い腕の女』は戦争が終わる直前に慌てて逃げ出してきたのだろう。

 そして中央に逃れた彼女は次なる活動の場にこのテティアを選んだという訳である。まったくもって迷惑な話だ。

 

「つまり、こいつは既に死んだ女ってわけだ。帰る場所も生きる意味もなく、てめえの研究だけが目的になっている愉快犯。そういう奴は、なんでもしやがるからな……」

 

 事実、分かっているだけで既に2つの事件を引き起こしている。

 ただの個人がこの大都市(テティア)で犯罪を起こすのは自殺行為以外の何物でもない。

 ここは4大都市全てが交わる交差地点。そこでこんな大規模事件を起こした犯人は、大陸全てを敵に回す。

 それが出来るのは何も考えてない阿呆か、何も気にしない愉快犯だけだろう。

 

「今、冒険者ギルドと国の混成部隊が北東に向かって情報を集めているが、流石に直ぐに集まるわけではない。奴が直ぐに行動を起こすなら間に合わない可能性が高いな」

 

 イクサンの事件から数日、奴は準備に時間を使っている。

 周囲の冒険者たちに襲い掛かり、何かを用意しようとしているのだ。

 それは一体何なのか。

 

「何をしでかすつもりなのか……」

「……その、奴の目的についてなんだが」

「ん? どうした?」

 

 煮え切らない様子のセロスに珍しいと首を傾げる。

 彼は苦虫を嚙み潰したような表情で逡巡してから、口を開いた。

 

「先行している調査部隊の報告に奇妙なものがあってな。元兵士が話していたらしいんだが……『コルタは天枝を作ろうとしている』、と」

「……古代種をか? どうやって?」

 

 現代の生物が生まれる前にこの世界を支配していたとされる古代種三族。

 その姿を見たものはいないし、当然その作り方なんてものが存在する筈がない。

 

「それがわかれば苦労はしない。だが、ただ死体を動かすのが目的でもなさそうだ」

「……厄介だな。だが、今は何もできそうにねぇな」

 

 なにせ奴の潜伏場所すらわかってないのだから。

 溜息とともにリセツは立ち上がった。

 

「引き続き調査頼むわ」

「ああ。……魔法ギルドは何を?」

「工房の調査だ。イクサン以外の工房がやられてないか急ぎ調べてる」

「なるほど。可能性は十分高いな」

「ああ。間違いなくどこかはやられてるし、その工房を使って何かやってる筈だ。でなきゃわざわざ魔法ギルドの魔道具師なんて襲わねえよ」

 

 魔道具を盗み出し、次は工房持ちの魔道具師を狙った。

 明らかに何らかの手順を辿るように奴は事件を起こしている。

 

「計画的だな。愉快犯なんじゃなかったか?」

「研究が目的の、だ」

 

 死体を動かす魔法を編み出して戦争で使っている奴の目的なんて、間違いなく碌なものではない。

 当然わかって言っているセロスも、鼻で笑って頷いた。

 

「情報が来次第報告する」

「頼む。こっちもわかったら連絡する……あん?」

 

 言葉の途中で、2人の視線が部屋の扉へと向かう。

 慌ただしく駆け込んでくる音ともに、冒険者ギルドの職員が入ってきた。

 禿頭の筋骨隆々のその男性は、青い顔で叫んだ。

 

「セロスさん、そ、外が……!!」

 

 顔を見合わせてから、2人は外へと飛び出した。

 

 

*** 

 

 

 エリンたちは他の班が集まるのを待って、カルマンの工房について報告を行った。

 

 他の班に振り分けられていたのはリセツを除いた特魔課全員に、あとはロランの同僚だという魔道具師窓口の職員たちである。

 彼らはそれぞれ担当の工房の調査を終え、中庭に集合してギルド長レチシアへとその結果を報告していった。その結果は――。

 

「――ふむ。異変が見つかったのはカルマンの工房、1ヶ所だけか」

 

 結局、他の班の点検では異常は見つからなかったようだ。

 

「少ないと喜ぶべきか……悩ましいところだな」

「また被害者が出たわけですからねえ。とはいえ、これで最後になる筈です」

「うむ。……諸君、よく聞いてくれ。これから特魔課とそしてソフィアで突入をしてもらう」

「……!!」

 

 レチシアの言葉に、場にいた全員に緊張が走る。

 今はエリン含めて、特魔課とソフィアは全員が完全武装で中庭へと集合している。

 これからこの全員でカルマンの工房へと向かうことになる。

 

