王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第35話 もう1つの特認魔術⑥

 

 

 

 一方、異空間の工房内部にいるエリンたちは、突如として饒舌に喋り始めたレヴンと対峙していた。

 エリンたちのゲートが罠だと教えてくれた彼は、垂れる水滴と血を気にもせず濡れた髪だけをかき上げる。

 

「さて、どこから話せばいいか……。ああ、悪いが座っていいか? もう限界なんでな」

「……構わないわ。私たちも少し休みましょう」

 

 タナウの言葉を受け、エリンたちも腰を落ち着けた。

 幸い周囲には腰かけられる瓦礫であふれている。それぞれ僅かに距離を開けながら、男を囲むようにして座った。

 

「悪いな、助かるよ……っと」

 

 当のレヴンは気だるげに地べたへと座り込む。

 そのはずみで、彼の右腕の肘から先が崩れ落ちた。

 

「うわっ……!? 何その腕……!!」

「ん? ああ、取れちまったか。やっぱり再生力が落ちてるなあ」

 

 なんてことないようにぼやきながら、彼は取れた腕を拾い上げて繋げた。

 ぐっと押し込むと、そのまま具合を確かめるように右手の指を開いて閉じる。神経が一瞬でつながったとでも言うのだろうか。

 

「いやいや、そんな簡単にくっつく!?」

「くっつくんだよ、それがあの女の魔法だ」

「……死者を操る魔法、ですよね」

「死者を操る? ……まあ、捉えようによっちゃそうか。俺らは『死肉魔法』って呼んでたが」

「死肉……」

 

 嫌な名前の魔法だ。

 エリンも全く聞いたことがない魔法だが、まともなものでは決してないだろう。

 

「奴は肉に魔法をかけて、自分の意のままに動かしちまうんだよ。操り人形の足に穴が開いても、奴は隣の死んだ奴から肉を拝借して穴を埋めちまうんだ。すると怪我なんてしなかったみたいに動けるんだぜ? バケモンだよな、全く」

 

 ほら、ここだよここ、と彼は破れた外套から覗く、継ぎはぎだらけの太ももを指さした。

 ……今の話は彼の実体験だったらしい。

 線があるとはいえそこには穴も凹みすら見えず、とても穴が開いたようには思えない。わかっていたとはいえ恐ろしい再生能力である。

 

「再生を繰り返して奴が操る肉の割合が増えるか、痛みに耐えられずに自我がぶっ壊れると、奴の意のままに操られるようになるんだ。あんたが言ってたのはそのことだろう」

 

 イクサンは再生をしていた訳ではないだろうから、後者だったのだろうか。

 

「それがどうして正気になったの? さっきまでと、まるで別人だけど」

「さあな、知らん」

 

 きっぱりと(レヴン)は言い切った。

 

「無責任な……」

「さっきまで操られてたし、俺は魔法使いじゃないんだから知るわけないだろ! ……まあ多分だが、あんたらが俺の身体を散々に破壊したからじゃないか? 俺の身体はあの化け物――奴は『肉団子』なんて呼んでいたが。あれの肉を取り込んで再生したらしくてな。その時に、奴の命令を刻んだ肉が吹き飛んだんだろう」

 

 とん、とレヴンは自身の首を叩いた。

 そこに彼への命令が刻まれていたらしい。一体どういう仕組みの魔法なんだろうか……。

 

「……って、俺の身体はいいんだよ! 時間がないって言ったろ!」

 

 叫んでこちらへと手を振るレヴンだったが、その手首から先が取れて床を転がった。

 

「……あ」

「……わかったろ? 急いでるんだ。少しだけ黙って聞いていてくれ」

 

 再生力が落ちていると彼は言った。

 それはつまり、死の時間が迫っているということだ。

 ようやくそれを理解した一同が押し黙ったのを確認して、レヴンが再び口を開く。

 

「まず、先にやってほしいことがある。そこの赤毛のあんた」

「……ウチ?」

 

 再び指名されたアズールが、自身を指さし首を傾げる。

 

「ああ、あんただ。向こうにお前らを倒した後、俺とあの肉団子君が通るゲートが用意されてる。それを使えば、奴の異空間へと移動できる。あんたにはそれを開けて欲しい」

 

 彼は背後の空間を指で指し示す。

 そこには何も見えないが、確かに先ほど『白い腕の女』が何もない所にゲートを作って移動していた。

 あれがまだ残っているのだろう。

 

「遠ざかるどころか、奴の懐に飛び込めるというわけね……面白い」

「面白くないですよ! まあ、でも、好機には違いないですね。アズール、頼めますか?」

 

