王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第34話 もう1つの特認魔術⑤

 

 

 

 粉塵と水飛沫が消えた視界の先では、瓦礫と金属片でズタズタになった『肉団子』が無残な姿で転がっていた。

 腹に埋もれていた筈のレヴンに至っては姿すら見えない。

 文字通り粉々にされてしまったのだろうか。

 

 だいぶ、恐ろしい光景が広がっているのだが、その張本人であるタナウは涼しい顔で首を傾げている。

 

「あら? 案外脆かったね……ま、死にはしないでしょう」

「いやいやいや……」

 

 死んでるよ、絶対。

 念のためもう一度覗き込んで――直ぐに目をそらす。

 魔物の死骸を見慣れたエリンでも大分キツイ光景が広がっている。

 いくら彼らに再生能力があっても、ここまでぐちゃぐちゃに潰されたら、もう生きてはいないだろう。

 

 もしそれでも再生してしまうなら、もうエリンたちにはお手上げである。

 疲れていたのでわざわざ調べることもしなかった。今は何より、時間がないのだ。

 

「エリンちゃーん!」

 

 ふとアズールの声が響く。

 見れば彼女とソフィアはエリンたちが入ってきた方の壁に向かって走っているところだった。脱出方法が見つかったのか?と逸るエリンたちにアズールが叫ぶ。

 

「足元に魔法陣があるから、それ、壊して! ランドは奥の壁! タナさんは天井ー!」

 

 アズールの眼が光を帯び、途端にエリンの視界に光が満ちる。

 はっ、と足元に視線を向けると、彼女の言葉通りに壁、床、天井全てに巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 

「私、魔法陣なんて壊せないけど?」

「天井ごと壊せば大丈夫! 急いで! それで入口が開くはず!」

「そういうことなら、わかったわ」

 

 頷き、水を集めるタナウを余所に、エリンは剣を引き抜きながら魔法陣に触れる。

 

「……絶縁の魔法陣? 異空間で?」

 

 その効能は実に単純。高出力の魔力を魔法陣内で循環させることで、それ以外の魔力を弾いて通さないようにする、通電ならぬ()()を防ぐ魔法陣だ。

 結界のように物理的な攻撃などは防げないが、その代わりに壁などに仕込めば外に魔力が漏れないようにすることができる。

 

 要は室内の魔力を外に逃がさないための封となる魔法陣である。

 

 それこそ雷や火の魔法を試射した際、万が一暴発しても隣家が燃えないようにするために使われる。

 他にも、隠れて魔法を使用したい犯罪者が隠れ家にこの魔法陣を敷いて、監視の目を逃れようとしたりする。

 ユラリアでは施設管理者の目を盗んで実験したい教師や学生が、よく自室にこの魔法陣を張っていた。

 この魔法陣自体は探知されるので、大体は見つかっていたが。

 

 だが、それらはあくまで普通の家屋に使う場合の話だ。

 そもそも魔法で作られた空間である異空間で、魔力を遮断する部屋を作る……というのはあまりにも危険である。無謀といっていいかもしれない。

 

 これをやるには非常に高度な空間精製技術が要る。並大抵の魔法使いではできない芸当だ。あの『白い腕の女』は、それほどの実力者だということだろう。

 

 とはいえ、この魔法陣自体は種さえわかれば危険なものでもない。

 エリンは蝕剣で魔力の循環を担う一文を切って機能停止させた。

 同じようにランドルフが魔法陣を壁ごと焼き切り、天井はタナウが再び水塊で――。

 

「ちょっと、タナウさん、待ってください!」

「え? ……ああ、そうね、危険よね」

 

 危なくエリンとランドルフが生き埋めになるところであった。

 慌ててアズールたちのところへと走り、入ってきた場所に立つ。

 それを確かめてからタナウが天井へと指を振った。

 

 天井が水塊の直撃を受け崩れ落ちていく。

 それと同時に、足元の魔法陣が光を放った。

 

「動いた!」

「良かった。では急いで戻りますよ。あの女を追わないと!」

「でも、あの化け物たちは……」

 

 ちら、と未だ崩れたままの肉塊を見る。

 本当ならばレヴンを捕まえて情報を得なければならないのだが……。

 

「ゲートが開いた今、まずすべきは都市の無事の確認です。大丈夫、問題なかったら私が直ぐにひき返して捕まえますよ」

「そっか、そうでした」

 

 あの女はエリンたちをわざわざ罠に嵌めて閉じ込めたのだ。

 ならば、我らが最速で都市に戻ることが重要になるはず。

 

「じゃあ、行きますよ!」

「……はい!」

 

 そうして、エリンたちはテティアのギルド中庭へと戻ろうとした、その寸前。

 