「だが忘れるな。君らだけで解決する必要はない。無理と分かればすぐに撤退するように」

「――はい!」

「リセツがいないため、指揮に関してはソフィアに任せる。皆、彼女の指示に従うように」

「了解!」

 

 リセツは調査のために引き続き不在。

 ただその代わりに今回はタナウが同行する。

 

「……タナウさんも行くんですね?」

 

 いつもは窓口対応のために待機するか、来ても事務的な対応しか行わない彼女だが、今回はそういったものはない戦闘目的の突入だ。

 つまりは彼女も戦うのだろうが――。 

 

「ええ。異空間の中なら私も少しなら魔法を使うことは許されるの。だから、戦える」

「でも、何も持ってませんけど……」

 

 そんなタナウは唯一何も持っていない身軽な姿。

 強いて言えば腰に硝子筒(ボトル)をいくつか括り着けているだけ。

 

「ん、大丈夫。私にはこれがある」

 

 そう言って、彼女は腕をぐっと構えた。

 アズールと大して変わらない細腕を。

 

「……ええと……頑張りましょうね」

「ええ、任せなさい」

 

 自信満々に頷いているタナウである。

 ……大丈夫なのか?と思いつつ、誰も何も言わないので問題ないのだろうと黙っていることにするエリンであった。

 

 

 

「皆さん、お気をつけて……!!」

「いってきまーす!」

 

 ロランたち職員に見送られながら、先ほどまでと同じように石の台座の上に立つ。

 通行証を持つソフィアを先頭に、その左右にランドルフとタナウが並び、その後ろにエリンとアズール。

 

 前衛が3人もいるため、エリンは弓を手にしている。

 横のアズールはいつもの魔道杖を抱えているが、その手は震えているようであった。

 

「あらアズール、怖いの? さっきの挨拶は虚勢かしら?」

「そりゃあ怖いよ! でも、大丈夫……!!」

 

 ほっほっ、と身体を上下させながら、アズールは自分に気合を入れている。

 

「ウチもやるときはやるんだからね!」

「ふっ、その意気よ。何かあったら私の後ろにいなさい」

「さっすがタナさん……!! 頼りにしてるよ」

 

 一方のタナウはまるで緊張していない自然体。

 まるで真逆の様子の2人に、エリンは思わず笑みが漏れてしまった。

 これから戦いに行くとはとてもじゃないが思えない雰囲気だ。

 

「ちょっとエリンちゃん、笑わないで!」

「ごめんなさい、つい……」

「皆さん、雑談はそこまでです。準備はいいですね?」

「「はーい」」

 

 全員が頷くのを確かめてから、ソフィアが通行証を填めこみ、緊急用のゲートを開いた。

 途端に視界が切り替わり、石造りの広い空間へと移動する。

 

「――さて、何が出るのやら」

 

 そう呟くタナウの声が途中から響いて聞こえる。屋外から工房内――室内へと移動したのだ。

 

 炉を作る工房だからだろうか、カルマンの異空間は反対側の壁が見えない程に広い空間であった。

 見えている範囲でも材料なのだろう石材や金属片の積まれた一角があり、天井からはそれらを運搬する用の吊るし(クレーン)も設置されている。

 だが、『工房』と表現できるのはそれくらい。

 

 他の、本来工房を構成していた筈のものは散々に壊され、あたり一面に瓦礫や鉄屑やらが散らばっていて部屋らしい物が殆どない。

 辺りには鼻を衝く嫌な臭いが漂い、ランドルフが短い嗚咽をあげた。

 

「……臭いますね。焦げた臭いに、刺激臭……長居は禁物かもしれません」

「それだけじゃない。誰かいますよ」

 

 先頭のソフィアが睨みつける先。瓦礫の中に巨大な人影が立っていた。

 目元以外を外套で隠したその巨体は、先日遺跡で遭遇したレヴンと呼ばれていた冒険者。

 

「あなたは……!!」

「……」

 

 相変わらず全く言葉を発しない彼が、エリンたちを認めると右手を挙げた。

 まさかの挨拶?と疑ったその瞬間、足元に広がっていた魔法陣が突如消失し、視界が1段暗くなる。

 

「――あっ!? 魔法陣が!!」

「どういうこと……? アズール?」

「……緊急用のゲートが閉じられちゃったみたい。閉じ込められたよ!」

 