 出るためのゲートも使えない今、他に選択肢もない。

 先に何が待つか不安ではあるが……飛び込むしかないのだろう。

 

「よっしゃ、ウチに任せなさい! 場所はどこ?」

「ああ――」

 

 場所と魔法陣の構造を聞いたアズールが、ゲートを開くために駆け出していく。

 慌ててランドルフがついていったので、万が一はないだろう。

 残った3人で、レヴンへの質問を続ける。

 

「それで? あなたの言うゲートの先に奴が……『白い腕の女』がいるの?」

「多分な。作戦がどの段階に入っているか、ここじゃわからないんだが……。まだ異空間の中にいるか、都市に出て材料を集めているかのどちらかだろう」

「材料……? あの女は、今都市で何をしているの?」

 

 閉じ込められ、外に出る道も断たれたエリンたちは今都市で何が起きているのかを知らない。

 テティアを平らげると言っていたが、一体何を――。

 

「今頃、奴が放った魔獣たちがテティアを襲っている筈だ」

「な……っ、テティアを!? 本当ですか……!?」

 

 流石のソフィアも悲鳴のような驚きの声を上げた。

 

「都市に魔獣を? 一体どうやったの?」

「そこの金髪ちゃんは覚えてるだろ。あの遺跡の騒ぎ。あの時に魔獣の生成装置を盗んだんだよ」

「あの時ですか……!?」

 

 確かに盗掘者たちが何もせずに撤退していったのを怪しんでいたが、まさか古代魔法陣でもその先のお宝でもなく、魔獣を生み出すための装置が狙いだったとは。

 そんなことわかる筈がない。 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 だが、それにソフィアが待ったをかける。

 

「あの装置は別に無限に魔獣を生み出す物ではありません。あくまで魔獣たちが生まれやすくなる促進装置的な役割だと考えられています。いくらあれを盗んだからって魔獣が量産できるわけじゃ……」

 

 ソフィアの問に、「俺は学者じゃないんだがなぁ……」と頭を掻きながら。

 

「普通ならそうなんじゃねえか? ただ問題は奴が死肉を操れる魔法使いってことだ」

「まさか……死肉で魔獣を作ったということ?」

 

 思い浮かんだ嫌な想像は、レヴンに肯定されてしまう。

 あの装置がどういう原理で動いているかエリンは知らないが、わざわざ盗んだというのなら、きっとそういうことだ。

 案の定、レヴンはしっかりと頷いた。

 

「それも大量にだ。牙狼に刃羽蝙蝠の群れ。後は肉団子君が数体。都市を潰すには充分な量だろ?」

「ええそうね。……尚更、さっさと潰さないと駄目ね」

 

 タナウは立ち上がると、殆ど寝転がるように瓦礫に身体を預けていたレヴンの顔の真横に足を振り下ろした。

 

「続きを教えなさい。あの女の異空間に入った先は? どうなってるの?」

「おっかねえな……話を遮ったのはあんたらだからな?」

「いいから、早く」

「わかったわかった」

 

 溜息を吐き出してから、レヴンは続ける。

 

「奴の異空間には、卵があるんだ。あんたらにはそれを破壊してもらいたい。あれさえ破壊できれば、あの女は止まる。そうでなくても、あれが攻撃されたと分かれば一目散に戻ってくるだろうよ」

「卵……? 一体、何の……?」

 

 多くの人を殺し、無理やり操ってきた凶悪犯は、一体何をしようとしているのか――その答えを、彼は告げる。

 

「天枝だよ」

「「「天枝?」」」

 

 飛び出してきた単語に、3人全員が首を傾げた。

 

「それって、古代種の……?」

「ああ。その古代種だ」

 

 遺跡を作り出した『地葉』、『海根』に並ぶ3つ目の古代種。天を覆う枝葉の手入れをして天候を管理しているという天空の支配者だ。

 それを生み出そうとしているとレヴンは言うのだ。

 

「奴は人の肉を集めて、誰も知らない古代種を降臨させようとしてるんだよ。この都市の住人、何百人も生贄にしてな」

「……」

 

 全員、何も言葉にすることができなかった。

 驚愕、呆れ、そして怒り――それらの感情が湧き上がる。

 

「わけわかんねえだろ?」

「ええ。全くと言っていいほどに理解ができないわ」

 

 額を抑えながらタナウが首を横に振る。

 エリンも全く同じ気持であった。

 何千人も殺して、やりたいことがそれ?

