王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

32 / 40
第32話 もう1つの特認魔術③

 

 

 異空間の工房に閉じ込められたエリンたちは、『白い腕の女』が用意した罠に嵌められた。

 

 待ち受けていたのは巨躯の怪力剣士レヴンに、正体不明の巨大な肉塊。

 エリンたちは知らないが、『白い腕の女』はこの蠢く肉塊を『肉団子』と呼んでいた。

 

 ぶよぶよの肉の流動体に毛皮を纏い、無数の人の腕を生やしたこの異形は、魔法輪に刻まれた魔術をただひたすらに放ち続ける動く砲台と化している。

 

 火に水に風に雷――人に許されたありとあらゆる属性の魔法がエリンたちへと殺到した。

 

「うわわわわー!?」

「黙っててください!!」

 

 四散し魔法を回避していく中、ランドルフに抱えられたアズールの悲鳴だけが響き渡る。

 エリンは背面の入口側に積まれていた金属片の裏へと滑り込んで難を逃れるが、直後炎弾の直撃を受けて視界が赤く染まった。

 

「――――っ!?」

 

 金属塊越しにも僅かな熱波が飛んでくる。

 威力は中級魔法だろう。上級だったら壁ごと吹き飛ばされていた筈。

 

 数十秒の後、熱が消えたのを見計らって顔を出すと、全身から煙を漂わせる『肉団子』の姿があった。

 

『――――』

 

 呆然と佇むその巨影を見つめながら、エリンはふと思い至る。

 

 ――もしかして、ずっと連射はできない?

 

 避けられたから掃射を止めた……なんて思考があの肉塊にできるようにも思えない。

 大量に魔法輪を着けていても、魔力自体は無尽蔵ではなさそうだ。

 ならばまだ戦いようはあるが……。

 

 ――皆は無事?

 

 そのまま視線を振って辺りを見渡すが、他の仲間の姿は見えない。

 一瞬どきりとするが、直ぐに皆自分と同じように退避したのだと気が付く。

肉団子(あれ)』の魔法は確かに凶悪だが、中級魔法なら身体が消し飛ぶ程ではない。直撃を受けていたら倒れている筈だ。

 

『――皆さん、聞こえますか? ソフィアです』

 

 ふと、耳元に囁く声が響いた。

 驚いて再び周囲を見渡すも、エリンのそばには誰もいない。

 

『【遠話】の魔法で私の声を届けています。一方的な会話になりますが、無いよりましでしょう。私が見て分かったことを急ぎ伝えます』

 

 ギルド側で魔法が使えるのはソフィアのみ。

 一方通行の会話を聞くしかない。

 

『私はあの化け物の後方の瓦礫の陰におり、背後からあれを観察しています。どうやら、あの巨大な化け物は背面に腕はついていないようです。分厚そうな皮で覆われていて、後ろにまでは魔法は飛んできていません』

 

 つまり逃げるならばあれの背後へ……否、それだけでは足りない。

 案の定、「ただ――」とソフィアが続ける。

 

『その分前面に立てば無数の砲撃が襲い掛かりますし、撃ち続けられた状態でもし回転されれば、背後も無事では済まないでしょう』

 

 被弾覚悟で腹を壊すか、手間をかけて背の皮をぶち破るかの2択というわけだ。

 今の指揮官はソフィアである。決めるのは彼女だが……。

 少しの呼吸の後、はっきりとした彼女の声が響いてきた。

 

『誰かが囮となってあの化け物を引きつけ、その間に他の全員であの化け物を背から攻撃し撃滅する。……それしか手はないと思います』

「……うん。そうだね、それしかない」

 

 囁くように呟いて、エリンは誰にも見えない同意の頷きを返した。

 そしてそれに適任なのは――。

 

「……行きます!」

 

 頬を2回叩き、エリンは工房中に響く声量で叫んでから、弓を手に瓦礫を飛び越えた。

 すぐさま矢を引き絞り、化け物へと放つ。

 ぶよぶよの腹に矢は深く突き刺さり尾羽の部分まで埋もれる。

 やはり、あの腹の肉は柔らかい。

 皮さえ何とかできれば破壊は容易な筈だ。

 