「……っ、避けて!」

 

 ソフィアの鋭い叫びに反応して、全員が魔法陣から飛び出した。

 直後衝撃波が飛来し、エリンたちが立っていた床を破壊した。

 

「魔法陣が……!!」

 

 急速に光を失う魔法陣を見て、叫ぶアズールの声が虚しく響く。

 ゲート自体はソフィアがまた開けるから問題はない。ないが、それには時間と手間がかかる。

 今はその時間が何よりも貴重なのに。

 

「……」

 

 衝撃波が飛来した方を見れば、そこにはレヴンが立っていた。

 

「あいつ、まだ生きてたの……!? どんだけ頑丈なのさ!」

 

 外套はズタズタになり、覆われていた素顔が顕になっている。

『白い腕の女』と同じ黒髪は水に濡れて張り付いているが、顔も体も想像していたよりはずっと普通の人間であった。

 ただ1点、身体には幾重もの赤い線が奔っている。

 それはまるで全身を継ぎ接ぎしたような姿で……。

 

「ちゃんと探して殺すべきだったね……不覚だったわ」

「待て……いや、待ってくれ……それだけはやめてくれ……!!」

 

 再び水を集めようと構えたタナウに、レヴンは震えた手をこちらへと向けてそう告げる。

 その口調はやけに流暢。声も腹から出した大きさで。

 先ほどまでの彼とは全く異なるそれらに、全員が驚き目を見開いた。

 唯一、タナウだけは構わずに水を集め続けている。

 

「どうして? こっちの出口を塞いでおいて、何を……」

「聞いてくれ。そのまま行っても、あいつは殺せない」

「……? どういうこと?」

 

 敵対するでもないレヴンの言葉に、今度こそタナウも手を止めた。

 止まった水に安堵の息を吐きだしながら――そう、まるで普通の人間のように、彼は震える指先で足元の壊れたゲートを指さした。

 

「今お前らが使おうとしていたそのゲートは、奴の……お前らが『白い腕の女』と呼ぶ女が仕掛けた罠だ。それを使えば、お前らは都市の外へと弾き飛ばされる」

「……なんですって?」

 

 そして、続いた彼の言葉は、タナウの目を見開かせるに十分なものであった。

 

「何を言ってるの? 戯言なら承知しないけれど」

「……そこの赤毛のあんた。魔法陣が見えるんだろ、調べてみろ」

「アズール」

「あ、うん……えぇ!?」

 

 指名を受けたアズールが再び目を光らせて地面の魔法陣を見た。

 半ばから断たれているが、まだ読み取ることはできる――直ぐに顔を上げたアズールが、震える声で呟いた。

 

「ホントだ……位置指定が書き換えられてる。全然気づかなかった……」

「……どうやら、話を聞く価値はあるようね?」

「そう言ってもらえると、助かるよ。時間がないんだ」

 

 人らしい言葉でそう告げ、手にしていた剣を投げ捨てたレヴンを見て、エリンたちは顔を見合わせるのであった。

 

 

***

 

 

 一方、冒険者ギルドから飛び出したセロスとリセツが見たのは、大通りを逃げ惑う人々と、彼らを追いかける赤黒い異形であった。

 

「都市内に魔物だと!? 門の衛兵たちは何を――」

「いえ、門は無事なんです!」

 

 そう告げたのは、セロスを呼びに来た禿頭のギルド職員である。

 

「何?」

「つい先ほど、あの魔獣どもが都市中央の交差点に突如現れたのです。街中に突然です! 外から入ったのではありません……!!」

「――異空間か」

 

 リセツが手を叩いてそう言った。

 

「あの『白い腕の女』は異空間持ちだ。恐らく、それで魔獣を都市内部に運んだんだろう」

「一体、何のために……」

「そりゃ、肉を作るためだろ。いや、コルタの兵士の話通りなら『天枝サマ』か」

 

 奴がしたいことはイクサンの事件で分かっていたのだ。

 都市の住人を使って『肉』を作り、それを材料に古代種・天枝を作ろうとしている。

 イクサンを使った搦め手で()()を確保できなかったから、こうして直接的な手段を取ってきたのだ。

 

 そして奴は意図的なのか偶然か、この都市の一番脆い部分を突いてきた。

 

 自由都市テティア。

 入り乱れる各勢力の均衡を保つために、この都市では内部で凶悪な破壊行為を禁じる方策が施されている。

 つまりこの都市では衛兵を除いた全住人が強力な魔法が使えない。

 

 時刻はまだ昼前。冒険者たちは大半が出払っているし、衛兵の一部は奴が周辺で起こした事件の調査に駆り出されている。

 残っている衛兵たちもこの広い都市に散らばってしまっており、集まるまでの間に多くの民間人が食われてしまうだろう。

 