 目を光らせて足元を見たアズールの言葉に、全員に緊張が走る。

 待ち構えていたレヴンによって、こちらの緊急用ゲートが閉じられた……つまりこの襲撃は予測されていたということだ。

 そしてまんまとやってきたエリンたちは、思惑通りに捕まってしまっている。

 

「これは……ちょっと、まずいですかね?」

 

 ソフィアが気まずそうに呟いたが、その声に応えたのは我々の誰でもなかった。

 

「――ようこそ、いらっしゃいました」

 

 凛、とした女の声が響いたかと思うと、レヴンの背後から小さな人影が躍り出る。

 濡れ羽色の黒髪をした、やけに妖艶な女性であった。

 鮮やかな赤の衣服を身にまとい、髪には様々に光る珠の髪飾りを差している。

 唇も真っ赤に濡れ、ただし肌だけはやけに白くて薄暗い工房内に浮かび上がる。

 

「……あれが、白い腕の女?」

 

 アズールの囁く声にハッと気づいて、彼女の腕を見る。

 緩やかに膨らんだ、奇妙な形の袖から覗く白い右腕には、確かに何も着いてはいなかった。

 女は視線に気が付いたのか、にっこりと微笑んでからわざわざ右腕をこちらへと向けて振ってくる。

 

「そうですよ。私が、お探しの女ですよ」

「……舐めた女ね」

「聞こえてますよー?」

 

 吐き捨てるようにタナウが呟くが、女は頬を膨らませて反応する。

 そのわざとらしい程に幼い態度にころころと変わる表情。

 会ったばかりだというのに、胡散臭さの塊のような(ひと)だ。そう思ったのはエリンだけではないだろう。

 女は「もう」と腰に手を当てながらこちらを可愛らしい目で睨む。甘えたようなその仕草だが、エリンたちをこの状況に追い込んでるのは他ならない彼女なのだ。

 

「舐めてるのはそちらでしょ? なんにも考えずにこんなところまで来るんですから。……だから、こうなる」

 

 ぱん、と女が手を鳴らすと彼女の真横に巨大な魔法陣が現れ、それは真っ黒な大穴を開く。

 恐らくは彼女が持つこことは別の異空間へのゲートだろう。彼女はそこへと近づいていく――逃げるつもりだ。

 つまりは、この工房はただエリンたちをおびき寄せるためだけに奪ったということ。

 まんまと罠にかかったエリンたちを見て、女は妖艶に嗤う。

 

「あの魔道具師も運び屋も捕らえて、皆さんは私の計画の邪魔ばっかり。ですから、ここで消えてもらいましょう。我が子らとたっぷり遊んでくださいね? その間に、テティアは私が平らげさせていただきますから」

「――待ちなさい! そんなこと……!!」

「さよならー」

 

 ソフィアの叫びも空しく、女は異空間へと消えてしまった。

 咄嗟に飛び出そうとしたエリンだったが、ランドルフに腕を掴んで止められてしまった。

 

「危険です。あの男はもう臨戦態勢に入っています」

 

 彼はずっと、立ちふさがるレヴンを見つめていた。

 いつの間にか彼は背負っていた剣に手をかけており、誰かが通っていれば問答無用で両断していただろう。

 洞窟で出会った時とは違って、彼は明確な意思を持った瞳でこちらを睨みつけている。

 

「……全員、殺す」

 

 物騒な言葉を呟いて、レヴンは剣を引き抜いた。

 分厚い、エリンの胴体程の幅のあるその剣は何故だか血に汚れ、赤黒く鈍い輝きを放っている。

 

 あの『白い腕の女』の目的は、やはり都市で何らかの行動を起こすこと。

 そしてそれに邪魔な特魔課の人員をこの工房内に閉じ込め、殺すつもりらしい。

 

 ――急いでここを出ないと……!!

 

 だがそれを目の前のレヴンが邪魔をする。

 

 封鎖された異空間からの出方がそもそもわからないのに、彼を倒さなければその方法を調べることすら叶わない。

 目の前の巨躯の男は、女の用意した門番であり処刑人なのだ。そしてその力をエリンはよく知っている。

 

「気を付けてください。あの男、とんでもなく力が強いです。まともに攻撃を受けたら危険です」

「無茶言いますね……。ですが、わかりました」

「てか1人でしょ? ならさっさと倒しちゃおうよ! 魔道杖で拘束するからさ」

「あなた、そういうことを言うと――」

 