『あれ』に痛覚があるのかは不明だが、矢程度では大した損傷にはならないだろう。

 だが、注意を引くことはできた。

 

『――――』

 

 山のような巨体がエリンの方へと向く。

 既に充填は済んだのだろう。

 再び『肉団子』が蠢き、その照準をエリンに合わせた。

 

 ――私なら、できる。やってみせる。

 

 幸い魔法を避けるのは、ユラリアで慣れている。

 ……この数は、流石に初めてだけれど。それでも、不可能ではない。

 

 輝く無数の魔法輪を見つめながら、エリンは笑みを浮かべた。

 そのまま『肉団子』が魔法を放つ、その直前――。

 

「――殺す」

「……あっ」

 

 それよりも早く飛び込んできたのはレヴンであった。しまった、すっかり忘れていた。

 今エリンは弓を持ったまま、彼の剣は防げない。

 

 ――まずいっ……!!

 

 レヴンは血に塗れた剣を振り上げ、そのままエリンを両断しようと振り下ろし――。

 

「――ふっ」

 

 だがそれは更に躍り出た影に阻まれた。

 エリンと変わらない体躯のその姿は――。

 

「タナウさん!」

「あなた、こいつのこと忘れてたでしょ。剣は抜いておきなさい」

 

 彼女は変わらない軽装のまま、腕の1本で剣を受け止めていたのだった。

 ……腕で!? どうやって!?

 

「だ、大丈夫なんですか……?」

「ん? 知らないの? 妖精は頑丈なのよ」

 

 一般に妖精は身体的に()()な種族とみなされることが多い。

 それは、彼らが人間や獣人と違い、魔力で編まれた魔力体を持っているからだ。

 

 魔力体は肥大化しない。つまり妖精は獣人の様な分厚い筋肉を持たず、細身の体系であることが殆どだ。

 そして、妖精たちは『妖精魔法』と呼ばれる自然を操る術で戦うため、自身の身体を使って戦うということがない――と言われている。

 

 故に人間の魔導士――要は後衛職と同じように、肉弾戦に持ち込めば倒せると思われがちなのだ。

 だが事実はその真逆。

 特に強力な妖精の魔力体は、生半可な武器では切り裂けないほどに『強固』なのだ。

 それこそ獣人の上位陣相手に肉弾戦を繰り広げられる程の。

 

 自身の剣が生身の腕に止められたレヴンは、驚き目を見開いている。

 

「お前、なんだ……?」

「事務員よ。話の邪魔だから、ちょっとどいてて」

 

 軽くそう告げて、タナウの細い足がレヴンを蹴り飛ばす。

 エリンの目にも霞んで見えたその一撃を受け、すさまじい勢いで大男は真右へと吹き飛んでいった。

 巨体が瓦礫に激突し、轟音を響かせている。

 

「うそぉ……」

 

 水妖精タナウ。

 普段は妖精魔法の使用を制限されている故に事務員や連絡係に徹しているが、実は特魔課では最強の身体能力を誇る武闘家であった。

 

「こいつは任せて。エリンは、あっち」

「は、はい」

『――――!!』

「うわわっ!?」

 

 タナウが跳んで行った直後、待っていたように『肉団子』が光りを放つ。

 あまりの衝撃に驚きだったが、切り替えなければ!

 今度こそ、エリンは魔法の砲撃に晒されるのであった。

 

 

 

***

 

 

 突如始まったエリンへの砲撃の余波に耐えながら、ソフィアは必死に状況を整理していた。

 

「――ソフィアさん!」

 

 真横に大きな影が滑り込んでくる。

 アズールを抱えたランドルフだ。

 

「良かった。2人ともご無事でしたか」

 

 アズールは目を回しているようだが。

 

「ええ。……この次の作戦はありますか?」

「はい」

 

 エリンが怪物を、タナウがレヴンを相手してくれている今、残ったこの3人であの怪物を殺す算段をつけねばならない。

 

「エリンさんが引き付けている間に背中からあの化け物を破壊します、以上!」

「まあ、他にありませんね……念のため聞きますが、あれに見覚えは?」

 

 巨大生物を指さしてランドルフが問う。

 自分はあんなもの見たこともないが、冒険者で名を馳せていたソフィアなら知っているかもと尋ねてみたが、残念ながら彼女も首を横に振った。

 