 奴の狙いはこの隙間の時間だ。

 抵抗できる戦力がいない間に魔獣で民間人を遅い、肉を作る。そしてその肉を使って、目的の天枝を生み出すつもりなのだろう。

 

「本気で古代種を作るつもりだとでもいうのか……?」

「じゃなきゃここまで大ごとにはしねえだろ。こんなことをしたらもう、後には引けねえんだからな。本気でこの都市を潰す気だぞあの女。……怖えな、後先考えない馬鹿ってのは!」

 

 そして、その考えを証明するように、悲鳴が響き渡った。

 明らかにいつもは起きない音に、3人は顔を見合わせた。

 

「セロス、おまえらはとにかく人を集めろ! 見回りの奴らや休んでる連中かき集めて魔獣の処理を頼む!」

「勿論だ。……お前は?」

「当然、中心に行く。あの女を止めないと終わらんだろ。オルダーさん」

「はい!」

 

 禿頭の職員――オルダーという名の元冒険者へとリセツが声をかける。

 

「悪いがあんたは魔法ギルドまで向かって、状況の説明と伝言を頼む。今だと……ギルド長のレチシアなら確実にいるはずだ」

「わかりました。何とお伝えを――?」

 

 オルダーが問いかけた直後、足元から突如光が起きた。

 都市中央から外側へと滑るように拡大していくその光は、『白い腕の女』が仕掛けた魔法陣。

 その内容は彼女がイクサンに作らせようとしたものとほぼ同じ。

 魔法陣の範囲内にいる生物全てを取り込み肉塊に変える、最悪の魔法陣である。

 

「――っ、これは……」

「リセツ!」

「わかってるよ」

 

 リセツは革の手袋を脱いで、右手で足元に広がる魔法陣の一端を手で()()()()()

 

「……イクサンの時の魔法陣か。舐めやがって……」

 

 そのまま引き上げると、魔法陣の一部分はゴムのように引き延ばされ……そのまま引きちぎれてしまった。

 同時に、広がっていた魔法陣そのものがひび割れ、砕け散っていった。

 

「これで良し。……で、オルダーさん」

「は、はい」

 

 光が散って消えていく中、リセツは呆然とするオルダーへ振り向くと、迷うことなく告げた。

 

「特魔課連中が戻ってきたら都市中心へ連れてこい、と伝えてくれ。特認魔術事例だと」

 

 そのままリセツは魔獣たちの波に逆らうように都市中央へと駆け出して行った。

 

 

 

***

 

 

「――はあっ!?」

 

 放った魔法陣が突然消失したのを見て、『白い腕の女』は思わず叫んだ。

 魔法発動に失敗した? ……そんなはずはない!

 

 入念に式を確かめ、なんなら既に近くの集落で1度成功させている。

 その時の肉で奴らを――肉団子と魔獣たちを作ったのだから。

 

「魔法陣壊せる奴らも閉じ込めたはずなのに……」

 

 そう、この都市に狙いを定めて起きた最大の誤算は、魔法陣を任意に破壊できる魔法ギルド職員の存在だった。

 狼男と人間の女。奴らがいては計画を実行できないと大事な戦力と手に入れた拠点を捨ててまで封じたというのに。

 

「なんなの、この都市は……!!」

 

 この最悪な人生を華々しく終えるために、何としてもこの魔法を発動させなければならなかったというのに。

 叫び声は周囲の悲鳴に紛れて消えた。

 荒れた息をゆっくり整える。落ち着け。計画はちゃんと進んでいるのだ。

 

「……ふふっ、まあいいでしょう。穏便に済ませようと思ったのに、邪魔する方が悪いんですよ?」

 

 できれば都市は奇麗なままで残したかったけれど、こうなったら後先を考える必要はない。

 指を鳴らして、異空間に待機させていた残りの魔獣の群れと、3体の肉団子を呼び出す。

 数日前に襲った集落は人口が少なく、4体しか作ることはできなかった。

 本当ならば天枝様の護衛にしたかったのだが……さっさと壊した方がよさそうだ。

 

「全部、壊してしまえ……!!」

 

 魔獣たちが咆哮を上げて都市に散っていき、肉団子たちが魔法の砲撃を周囲の建物へと放っていく。

 このまま荒地となった都市に、天枝が降臨する。

 それはきっと素敵な光景になるに違いない。

 

「ああ……早く会いたい……」

 

 恍惚とした目で空を見上げながら、『白い腕の女』は魔獣を生み出す装置に頬を擦り付けるのだった。

 

 

 

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