 

 ふざけているのだろうか。

 命を、なんだと思っているのか。

 

「そんなことをしてなんになると……いえ、今はそんなことを話している暇はないわね。要は、その卵を破壊すればいいのね?」

「そういうことだ。奴が戦力を都市の破壊に向けている今なら、楽に破壊できる」

「……なるほど、今しかないというわけね」

 

 深く、深く息を吐き出してタナウは言った。

 怒りも、呆れもある。

 それでも今は進まなければ。

 

「状況は理解したわ。ソフィアもそれでいい?」

「はい。その卵を破壊すれば都市も守ることができる……やらない手はないでしょう」

「決まりね。……あなたはどうするの?」

 

 未だ足元にいるレヴンを覗き込んでタナウが問う。

 

「俺か? 見て分かるだろ。奴の支配を逃れたってことは、もう俺はあいつの魔法の影響下にないんだ。もうすぐ死ぬ」

 

 時間がないというのは、彼の身体の事だったらしい。

 座っていたのでわからなかったが、既に両足ともに崩れてしまっていたようだ。

 

「……っ」

「おいおい、俺に同情でもしてるのか? 妖精さんはお優しいねえ」

 

 自身の身体が朽ちていっているというのに、彼はせせら笑うように言った。

 

「俺は本来あの戦場で死んだ筈なんだ。これはきっと、最期に見ている夢なのさ」

「……レヴンさん。あなたは、北東にいたんですか?」

「ああ。良く知ってるな、金髪ちゃん。俺も、あの女も北東の戦場の生き残りだよ。……いや、死にぞこないか?」

 

 自分でそう言ってけらけらと笑みを浮かべている。

 その精神状態を、エリンたちが推し量ることは叶わない。

 

「……肉がばらばらになるのを防げたら、もう少しは持つかしら?」

「あ? あー、どうだろうな……まあ、このままよりはましなんじゃねえか?」

「そう。……あの肉団子とやらの肉も、少し貰いましょうか」

「は? おい何をする気……」

「黙ってなさい」

 

 そう告げると、彼女は水を操った。

 それは肉団子の残骸ごと、レヴンの身体の首から下を包み込んだ。

 最後に背中の分厚い革を毟り取り、それで水球を覆えば、首が生えた革の球体の出来上がりである。

 そのまま球体(レヴン)は浮かび上がると、タナウの直ぐ後ろで漂い始めた。

 

「これでよし」

「……惨めすぎる……ちょっと待てよ、なんだこれ」

「貴方には道案内をしてもらわないといけないのだから、まだ生きて貰わないと困るのよ」

「死体遣いが荒いことで……はあ、わかったよ」

 

 革から覗く顔が諦めたようにそう言った。

 

「ただ気をつけろよ。もしあの女が戻ってきてまた魔法を使われたら、その時俺がどうなるかわからないからな? また襲っても文句言うなよ?」

「それもわかってるわ。そのための水よ?」

「……ならいいけどよ」

 

 こうして、レヴン(生首)が同行することになった。

 いや、もうどういうこと……!?

 

 よくわからない事態に、訳の分からない光景。

 視界が明滅する錯覚を得て、エリンは頭を抱えるのだった。 

 

「ゲート、開いたよー!」

 

 アズールの声に顔を上げれば、奥の壁に光るゲートが開いていた。

 そこを通れば、目的の異空間、そして天枝の卵が待っている。

 

「あっ、開いたみたいですよ、急ぎましょう!」

「ええ。……ソフィア」

「わかっています。ここから先は、お任せします」

 

 そう告げると、ソフィアは1人壊された魔法陣の方へと身体を向けた。

 

「え? ソフィアさんは行かないんですか?」

「はい。私はここまでです。ここから先は、特魔課の皆さんにお任せします。……お力になれず申し訳ございません」

「ううん、仕方ないよ」

「……どういうことですか?」

 

 訳が分からず問いかけるエリンに、タナウが首を横に振る。

 

「ソフィアは()()()使()()()職員だから、この先は連れていけないの」

「……?」

 

 だが、その回答も要領を得ないものであった。

 魔法が使えないと戦ってはいけない? 逆じゃないのか?

 

「ちゃんと説明するわ。だから今は急ぎましょう」

「……必ずですよ?」

「勿論。というか、その説明すらソフィアには聞かせられないのよ」

 

 空気を切り替えるように、タナウはぱん、と手を叩いた。

 

「じゃあ行きましょうか。馬鹿な犯罪者の野望を挫いてあげましょう?」

 

 そう言って、タナウが笑って。

 エリンは都市の存亡をかけた、最後の戦いへと向かうのだった。

 

 

 

 

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