「あるわけありません」

「そうですか……。恐らく、あれはイクサン同様再生能力を持ちます。下手をすればレヴンという男のほうも」

「……!! では、長引かせるのは危険ですね」

 

 ランドルフはイクサンとの戦いの全てを見ていたわけではないが、彼の右手を炎で焼いていた時も、僅かに肉が再生しているのを確認している。

 あの再生の原理は不明だが、間違いなく体力・持久力の面では向こうが上だろう。

 対策をしなければこちらがやられる。故に――。

 

「アズール!」

「はい!」

 

 ようやく復活し、ビシッと手を挙げた彼女にもう震えは見られない。

 特魔課で唯一、来歴的に戦闘経験の乏しいアズールだが、幸か不幸かこの課に来てから戦いに触れることが増えている。

 この状況にももう、怯えはなさそうだ。

 

「あなたはここで観察を。手を出すのはギリギリまで待って、全力でこの部屋からの脱出方法を探ってください。また可能なら、あれの弱点も」

「了解ー!」

「ソフィアさんはアズールの護衛を頼みます」

「わかりました。ただ魔法で支援はしますよ? 2人も見てるだけでは手が足りません」

「……わかりました。いざという時は頼みます。ただ、ご安心を」

 

 幸い『肉』を焼くのは得意分野だ。

 ランドルフの右手が燃え上がる。

 彼が放つ、粗い魔力を燃料にした『濁炎』による傷は再生を著しく阻害する。

 再生能力にかまけた相手なら、楽に殺せる。

 

「私よりもエリンさんの支援を頼みます。いくら彼女でも長引けば体力が持たないでしょう」

「……わかりました。お気をつけて」

 

 互いに頷きあって、ランドルフは怪物の背へと向かって飛び出した。

 獣人の脚力は人型3種で最速。瞬間的な速度であれば全速力の馬車を軽く追い抜く。

 そして彼の重量も筋力も特魔課随一。

 

「――――ふっ!!」

 

 真っ赤な光の軌跡を残しながら、重さと速さと熱を込めた一撃を小山のような怪物の背へと撃ち放った。

 

 激突と同時に真っ赤な光と熱が解き放たれ、怪物の背で小規模の爆撃が起きる。

 生身で放つにはあまりにも巨大な砲撃の如き一撃で、分厚そうな皮ごと、怪物の背の3割ほどを抉り取る。

 

『――――!!!?』

 

 工房内を揺らす重低音が鳴り響き、仰け反った『肉団子』が砲撃を止める。

 

「――――はっ、はっ、はっ……!!」

 

 その間隙に、エリンは慌てて呼吸を行う。

 ランドルフたちが会話し攻撃を行うほんの1~2分の間に、エリンはあらゆる魔法砲撃を回避し続けていた。

 

 ――きつい、きつすぎる……!!

 

 いくら学院で魔法を搔い潜ってきた経験があるとはいえ、10を軽く超す魔法砲台の攻撃を避けるなんて流石に初めてだよ!

 なんなのあの化け物! 魔獣でもあんなの見たことない!

 凄まじい速度で流れていく思考に、荒い呼吸に痛む肺でまともに考えることはできない。

 

(恐らく)ランドルフのおかげで一旦は止まったが、このまま戦いが長引くならそう時間はかからずにエリンは魔法の餌食になるだろう。

 その前に、何とかしなければ。

 

「……魔法を、止めればいいんだよね」

 

 荒れた息をしながら、自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 避けるだけのままで厳しいならば、砲撃の数を減らせばいい。

 ……切るか、腕。

 

 だが、それはあの化け物に突っ込んでいくことになる。

 距離を開けて避けるのと、自ら近づいていくのでは難易度は絶望的に差があるだろう。

 それでも、やるのだ。

 

 ただ倒すだけでは駄目。あの『白い腕の女』が行動を起こした今、素早く倒さなければ駄目なのだ。

 

 ――当たらなければいい。だよね、マイラ。

 

 頬を2回たたき、腰に差した蝕剣を引き抜いてエリンは笑う。

 そんなエリンに、態勢を立て直した『肉団子』が照準を合わせ。

 

『――――!!』

 

 絶望の第2射が始まったのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。