 タナウが言い切る直前。レヴンの背後に光が浮かび上がる。

 彼の背後にあった瓦礫の塊だと思っていたものが、光を放ち起き上がったのだ。

 影はゆっくりとその姿を伸ばしていき――巨大なレヴンの更に倍はある巨影に変わった。

 

「1人じゃ、ないみたいですね……」

「てか『人』じゃないでしょ!? なにあれ!?」

 

 アズールの悲鳴が響く中、巨影がゆっくりとこちらへと近づいてきて、その全貌を現した。

 

「……は?」

「いや、マジでなにあれ……」

 

 それは、肉の塊であった。

 小さな山のような姿をした、見上げるほどの肉の集合体。こちらに見せる『腹』は仄かに透き通り光を帯びて、赤黒く脈動している。

『背』は詳しく見えないが毛皮のようなものを纏っており、それらはひだのように揺らめき広がっている。

 

 そして何よりおぞましいのは、その背と腹の境界部から無数に生える腕だ。

 巨大な体躯にしてはやけに小さく短い、虫の節足のようなその腕は、各々がきらめく光を放っている。

 薄暗い工房内で『あれ』の輪郭を認識できたのも、腕が放つ光があったからである。

 

 ただでさえ厄介なレヴンに加えて、正体不明の巨大生物。

 一体どうやって突破すればいいのか、全員が瞬時に思考を巡らせる中、怪物の観察を続けていたアズールが口を開いた。

 

「……? ちょっと待って、あの腕……」

 

 アズールが何かに気づき、目に光を灯す。

 彼女の魔眼の能力の1つ。『遠視』。

 それは遠くに見える腕を正確に捉えて映し出す。

 瞬間、アズールの身体がぶるりと震えた。

 

「……エリンちゃん、見える?」

「はい、何とか」

「……あれ、本物かな」

「……っ、おそらくは」

 

 薄暗くて完全には見えないが、目の良いエリンにも見ることができた。

 だが、『あれ』が何かを正確に理解できたかと言われれば怪しいが。

 

「ちょっと、何が見えてるんです!?」

「えっとね……」

 

 焦るソフィアの声に、震えたままのアズールが応える。

 先ほどまでの緊張による震えではない。エリンも身体の奥底が震えるのを感じた。

 それは、生理的な嫌悪。あんなものが存在していい筈がないという怒りでもあっただろう。

 だって、あれは――。

 

「あの腕、多分、人の」

「人……? え……? 人の腕って言ったんですか!?」

「うん。だって、あの腕全部、『魔法輪』がついてる」

「な……っ」

 

 化け物に生えている腕は小さく細い。それもそのはず。あれはその全てが魔法輪を着けた、元々は誰かの腕だったもの。

 だからあの怪物の腕は全てが()()なのだ。

 小さな山型の体躯に、腕を幾つも生やした肉の流動体。

 その頂点に、怪しく目のように光が2つ灯った。

 

「目が生えましたよ!?」

「つまり、あれは生き物ということなのでしょう……信じられませんがな」

「生き物!? あれが!?」

「他に考えられますまい。何せあの女は魔法で死体を動かしたのです。その効果は、人型でなくても構わないのでしょう」

 

 つまり死体でなくても、肉であればあの女は操ることができるということだ。

 イクサンを操って肉塊を作ろうとしていたのは、ひょっとしてこの化け物を作るため……?

 いや、それならもう目的は達成されている筈だ。都市を襲う理由としては弱い。

 ならば――。

 

「これよりもっと危険な何かを作ろうとしている……?」

 

 電撃のような閃きに身体が震える。

 あの女は都市を平らげると言って消えていった。

 イクサンの時は都市の一部だけだったが、今回は都市全体を飲み込むとしたら、一体どんな化け物が生み出されるというのか。

 

「皆さん、急いで脱出を――」

「来ますよ!!」

 

 エリンの言葉を掻き消すようにソフィアの叫びが響き渡った。

 驚き前を見つめると、怪物の10を超える腕から眩い光とともに、同じ数の魔法陣が現れた。

 

「……やばっ」

 

 ――魔法輪の特性、その1。

 

 この腕輪を身に着けたものは、設定された魔法を詠唱なく使用することができる。

 つまり、複数の腕を持ち、その全てに魔法輪を着ければ――?

 同時に上級魔法を放てる怪物の出来上がりである。

 

「全員、散って下さい!!」

「アズール!!」

 

 ソフィアの号令と、ランドルフがアズールを抱きかかえるのと同時。

 エリンたちのいた場所へと、10を超える魔法の砲撃が放たれた。

 

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